プロの世界を目の前で見た。私たちはただ敵の下っ端を倒して、調子に乗っていただけなのだ。今、とても痛感する。今更ながらに襲ってくる震えが恐怖からなのかはよくわからない。さっきまで敵に立ち向かおうとしていた自分が、一瞬にして消えた。


「さてと敵、お互い早めに決着つけたいね」

「衰えた?嘘だろ…完全に気圧されたよ、よくも俺の脳無を…チートがぁ…!」


オールマイトの圧倒的な力の前に、流石の手男も動揺を隠せないようだった。脅威と思われた脳無が居なくなり、残るは手男と霧男の2人だ。


「全っ然弱ってないじゃないか!!あいつ…俺に嘘教えたのか!?」

「………どうした?来ないのかな!?クリアとかなんとか言ってたが…出来るものならしてみろよ!!」

「うぅうぉおおぉおおぉおおぉお…!!」


オールマイトが堂々と相手を威圧するように言い放つと、言葉にもなっていない悔しそうな手男の声が響く。手を出したいのに、出せない。そんなもどかしさからくる怒りに似た声だ。


「さすがだ…俺たちの出る幕じゃねえみたいだな…」


切島くんの言う通りだ。敵もすっかり怖気づいているようだし、上手くいけばオールマイトの威嚇だけで敵は帰って行くかもしれない。たとえ立ち向かって来たとしても、きっと私たちが出る幕は無い。オールマイトで十分すぎる。


「緑谷!ここは退いたほうがいいぜもう。却って人質とかにされたらやべェし…」

「………」

『…出久?』


切島くんの呼びかけに何処か遠くに飛んでいた意識がハッキリと戻ってくる。彼の言う通り、此処は退こうと体を動かそうとする。が、呼びかけられた本人である出久がまるで動かない。不思議に思って出久の名を呼ぶが、彼はオールマイトの方を見たまま固まっているようで反応が無い。…何かが可笑しい。


「さぁどうした!?」


出久の視線の先でオールマイトが更に追い打ちをかける。敵たちも敵たちで警戒している様子でこちらを伺ったまま何か向こうで話しているようだ。そのまま逃げ帰ってくれればいいのだが…。


「主犯格はオールマイトが何とかしてくれる!俺たちは他の連中を助けに…」

「緑谷、眞壁」


すっかりオールマイトの勝利を確信した切島くんが踵を返し、駆け出す。そうだ、私たちに出来る事はまだある。皆を助けに行かなきゃ。そう分かっているのに、身体が動かなかった。出久から視線が離せなかった。何とも言えぬ嫌な予感が胸のあたりで渦巻いている。だから、轟くんの呼びかけに返事すらできなかった。


「僕だけが…知ってるんだ…」


出久の口から漏れた言葉。ハッキリと聞き取れた訳では無い。ただ、このままでは危ない…そう、脳が警鐘を鳴らしていた。いけない。いけない。止めなきゃ。駄目だ。駄目。そう思ってとっさに出久の腕を掴んだ。


『出久!!』

「!」

『今、何考えてた…?』


ずっとオールマイトに向けていた視線とようやく目が合った。目を丸くして此方を見る出久は私の言葉にギョッとしたような表情を浮かべた。でもその表情も一瞬だけで、すぐにフッといつもの気の抜けた時の出久の顔になって小さく微笑んで見えた。瞬間、私は無意識の内に出久の腕を掴んでいる手に力を込めた―けど、


「…ゴメン、帷ちゃん。僕、行かなきゃ」


え、と声を零せたかどうか。そんな一瞬の間に私の手から出久の腕の感覚が消える。目の前で微笑んでいた出久が居ない。遠くでオールマイトに突進していく敵の姿が視界の隅に飛び込んでくる。まだ、敵も諦めていなかったらしい。だが、帷にとって今はそれ所では無かった。ブワッと一呼吸おいて襲ってきた風圧に思わずよろめいたけれど、どうにか耐えると慌てて顔を上げた。


『出久ッ!!!』


一瞬だった。悲鳴に似た帷の声に、切島たちが一斉に振り返った。そして誰もが驚いた。出久が、オールマイトと敵の前に飛び出していたのだ。誰の眼にも捕えられないぐらいのスピードで彼は飛び込んだ。警鐘が、鳴りやまない。


オールマイトから離れろ


出久の声が響く。黒い靄を広げる霧男に向け大きく拳を振りかぶる出久の姿。飛び出した勢いのままヤツの弱点を突くつもりだったのだろう。しかし、その霧男の傍に居た手男がとっさに黒い靄の中に手を突っ込んだ。すると間を開けずに、出久の居る位置の目の前の靄から手男の腕が飛び出す。


「二度目はありませんよ!!」


嗚呼、駄目。駄目だ。助けなきゃ。私が、助けなきゃ。全てがスローモーションに見える。出久を捕えようと手男の手が伸びる。このままでは確実に出久がやられてしまう。出久も出久で飛び出した勢いで未だに宙に留まっている状態だ。避けられる、筈がない。


『(動け、動け、動け動け動け…!!!)』


身体が動かない。出久の腕を掴んでいた手が小刻みに震えている。私が今、出久の前にバリアを張らなきゃ。敵から出久を助けなきゃ。出久が、出久が…!!頭では分かっているのに体が…体の震えが止まらない。


『お母さん!!』


脳裏に響く幼い叫び声。誰かの声なんて分かっている。嗚呼、嫌…嫌だよ。もう二度と、二度とあんな事になんて…!!動け、動け、動け!!お願い!!どうして、震えが止まらないんだ…!!出久…出久っ!!!

ドス


「 !!!! 」


涙で歪む視界の先で出久に向かって伸びていた手男の腕が撃ち抜かれたのが見え、思わず息が止まる。


「来たか!!」


オールマイトの喜びと安堵が混ざったような声が響く。その声にいつの間にか目に溜まっていた涙が弾け飛ぶ。そして背後に集う気配に、帷はバッと勢いよく振り向いた。


「ごめんよ皆、遅くなったね。すぐ動ける者をかき集めて来た」


聞き覚えのある声。USJのゲートに集ったその存在たちがズラリと並んで此方を見ていた。その光景にその場に居た生徒たちは安堵に表情を綻ばせた。勿論、帷もその内の一人だ。


「1−Aクラス委員長、飯田天哉!!ただいま戻りました!!!」

『い、飯田、くん…!!』


カラカラになった口の中、思わず声が零れる。ゲートにズラリと集ったのは多数のヒーローたち。飯田くんが連れて来てくれたのだ。飯田くんが、飯田くんが応援を呼んできてくれたのだ。もう、何もかも大丈夫なような気がして力が抜けていく。


「あーあ来ちゃった…帰って出直すか黒霧……ぐっ!!!」


応援が来たことで、最早勝ち目が無い事を悟ったのか手男は投げやり気味にそう言い捨てる。と、すぐさま駆けつけたヒーローたちが敵たちを逃すまいと捕獲態勢に入る。手男が飛んでくる銃弾の雨を浴びながらもどうにか霧男の靄の中に逃げ込む。ワープするつもりだ。


「今回は失敗だったけど………今度は殺すぞ平和の象徴オールマイト」


ズズズ…と黒い靄の中に消えて行った手男はその靄と共に、そう言い残して消えた。傷つきながらも彼らを捕えようとした13号の力も虚しく逃げられてしまったのだ。しかし、彼らが消えた事で辺りは静まり返った。そしてその静寂は脅威が去った事を示していた。


「緑谷ぁ!!大丈夫か!?」


長かったような短かったような、そんな不思議な時間が一瞬の内に終わり呆然と立ち尽くす帷の横を通り過ぎて、切島くんが出久の方へと駆けて行くのが見える。立ち昇る砂煙で良くは視えないが地面に倒れ込み、上体だけを起こして此方を見ている出久の姿と、その砂煙の向こうに薄っすらと見える人影…恐らくオールマイトだろう。

心配して駆け寄る切島くんの背を見つめながら私も行かなきゃなんて頭で考えていた矢先…切島くんが出久に近づいた途端、切島くんと出久の間に地面からボコボコと壁が競り上がる。よく見れば、教師のセメントス先生が能力を使って地面から壁を作り上げていたのが分かった。


「生徒の安否を確認したいからゲート前に集まってくれ。ケガ人の方はこちらで対処するよ」

「そりゃそうだ!ラジャっす!!」


安否確認の為、バラバラにならず一旦集まれという事らしいがそんな壁まで作らなくても…と思いつつ、素直にセメントスの言葉通り此方に踵を返して戻ってくる切島くんが見えた。と、


「おい、いつまで突っ立ってんだ『あ、』…よ」


カクン。まさにそんな感じに足の力が抜けてストンとお尻を地面に付けてしまう。あれ?可笑しいな。力が入らない。


「………」

『…………』

「………」


突然後ろから声を掛けられた上、安心という気持ちが一気に体に圧し掛かって来たのか思わず座り込んでしまった。恐る恐るその声を掛けてきた彼―…爆豪くんのの方に視線を向けると、あからさまに「マジかこの女…」っていう顔をこちらに向けていた。もう、何も言えない。
もう何とも言えない間が延々と続くかと思われた矢先、戻って来た切島くんが無言のまま見つめ合ってる私と爆豪くんを見てギョッとしていた。


「…何してんだ、お前等」

『は、はは……なんか、力入んなくって』

「おいおい、大丈夫かよ」

『だ、大丈夫…』


将に助け舟である。精神的には元気なはずなのだが、身体が付いて来ていない。とっくに限界を超えてしまっていたのか…何にせよ、能力の使い過ぎかもしれない。平然と立って居る爆豪くんと切島くんを見て、本当に体力付けなきゃなぁ…なんて思う。


「ほら、肩かしてやっから腕回せよ」

『あ、ありがとう、切島くん。面目ない』

「何言ってんだ」

「………チッ」


本当、切島くんは優しいなぁ。優しく差しのべられた手と寄せられる彼の肩に腕を回すと傍でそれを見ていた爆豪くんがあからさまに不機嫌な表情を浮かべて舌打ちをするとそのままクルリと体を反転させて歩いて行ってしまった。
横で切島くんが「何だアイツ」と言っていたけれど、本当に何なのだろう。そもそも声を掛けて来たのはそっちなのに、何も言わずただ私を哀れみの眼で見下していただけとか…本当、彼には切島くんの優しさを分けてやりたい。まぁ、彼が切島くんみたいに急に優しくして来たらそれはそれで色んな意味で不安になるのだが…。

切島くんの肩を借り、どうにかゲート近くまで歩いて行くと先に集合していた轟くんがギョッとした顔でこちらを見て「眞壁、お前…」とか呟くものだから近くに居たお茶子ちゃんとか飯田くんとか蛙吹ちゃんが一斉に詰め寄ってくる。


「帷ちゃん?!大丈夫?!!」

「眞壁くん!どうしたんだ?!まさか君も怪我したのか?!」

「その割には傷ついてないように見えるけど?」

『もう皆大袈裟にしないで…余計惨めになる』


物凄い形相で心配してくれるお茶子ちゃんと飯田くんと、反対に冷静に私の身形を見て分析する蛙吹ちゃん。体力不足でこんな状態になってるだけでも恥ずかしいのに、これ以上騒がれても本当惨めだ。なんの力にもなれなかったのに。


「おいおい、惨めとか言うなよ。お前スッゲー頑張ってたじゃん」


疲れが出たんだろ。なんて笑顔で言い切ってくれる切島くん。嗚呼、本当に良い人だ。頑張ったねぇ…!なんてお茶子ちゃんに関しては目にいっぱい涙を浮かべて感激してくれているし、飯田くんは目頭を押さえて眞壁くん…僕が応援を呼びに行っている間、そんなに頑張ってくれていたんだな…。なんて言っている。否、2人とも本当大袈裟だから。



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