「≪よォーし組み終わったな!!?準備はいいかなんて聞かねえぞ!!いくぜ!!残虐バトルロイヤルカウントダウン!!≫」


プレゼントマイクのすっかり興奮しきった放送が会場中に響き渡る。残虐バトルロワイヤルってこれそんな怖い競技だったけ?会場中が一体となり、カウントダウンが始まる。こういう時のカウントダウンってかなりゆっくりに感じる上に緊張が高まるから不思議だ。お茶子ちゃんの個性で騎手である出久の重みはまるで感じないけれど、その息遣いは嫌でも感じられた。

全体の位置状態やメンバーをざっと把握する為フィールド全体に軽く目を向ける。視界に捕えるのは予選で3位になった爆豪くん率いる爆豪チーム。爆豪くんを騎手に切島くん、芦戸ちゃん、瀬呂くんで組まれた騎馬。成程。爆豪くんの個性にも耐えられる切島くんを騎馬に入れたのは考えたな。
次に視界に入ったのは予選2位の轟くんチーム。轟くんを騎手に飯田くん、上鳴くん、八百万ちゃんが騎馬のチーム。これもまた何か作戦がありそうだ。技で攻めてくるタイプかもしれない。…他にもB組のチームと目が合ったり、明らかこっちを睨みつけている人たちの視線を感じながらもしっかりと前を見据える。此処で退いたら勝つなんて無理だ。


「≪3!!!≫」


嗚呼ついにこの時が来てしまったかと思う暇もなく、いよいよその時が近づく。


「≪2!!≫」


迫る時に高鳴る鼓動をどうにか押さえつけながら一度深呼吸する。


「≪1…!≫」


フッとお腹に力を籠め、辺りに注意を配らせる。さぁどこのチームがどう出てくる。半分の恐怖と、半分の楽しみ。不思議な感覚の中、いよいよ本選の火蓋が切って落とされた。


START!


開始の一言が会場いっぱいに響き渡った瞬間、自分達の騎馬の周りに待機していた他の騎馬たちが一斉に動き出す。勿論、こっちに向かって一直線に突進してくる形で、だ。


実質それ(1000万)の争奪戦だ!!!

「はっはっは!!緑谷くんいっただくよ―――!!」


以前廊下で爆豪くんの爆弾発言に反応したB組の少年(確か鉄哲とかいう人)のチームの騎馬と次郎ちゃん、砂藤くん、口田くんの騎馬の上で浮くハチマキ…恐らく透ちゃんだ。彼らの言う通り、実質騎馬戦と言いつつ多くはこの出久のポイントを争奪する事を目的に動く事が主になるだろうとは思っていたが、まさか開始早々こうなるとは。


『来た来た来た!』

「いきなりの襲来とはな」

『前方まず2組…!』


でも、正直私は楽しんでいた。この逆境を。最前線の騎馬となっている常闇くんも真っ直ぐに此方に向かってくる他の騎馬たちの位置を把握しながら出久に指示を仰ぐ。


「追われしものの宿命…選択しろ緑谷!」

「もちろん!!逃げの一手!!!」


バッと出久が腕を横に切りながら指示を出すと、私はお茶子ちゃんと常闇くんとアイコンタクトを取り小さく頷くと迫る他の騎馬たちから逃げようと一気に走り出す…否、走り出そうとした。


『「「「 !!! 」」」』


ズブズブと踏み出した足が地面の中へと沈んでいく。まるで沼に嵌まったかのようにあれよあれよという間にドンドン自分の足が埋まって行く感覚。嗚呼、マズい。


「沈んでる!あの人の"個性"か!」


個性OKの騎馬戦。どうやらこの足元が沼のようにぬかるんだのはB組の人の個性らしい。確かにこの能力なら他の騎馬の足止めが出来るし優位だ。私もこの個性の人と組んだら確実にこの手を使って足止めするだろう。とまぁ、そんな事を考えている暇はない。こんな事を思っている内にも他の騎馬たちが今だとばかりに出久の鉢巻を狙って迫ってくる。嵌まった足の自由が徐々に利かなくなる。このままじゃ本当に逃げ遅れる。


「帷ちゃん!」

『ッ!!OK!お茶子ちゃん!常闇くん!合わせて飛んで!!3、2、1…!!』


出久の声でハッと思いつく。嗚呼、そうか。お茶子ちゃんのお陰で軽くなっている出久を片手で支えながら、空いたもう片方の手を地面に翳して自分達の地面に埋まってしまった足元にバリア張る。そしてタイミングを合わせ、硬いバリアから柔らかく弾力のあるバリアに変化させるとそのままお茶子ちゃんと常闇くんと一緒に思いきり踏み込んで飛ぶ。
と、弾力のあるバリアを使い、ボヨンと大きく飛び上がる事で沈みかけていた体が空中に逃げる事が出来た。あれだ、トランポリンみたいなバリアのクッションで飛び上がったのだ。「飛んだ?!追ぇえ!!」なんて声が聞こえたけれど、そう簡単に捕まってたまるものか。


「よしっ!」

『ふう!』

「バリアによる足場安定と押し上げとは」

「やるね帷ちゃん!!」


お茶子ちゃんに褒められて思わず口元が緩んでしまう。今まで自分の個性で褒められた事なんてあんまりなかったかも。否、受容性の無さそうな弾力のあるバリアが此処まで役に立つなんて思いもしなかった。


「耳郎ちゃん!!」

「わってる」


下で透ちゃんの声と共に耳郎ちゃんの耳から伸びるプラグが真っ直ぐに此方を捉えて更に伸びてくる。捕まる、と一瞬思ったのもつかの間。シュンッと自分の真横を黒い大きな影が横切る。その大きな影はバシッと耳郎ちゃんのプラグを跳ね除けた。


「いいぞ黒影(ダークシャドウ)。常に俺達の死角を見張れ」

「アイヨ!!」


徐々に高度が落ちる中、その大きな黒い影と会話を交わす常闇くん。喋るんだ…と思いつつも、それが常闇くんの個性であるダークシャドウだと気づくのに少し時間が掛かった。


「すごいよカッコいい!!常闇くん!!帷ちゃん!!」

『なぁに言ってんだか』

「選んだのはお前だ」

「着地するよ!」


純粋に目を輝かせる出久に思わず脱力。常闇くんの言う通り、私たちの個性を見越して誘ってくれたのは出久自身だというのに。脱力する私を横に、遂に高度が地面に近くなり始めるとお茶子ちゃんが個性を発動する。物を浮かせる個性のお陰で、何の衝撃も無くフワリと着地出来た。そう、本当に凄いのは常闇くんやお茶子ちゃんは勿論、私のメリット・デメリットを補えるような人たちを選んだ出久の方なのだ。


「≪さ〜〜〜まだ2分も経ってねぇが早くも混戦混戦!!各所でハチマキ奪い合い!!1000万を狙わず2位〜4位狙いってのも悪くねぇ!!≫」


あちこちでハチマキの奪い合いが繰り返されている。実況の通り自分達の1000万Pで一気に1位を狙う者も居れば、コツコツと別のチームのPを稼ぐ者も居る。将に混戦。その中でいかに生き残るか…このまま上手く逃げ切れればいいのだが。


「アハハハ!奪い合い…?違うぜこれは…一方的な略奪よお!!


不意に後方から声が聞こえて振り返る。と、そこに居たのは物凄い勢いで此方に突進してくる障子くん。…ん?うん。障子くん。…あれ?これって騎馬戦だよね?


「障子くん!?あれ!?1人!?騎馬戦だよ!?」

「一旦距離を取れ!とにかく複数相手に立ち止まってはいかん!」


突進してくる障子くん。かなり違和感があると思えばなんと障子くんのみが此方に向かって突進してくるのだ。ルールにも2〜4人と言っていた気がするが…。否、今はそんな事を考えている暇じゃない。障子くんだけじゃなく、出久のPを狙う他の騎馬もこちらに向かってくるのが見えた。常闇くんの言う通り一旦距離を取らなければ―…。そう思ったのだが、


『え、なっ、何これぇええ?!!!』

「ちょ、取れへん!」

「それ峰田くんの!!一体何処から…」


ブニ、と何か柔らかいものを踏んだ感覚。粘着力の凄いそれは靴底にくっ付いて地面から取れそうにない。つまり動けない。何だこれはと一緒に踏んでしまったお茶子ちゃんとえいっえいっと、もがく。出久が峰田くんの個性だと言っていたが、見た目峰田くんの姿は見えない。何処から狙ってきて――。


「ここからだよ緑谷ぁ…」

「なァァ!!?それアリィ!!?」

「アリよ」


なんと単独で突っ込んできたと思われていた障子くんの背中…彼の個性である複製腕に包まれるようにして隠れていた峰田くんがその隙間からこっそりと顔を覗かせているのが見える。出久と同じくそんなのアリかよ!と思っていればミッドナイトからすんなりとOKが出た。本当に何でもアリだな、この騎馬戦。


『ッ!!?出久!』

「わっ!!!?」

「わ!!?」


と思っていた矢先、不意に峰田くんの横から目にも留まらぬ速さで何かが此方に飛んでくるのが見えて慌てて出久に声を掛けると同時に、出久も危険を察知したのかその反射神経で飛んできたソレを避ける。…と、避けた先に居たB組のチームに飛んできたそれがぶつかりそうになりB組も驚いた声を上げていた。


「さすがね 緑谷ちゃん…!」

「蛙吹さんもか!!すごいな障子くん!!」

「梅雨ちゃんと呼んで」


峰田くんの横に並び、障子くんの複製腕の隙間から顔を覗かせたのは梅雨ちゃん。どうやら飛んできたのは梅雨ちゃんの舌らしい。ということは障子くん1人で騎馬やって2人を背負っているのか…すごいな。


「≪峰田チーム圧倒的体格差を利用しまるで戦車だぜ!≫」


確かに。と実況に納得していると不意に足元をシュンッと何かが横切る。フッと自分の足を地面に貼り付けていたボール状の感覚が無くなり、足が自由になる。常闇くんのダークシャドウが粘着ボールを掻っ攫て行ったのだ。しめたとばかりに少し前方に地面と平行するようにして薄く柔らかいバリアを張り、お茶子ちゃんと常闇くんと顔を見あわせて一気に走る。


『飛ぶよ!』

「はいっ!」

「ああ!」

「うわっ」


バリアの上に飛び乗り、その反動で一気に飛び上がる。本日2度目の飛び上がりだ。囲まれてしまっては終わりだ。兎に角移動し続けないと。そして一瞬で遠くまで飛ぶとなるとこの方法が手っ取り早い。急に動き出した騎馬に驚く出久だが、結果逃げ出す事が出来たしタイミングを合わせるのが上手い2人で良かったと思った。


『「「「 !!! 」」」』


が、不意に日が翳った。え、と思う暇もなくそちらに皆が視線を向け驚いた。何で、此処に―――否…非常に、マズイ。


「調子乗ってんじゃねえぞクソが!!」


爆ご―、


「常闇くん!!」

『わああああああッ!!』

「帷ちゃん?!!」


物凄い顔つきで迫る彼が大きく腕を振りかぶっている。これは本当にマズい。空中では避ける術がない。即座に出久の指示が飛び、常闇くんのダークシャドウが動いたのが見えてはいたが、それよりも私の頭の中のパニックの方が勝って体が勝手に反応する。
ダークシャドウとほぼ重なるように私も思わず爆豪くんの前にバリアの壁を張る。自分でも驚くぐらいの速さだ。お陰でダークシャドウによって防がれた爆撃の後にやってきた爆風を防ぐことが出来た。ほ、本気で殴りに来てた。


『びっくりしたびっくりしたびっくりしたびっくりした…!!!』

「た、助かったよ帷ちゃん」


再びお茶子ちゃんの能力で無事に着地するや否や、呼吸を整えに入る。本気でビックリした事を悟ったのであろう出久が困り気味に声を掛けてくる。その後ろでは単独で飛び上がった爆豪くんを瀬呂くんが個性のテープを飛ばし、回収していた。


「≪おおおおおお!!!?騎馬から離れたぞ!?いいのかアレ!!?≫」

「テクニカルなのでオッケー!!地面に足ついてたらダメだったけど!」


これで空中も危険な事が立証された。否、本当にあの人は何をするか分からない。目的の為なら手段は択ばないって感じ。いつもいつも無茶ばっかりして、傷つくって、気に入らない事があればすぐに怒るし…。


「≪やはり狙われまくる1位と猛追をしかけるA組の面々共に実力者揃い!現在の保持Pはどうなっているのか…7分経過した現在のランクを見てみよう!≫」


実況中継の声も遠くに聞きながら、兎に角立ち止まらないように駆け足で動き出す。と、不意に実況の言葉通り、会場にばかり目を向けていたであろう観客たちが一斉にモニター画面に視線を移し…息を飲むような音が聞こえた気がした。
声援で湧いていた会場がシン…と少しだけ静まり返る。その空気に自然と視線がモニター画面に向いた…瞬間、私も一瞬ポカンとしてしまった。


「≪………あら!!?ちょっと待てよコレ…!A組 緑谷以外パッとしてねえ…てか爆豪あれ…!?≫」


今さっき、此方に奇襲を仕掛けてきた爆豪チームからPが消え、峰田くんや透ちゃんのチームからもPが消えている。代わりに自分達の後を追うのはB組ばかり。周りの話を小耳に挟んだ感じ、どうやらB組は予選で第2種目に昇れるギリギリラインを走り後方から此方の個性を観察…予選を捨てた長期スパンの策だったらしい。
ということは私たちのPに固執しているチームばかりではないという事。確かに後半戦に入り、コツコツ他のチームからとにかくPを稼ぐチームが徐々に増えているようだ。ならばこの流れに乗って逃げられればいける。そんな考えを頭に過ぎらせると出久も同じ事を思ったようで、微かに笑みを浮かべた。


「皆、逃げ切りがやりやす…」


ザッ


「≪さァ残り時間半分を切ったぞ!!≫」


が、その笑顔もすぐに消える。出久の言葉を遮るように立ちはだかる壁。その巨大な壁に実況の声が遠い。あと半分、あと半分なのにどうしてこうも簡単に逃げ切れないのだろうか。


『…で?何か言った?出久』


どこが逃げ切りやすくなったって?という様に苦笑する私の傍で常闇くんとお茶子ちゃんが険しい顔をその立ちはだかる大きな壁に向けている。嗚呼、本当に大きな壁。出来ればぶつかりたくなんかなかったんだけど。


「そう上手くは…いかないか」


フウッと一息吐き、真剣に相手を見つめる出久。そう、これは戦いだ。心のどこかではそうそう上手く行くはずないと分かっては居ながらも、こう難題に直面すると流石に堪える。


そろそろ 奪るぞ


ゾワリ。何だろう。この背筋をものすごい勢いで駆け上る感覚は。百ちゃんと上鳴くん、飯田くんが騎馬のチーム。…その3人が支える上に騎手として凄い剣幕でこちらを見つめている轟くん。本当に本気で獲りに来ているんだろう。今までに見た事が無い轟くんの言葉が自棄に冷たく響いた。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -