「スターーーーーーート!!」


ゲートの上に点いている3つ目のライトが消えた瞬間、一斉にゲート前に群がっていた生徒が動き出す。密度が半端ない。いつぞやの食堂の騒ぎを思い出させるが、今回はそれ以上だ。皆パニックに陥っている訳じゃないし、寧ろ真剣そのもの。押すな押すなと言いつつも少しでも前に出たい一心で結局後方が押し出す形になっている。しかし、


「ってスタートゲート狭すぎだろ!!」

『(嗚呼、これはもうスタート地点(此処)からすでに―…』


そう。ゲートがこの参加者の数を考慮したとは思えないほどに狭いのだ。つまりこれは、この障害物競争の最初の篩。障害物の1つと言っても過言では無いだろう。最早、スタート地点から壮絶な戦いは始まっているのだ。
さて、どうしたものか。バリアで無理やり周りを吹き飛ばしても構わないが、それはそれで怪我人続出の原因になりかねない。かといってこのままでは明らかに出遅れ組の仲間入りだ。後から追い上げるよりも少しばかり前の方に出て、その順位を維持しつつ余裕を持ちたいのが本音。他にでは無いものかと判断に迷っている、と。

パキ

ハア…っと吐いた息が微かに白みがかり、フワリと頬を撫でる先ほどまでは確かに感じなかった筈の冷気が前方から流れてくる。「ってぇー!!何だ凍った!!動けん!!」とか寒いとか色々な声が前から聞こえる。嗚呼、彼が"動いた"と直感で分かった。


「≪さーて実況してくぜ!解説アーユーレディ!?ミイラマン!!≫」

「≪無理矢理呼んだんだろうが≫」


プレゼントマイクと相澤先生の実況中継が始まったのを遠くに聞きながら、ギチギチに詰まったゲートの先に一番に飛び出して行った彼の背中をどうにか視界に捉える。前方が彼の個性に凍らされて動けなくなっている為に後方も中々前に出れなくなってしまったのだ。


『ハハ、早速仕掛けたねぇ轟くん。なら…』


これはチャンスだ。私だって…いや"私たち"だって黙っちゃいない。このチャンスを逃す訳がない。自分の足元にスッと手を翳し弾力性のあるバリアを張って、それをバネに人ごみの上空に大きく飛び上がる。簡単に言うとトランポリンの要領だ。


「甘いわ轟さん!」

そう上手く行かせねえよ半分野郎!!

「っぶな」

「二度目はないぞ!」


まるで私を引き金にしたかのように一斉に人ごみの中から1−Aのメンバーが一斉に轟くんを追って各々の個性などを駆使し飛び出し彼を追い駆ける。私よりも前に居た人たちが一斉に前に飛び出していくものだから、私も負けじとそのまま空中にバリアを張って足元に小さな床を次々作って人ごみの上を駆け抜ける。


「クラス連中は"当然"として、思ったよりよけられたな…」


どうにかゲートに詰まった人ごみの上を通過し、足を止める事無く地面に飛び降りる。まだ、前方には何人も居て予選通過できるという安心感はまるで無い。必死に前方を行く人たちの背中を追って走る。が、私はすっかり油断していた。


「峰田くん!!」


私の走っていたすぐ前。ヒュン、と物凄い勢いで見覚えのある何かが真横に吹っ飛んで行った。うん。出久が叫んでる声が聞こえたし、多分遠くに飛んでったのは峰田くんだ。それよりも問題なのは何で峰田くんが吹っ飛んで行ったか、という事。


『ッこれは、また…』


自分たち生徒の前に立ちはだかる大きな影。見覚えのあるその大きな金属の塊に思わず苦笑が漏れる。


「ターゲット…大量!」

入試の仮想敵(ヴィラン)!!?

「≪さぁいきなり障害物だ!!まずは手始め…第一関門 ロボ・インフェルノ!!≫」

「入試ん時の0P敵じゃねえか!!!」

「マジか!ヒーロー科あんなんと戦ったの!?」

「多すぎて通れねえ!!」


これが"障害物"とか…やっぱり雄英はスケールが違うね、なんて感心してる場合じゃない。ロボ・インフェルノと命名されているそのロボットたちは入試の時よりも明らかに数が多い。流石のトップを走っていた轟くんもロボット達の壁に足を止めていた。


『もう見る事無いと思ってたんだけどなぁ…』


あんな苦労はもう人生で一度あればいいと思っていたのだが、そう現実は甘くないようだ。まぁ、今回は入試の時のようにこいつ等を"避ける"の一択しかない訳では無い。両手を構えて息を吸い込んだ時、また前方からフウッと冷たい冷気を感じ、視線をそちらに向ければパキッと音を立てながらロボ・インフェルノが一瞬にして凍った。


「あいつが止めたぞ!!あの隙間だ!通れる!」

『(!…成程、そう来たか)』


凍ったロボ・インフェルノの隙間を颯爽と走り抜け、再び一番に駆け抜けていく轟くんの背に、他の組の子たちから声が上がる。この絶望に近い状況の中で態々轟が造ってくれたその抜け道に、利用しない手は無い。特にロボットに対抗できない個性を持っている誰もが喰いつくだろう。…しかしそれは罠だ。


「やめとけ。不安定な態勢ん時に凍らしたから…」


自分の後を追って凍ったロボ・インフェルノの隙間を潜ろうとした生徒に向け、轟が足を止める事無く声を上げる。そして一度此方を振り返った視線を再び前に戻した轟くん。嗚呼、性質が悪い。


「倒れるぞ」


瞬時に見抜いた帷を含めた生徒たちが見つめる中、潜ろうとした生徒たちの目の前で凍らされたロボ・インフェルノが一斉に倒れ、更なる壁となった。


「≪1−A 轟!!攻略と妨害を一度に!!コイツはシヴィ―!!!≫」


本当に勝ちに来ている。いつもの物静かなイメージの轟くんとは違う。本気だ。あっという間に見えなくなってしまった轟くん。このまま一位を独占するつもりだろうが、そうすんなりと行かせるものか。徐々に自分の中にも火がついて行く。


『私も、うかうかしてらんないね…っと』


ロボ・インフェルノが倒れて舞い上がった砂埃で視界が少し悪いが、これはこれで利用しない手は無い。息を顰め、生徒たちを標的に競ってしているロボたちのセンサーを出来る限り避ける。
この障害物競争のルールはコースさえ外れなければ何をしても良いのだ。勿論、ロボたちを破壊しながら進むのも手だが、それでは時間がかかりすぎる。なら出来るだけ戦闘を避けつつも、ロボたちの妨害を制していかなければならない。なら、残されたコースはロボたちの"上"だけだ。再び静かにバリアを足元に張ってそれを踏み台にロボ自体の体を少し足場のようにして駆け上り、そのままロボたちの頭上を足場にして駆け抜ける。身軽で助かった。


「≪おおっと眞壁!!下が駄目なら頭上から作戦かぁああ?!≫」


ええい煩い。そこまで目立つつもりじゃなかったのに実況中継の的にするなプレゼントマイク!と心の中で叫びながら次々と目の前に現れるロボたちを踏み越えていく。と、急に目の前に見覚えのある背中が下から飛び出して来た。


『ッ?!!』

「っぶねぇなぁ!!テメ―、」


爆豪くんだった。彼もロボの上を飛び越え避けていく作戦に出たらしい。此方を振り返った彼は、まさか私がロボットの上を飛んでるとは思っていなかったのか私を見るなり言葉を詰まらせて驚いたようだった。あまり見た事の無い彼の顔に此方まで一瞬固まってしまったが足を止める訳には行かない。数秒の間が長い。と思った矢先、彼はいつもの顔に戻って口を開くなり怒声を上げた。


「何でテメエが俺より先に飛んでんだ!!てか飛び出してくんな!!このナキムシ!!」

『と、飛び出してきたのはそっちでしょうが!こっ、この爆発男!!』

「ああん?!!!」


まさか私が言い返してくるとは思っていなかったのだろう(私自身も驚いた)。かなりの不機嫌な顔でこちらを振り返る彼の顔は将に鬼の形相。いっそこのまま彼の目の前にバリアを張ってやろうかとか思いつつ、うわあと若干引いている私を余所に、爆豪くんを追って来たらしい瀬呂くんと常闇くんが下から現れた。


「うお?!何だよこの状況!」

『あ、あっちが勝手に怒ってるだけだよ瀬呂くん!』

「んだとこのナキムシ!!」

「おいおい、喧嘩は種目が終わってからにしろよお前等」

「…まさに修羅場」


まさかロボの上で喧嘩が始まってるとは誰も思わなかっただろうが、そんな中でも誰も足を止める事無く1人一抜けで先頭を走る轟くんを追って皆がひたすら走る。誰かを妨害した方が自分にとっては都合がいいかもしれないが正直余裕が無い。今後の事を考えると普段から少ない体力を出来るだけとっておかなければ最後の最後にしくじるのは目に見えている。仕掛けるにしてももう少しタイミングを見なければ…。
そんな事を脳内で繰り広げている中、瀬呂くんのやれやれというような言葉に「チッ」と小さな舌打ちを零してそのまま爆豪くんが物凄い勢いで飛び出して行った。本当何なんだ彼は。怒りを通りこして最早唖然としてしまった私を横目に「じゃ、先行くわ」と瀬呂くんが飛び出し、続けて常闇くんが「無理はするな」と言い残して爆豪くんを追って行った。

くそう。やっぱり体力の差は埋められないか。…とりあえずありがとう常闇くん。



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