敵が攻めてきた次の日、学校は臨時休校になった。そりゃあ、入学して日も経たずにこんな経験する羽目になった上に、皆生き残るために満身創痍で戦った。休養が必要だろうと学校側が配慮してくれたようだ。内心、それで良かったと思ってる。学校があろうがなかろうがどちらにしろ自分は欠席しようと思っていたから。


『(…まだ疲れてるなぁ)』


家にたどり着いた矢先、身体をベッドに投げ出しそのまま深い眠りについた。気づけば時計は朝の時刻になっており、取り敢えず風呂に入ったがやはり身体の重さが抜けきらない。まぁ、まだ動けるだけ回復した方だ。
どうにかこうにか家にある余りモノをお腹に入れ、ぼんやりと点いたままのテレビを眺めながらベッドに横たわっていた。時刻は夕刻に向かっていたそんな矢先のことである。充電中だった携帯がピピピピと着信音を鳴らし始めた。のっそりとした動きで自分と一緒に投げ出していた充電中の携帯を手に取り、画面を見る。非通知、では無い。


『………』


画面に並んだ名前に、嗚呼そう言えば連絡先交換したんだっけと思いながらも静かに通話ボタンを押した。


『…もしもし』

「≪あ、もしもし帷ちゃん?出久だけど…≫」


うん。分かってる。じゃなきゃこんな疲れ切ってる中、電話になんて出ない。控えめに聞こえてくる彼の声は間違えなく、画面に並んでいた"緑谷出久"の声だ。こんな時間になんだろう。学校関係で何か明日の連絡でも回って来たのかな。


「≪身体、大丈夫?≫

『…え?』

「≪なんかかなり体張ってたって聞いたから…≫」


この時、私の頭を過った言葉は、"何言ってんの"だった。人の心配してる場合じゃないほど彼は傷つき、満身創痍だった筈。現に、昨日は校舎に戻っても出久は中々帰って来ないまま私たちは下校となってしまったのだ。
疲れ切った体を引き摺ってせめて顔を見て帰ろうと放課後にお茶子ちゃんたちと保健室へ足を運んだが、中から出てきたリカバリガールに会わせて貰えず、結局アンタ達も疲れてんだから早く帰って寝なさいと追い払われた。顔を見る事も出来ないぐらい、かなりの大怪我をしたんだと思った。私が、あの時に何も出来なかったから。なのに。何も出来なかった私に"大丈夫?"なんて可笑しな話じゃないか。


『…出久こそ』

「≪え?≫」

『出久こそ、あんな危ない場面で飛び出して、無茶して足折った癖に』

「≪え、いや、あの、それは…≫」

『私がどれだけ心配したか、知らない癖に…!』

「≪え、あ、帷ちゃん?!≫」


気付けば声を荒げていた。電話越しに出久が慌てているのが分かるほどに。でも、本当に私は心配していた。だからメールも電話もしなかった。少しでも彼が早く回復するように、少しでも長く休めるように。なのに彼の方から私に心配の電話が来るなんて予想だにしなかった。内心、嬉しかった。でも、怒っても居た。人の心配するぐらいなら心配かけないでって。だから自然と大声が出ていた。


『…ゴメン。何でもない』


一気に吐きだした言葉に乗って熱が逃げていく。急に訪れた冷静に吐息しながら電話の向こうで困り果てた顔をしているであろう出久に謝罪する。すると電話越しに聞こえる出久の戸惑ったような声と静かに呼吸する音。落ち着いて話そうとするときに呼吸を整える、出久の癖だ。


「≪…僕の方こそゴメン。僕が思ってる以上に、帷ちゃんにはかなり心配かけちゃってたんだね≫」


ううん、出久は何も悪くない。人を救おうと飛び出して行った、寧ろ勇気ある行動だったのだ。例えそれが無茶に近い事だったとしても。…それを私はただ見てるだけだったんだから。そんな無茶な行動を止める事も、援護する事も出来なかった。


『…出久』

「≪ん?≫」

『私ね、出久が飛び出して行ったとき…思い出してたんだ』


何も出来ず、震えていただけだったあの時、本当はあの日のことを思い出して動けずにいた。私の手をすり抜けて飛び出していく出久の背を、あの日…私の見ていた光景と重ねていたんだ。


『母さんの事』


ポツリ。自ら母の事を口にするのは何年振りだろう。微かに電話の向こうで出久が息を飲むような音が聞こえ、小さく「そっか」と納得したような声がした。こんなすんなり母の事を話せたのは、出久なら分かってくれると心のどこかで思っていたのかもしれない。それも私の甘えだろうが、出久には伝えたいと思った。


「帷は此処に居てね。お母さん、行かなくちゃ」


脳裏で、もう聞く事の無い母の声と言葉が木霊する。あの時の出久とあの日の母が見事に私の脳裏で重なってしまったのだ。途端、身体が動かなくなり体中が震え出した。…今もこうして話しているだけでも声が震え始めている。嗚呼、これが世間で言うトラウマって奴なんだろうな。もう大丈夫、もう私は乗り越えたって思ってたんだけどなぁ。


『助けなきゃって頭では分かってた。なのに、とっさに出久を援護できなかった。何も出来なかった。結局あの時とおんなじ』

「≪………≫」

『駄目だね私、大事な場面で力が出せないなんて。何のための力だろうね』

「≪………帷ちゃん≫」


個性がバリアの癖に、いざって時に人を護れるバリアを張れないなんて馬鹿げた話だ。そんなの何の意味も無いじゃないか。どんな時にも最善の方法で対処していく。個性を活かし、皆を救う。それがヒーローなのに。なのに、なのに、なのに…。


『私、ヒーロー向いてな――』

「≪やめてよ≫」


ぴしゃり。出久の声が私の言葉をぶった切った。半ば怒りを含んだその声、いつも以上に真剣なその声に思わず今度はこっちが息を飲んだ。


「≪いつも僕を助けてくれてた君が、そんな事言わないでよ≫」

『……いず、』

「≪僕が何回君に救われたと思ってるの?君のお陰で僕、ヒーローの夢諦めずに来たんだよ?なのに、個性も何もかも僕なんかよりも素晴らしい物持ってる君が先に諦めないでよ≫」

『……は、』


自然と胸に溜まっていた息が一塊になって飛び出していく。違う。違う。いつも救われてたのは私。私の筈なのにどうしてそう言ってくれるの。どうしてそんな言葉を私に真っ直ぐにぶつけて来るの。嗚呼、結局私が行きつく先にあるのは"やっぱり出久には敵わない"ってことなのか。


「≪…ご、ごめん。何か偉そうな事言って≫」

『ううん。寧ろ、何か楽になった』


少し熱くなっちゃった。と出久も少し冷静になったようでいつもの彼の声に戻っていた。全然偉そうなことじゃない。私にそう言ってくれるのは出久だけ。真っ直ぐに叱ってくれるのも、今は出久だけ。だから何か、肩の荷が下りたって言うか…はは。結局私って出久に頼っちゃってるんだなぁ。


『お互い様って事で、ね?』

「≪そう、だね≫」


だからお互いに謝るのは無し。喧嘩してた訳じゃないけど、仲直りしたみたいな雰囲気でちょっと照れくさい。でもずっと無言電話を続けている訳にも行かなくて、私は電話の向こうで戸惑っているであろう出久を想像して思わず小さく微笑んだまま静かに口を開いた。


『それで?私の安否確認に電話してきたん?』

「≪あ、ううん。よければ夕飯一緒にどうかなって≫」

『…ホント?』

「≪うん、本当本当。母さんに帷ちゃん大丈夫かな、って言ったらちゃんとご飯食べてるのか心配だからいっそウチに呼んで夕飯は一緒に食べたらどう?って≫」

『マジか!』


出久からの思わぬ誘いの話をしていると出久と話している電話の向こう側で「出久ー!帷ちゃん、いつ来るのー?」という懐かしい声が微かに聞こえる。あ、出久のお母さんの声だ。相変わらず元気そうで安心した。
そんな遠くから呼びかけに出久も思わず電話から耳を離し、マイク部分を手で押さえているのだろう「ちょっとまっててよー」なんていう出久のくぐもった声が聞こえた。


「≪ハハ。母さん、来るかどうかも聞いてないのにもう作り始めちゃってるんだ。あ、別に帷ちゃんが良ければで良いから≫」


強制的に誘ってる訳じゃないから嫌ならいいんだ。なんて慌ててる出久が可笑しくって思わず笑ってしまう。まぁ、折角準備して貰ってるし断るのも…という気持ちが無かったという訳ではないが何より、小学校の頃よく遊びに行っては御馳走になっていた出久のお母さんのご飯がとても美味しかったのを今なお舌が覚えている。嗚呼、思い出しただけでも久々に食べたくなってきた。


『勿論行く!!おばさんのご飯、食べたい!!』

「≪よ、良かった…。じゃぁ、迎えに行こうか?≫」

『え、それは流石に悪いよ…うーん。あ、あの公園で待ち合わせにしよ』

「≪嗚呼、昔よく遊んだあの公園?≫」

『うん、あの公園。着替えたらすぐ行くよ』

「≪え、き、着替え?≫」

『恥ずかしながら部屋着(スエット)のままでして…何?出久見たいの?』

「≪み、見た―?!!な、なに言って…!!≫」

『ハハハ。じゃあ、今から30分後。公園で』


今ごろ出久、顔真っ赤にしてんだろうなぁなんて思いつつスマホの通話終了ボタンを押して早速スエットを脱ぎ捨てる。それほどお洒落な服は持っていないから、本当に簡単な服だけどさっさと着替え、髪を整えて色々外に出ても大丈夫なように準備してから家を飛び出す。うん、このペースなら待ち合わせ場所に間に合うぐらいの時間だ。と思いながら足を進めた。



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