「≪B組隆盛の中果たして――1000万Pは誰に頭を垂れるのか!!!≫」


プレゼントマイクの声が少し遠い。何せ、私たちの前には大きな大きな壁が立ちはだかっている。予想よりも明らかに早い段階でぶつかって来たものだ。否、この状況で予想なんて当てにならない。ただでさえ何が起こるかなんて分からないんだから。


「もう少々終盤で相対するのではと踏んでいたが…随分買われたな緑谷」

「時間はもう半分!足止めないでね!仕掛けてくるのは…」


微かに笑う常闇くんに、警戒を怠らない出久とお茶子ちゃん。正面から突進してくる大きな壁―…轟くんチームの騎馬が何か指示を出し合っているのが見えた。と、同時に。


1組だけじゃない!」


私たちの方へと群がる大勢の騎馬。轟くんたちに負けじと一斉に飛び掛かるつもりなのだろう。その大きな壁たちに私は轟くんチームの騎馬の1人である上鳴くんが動いたのを見逃さなかった。途端―、


"無差別放電130万V!!"


『ッ!!』


その声と共に辺りに広がる電撃。私はとっさにバリアを張って反応した為に出久たちを守る事が出来たが、周りに群がっていた幾つものチームの皆は突然の放電攻撃に対応出来ずに痺れて動きを止めていた。
勿論、轟くんチームは八百万さんが造り出した絶縁体シートを被っていた為に無事だった。上鳴くんの放電、八百万さんの創造、そして飯田くんの足…成程。お互いの個性を最大限に補い、利用し合っている。


「残り6分弱、後は引かねえ。悪いが我慢しろ」


そんな動きを止めた周りの様子を見計らったかのように、轟くんが自身の左手で氷の細い棒を地面へと伸ばすと、その棒が地面に触れた瞬間辺りが凍りつく。周りの騎馬たちがまったく身動き取れなくなった。


「≪上鳴の放電で"確実に"動きを止めてから凍らせた…さすがというか…障害物競争で結構な数に避けられたのを省みてるな≫」

「≪ナイス解説!!≫」


予選で地面やロボットを凍らせ障害をしたにも関わらず、多くの生徒に乗り越えられてしまったあの経験を早速次(今)に生かしているということ。さらについでと言って身動き取れなくなったチームのPをちゃっかり頂いて行く轟くん。流石…でも、こっちも負けられない。


『来るよ!』

「牽制する!」

「強すぎるよ!逃げ切れへん!」

「八百万!」


思わず身構える私。逃げようにもお茶子ちゃんの言う通り、向こうに此方が真正面からぶつかって適う確率は低い。しかし常闇くんが牽制しようと伸ばしたダークシャドウで、少しでも怯んだ隙に距離を取る事ができるかもしれな―…。
と、ダークシャドウが轟くんに向かって真っ直ぐ伸ばした大きな腕は即座に反応した八百万さんの壁によって阻まれた。


「"創造"…!厄介すぎる!」

「いや……それ以上に上鳴だ」

「!?」

「あの程度の装甲、"太陽光"ならば破れていた…」

「そうか…!上鳴くんの電光…!」

「奴の放電が続く限り攻めでは相性最悪だ」


常闇くんの能力は軽く説明して貰った。確か日中の攻撃力は中の下…プラス日光などの光などには弱い。防御こそできても攻撃力の低下は免れない。つまり出久の言う通り、上鳴くんの電光とは相性が悪い。防御も上手くできるかどうか…。見れば、ダークシャドウもすっかり弱気になっているようだ。


『攻撃力低下…ね。それ向こうに知られてない?』

「恐らくな。この欠点はUSJで口田に話したのみ。そして奴は無口だ」


少し上がり気味の息をどうにか落ち着かせようとゆっくり呼吸しながら問いかけると、常闇くんは素直に誰に打ち明けた事があるかを話す。うん、確かに口田くんは口数が少ない…というよりほぼ無口。
クラスの子たちとは一通り話せるようにはなったが、未だに口田くんはあまり話してくれないというより、こっちから話しかけたら凄いビックリされてそれ以来出来るだけ向こうから話しかけてくれるのを待っているような状態だ。それに優しい彼が、そう簡単に周りに人の個性の事を言いふらしたりするとは思えない。


「………知られてないなら、牽制にはなる…!大丈夫…!何としても1000万は持ち続ける!


出久の目に迷いは無かった。嘘を真実(ほんとう)に。向こうに気づかれれば一瞬にして常闇くんの隙を突かれる。だが、バレなければ問題は無い。此方の手札に能力低下の兆しを見せてはいけない。


「…帷ちゃん」

『…ん』

「もうちょっとだけ、頑張れる?」


…かく言う私も、既に限界が近い。休憩を自分のペースではとれないこの種目。出久は気づいてる。私が個性を使う度に比例して体力が無くなっているのを。可笑しいな。自分なりに調節して、最後まで余裕なぐらいに体力を残して終わる筈だったのに。上がる呼吸、残り時間僅かと言えど長期戦に違いない。一番、私が苦手とする長期戦。でも、


『もちろん!』


此処で弱音を吐いて居る場合じゃない。その声を合図に目の前の轟くんチームが微かに動いたのを出久は見逃さず、即座に右へ移動!とか下がって!とかとても的確な指示を出して轟くんと私たちのチームの間にある距離をキープし続ける。


「≪残り時間約1分!!轟、フィールドをサシ仕様にし…そしてあっちゅー間に1000万奪取!!!…とか思ってたよ5分前までは!!緑谷なんとこの狭い空間を5分間逃げ切っている!!」


プレゼントマイクの実況とともに「キープ!!」という出久の声を聞いて即座に移動する。嗚呼、あれから5分も経ったのかと気づく。依然として轟くんは他のチームには目もくれず、私たちのチームのP…出久の頭のハチマキに狙いを定めている。
息が上がるのが止まらない。でも、此処で私の意志が切れたら終わりだ。心配そうにチラチラと私に視線を送ってくれるお茶子ちゃんに大丈夫だからと何度も頷いては前を見た。昔から体が弱くって情けなかったからかなり此処まで鍛えていたつもりだったのに…嗚呼、まだまだ鍛えたりない。でも、でもこの種目はもう―…。


『(よし…残り1分も切ったし、このまま逃げ切れれば―…)』

「奪れよ轟くん!」


一瞬だった。その声と共に目の前に居た筈の轟くんの姿が視界から見えなくなる。ヒュンッと自分達の真横を何かが物凄い勢いで通り過ぎて行った感覚と、後を追って聞こえてきたエンジンのような音。あれ、この音、飯田くんの―…


『…え、』

「は?」

「≪な―――!!?何が起きた!!?速っ速―――!!飯田そんな超加速があるんなら予選でみせろよ―――!!!≫」


そんな言葉にすらならない声しか出なかった。そんな私たちを代弁するかのようにプレゼントマイクの叫びに似た実況が鳴り響く。嗚呼、嗚呼、振り向くのが怖い。けれど、気づけば出久を始め私もお茶子ちゃんも常闇くんも皆、そのエンジン音のする方を振り返った。


「トルクと回転数を無理矢理上げ爆発力を生んだのだ。反動でしばらくするとエンストするがな。クラスメートにはまだ教えてない裏技さ」


…裏技。飯田くん。まだそんな隠し技を…まぁ、手札はそう簡単に人に教えないものだ。優しい彼だから、技の内容を詳しく解説してくれたけれどそんなのまともに耳に入って気やしなかった。だって、私たちの視線の先は―。


「≪ライン際の攻防!その果てを制したのは…≫」

「言ったろ、緑谷くん」

『(…嘘、でしょ…?此処で…?!)』


騎手である轟くんの手中にある、私たちのP(希望)。この種目の中で最高得点の書かれたハチマキが、次の戦いへと進むためのチケットが今、今まさに試合が終わろうというこのタイミングで轟くんの手中に―…。


君に挑戦すると!!

「≪逆転!!轟が1000万!!そして緑谷急転直下の0P―――!!≫」


誰でも分かる。これは、最悪の事態だ、と。


突っ込んで!!


かなりの勢いでグイッと身体を反転させながら叫ぶ出久に合せるようにして私たちも一気に踵を返し、轟くんたちを追う。残りの時間を考えれば追うより逃げる方が勝利の確率は高い。何たって、戦わずに逃げ切れば勝ちなのだ。嗚呼、本当に何でこのタイミングで…否、このタイミングだからこそ、何が起こるか分からないのか。


「上鳴がいる以上攻めでは不利だ!他のPを狙いに行く方が堅実では…」

「ダメだ!!Pの散り方を把握できてない!ここしかない!!」


常闇くんの提案に焦りの色が伺える出久がそれを制した。確かに、此処で別のチームに乗り換えたとしてもそのチームのPで上に行けるかは難しい。何せ自分達のPの高さに周りのPの配分、また今現在のPを把握しきっていない。誰を狙えばいいか、分からない。ならば今1位になった轟くんを狙うしかないのだ。
…私が、私が飯田くんの攻撃に気づいてバリアを張っていればこんな事にはならなかった。このままでは負ける。私たちの夢が、此処まで来た努力が―…皆、皆、水の泡だ。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめ―…


「よっしゃ!」

『「「 !? 」」』

「取り返そうデクくん!!絶対!!!」

「麗日さん…!!」


グンッと体が前に出る。お茶子ちゃんが一気に速度を上げたのだ。つられて私も常闇くんも持ち上げている出久を通じて足が一気に前に出る。お茶子ちゃんの目は真剣そのもの。否、まだ、何も諦めてなどいない瞳だ。その真っ直ぐな横顔に、くよくよしている自分がいつにも増して情けなく思えた。そうだよ。何を此処で負けたように思ってるんだ私は。まだ、まだ時間だってある。何が起こるか分からないのはこっちも向こうも一緒、なら、ならまだ、まだ勝機だって―…。


『そうだ…そうだよ出久!!まだ、まだいける――!!!』

「帷ちゃん…!!」


体力なんて知るか。せめて、せめてこの試合が終わるまで体が持てばいい。最後の力を振り絞って足に力を入れる。逃がすな。逃がしちゃだめだ。出久は私たちの分まで力出さなくっちゃいけないんだから、私がこれぐらいでへこたれている場合じゃない!!


あああああああああ!!!


轟くんチームに追いつき、出久が思い切りその腕を伸ばす。私たちはそれを支え、絶妙な
距離を保ちながら轟くんを追い続ける。何も無い今ならどれだけ近づいても獲られる心配はない。


「≪残り1分を切って現在、轟ハチマキ4本所持!!ガン逃げヤロー緑谷から1位の座をもぎ取ったあ!!!≫」


そして相手は4本のハチマキ。守りながらこちらの猛攻を防ぐとなれば向こうは不利だし、いずれ隙が生まれる。そこを狙えば、まだ此方にもチャンスはある。


「ああッ!!」


先の出久の腕を振り払い、少し轟くんの動きが鈍くなった。そう思った瞬間、すかさず出久が続けてその腕を思い切り伸ばして轟くんの首元に重なっているハチマキを―、


「とった!!とったあああ!!」


掴んだ―。


「≪残り17秒!こちらも怒りの奪還!!≫」


出久のハチマキ奪還の実況に私も思わず喜んだが、フとその出久が奪い取ったハチマキに書かれているPを見た瞬間、一瞬にしてその表情を思わず強張らせてしまった。


『…ねぇ、待って出久。それ…、』


違う。


「やられた…!!」


出久が改めて確認したハチマキには70Pの羅列。私たちのPじゃない。仮に0Pじゃなくなったとはいえ、まだまだ次に駒を進める為の順位になれるPではない。まだ全然足りない。まだ、終わってなんかない。


「轟くん、しっかりしたまえ!!危なかったぞ!」

「万が一に備えてハチマキの位置は変えてますわ!甘いですわ緑谷さん!」


成程。最後に取られたから、重なっているハチマキの中で一番上のものという人間の洗脳感を元々アチラは考慮していたということ…流石である。やはり此処まで来ると備えに備えを掛けているという訳だ。


「≪そろそろ時間だ、カウントダウンいくぜ!エヴィバディセイヘイ!10!」


ついに悪夢のカウントダウンが時を刻み始める。あと、10秒。なんて、傍から見ればもう絶望的な時間かもしれない。でも、でも、さっきのお茶子ちゃんを見たらすぐに諦められる訳も無くって、折角出久が1本ハチマキを獲ったのに、光が苦手な常闇くんが此処まで頑張ってくれたのに、なのに。こんなトコで―…。


『 諦めるな!出久!! 』

「≪9≫」

「っうらああああああ!!」


止まってる場合じゃない。思わず声を上げて限界を超えた体を押し出すと、出久もそれに応えてくれるかのようにカウントダウンの声を振り切るぐらいの声で再び轟くんに手を伸ばす。


「≪8、7、6――≫」

「いけええ!!デクくん!!」

「≪5≫」

「緑谷!!」

「≪4≫」

「ああああああっ!!」

「≪3、2、1―――≫」


あれだけ長かった感覚も、終わりを目前にすればあっという間で。


「≪ TIME UP!≫」


終わりを迎えると、なんだか呆気ないものだ。地鳴りがしそうなほどの試合終了を知らせるプレゼントマイクの声に、会場に居た皆があまりの大声にビクリと体を震わせ、ピタリと動きを止めた。


『(…おわ、った…?)』


ドテッという音が聞こえて振り向けば、傍で爆豪くんが地面に倒れていた。恐らくこっちで争っていた轟くんと私たちのチームのPを狙って最期の最期にまた騎馬から飛んだのだろう。時間切れで、受け止める人も居なくてそのまま落下したようだ。


「≪早速上位4チーム見てみよか!!≫」


そろそろと周りの皆も試合が終わり、騎馬を崩す。スッとモニター画面が切り替わり、結果が見えなくなる。なるほど、発表形式で結果を告げる為に結果があらかじめ目に見えないように今までの熱気が嘘のように皆疲労しているのが見えた。


「≪1位 轟チーム!!≫」


結局私たちのPは出久の手中に戻ってくることは無かった。ここまでか。全力でやったし、悔いも無い。…無い、はずなんだけどなぁ…。出久を静かに地面に下ろして、思わず小さく息を吐いたその時「くそっ」小さくそう聞こえて私はすっかり上がってしまった息を整えながらそっちに視線を移す。え?と思った。
正直、こっちの台詞だと思っていたその言葉は何と轟くんから零れた声だった。周りにはその小さな呟きは聞こえていなかったのか、彼を見ているのは私だけのようだった。私たちと同じぐらい、何とも言えない悔しそうな表情でうつむいている。何で?勝ったんだよね?轟くん、貴方は1位だよ?なのに何で彼がそんな顔しているのか全く分からなかった。


「≪2位 爆豪チーム!!≫」


プレゼントマイクに実況形式で結果を告げられ「だあああ!」と地面に伏していた爆豪くんが、怒りに声を震わせながら起き上がるのを後方で同じチームの切島くんと芦戸ちゃんが見ている。やれやれだ。


「≪3位 鉄て…アレェ!?オイ!!!心操チーム!!?いつの間に逆転してたんだよオイオイ!!≫」


どうやら先ほどまで別のチームが3位を守っていたようだが、いつの間にか心操くん…あのA組の前で正々堂々と宣戦布告した人のチームが3位になったようだ。プレゼントマイクも驚いているのだから、きっと本当に誰にも気づかれない内にPを稼いだか、タイムアップギリギリで追い抜いたかとのどちらかだろう。

…さて、残る枠は1つ。嗚呼、次の種目は確か最終種目。次のステージで結果を残す事で未来への道が大きく分かれる。スカウトの量だって桁が変わってくるぐらいだとか八百万ちゃん言ってたし…私たちは、それに参加すらできな―…。


「帷ちゃん」


ツンツンと指先で軽く肩を叩かれ振り返る。呼吸も落ち着き、ん?と疑問の声を零しながら振り返るとそこに立っていたのはお茶子ちゃん。すっかり疲れ切って終わった感を醸し出している私と出久に対し、何だか明るい表情に見える。あらら?幾らお茶子ちゃんでもこんなにポジティブで居られるのかなぁ?とか呑気に思っていると、不意にお茶子ちゃんがある一点を指差す。何々?とそちらに視線を向けた瞬間、息が止まった。否、考えていた事が何もかも吹っ飛んだ。


『い、出久…出久!』

「デクくん」


慌てて後ろを振り返り、お茶子ちゃんと一緒に出久を呼ぶ。下手をしたら私たち以上に落ち込んでいる出久のその疲れ切った顔が申し訳なさそうに此方を向いた。


「あの…ごめん…本当に…」

『違う違う!出久!あれ、あれ見て!!』

「 !? 」


お茶子ちゃんと一緒になって、私たちの更に後方に居る常闇くんを指差す。人を指差すのは失礼かもしれないが、この時はもうそうやるしか私の頭の中には無かった。明らかに明るい表情を浮かべながら、常闇くんを指し示す私とお茶子ちゃんに出久は訳が分からないというように首を傾げた。


「お前の初撃から轟は明らかな動揺を見せた。1000万を取るのが本意だったろうが…そう上手くはいかないな」

「 !? 」

「それでも1本」


スルリ。常闇くんの影から彼の個性であるダークシャドウが顔を出す。瞬間、出久の顔がガラリと変わったのが目に見えて分かった。


「警戒の薄くなっていた頭の方(持ちP)を頂いておいた。緑谷、お前が追い込み生み出した轟の隙だ」


グッと親指を立てる常闇くんと揃えるようにグッと親指を立てたダークシャドウが咥えていたソレ。Pの書かれているハチマキ。それも、519点…轟くんたちのチームのハチマキだった。つまり、出久が奪った70点と合せれば―…。


「≪4位 緑谷チーム!!≫」


ドッとまるで勢いのよい噴水のように出久の両目から涙の柱が天に向かって伸びる。その勢いは地面が減り込むほどで、そのかなりの感動っぷりに驚く常闇くん。その傍らでよしよしとダークシャドウを撫でているお茶子ちゃん。そして、よかったねぇ!良かったねぇ!!出久っ!!と押さえきれずに声を上げて喜ぶ私。


「≪以上4組が最終種目へ…進出だああ――――!!」


嗚呼、コレは夢じゃなかろうか。



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