※出久視点


体育祭まで2週間に迫り、体育祭で出場する個人の出場種目が正式に決まったりと、すっかり学校内でも体育祭に染まりつつあるその日。また、一日の授業が終わり、皆が一斉に下校を始めた時だった。



「あ、帷ちゃん一緒に帰―、」

『ゴメン出久!今日もちょっと用あるから先帰ってて!!』



僕は避けられているんだろうか。



「う、うん…分かった」

『じゃ、また明日ね!出久』


満面の笑顔でバイバイと手を振って教科書や授業の合間の間食用に持ってきているお菓子の詰まった鞄を肩に掛け、一目散に教室を飛び出していく彼女の背を見送りながら固まる僕。…どうも、緑谷出久です。
此処の所どうやら僕は帷ちゃんこと、眞壁帷ちゃんに避けられているかもしれません。体育祭が迫ってからと言うもの、僕と彼女が一緒に帰る機会が愕然と減りました。家がとても近いのもあって今までずっと一緒に帰っていた分、少し寂しいです。

ある日を境に、彼女は定期的に用があると言って放課後になると一目散に何処かへ向かって教室を飛び出して行くようになった。何処に行っているとか、何をしているのかとか気にならないと言ったら嘘になるけれど、変に帷ちゃんの事を詮索するのには気が引けた。が、やはり気になるものは気になる。けど、彼女の後を追い駆ける事も素直に問いかける事も何も出来ない僕は、いつものように溜め息を吐いて下校するしかないと鞄を背負ったその時、


「あ、そうだ 緑谷」

「はい?」

「一つ頼まれてくれねぇか?」


教室を出ようとしていた矢先、不意にホームルームを終え資料をまとめていた相澤先生が僕を呼び止めた。僕は素直に先生の元に駆け寄ると、ほいっと何とも軽く一つの紙の束を手渡された。まさか僕だけ何か課題追加とかいうんだろうか。


「それをセメントスのとこに持ってってくれ」

「セメントス先生に?」


どうやら今後の授業やらに関する資料やら回収した課題のプリントやららしいその紙の束を見てキョトンとする僕。この後先生たちはきっと職員室で顔を合わせるだろうにどうして僕…生徒に頼むのだろうか。


「ヤツは多分体育舎に居る」

「多分って……え?体育舎ですか?」

「そうだ」


体育舎ってあのグランドの端にある、ヒーロー科以外の生徒が普通に体育の授業とかちょっとした休み時間とかの運動に使う謂わば体育館ってやつの事で、殆ど僕らヒーロー科は使わない。なにせ僕らには広大なグラウンドとUSJがあるから。


「ったく、今日も何時間付き合うんだか」


そんな所になんでセメントス先生が?という疑問も浮かんだけれど、それが口から出るよりも前に相澤先生が良く分からない言葉を発する。その発言にも首を傾げて相澤先生を見つめていれば、先生は「じゃ、頼むな」なんて言って教室を出て行く…と、不意に入口の扉に手を掛けて何かを思い出したかのように此方を振り返った。


「ひとつ言っておくが…」

「?」

「くれぐれも、邪魔してやるなよ」

「…? はい…」


邪魔って何の?まさかセメントス先生、何か作業しててその邪魔に行くのが面倒だからぼくに資料渡したとかそんなオチじゃないでしょうね?!先生!と心の中でツッコミを入れながら教室を後にする相澤先生を見送って、僕も体育舎に向かって教室を出た。

こうなればさっさと用事を済ませて帰ろう。なに、簡単だ。セメントス先生に資料を渡して終わり。それに、上手く行けば何か先生が凄い戦闘訓練とかしてるのを見れるかもしれない。プラス思考、プラス思考。
そんな事を想いつつも長い廊下を進んでいけばそう時間が掛からない内に体育舎に辿りついた。通い慣れないせいかちょっと新鮮だ。それなりに大きい体育舎の入口に立ってガラス張りの扉から中を覗いた―、


「(…あれ?…あれ、って…)」


既に生徒たちは下校を始めている時間。況してやヒーロー科の生徒があまり来ない筈の体育舎。そこに何故か僕の知っている顔があった。あ、いや、先生とかじゃなくって、僕と同じ生徒で知っている…というより見慣れている顔。


「(帷…ちゃん?)」


体操着に身を包み、両手を両ひざに合わせながら息を切らしている帷ちゃんだった。上がった息を整えながらグッと視線を上げる彼女の視線は僕を見ていない。けれど、真っ直ぐなその眼は真剣そのもの。僕もあまり見ない彼女の顔だった。


「おや、緑谷君じゃないですか」

「うわっ!?!」


その彼女の真剣そのものの顔に興味をそそられた僕は息を飲んでそのガラスの向こうを覗き込むようにして見つめていた。そんな時、後ろから突然声を掛けられて驚いた僕は思わず飛び上がってしまった。恐る恐る振り返るとそこには何とも穏やかな顔をしたセメントス先生が立っていた。


「こんな所に珍しいですね。何か用でも?」

「え、あ、は、はい!!あの、僕、相澤先生に頼まれてこれを―!」


本来の目的を完全に忘れていた。そう、彼女を見た一瞬の内に。自分は別に覗きをしていたわけではないと慌てて手に持っていた資料をセメントス先生に手渡すと、「嗚呼、なるほど」と僕が此処に来た理由に納得したようでまたにっこりと微笑んだ。


「ご苦労様です」

「いえ、とんでもないです。…………あ、あの、」


本来なら此処で「失礼します」で任務達成の筈だ。でも僕は、気づいたら声に出していた。気になってしまったんだ。彼女がどうして此処に居るのか。そして、きっとセメントス先生は何かを知っていると思ってしまったから。


「丁度、体育祭まで2週間切るところだったでしょうか…」


僕の言いたかった事、聞きたかった事を察してくれたのか静かにセメントス先生がガラス張りの扉の向こうで何かに向かっていく彼女の姿を遠くに見つめながら話し始める。


「突然、私の所に来て体育祭に向けて練習したいので力を貸してほしいと言って来ましてね。何でも新技を理屈的に考えたのは良いけど実際に使えるのか実践したいとか。いやあ流石の私も驚きました」

「帷ちゃんが…」

「結局、私が根負けして私が学校に居る間だけの約束で此処を貸してます」


それを聞いて、彼女がどんな様子で必死に交渉したか容易に想像できる。彼女がどれだけ必死に自分を高めようとセメントス先生に駆け寄ったか。きっと彼女の事だ、セメントス先生だけじゃなく他の先生にも声を掛けたのだろう。


『私、このままじゃいけないと思ったんです』


セメントス先生は根負けした時に彼女が言った台詞を思い出しながら笑った。真っ直ぐな瞳で先生を見つめながら、そして何より彼女の中で曲げられない信念が動いていたに違いない。帷ちゃんなら言いそうだな、とか思いながら僕もいつの間にかガラスの扉の向こうで何度も何度もなにかに向かって腕を振るっている彼女を見守っていた。


「彼女はとても努力家ですね」

「そうですね」


思えば彼女は昔からそうだった。誰にも言わず、誰にも知られず努力を惜しまないタイプ。負けず嫌いで、何か自分の中で気に喰わない事があると徹底的に自分を追い詰める。幼稚園から小学校の約10年間近く、彼女の傍に居た僕が知っていて当然のことだった。今まで忘れていたのが嘘みたいに記憶が蘇る。
だから、此処最近も一緒に帰れなかったんだ。だから相澤先生もあんなことを言っていたんだ。別に僕を避けている訳では無かったようだし、少し安心しつつ僕も気合を入れなきゃという気持ちが昂って来た。ヒーローに近づく一大イベントがもうすぐそこまで迫っているのだ。うかうかなんてしていられない。


「…あの、僕、失礼します。僕も帰って体育祭に備えます」

「はい。そうして下さい」


くれぐれもこの事は内密に、と人差し指を立てて言うセメントス先生に「はい」としっかり返事を返し、一礼するとそのまま僕は家に向かって駆け出した。きっと帷ちゃんだけじゃない。皆も今頃何だかんだ体育祭に向けて準備してる筈だ。別に僕もまるで準備していなかった訳じゃないが、これ以上遅れを取る訳には行かない。


そう言えば、僕っていつも帷ちゃんに背中を押されてる気がするな。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -