「≪オイオイ第一関門チョロイってよ!!んじゃ第二はどうさ!?落ちればアウト!!それが嫌なら這いずりな!!ザ・フォーーール!!!≫」


ロボ・インフェルノたちの妨害の波を超えた先の長い階段を登り切ると、目の前に広がっていたのは断崖絶壁のステージに心もとないロープが張られている。断崖絶壁の底は見えないほどに深く、落ちればもう競争(こちら)に戻ってくることは無いだろう。…成程、かなり壮大な綱渡りをしろということらしい。これは勢い任せに進むのは難易度が高いな。


「大げさな綱渡りね」

『あ、梅雨ちゃん!』

「お先にね、帷ちゃん」


辿り着いた生徒たちが思わず1度は足を止めて辺りを見回しそのステージの壮大さに息を飲んでいる中、帷の横にいた梅雨ちゃんが難なくロープを掴んで進んでいく。嗚呼、蛙の個性だとあんな易々と進めるものなのか。


「フフフフフフ来たよ来ましたアピールチャンス!私のサポートアイテムが脚光を浴びる時!見よ全国のサポート会社!ザ・ワイヤーアロウ&ホバーソウル!!」

「サポート科!!」

「えーアイテムの持ち込みいいの!?」


みんながスーツではなく公平を期すために体操着を着用している中で、随分と色々な機械のようなものを着けている重装備な人だと思ったが…成程サポート科なら納得できる。彼らは"別の公平基準"を持っている。


「ヒーロー科は普段から実戦的訓練を受けてるでしょう?"公平を期すため"私達は自分の開発したアイテム・コスチュームに限り装備オッケー!といいますかむしろ…サポート科にとっては己の発想・開発技術を企業にアピールする場なのでスフフフフ!!」


そう言い残し、サポート科の彼女は「さあ見て出来るだけデカイ企業!!」とか叫びながら自分の装備している発明品からワイヤーを飛ばして隣の崖に飛び移って行く。そんな彼女を合図に、立ち止まっていた生徒たちが次々と動き始める。順位とか個性とか言っている暇は無い。何が何でも取り敢えず突破しなければ話は始まらないのだ。


『(アピール、アピール…になるかは分かんないけど)』


そうだ。彼女の言う通り、此処はアピールする機会でもあるのだ。しかしそこまで目立つことは好きじゃない。寧ろ、この目立たない私に目を止めてくれた所が一社でもあればそれで良いとさえ思っていたが、そうも言っていられない。目立ってしまおうが何だろうが、此処を突破しなければ競争は終わらない。


『うしっ』


覚悟を決める。あまり地面が無いところで使うのは気が進まないし、体力的にもかなりキツい所に来てしまってはいるが此処で勝負を賭けるのもありかもしれない。少し助走を取りながらスタートの崖から一気に駆け出す。
隣の崖に渡る為に張られたロープに手を掛けている生徒を横目に帷は大きく踏み切って飛んだ。そしてそのまま自分の真下にバリアの床を張る。今度は弾力性のない、地面代わりのバリアだ。出来るだけ体力を使わないように小さな面積のバリア、足が置けるだけのスペースのものを進行方向に張っては消して、張っては消してを繰り返して進む。傍から見ればきっと普通に地面を走っているかのように空中を走っているように見えるだろう。
そんな間にプレゼントマイクの実況中継によると、とっくに轟くんはこのステージを抜けたらしい。そんな放送を聞いてフと、爆豪くんもその後追っ駆けてるんだなろうなぁとか出久はどの辺走っているだろ、とか頭を過ぎった。…あれ?なんで爆豪くんの事考えてんだろ。さっきので散々腹立ってんのに。


「おそらく兄も見ているのだ…かっこ悪い様は見せられん!!!」

「≪カッコ悪ィィーーーー!!…おぉっ!?≫」


そんな事を脳裏で考えながら空中を走っていると、視界の先に見えてきたのは飯田くん。個性がスピードだけあって物凄い速さで、更に凄いバランスで細いロープの上を駆け抜けている。…格好はどうであれ、スピードは上位に匹敵する。でも、


『綱渡りも早いね!飯田くん!!』

「おぉ、眞壁くんか!君もさすがだ!ちゃんと個性を活かしているな!」

『フフー!じゃ、そういうことで先に行かせてもらうね!』

「何!!?」

『お互いガンバロー!』

「ちょ、会話が噛み合ってないぞ!眞壁くん!!」


不安定な足場の飯田くんに比べ、私は実際地面を走っている感覚と同じ。ロープの揺れに左右される事も無ければ自分のタイミングに合わせて進む事が出来る。何の障害も無いに等しい状態で一気に飯田くんを追い抜いてステージを抜けた。


「≪先頭が一足抜けて下はダンゴ状態!上位何名が通過するかは公表してねえから安心せずに突き進め!≫」


そんな態々言わなくても良いのに。まぁ、プレゼントマイクの言う通り、順位を聞いていない分変に焦らないで自分のペースで追い上げを仕掛けられる。此処まできてペースを乱していては良い結果は出ない。が、油断が出来ないのがこの体育祭の醍醐味。気を抜けば、一瞬で終わりだ。


「≪そして早くも最終関門!!かくしてその実態は―――…≫」


断崖絶壁のステージを抜け、そのまま走り続けると次に目の前に広がったのはそれなりに広大な何もない更地。しかしそのステージの端には明らかに危険を表示している看板が立っている。


「≪一面地雷原!!!怒りのアフガンだ!!地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ!!目と脚 酷使しろ!!≫」


何て事だ。これが学生時代に行う体育祭の障害物競争だろうか。最早、ヒーローになる為の実技試験に近い気がしなくもない。地雷ってなんだ、地雷って。それなりに威力は無いそうだが、当たったら当たったでそれなりに順位を落とす事は必須。更に言うならば、全くもって荒らされていないそのステージでは先頭になればなるほど不利になるという事。


「エンターテイメントしてやがる」

「はっはぁ俺は――関係ねー!!


私が体力ももう少ない中、此処からゴールまで走りきる事を優先的に考え、個性を出来る限り使わないようにしようと意気込み地雷ステージに足を踏み入れた頃。前方を行く数人の生徒たちの更に向こう。先頭の先頭…どうやら一抜けしていた轟くんの元に爆豪くんが追い付いた…否、


「≪ここで先頭がかわった――!!喜べマスメディア!!お前ら好みの展開だああ!!≫」


轟くんを抜いた、らしい。選手宣誓で宣言した通り本気で獲りに行っている。2人の姿をどうにか視界に捕えているが流石にあそこまでスピードを上げるほど体力が残っていない。況してや、バリアを張るのも危うくなりつつある今地雷を気にせずに走りぬけることは今の私には少し難しい。此処で自棄になるか、このままの位置を維持するか…究極の選択だ。


「≪後続もスパートかけてきた!!!だが引っ張り合いながらも…先頭2人がリードかあ!!!?≫」


自分の中で究極の選択で葛藤する中、此処に来てプレゼントマイクの実況で焦りが走り始める。ゴールも近いと見えて、後方の生徒たちも一気に追い上げてくる音も徐々に徐々に近づいてくる。
それに焦りが重なって足を速めたりしてしまうが、前方で焦って走り出した生徒が地雷を踏んで吹っ飛んでいくのを見てまたペースを落としたりと徐々に自分のペースが乱れが目立ち始めるのを実感するので余計に苛立つ。

前の生徒たちが走って行った地面のコースを辿りながらどうにか自分の位置を保つが、もう少し彼ら(先頭)に近づきたい。欲が出てしまうのは敗因に成りかねないが、これはどうにもできない。ええい此処までくれば一か八か―…そう思った矢先、


BOOOOOOOOOOM


後方で爆発が起きた。否、普通なら誰か地雷踏んだんだろ、で終わる筈だがそうじゃない。明らかに地雷1つを踏んだだけの威力じゃない。一度に幾つもの地雷を同時に爆発させたような…兎に角そんな爆発だ。爆発に誰もが後方を振り返った。


「≪後方で大爆発!!?何だあの威力!?偶然か故意か――A組 緑谷、爆風で猛追―――!!!?…っつーか!!≫」


…嘘。


「≪抜いたあああああー!!!≫」


依然として足を止めていない私たちの頭上を飛んでいくその存在に、思わず言葉を失った。鉄板に乗った出久だ。先ほどの凄い爆風に鉄板を乗せ、その上に自分を乗せて一気に飛んできたのだ。しかも前方の2人も抜いてしまうほどに。


「デクぁ!!!!俺の前を行くんじゃねえ!!!」

「後ろ気にしてる場合じゃねえ…!」


空飛ぶ絨毯ならぬ空飛ぶ鉄板に乗ったまま追い抜いて行く出久を見上げながら物凄い勢いで爆豪くんが更に自身の爆発の威力を上げて追い駆ける。それに負けじと先頭争いをしていた轟くんも自身の個性で氷の道を作って前へと出る。
一気に追い抜いた出久を更にその各々の個性を使ってラストスパートの如く使い分けて再び出久を追い抜こうと距離を詰める2人。対して出久の方は明らか失墜しかけている。このままでは着地も無事では済まないかもしれない。どうするの、出久と視線を出久に向けたまま私もステージを一気に走り抜ける。と、


『!』


一瞬、出久と目が合ったような気がした。それも出久が失墜しつつある鉄板そのものの重みを利用して空中でグルンと一回転した。着地の為の一回転では無い。轟くんと爆豪くんが地面に落ちかけている出久の両脇を走り抜けかけたその時、出久が回転させた鉄板をそのままの勢いで思い切り地面に叩きつける。と、地面に埋まっていた足元の地雷が爆発し、轟くんと爆豪くんの足を止めた。


「≪緑谷 間髪入れず後続妨害!!なんと地雷原クリア!!≫」


巻き起こる砂煙の壁の向こうで、出久が地雷の爆風に乗って再び先頭に躍り出た。転がるようにして何とか着地した彼はそのまま全力でゴールに向かって駆け出す。地雷に怯んだ轟くんと爆豪くんもすぐに復帰して出久の後を慌てて追いかける。そんなトップたちの背中を見つめたまま、私も思考停止に成りかけながらも必死に足を動かして前方を走る生徒たちに混ざって彼らを追った。


「≪さァさァ序盤の展開から誰が予想出来た!?今一番にスタジアムへ還ってきたその男…緑谷出久の存在を!!≫」


私でさえ予想しなかった。出久には悪いが、当初から私の頭の中では轟くんと爆豪くんのトップ争いになるだろうなとだけしか考えてなかった。だって、出久があんな、鉄板に乗って最後の最後に飛び出てくるなんて。
プレゼントマイクの実況中継が何処か遠くに感じる。足の感覚も徐々に徐々に遠くなっている。あれ、可笑しいな。この日に向けて結構走り込みして体力も少し付けて来たつもりだったんだけどな…。


「≪さあ続々とゴールインだ!順位等はあとでまとめるからとりあえずお疲れ!!≫」


自分がゴールした頃にはすっかり息が上がっていて、お疲れさまと実行委員らしき人達から水を貰ってどうにかそれを渇ききった喉に流しこむ。そこでようやく周りの声が聞こえて来て、気持ちも落ち着いた。…否、落ち着いてはいなかったかもしれない。


「デクくん…!!すごいねえ!」

「この"個性"で遅れをとるとは…やはりまだまだだ僕…俺は…!」

「麗日さん、飯田くん」


そんな声がして、フッと振り返る。いつもの3人がそこに居た。何とも言えない安堵感と、そして何よりも久々に心臓の高鳴りが治まらない。その高鳴りの原因である1人に思わず疲れなんて忘れて気づけば駆け寄っていた。


『出久!!』

「あ、帷ちゃ、」

『出久に負けて、私、悔しい!』

「え、」

『でも凄い!一位だもんね!ホント見違えた!!』

「いや、その、」


素直に凄いと思った。同時に本当に悔しかった。そして何より見違えた。幼稚園小学校と一緒に居たあの出久が、この雄英で再会するまでの3年間。中学時代にどれだけ力を付けて来たのだろう、と。どうやらこの第一種目では個性を使わなかったようだが、それでも凄い。そもそも無個性から一気に此処まで成長したのだ。色々とかなりの努力をしてきた筈だ。
…本当に私の中の出久と、実際の出久はかなり違う。成長している。なら私は?体育祭前に走り込んで、皆に見つからないように密かに特訓したものの自分が強くなっているという実感は正直ない。事実、この1種目目で既に体力がかなり削られているのだ。他の生徒たちと自分を比べるとそれなりに差が見えるから余計に悔しい。
順位も順位で微妙な位置だし、次の種目も自分の体力が最後まで持つのかどうか…。照れる出久を視界に収めながらも只々私の中はこの体育祭で生き残れるかという不安だけが募っていた。


―――…


他の組も含め、私の後にゴールした人たちも皆ゴールしたらしく壇上に再び姿を現したミッドナイトが「結果をごらんなさい!」と声を上げると会場の大画面に1位になった出久から2位の轟くん、3位の爆豪くんと次々に組(クラス)と名前が映し出される。自分の名前も映し出されて暫く、ヴンと音を立てて画面が切り替わる。


「予選通過は上位43名!!!残念ながら落ちちゃった人も安心しなさい!まだ見せ場は用意されてるわ!!」


声高らかに言うミッドナイトのその言葉に思わず胸の奥に溜まっていた息を吐きだした。A組の皆と共にどうやら自分は予選通過組にどうにか無事に滑り込めたらしい…それはつまり、


「そして次からいよいよ本選よ!!ここからは取材陣も白熱してくるよ!キバリなさい!!」


体育祭の本番…本選への出場が決定したということだった。ミッドナイトの言う通り、かなりの人数が予選によって篩に掛けられ、残ったこの上位組は人数が減った分活躍すればするほど目立つ。それはこの体育祭に来ている取材陣やスカウト目的の会社にアピールするチャンスが更に増える。キバらずしてどうする。


「さーて第二種目よ!!私はもう知ってるけど〜〜…何かしら!?言ってるそばから…コレよ!!!!」


予選通過組に休憩はなし。予選落ちした人達が捌けて行った中、第一種目の時と同じようにミッドナイトの背後にあるモニター画面に次の種目がデカデカと表示された。その大きく並んだ文字を見て、思わず息を飲む。


『騎馬戦…!!』


その文字を見て傍に居た上鳴くんが小さな声で「オレダメなやつだ…」とあからさまに苦手そうな表情を浮かべている横で「騎馬戦…!」と上鳴くんとは対照的にどこか嬉しそうな表情の峰田くん。…彼が一体何を考えているのかは正直考えたくない。


「個人競技じゃないけど、どうやるのかしら」


そんな正反対の反応を示している2人を余所に呟く梅雨ちゃんの疑問。確かにさきほどの予選は障害物競争という個人競技だったが、騎馬戦は1人で出来るものではない。最低でも騎馬と騎手の2人が居ないと…そんなみんなの疑問を代弁した梅雨ちゃんの言葉に応えるかのように、壇上のミッドナイトがサクサクと説明を始める。


「参加者は2〜4人のチームを自由に組んで騎馬を作ってもらうわ!基本は普通の騎馬戦と同じルールだけど1つ違うのが…先ほどの結果にしたがい、各自にP(ポイント)が振りあてられること!」

「入試みてえなP稼ぎ方式か。わかりやすいぜ」

『…ということは、組み合わせによって騎馬のPが違うってことか!』

「あー!」

「あんたら私が喋ってんのにすぐ言うね!!!」


ミッドナイトの説明に大方察しがついた砂藤くんとか私なんかが我先にと言わんばかりに審判であるミッドナイトの役割を奪って行けば、流石の彼女も声を張り上げた。が、察しが速くて助かったのか、そのままサクサクと説明を続ける。


「ええそうよ!!そして与えられるPは下から5ずつ!43位が5P、42位が10P…と言った具合よ、そして…1位に与えられるPは…」


Pは重要だ。チームを組むにしても全員の合計が低すぎても高すぎても駄目だ。自分のPと組む人のPのバランスを考えなきゃ。って事は私がこれぐらいで―…。問題は1位のPだ。誰もがそのPに注目している、と。


1000万!!!!


…え、


「1000万?」


小さく背後で震えている声が聞こえた。え?桁間違ってない?計算、可笑しくない?そんな考えが頭を過ぎったが、それよりも自分のことじゃないのに体が震え始めたのに驚いた。否、本当に震えたいのは"彼"の筈だ。
その桁違いのPを聞いた途端、予選通過組の皆の視線が一斉に1点に集まる。え?どこに集まってるって?聞かなくても分かるでしょ。勿論私自身も反射的にそちらに視線を向けた。


『…い、いず、』

「上位の奴ほど狙われちゃう―――…下克上サバイバルよ!!!


良い意味でも悪い意味でも一瞬にしてこの雄英体育祭会場全ての注目を攫ったのは、優しい私の幼馴染。高らかに響き渡るミッドナイトの言葉なんてロクに耳に入って来なかった。



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