会場を見渡す限り視界に飛び込んでくるのは、人、人、人。明らかにヒーロー事務所の関係者と分かるような身形の人や、恐らく警備上で呼ばれたのであろうテレビなどでよく見ているプロヒーローたち、そしてカメラ片手に頑張れよー何て言う記者やこの体育祭に参加しない科の学生たちがビッシリと会場を埋め尽くしている。


「わあああ…人がすんごい……」

「大人数に見られる中で最大のパフォーマンスを発揮できるか…!これもまたヒーローとしての素養を身につける一環なんだな」


ただ単にあの敵(ヴィラン)の一件だけで目立ち過ぎのような気がするが…。意気込んで出てきたはいいものの、此処まで注目されると流石の私でも心臓が煩くなってくる。思わず口から気の抜けた声を発する出久の横で冷静に分析する飯田くんが素直に凄いと思った。
確かに考えれば実際のヒーロなんていざ活動すれば目立ちまくりだ。メディアに一般人。いつどこでも注目の的の中でいかに冷静な判断が下せるか、それが救助や戦闘の決め手になる。今からこういう経験も必要だ。そう思うと少しだけ楽になった気がした。が、緊張は解れきれない。そんな時、ソワソワしながらこっそりと傍に居た切島くんが話しかけてきた。


「めっちゃ持ち上げられてんな…なんか緊張すんな…!」

『そうd―、』

「しねえよ。ただただアガるわ」

「お、おう。そうか…」

『……その悪人面は隠しておきなよ』


求めていた返答と違っていたのだろう少し戸惑う切島くんを横目に、私の斜め前を歩いている爆豪くんは逆にこの状況に燃えているらしい。しかしその執念に燃えている顔は明らかにヒーロー顔では無い。下手したら放送できないかもしれない。だから、少し嫌味も込めてそう言ってやった。

A組の入場が終わり、続いてB組、普通科C・D・E組、サポート科F・G・H組、そして経営科と出場する生徒たちが組ごとに入場する。体育祭に参加する全ての生徒が会場に揃い、整列する。
と、ピシャンと鞭がしなって音を立てる。視線をそちらに向ければ整列する生徒たちの前方―…壇上には18禁ヒーローのミッドナイトが立っていた。何でも今年の1年生ステージの主審は彼女のようだ。


選手宣誓!!


高校生の大会なのに18禁ヒーローで良いのかとかなんとかいう声が飛ぶ中、ミッドナイトはそんな声を振り払うかのように再びピシャンと鞭がしならせて強制的に進行する。


「選手代表!!1-A 爆豪勝己!!」


高らかにミッドナイトの口から選手代表の名が呼ばれた途端、集まる注目。嘘でしょ。とばかりに彼を見つめる私を余所に、名前を呼ばれた本人である彼は私の前から何ら表情も変えずに壇上へと向かって歩き出す。


「え〜〜〜かっちゃんなの!?」

「あいつ一応入試一位通過だったからな」


そうか。あれでも一応頭いいもんね。一応。遠退いて行く彼の背中を見守っていると不意にどこからか「"ヒーロー科の入試"な」という何処か棘のある声が飛んできた。やはりA組を良く思っていない人達が少なからずいるようだ。…それもこれもあの時爆豪くんが廊下で喧嘩腰で声を張り上げるか…ら…。
そこまで思い出してから思わず固まった。ドンドン遠退いて行く彼の背中を見つめながら徐々に徐々に嫌な予感が募って行く。ポケットに手を突っ込んだままだるそうに壇上への階段を上り、ミッドナイトの前に立つ爆豪くん。嗚呼、これは―…。


「せんせー」


思わず息を飲む。皆も不安の色を隠せないまま爆豪くんの背中を見上げ、見つめている。次の台詞を大凡予想しておきながら。そして、


俺が一位になる

絶対やると思った!!


やっぱりだ。本当にやりきったよこの人。まさかメディアやヒーロー事務所関係者も居る中、言い切るとは思わなかったが…改めて思った事は、この人に常識は通じないという事。


「調子のんなよA組オラァ!」

「何故 品位を貶めるようなことをするんだ!!」

「ヘドロヤロー!」

「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」


案の定、参加生徒たちから一斉のブーイング。彼のお陰でまた敵を作ってしまった上に、A組の印象がドンドンと悪くなる。どんだけ自意識過剰だよ、とか色んな声が聞こえてくる中、呆然としていた私は遂に何を思ったか、気づけば目の前に広がるその光景に吹き出した。


『プフッ…ぁはっはっはっはっは!!!』

「ちょ、帷ちゃん!?」

「急に何その笑い!?突然すぎて怖い!」

「落ち着いて眞壁さん!まだ壊れるには早いですわ!!」


広がるブーイングに顔を顰めていたA組の中で突如笑い出した私に周りに居た芦戸ちゃんや耳郎ちゃん、そして八百万ちゃんが驚いた様子で私を宥め始める。この環境と止めのブーイングの嵐に、遂に可笑しくなってしまったかと思われたらしい。そんなみんなに大丈夫大丈夫と徐々に笑いを治めると冷静なままの梅雨ちゃんが顔を覗き込んでくる。


「どしたの?帷ちゃん」

『いやぁ〜さすが爆豪くんだなぁ、って』

「笑い事じゃないよ!!?」


もう、呆れとか怒りとか通り越して…お見事と言っても良いかもしれない。散々笑い切った私を見てお茶子ちゃんが鋭いツッコミを入れるけれど、何事にも恐れず周りのブーイングにもまるで動じない彼に対して何も感情を向ける事は無かった。ゆっくりと壇上から降りてくる彼の顔を見れば解かる。生半可な気持ちで言い切った訳では無い。覚悟を決めたような、自分自身に絶対に1位になるということを此処で宣誓する事で言い聞かせているようにも思えた。


「さーてそれじゃあ早速第一種目行きましょう!」


A組の列に爆豪くんが戻って来たのを見計らったあたりで未だブーイングの波が少し残っている中、主審のミッドナイトがさっさと競技へと切り替える為に声を張り上げる。雄英って何でも早速だねというお茶子ちゃんのツッコミを聞きながら、最初の種目がミッドナイトの後ろのモニター画面に発表されるのを見ていた。


「いわゆる予選よ!毎年ここで多くの者が涙を飲むわ(ティアドリンク)!!さて運命の第一種目!!今年は……コレ!!!」


バンッとミッドナイトが指差す彼女の後ろのモニターにデカデカと映し出されたその競技名に辺りが一斉にザワつく。


『障害物、競争…!』


ミッドナイトの発表と共にガガガ…と会場の外周へと続く大きなゲートがゆっくりと開いて行く。途端にクラス個人問わずみんな我先にと列を崩してゲート前へと向かう。ゲートの上に点いている幾つかの赤いランプが時間が経つにつれ消えて行く。なるほど。全てが消えたらスタートの合図か。


「計11クラス総当りのレースよ!コースはこのスタジアムの外周約4km!我が校は自由さが売り文句!ウフフフ…コースさえ守れば"何をしたって"構わないわ!」


随分と物騒な言葉が聞こえた気がするが、その通りなのだろう。何たってこれは雄英の体育祭。世間でも大きなニュースになるほどのビックイベント。そして自分の個性を駆使して勝ち残る事こそがこの体育祭の醍醐味であり見どころだ。
つまり、自分の個性を駆使してどれだけ周りのライバルたちを出し抜くか、と言う事。それがどんな個性であっても、どんな手を使ったとしてもコースさえ外れなければ認められる。流石自由が売り文句の雄英校。ギラギラと上位を狙う皆の顔がいつもよりもかなり悪どく見えた。


「さあさあ位置につきまくりなさい…」


あっというまにゲート前は大勢の人だかり。勿論、上位を確実に眼中に入れている"彼ら"は逸早くゲートの前方を占領している。お陰で後ろが少しでも早く出ようと今だスタートの合図が切られてないのに前を押しているものだから、軽い押し競まんじゅう状態だ。ちなみには私はというと無難な真ん中辺の位置に陣取った。個性が使えるとあれば、ゲートの前方を必ず陣取らずとも上位は狙えると踏んだからだ。


『(さて、と…)』


皆、真剣な面持ちで前を見据える。同じクラスの皆も最早ライバル。きっと同じクラス同士で助け合う、なんてことは無いと思っていた方が良い。寧ろ蹴落とすぐらいの面持ちで居なければ此処で生き残れやしない。フッと息を吐き覚悟を決める。さぁ、もう後戻りなんて出来ない。そして、ゲートの上の赤いランプが今、全て―…


「スターーーーーーート!!」


その掛け声とともに、パッと消えた。



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