放課後―――



「うおおお…何ごとだぁ!!!?



授業も終わり、帰りのHRも終わりさて帰るかと鞄を持ち上げ出久たちと教室を後にしようと扉を開けた瞬間。お茶子ちゃんの声が響き渡る。それもそうだろう。扉を隔てた向こう側…つまり廊下には人、人、人…他のクラスの生徒たちが群がって我先にとA組を覗き込んだり携帯で写真を撮ったりしている。…普段であれば絶対に見られない光景である。


「出れねーじゃん!何しに来たんだよ」

「敵情視察だろザコ。敵の襲撃を耐えぬいた連中だもんな。体育祭の前に見ときてえんだろ」


峰田くん吐き捨てた言葉に対し、爆豪くんは吐き捨てるように…況してや息をするかのように平気で彼の事をザコ呼ばわりしてそのまま教室の出入り口に向かっていく。今にも泣き出しそうな峰田くんが爆豪くんを指差して何か言いたげだが何も言えない。それを見て出久も察した「あれがニュートラルなの」と峰田くんを慰めている。…本当、あれが通常運転なのだからどうしようもない。


「意味ねえからどけモブ共」

「知らない人のこととりあえずモブって言うのやめなよ!!」

『………』


…本当にどうしようもない。

即座に飯田くんが鋭いツッコミを入れ、流石の出久も爆豪くんの発言にアワワ…と震えている。誰彼構わず喧嘩腰に声を荒げるから、相手もそうだけど一番は周りが迷惑するのだ。本当、幾ら名前分からないからってモブとかザコとか呼ぶのだけは止めた方が良いと思う。


「どんなもんかと見に来たが、ずいぶんと偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?」

「ああ!?」


ほら見た事か。爆豪くんの言葉に釣られて厄介そうな生徒が1人…。人ごみを掻き分けて現れたのは背の高い少年。少しだるそうに後頭部をポリポリと掻きながらこちらを見つめている。


「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ」


ああん?と明らかに喧嘩腰の姿勢を崩さず、ポケットに手を入れたまま少年を見上げる爆豪くん。てか爆豪くんよりデカいって…かなりデカい。


「普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴、けっこういるんだ。知ってた?」

「?」

「体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ……」


思わずドキリとした。どうやらこの人は普通科の生徒らしい。同じ学年でもヒーロー科と普通科、さらに幾つものクラスに分かれているものだから自分に関わりが深い人でも居ない限り、どこのクラスの生徒など分かる訳も無い。
そんな少年の言う通り普通科の生徒はどれだけ素敵な個性を持っていたとしても、かなりの倍率に膨れ上がるヒーロー科から試験で落ちて普通科に入る者が多いと聞いた事がある。…未だにヒーローを志している生徒も多いだろう。つまり、このチャンスを狙っているのは確実だ。


「敵情視察?少なくとも普通科(おれ)は、調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつ――宣戦布告しに来たつもり」


ゴクリ。思わず喉が鳴る。此処まで清々堂々と宣戦布告に来ただなんて大胆にも程がある。こんな大衆の前で…。まぁ、それぐらいの個性を持っていると見て間違いない。今度の体育祭では他のクラスとも戦わなければならない。彼については注意しておいても損は無い筈だ。
ジッとその少年と見つめ合ったままの爆豪に、不意にまた別の方向でグイッと人ごみの上から飛び出すようにして身を乗り出した少年の声が飛んでくる。


「隣のB組のモンだけどよぅ!!」

『(また不敵な人釣れた…!!)』

「敵と戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよぅ!!エラく調子づいちゃってんなオイ!!!本番で恥ずかしい事んなっぞ!!」



ほら。誰かさんが喧嘩腰に声を上げなければ話するだけで済んだ筈なのに、結果相手の怒りを買ってしまったようだ。誰かさん1人の発言で、クラス全員がそういうヤツだと思われてしまっているのは最早確実である。もう、私も出久も飯田くんもお茶子ちゃんも目の前で敵が増えて行くのをただ眺めるしか出来ない。
身を乗り出し、声を荒げるB組の少年の言葉にどう責任を取ってくれるのだろうかと誰もが今教室内で最前線に立ち、更にはこの状況を生み出した張本人に目を向けた。…が。


「………」

「待てコラどうしてくれんだ!おめーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじゃねえか!!」


この状況を生み出した張本人は何事も無かったかのように、さっさと帰るつもりか人ごみを掻き分けようと手を伸ばしている。その様子に流石の切島くんも慌てて声を荒げる。本当、彼のせいで体育祭で明らかに敵に回ってしまう人がこの数分もしないやり取りでかなりの数増えてしまった事は明確。きっと、宣戦布告してきた2人以外にも野心家はかなり居る筈だ。口や態度には出さないだけで。
…まぁ、帰るのは勝手だが、せめてこの状況を少し和らげるなりもういっそかなり盛り上げるなりしてから帰って欲しい。こんな中途半端で帰るなんて―…


「関係ねえよ」

はぁーーー!?

「上に上がりゃ、関係ねえ」


ストン、と何故だか今まで胸に溜まっていた不満がどっかに行って爆豪くんの言葉が胸に納まる。爆豪くんの言葉に一瞬、教室中がキョトンと少し驚いた表情のまま静まり返る。嗚呼、本当に彼は上しか見てない。否、寧ろその一言で片づけられる彼自身が凄い。そこだけは認めても良い。


「く……!!シンプルで男らしいじゃねえか」

「上か…一理ある」

「騙されんな!無駄に敵増やしただけだぞ!」


切島くんも、常闇くんも爆豪くんの言葉に納得してしまったらしいが結局は上鳴くんの言う通り、騙されてるに違いない。でもそれでも間違いではないような気がして思わずくすりと小さく笑ってしまった。その小さな笑い声にさえ気づいたようで今にも教室を出ようとしていた爆豪くんが此方を振り返ったものだから、不意にその綺麗な紅い目と目が合った。


「…んだよ」

『いや別に?』

「…言いてえことあんならさっさと言え。泣き虫」

『その呼び方やめてよ』


未だにガヤガヤと騒ぐ野次馬と化した他のクラスの生徒たちと、教室内でワイワイ騒いでいる皆の声が少し遠い。ぶっきら棒に、面倒臭そうに言う癖に聞いてくる良く分からない爆豪くん。面倒なら話しかけてこなきゃいいのに。私の事を泣き虫って呼ぶぐらいだから、本当に彼の中では泣き虫という印象しか私には残っていないのだろう。


『…ただ、言ったからには"爆豪様は当然、上に行くんだろうなぁ"って思っただけ』


彼も気になったら言うまで引かない口なのは知っている。だから思った事をそのまま言葉にしてあげた。きっと彼は彼自身が言ったように体育祭で上を目指す…否、上になるんだろうなと本気で思ったから。すると彼は私があまり見た覚えの無いようなキョトンとした表情を一瞬だけ浮かべたのが見えて私も思わずキョトンとしてしまった。が、すぐにいつもの意地わるそうな笑みを浮かべると私を見て、鼻で笑った。


「…ハッ、あたりめえだろうが。馬鹿か」


嗚呼、昔っから貴方って人は。どうしてそうに逆境であればあるほどに楽しそうに笑うんだろうか。



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