…ついにこの日が来てしまったか。と息を吐けば、その息は綺麗な青空の中に静かに溶けた。受験シーズンが終わり、どこもかしこも入学式シーズンに突入し始めた季節。本日、私は人生の進路を確定すると言っても過言では無い場所へ入学する。
つい数か月前まで真っ白だった進路希望調査表が、たった一日の出来事をニュースで見ただけで埋まった…と言ったらみんな笑っただろう。そういえば、一番驚いていたのは担任だった。しっかりとボールペンで記入した調査表を提出した途端、数秒の間を開けてからゆっくりと顔を上げて此方を見つめるなり「お前、興味あったのか」と言われた。まぁ、端から無かった訳じゃなかったんだが、決心するのに時間が掛かってしまった、と言えばいいのだろうか。
何にせよ、あのテレビのニュース…あれを見た瞬間、久々に心が躍った。手に汗握った。あまり使う事の無かった"個性"を柄に無く自宅で展開して見たり…その日はよく寝つけなかったのを憶えている。"彼ら"のことを思い出して―…。


「…帷、ちゃん?」


控えめの声だった。呟き、と言っても良いほどその声は小さかったのに何故だかすんなりと耳に入ってきて、反射的に振り返ればそこには驚いたような顔をしてこちらを見つめている1人の青年が立っていた。見覚えがある…というより、忘れられる訳がない。


『出久…?』


自然と出てきた名前を返事に返せば、向こうは顔をパアアと明るくしながら此方に駆け寄ってきた。その姿に此方も自然と口元が緩んだ。暫く見ていなかったが、変わっていない。否、会っては居なかったがニュースで見たのを憶えてる。そう。私の進路を決定付けた、あのニュースに彼が居たのだ。


「やっぱり、帷ちゃんだ!!久しぶりだね!!」

『出久も変わらないね!』


思わず2人して校門潜った先で手を取って笑いあった。お互いに己の人生を変えた人であり、大切な友達だ。嬉しくない訳がない。でもふと、あれ?とその違和感の正体を思い出して出久の姿を上から下まで見回すと手を取り合ったまま口を開いた。


『出久が此処に居るって事は…もしかしてヒーロー科?』

「う、うん!何とか受かったんだ…」

『…そっか』


それ以上は聞かなかった。本当に聞きたかった事は全く別の事―…根本的な事だ。"あれ?出久って個性あったっけ?"と素直に聞ければ、どれだけ楽だったか。でもなんとも言えない感情が渦巻いて聞けなかった。聞いたら出久が困ると思った。彼を困らせるのは嫌だ。


「…もしかしてだけど、帷ちゃんも?」

『うん。私もヒーロー科。無事に受かっちゃった』


へへへ。と笑えば出久もハハと笑った。何とも言えない空気が流れる。小学校まで一緒で、とても仲良しだったのにこれだけ離れてしまっているだけでこんなに気遣うような、照れくさい感じになるなんて思いもしなかった。知り合いがいるだけで安心するよ、なんて笑う出久に自然と力が抜けた。

試験の時にお互いに会う事も無く、気づかなかったのはきっとこの学校の受験の倍率が半端ではなかった事と、試験会場が違ったのだろうという結論に至った。それにお互い受験当日は緊張に緊張が重なって、周りの事なんて気にしてる暇もなかったという原因もあったのだ。気づけなかったのも十分あり得る。
そしてそんな話をしつつ、入学式初日に遅刻するわけにも、ずっとこのままでいる訳にも行かずに取り敢えず出久と並んで歩き出す。小学校の頃は大して身長も変わらないぐらいだったのに、今ではすっかり出久の方が大きい。流石男子だなぁなんて思って彼を見ているとちょっとだけ出久の顔が赤くなったような気がした。


「…あ、そういえば帷ちゃんは何組?僕1−Aなんだけど」

『え!私も1−A!』

「へへ。一緒だね」

『うん…また、一緒に頑張ろう』

「う、うん」


また、なんて何でそんな事を口に出してしまったのか。否、以前から一緒に頑張って来たのは事実だ。私は出久に支えて貰ったし、私も出来る限り出久を支えてきた。…まぁそれも小学生までだったが。
というのも親の都合で引越しをしてしまったのだ。丁度タイミング的にも良いだろうという事で中学から出久とは別の学校に通う事になった。あの後もきっと出久はアイツに何だかんだ言われたり、時には暴力振るわれたりしていたに違いない。引っ越ししてからも、出久が無事だろうかと気になって仕方なかったのも事実だ。
でも、こうして再会した彼はあの頃の彼じゃない。どこか違う雰囲気を纏っていて、第一にあのニュースでの素晴らしい行動力と判断力、そしてなにより此処に彼自身の力で入学した時点で以前の彼とは違うのだ。私の心配し過ぎだったらしい。彼は彼なりに色々と乗り越えられたのだ。…1人で。


『あ、此処だ』


懐かしい話をしながら階段を上り、通路を歩いて居ればあっという間に自分達のクラス…つまりこれから新たな仲間と共に過ごす教室に辿りついていた。思わず通り過ぎそうになった出久をストップストップと引きとめて、2人並んでドアの前に立つ。思わず出久が「大きい…バリアフリーか」と横で呟いていたが、本当にドアがデカい。


「…あの受験者数から選ばれた人(エリート)達…」

『できれば、面白い人達と一緒が良いねぇ』


なんて呟けば、出久は少し遠い目をしながらそうだねと言った。2人とも内心、怖い人…要注意人物とは別のクラスになればいいと密かに願っていたのは秘密だ。意を決して2人でアイコンタクトを取って頷き合えば、出久がスッとドアに手を掛け横に引いた。途端、


「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」

「思わねーよ。てめーどこ中だよ、端役が!」

『「(2トップ!!!)」』


ドアを開け、目の前に広がっている光景に2人の心の声が見事に重なっている事などつい知らず、指摘を行っている少年と机の上に足を投げ出している少年…まるで真面目な生徒会長と不良生徒の戦いは続く。兎に角ヤバいなこのクラス。という考えがまず最初に頭を過ぎった。


「ボ…俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ」

「聡明〜〜〜?!くそエリートじゃねえか。ぶっ殺し甲斐がありそだな」

「君ひどいな!本当にヒーロー志望か?!」


眼鏡をかけた生徒会長のような少年…飯田君が本当に驚いたような顔を浮かべて不良少年を見た。中学で、こんな態度の生徒…ましてやヒーローを目指している生徒など居なかったのだろう。否、というよりこんな不良を見るのが初めてのような…坊ちゃんの雰囲気を微かに感じた。
そんな彼らのやり取りに複雑な表情を浮かべながら立っていると、不意に飯田君が此方に気づいた様子で、スタスタと歩み寄ってくるなり「俺は私立聡明中学の…」なんて言って自己紹介を始めるものだから、隣の出久が慌てて聞いてたことを伝える。
近づいてきた飯田君は険しい表情で出久に入試時の実技試験の構造を君は知っていたんだなとかなんとか話し始める。その話に出久も困り顔だったので、嗚呼これは出久自身も気づいて無かったな、と何となく思った。

で、どうして私自身はこんな傍に居るのに飯田君と出久の会話がおおざっぱなのかと言うと…私は、ある一点と目が合っていた。

相手は出久の姿を見て此方に気づいたようだが、私と目が合うとピタリと固まったように瞬きもせずジッと此方を見ていた。だから、私も目が離せなくなった。きっと、彼は見覚え有る顔だな、誰だっけコイツ、なんて思ってるんだろうと思った。

だから、


『…相変わらずやってるね。"爆豪勝己"くん』


皮肉を込めて少し笑ってやった。



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