臨時休校明け。無事に疲れも取れて、学校に登校すると皆も元気そうだった。おはようなんて軽い挨拶をいつも通りに交わして、既に席についている出久の元へと駆け寄る。昨日の出久のお母さんの夕飯美味しかったよなんて言えば、出久はそうでも無いってと照れくさそうに笑う。そしてしばらくダラダラと出久と話していれば、何々?と後から登校してきたお茶子ちゃんも話に入ってきた。だから緑谷家のご飯は美味しいんだよ、と教えていると、HRの始まりを告げる予鈴が鳴った。慌てて席に戻る。


「皆ーー!!朝のHRが始まる!席につけーー!!」

「ついてるよ、ついてねーのおめーだけだ」


相変わらずの飯田くんが元気に声を張り上げて皆に指示を出しているが、既に皆それぞれの席についている。教卓の上で声を張り上げていた彼に向かって飛んで行ったツッコミ通り、寧ろ座ってないのはクラスの中で飯田くんだけである。それに気づいて飯田くんも慌てて自分の席に着いた。

それを見ていてふと思い出す。そういえば、相澤先生はどうなったのだろう。私たちの為に身を挺してかなりの重症だということを刑事さんから聞いたその後、何の情報も聞いていない。まさか臨時で別の先生が来るのだろうか。そんな事を思っているとスッと教室の大きなバリアフリー式の扉が開いた。


「お早う」

相澤先生復帰早えええ!!!!プロすぎる!!」

「先生無事だったのですね!!」

「無事言うんかなぁアレ……」


いつものようにサラッとした挨拶と共に教室に入ってきたのは紛れもない、ついさきほどまで心配していた相澤先生本人だ。動けるまでに回復していたのかと安心すると同時に、完全なミイラと化したと言っても過言ではないほどに包帯グルグル巻きになっている相澤先生の姿に、お茶子ちゃんが言った通り果たして無事と言って良いものなのか正直悩ましい。少しよろめいているように見えるから余計に。


「俺の安否はどうでもいい。何よりまだ戦いは終わってねぇ」

「!?」


ヨロヨロ、フラフラと少々覚束ない足取りで相澤先生は教室の前方にある教卓まで辿り着くや否や何とも不安を煽るような言葉を吐き捨て、一時教室中が凍りつく。


「戦い?」

『終わってない?』

「まさか…」

「まだ敵(ヴィラン)がーー!!?」


爆豪くん、私、出久、峰田くんの順に先生の不穏な言葉に顔を曇らせながらもポツリポツリと言葉返す。敵たちはほぼ私たちで戦闘不能にしたうえに大半は警察に捕まったはずだ。逃げられた少数もオールマイト先生たちの奮闘によりかなりのダメージを受けて逃げ帰った筈。なのに戦いが終わってないとは一体どういうことなのだろうか。思わずゴクリと喉が鳴るのを感じながらも包帯の隙間から覗く先生の瞳を見つめ返している、と。


雄英体育祭が迫ってる!

クソ学校っぽいの来たあああ!!


カクン。と思わず肩の力が抜ける。戦いは終わってないなんていうから何事かと思ったが、教室中がミイラのように包帯グルグル巻きの癖に先生は全く何を言っているんだとばかりの状況だ。包帯の間から覗く充血気味の眼が真剣なのがまた何とも言えない。しかしそれを思うと同時に、私たちは"とっても大事な行事"をすっかり忘れていた事を思い出したのも事実だった。


「待って待って!敵に侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか!?」

「逆に開催することで雄英の危機管理体制が盤石だと示すって考えらしい」


警備は例年の5倍に強化するそうだ。とどこからか飛んできた心配の声に先生が返事を返す。確かにこんな時なのに学校行事を開催するなんて、普通ならやらない。…そう、この雄英高校が普通であればの話だ。


「何より雄英の体育祭は……"最大のチャンス"。敵ごときで中止していい催しじゃねえ」


そう。今やだれでも知ってるであろう雄英体育祭。そんじゃそこいらの運動会やら文化祭やらとは訳が違う。これを注視して雄英は語れない。それぐらい言っても過言では無いほどにこの体育祭は生徒にとって一世一代のビックイベント。


「いやそこは中止しよう?」

「峰田くん…雄英体育祭見たことないの!?」

「あるに決まってんだろ。そういうことじゃなくてよー…」


先の敵襲撃にすっかり弱気になっている峰田くんに出久が驚いたような声を挙げる。そうだ、峰田くんも知らない筈が無い。仮にも雄英に入学した以上、避けられないイベントなのだから。


「ウチの体育祭は日本のビックイベントの1つ!!かつてはオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ全国が熱狂した。今は知っての通り規模も人口も縮小し形骸化した…そして日本に於いて今"かつてのオリンピック"に代わるのが雄英体育祭だ!!

「当然全国のトップヒーローも観ますのよ」

『スカウト目的だね!』


資格修得後(卒業後)はプロ事務所にサイドキック(相棒)入りが定石(セオリー)。そのプロ事務所もスカウト目的で注目している本当に本当の一大イベントなのだ。ヒーロー志願者である私たちにとってはプロに売り込む限りあるチャンスの内の1つ。
此処で見せ場を立てれば未来も明るいが、クラスの席順で前の方に居る耳郎ちゃんが隣に座る上鳴くんに「そっから独立しそびれて万年サイドキックってのも多いんだよね。上鳴あんたそーなりそう。アホだし」なんて平然と言っているのが見えた。確かに例え事務所に入れてもそこからまた一から上を目指す努力を行わなければならない。まぁ、今は取り敢えず目の前の事から。つまり雄英体育祭が私たちにとってとても大切な事に変わりない。


「当然、名のあるヒーロー事務所に入った方が経験値も話題性も高くなる。時間は有限。プロに見込まれればその場で将来が拓けるわけだ」


此処に居る皆がヒーロー志願者。同じ道を目指す仲間であり、またライバルである事も忘れてはならない。恨みっこなしで自身を売り込むならやはり雄英体育祭はもってこいの会場。私たちに設けられたステージだ。しかしそれも限りがあるのを忘れてはいけない。


「年に1回…計3回だけのチャンス。ヒーロー志すなら絶対に外せないイベントだ!」


高校生活はたったの3年。次回頑張ればいいやなんて気楽に考えられる余裕も無い。1日1日が時間を知らせている…ヒーローへの道が閉じるまでの時間がカウントダウンのように徐々に徐々に迫まっている。朝から複雑な心境になる反面、いつも以上に熱い相澤先生のHRが終わり、今日も1日の授業が始まった。


―…4時限目、セメントス先生の現代文が終了し、ようやく昼休み。


先生がバリアフリーのドアを開けて出て行くのを横目にううーんと現代文でノートと黒板と睨めっこを繰り返して固まっていた体を伸ばしつつ一つ欠伸を零す。さてと、お昼だ。と鞄の中を漁って財布を取り出す。今日は食堂で食べるつもりだったからお弁当を持ってこなかった。今日は何食べようかなぁ。


「あんなことあったけど…なんだかんだテンションあがるなオイ!!活躍して目立ちゃプロへのどでけぇ一歩を踏み出せる!」


HRが終わり、そのまま授業へと突入した為に朝からのテンションを吐きだせずに居た切島くんや瀬呂くんやらがワイワイとざわついている。敵(ヴィラン)の襲撃には驚いたし、皆満身創痍だったし、色々と不安な点もあるが実際体育祭って言われて燃えるのは確かだ。


「皆すごいノリノリだ…」

『だねぇ』

「君たちは違うのか?ヒーローになる為在籍しているのだから燃えるのは当然だろう!?」


結構男子が盛り上がっているのを遠目に見ている出久の横で私も平和だなぁなんて思いながらその様子を見ていると不意に横から飯田くんが「お昼行こう」と誘ってきた。そんな飯田くんがグッと良く分からない力の入れ方をしたものだからそれを見ていた梅雨ちゃんが「飯田ちゃん独特な燃え方ね。変」と言って通り過ぎて行った。やっぱり梅雨ちゃんストレート。


「僕もそりゃそうだよ!?でも何か…」

「デクくん、飯田くん、帷ちゃん…」

『!』


何かを言いかけた出久の横で、静かな存在感を感じバッと振り返るとそこに居たのはお茶子ちゃん。でも、いつもと違っていた。


頑張ろうね、体育祭

顔がアレだよ麗日さん!!?


お茶子ちゃんの背景にあのマンガの表現とかでよくあるゴゴゴゴ…っていう効果音の表現が見えそうな、何とも言えない表情を浮かべながら何かを見据えているのだ。本当に顔が…うん、"アレ"だ。


「どうした?全然うららかじゃないよ麗日」

『いいいいい、一回落ち着こう、ね?』


思わずいつも笑顔が印象的な芦戸ちゃんも真顔になっている。その後ろで峰田くんが何かよからぬことを言いかけたようだったが、逸早く察した梅雨ちゃんがパシンと峰田くん一掃する。ナイス梅雨ちゃん。


皆!!私!!頑張る!

「おおーーーけどどうした。キャラがフワフワしてんぞ!!」


バッと片手を挙げ、宣言するお茶子ちゃんの顔は最早戦闘モードだ。腕を掲げるお茶子ちゃんに釣られて私も出久も切島くんも皆片手を挙げて「おーっ」なんて言っている。どうしてお茶子ちゃんがこんなに燃えているのか。否…皆燃えてるのは一緒か。



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