先を走る2人の背中を追い駆けながら倒壊ゾーンを抜け、広場へと抜けるエリアのゲートを潜った瞬間、その光景は飛び込んできた。
バックドロップを決めた姿勢のまま固まっているオールマイト。しかしそのバックドロップを決めた黒くとても大きな相手は地面に突き刺さって―…否、地面に開いたワープゲートに突っ込んでいた。お陰で黒い巨体の下半身はオールマイトに捕えられたままなのに、上半身だけワープしてオールマイトの体を捕えている状態。しかもそのオールマイトを捕えている手は明らかにオールマイトの腹部に減り込んでいる。


「!オールマイト先生っ!!」


一瞬、視界に飛び込んできたその光景から状況を理解するのに思考がフル回転しようとした。が、それを考えるよりも先に飛び込んできた声に勝手に体が動く。出久だ、出久の声だ。そう頭が勝手に理解し、視線の先に今にも敵に殴り掛かろうと飛び出していく出久の姿を捉える。状況を理解するのは後だ。今は、やらなければならない事を迅速に―。
それは私の前を走る2人も同じだったようで、真っ先にトップヒーローの危機という最悪の事態が広がる中に飛び込んで行ったのは誰でも無い。爆豪くんだった。


どっ、け邪魔だ!!デク!!


BOOOOOOOM!!

オールマイトのピンチに真っ先に飛び込んで行った出久を阻むようにあの黒い靄の男が立ちはだかった、その瞬間。私の前を走っていた爆豪くんが飛び込み、靄の男を捉える。殴り飛ばす形で爆豪くんが靄の男を出久の前から退けると、そのまま男を地面に押さえつけた。そこまでの動きが、何よりも早い。


「!!?」


最悪の状況という事しか分からなかった光景が広がる中、真っ先に爆豪くんは目的である靄の男を瞬時に捉え、的確に動いた。だから、出久に被害は無かったようだ。ドッと爆豪くんが男を押さえつけると同時に、パキパキと地面が凍る音がした。
それからは実に早い。地面を伝った氷がオールマイトを捕えいる黒い巨体をも凍らせていたのだ。それも、オールマイトを凍らせない程度の完璧な凍らせ具合で。


「てめェらがオールマイト殺しを実行する役とだけ聞いた」


いつの間に現れたのか、その氷の発信元を目で追えばそこに立っていたのは轟くんだった。爆豪くんといい轟くんといい、流石である。
しかし、凍らされた男と押さえつけられた靄の男の傍でただ傍観していた様子の体中に手が付いている主犯と思われる男に向かって「だぁー!!」と声を張り上げながら切島くんが殴り掛かるがスカッと空振りに終わってしまった。2人に比べると残念としか言いようがない。


「くっそ!!!いいとこねー!」

「スカしてんじゃねえぞモヤモブが!!」

『出久!無事!?』

「平和の象徴はてめェら如きに殺られねえよ」


少し遅れた私もすぐさま出久の傍らに立ち、手を翳した姿勢のまま構える。いつ相手が攻撃を仕掛けても防げるように。皆の盾に、そして前線に立つ3人の男子と先生を少しでも援護できるように、守れるように。


「かっちゃん…!皆…!」


これで少なくとも最悪な事態は免れたからだろうか。少し泣きそうな顔で言う出久にこっちまで肩の力が抜けてしまいそうになる。しかし、まだ気は抜けない。目の前の男の個性は未知。下手に動けば此方が危ない。と、
私の傍に立っている轟くんの凍結のお陰で敵の黒い巨体の手が緩んだのか、捕まっていた状態で動けなかったオールマイトがバッと身を翻して巨体から逃れる。これでトップヒーローのピンチも免れた。さぁ、これからどう動く。


「出入口を押さえられた………こりゃあ…ピンチだなあ…」


主犯と思われる体中に手の付いた男はまるで他人事のように、目の前に広がる光景を見つめながら言った。その声色にはまるで、緊張感が無い。明らかにそちらの方が不利な状況になってしまっているというのに慌てる素振りも、悔しがる素振りも無い。今まで見た事、聞いた事のある犯罪者とは全く系統が違う。


「このウッカリヤローめ!やっぱ思った通りだ!」


敵と対峙した事の無いような私が言うのも何だが、この手男については危険な感じがする。確証はないが、かなり危険な…。その場の誰もが下手に動くことも出来ず、相手の動きを見ていれば傍らで靄男を捕えた爆豪くんが、嬉しそうに笑いながら声を上げた。


「モヤ状のワープゲートになれる箇所は限られてる!そのモヤゲートで実体部分を覆ってたんだろ!?そうだろ!?全身モヤの物理無効人生なら"危ない"っつー発想はでねぇもんなあ!!!」

「ぬぅっ…」

「っと動くな!!」


あの短時間でそこまで見抜いたとなれば、やはり爆豪くんは戦闘に置いてセンスの塊である。どうやらそこまで見抜かれるとは思っても見なかったであろう靄男も核心を突かれ、何とか逃れようと身を捩る、が。


「"怪しい動きをした"と 俺が判断したらすぐ爆破する!」

「ヒーローらしからぬ言動…」

『もう、私、うわーとしか言えない』


地面に押さえつけている靄男にグッと顔を近づけながら言う爆豪くんの顔は、かなり活き活きとしている。その言動に思わず表情を引き攣らせる私と切島くん。本当、知らない人がこの状態を見たら彼は敵と間違われるんじゃないだろうか。


「攻略された上に全員ほぼ無傷…すごいなぁ最近の子どもは…恥ずかしくなってくるぜ敵(ヴィラン)連合…!」


まるで感心しているようにも聞こえないその手男の口調に、視線を爆豪くんから前方に戻す。きっと主犯の彼も子供に此処までやられるなんて思っていなかっただろう。私たちだってこんな事態になるとは予想だにしなかった。
でも、此処で対応できなければそれまで。世間のヒーローたちは予想だにしていない事態にも迅速に対応している。ヒーローの卵として此処で退く訳には―…。


「脳無。爆発小僧をやっつけろ。出入口の奪還だ」

「っ!」


脳無と呼ばれた、轟くんに体の大半を氷漬けにされて動けなかった黒い巨体をもつ敵。手男の言葉と共にまず反応したのは轟くんだった。


『え…?』


身体の大半が凍り、身動き取れない筈の脳無がパキパキと氷を砕きながら徐々に徐々に動き出す。そこまでならまだ良かったのかもしれない。問題は、凍っている自分の体の一部を捨てたように割って動いているのだ。


「身体が割れてるのに…動いてる…!?」

『嘘、でしょ…』

「皆 下がれ!!なんだ!?ショック吸収の"個性"じゃないのか!?」


ほぼ体の半分を失っているにもかかわらず、ゆっくりと立ち上がる脳無に誰もが言葉を失った。私たちを庇うように前に立つオールマイトの言動から、どうやら脳無は打撃を吸収する個性を見せていたらしい。なのに、身体が割れても動くなんて…。


「別にそれだけとは言ってないだろう。これは"超再生"だな」

「!?」


割れて無くなった部分がみるみる元の形を作り上げていく。驚く此方を余所に、脳無の体はあっという間に元に戻っていた。攻撃を無効にするショック吸収に、自身の傷を癒す超再生。この脳無という生き物…2つの個性をもっているというのか。


『複数の個性を持つなんて、そんな事ある訳―…』


人間が1度に2つの個性を持っているなんて、世間で前例のない事だ。聞いた事も見た事も無い。そもそも、目の前に居る脳無が人間なのかすら問題である。否、仮に2つの個性を持つことが出来る存在があるとすればそれは最早―…。
思わず口から零れ出た声に、手男が此方を見た。驚いた此方の表情がよほど面白ろかったのか、ふと微かに笑った手男と目が合った気がした。その笑みにゾクゾクと背筋を何かが駆け上がって行く。


「脳無はオールマイトの100%にも耐えられるように改造された超高性能サンドバック人間さ」


その言葉に誰もが目を見開いた。そして、身体の再生が終わるか否かの瞬間、いきなり脳無が動いた。真っ直ぐに靄男を捕えている爆豪くんに向かっているのが見えて、そして―。


「!」


ブオッ


『うおわっ?!』

「帷ちゃん!」


何もかもが一瞬だった。突然起こった爆風に反射的に顔を覆う切島くんと轟くん。周りの木々をも薙ぎ倒す勢いの爆風で体が支えられずに私はとっさに張ったバリアが真正面から打ち砕かれる感覚を感じながら、思わず後ろに居た出久に倒れ込む始末。その動きの速さに誰もその場から動けずに居た。


「だ、大丈夫?!」

『私は大丈夫、それより…!』

「そうだ…!かっちゃん!!!」


どうにか出久に受け止められる形で私自身は無事だった。しかし、顔を上げると先ほどまで視線の先にいたはずの"彼"が居ない。彼の前にとっさに張ったバリアも砕けた感覚を感じた事からほぼ、無意味だったに違いない。だとしたら彼の安否は?と私の慌て振りと、その視線を見て察したのか出久も思い出したかのように顔を上げた、瞬間。


「かっちゃん!!?」


出久の声に自分の横へと顔を向けると、そこには先ほどまでの笑顔がウソのように少し青ざめた様子の爆豪くんが居た。爆風が起こる直前、爆豪くんに迫った脳無が大きく腕を振り上げたのが僅かに見えた気がしたが、いつの間に此処まで移動していたのだろう。


「避っ避けたの!?すごい…!」

「違えよ黙れカス」


すっかり乗っかってしまう形となってしまっていた自分を出久の上から退かし、改めて爆豪くんを見る。驚いている出久を余所に、爆豪くんは今まで見た事無いぐらい顔色が悪い。それを見て察した。違う。彼は、目の前に迫った脳無の攻撃を避けたんじゃない。庇われたのだ。あの一瞬の間に、あの人―…


「………加減を知らんのか…」


オールマイトに。
既に脳無によって怪我をしていたというのに、その体で更に爆豪くんを庇ったのだ。あの爆風は脳無のパンチをオールマイトが受けた事により巻き起こった風らしい。どちらの力も強大でなければ、あんな現象は怒らない。現に、オールマイトもかなりキツそうに見えた。


「仲間を救ける為さ、しかたないだろ?さっきだってホラそこの…あ―――…地味なやつ」


爆豪くんがふっ飛ばされた為に、彼が押さえつけていた靄男が自由の身になる。僅かに吐血したオールマイトの言葉に手男は悪びれた様子も無く、さも当たり前のように仲間の為と言い放った。そして辺りをグルリと見回して出久に目を止め、地味なやつと指を指す。


「あいつが俺に思いっ切り殴りかかろうとしたぜ?他が為に振るう暴力は美談になるんだ。そうだろ?ヒーロー?」

「ッ!」

「俺はな、オールマイト!怒ってるんだ!同じ暴力がヒーローと敵(ヴィラン)でカテゴライズされ善し悪しが決まる、この世の中に!!」


確かに、ヒーローと敵は紙一重。一歩踏み間違えば世界は一変する。今までだって、ヒーローから踏み外した人が居ないとは言い切れない。けど違う。偉そうに演説するこの手男の主張の核心は、きっと違う。真剣に訴えるのならそんなの此処までする必要などない。


「何が平和の象徴!!所詮 抑圧の為の暴力装置だおまえは!暴力は暴力しか生まないのだと、おまえを殺すことで世に知らしめるのさ!」

「めちゃくちゃだな。そういう思想犯の眼は静かに燃ゆるもの…自分が楽しみたいだけだろ嘘つきめ」

「バレるの早…」


"殺す"という考えが浮かんだ時点で大間違いである。それがオールマイトでも、一般市民でも誰かを殺す事で証明できる事など、正論で成り立つわけがない。一見凄い事を言っているように感じるが内容は所詮薄いもの。オールマイトが見抜いた通り、自分のやりたい事に理由を…正当性を付けたいだけなんだ。
普通、見抜かれれば一瞬でも悔しそうな顔をするものだろうが、手男は薄く笑っただけで素直に認めた。その態度にも、その思想にも湧いてくるのは怒りだ。自然と作った拳に力が籠る。


『…私、アイツ嫌い』

「同感」


敵相手に好きも嫌いも無いだろうが、今まで世間を騒がせてきた敵の中で一番嫌いなタイプだ。ボソリと口をついて出たその言葉は自分でも驚くぐらい、冷めていた。そんな言葉に轟くんが周りに聞こえない位の声で答えてくれた。まさか返事が返ってくるとは思わなかったから少し驚いてしまったが、彼の声に少し心が落ち着いた気がする。


『…うしっ!』


と両手をパンッと合わせて気合を入れる。そうと決まればやるしかない。周りを見ても、皆どうやら私と同じことを考えているようで安心した。


「3対6だ」

「モヤの弱点はかっちゃんが暴いた…!!」

「とんでもねえ奴らだが俺らでオールマイトのサポートすりゃ…撃退出来る!!」

『うん!』


傍に居た轟くんが私を頭数に入れてくれたことにまず感謝する。逃げられたのはイタいが、出久の言う通り靄の男の弱点は爆豪くんが見事に暴いてくれた。弱点を知ってしまえば、あとは敵の攻撃を上手く避け此方の攻撃が届けば良い。構える切島くんの言う通り、皆でオールマイトをサポートし合えば勝てない訳ない。その皆の自信に満ちた声に自分自身もグッと意気込んた矢先、


「ダメだ!!!逃げなさい」

「 !! 」


バッと片腕を翳し、意気込む私たち制止するオールマイト。その言葉に辺りは何を言っているんだとばかりに彼に視線を向けた。
子供の私たちが言うのも何だけれど、今のオールマイトは傷だらけで結構辛そうに見える。それに、相手は3人。なら、多勢に無勢という言葉もあるようにみんなで力を合わせて戦えば、楽に片が付くのではなかろうか。なのにそれを制止するなんて。


「………さっきは俺がサポート入らなけきゃやばかったでしょう」


静かに言う轟くんに、傍らで出久が時間がどうのこうのと傷ついたオールマイトに言っているのが聞こえた。何の事だか分からなかったが、出久はすぐに自分の口を塞いでそれ以上言葉を続ける事は無く、オールマイトは出久の言葉を振り払うかのようにいつもの満面の笑みで小さく此方を振り返って言った。


「それはそれだ轟少年!!ありがとな!!」


グッと親指を立てて言うオールマイトに帷は何とも言えない不満感に襲われていた。どうして、どうしてそこまで彼は独りで戦おうとしているのか。何故、誰の力も借りようとしないのか。彼が強いのは誰もが分かっている。けれど、それでも不思議な不満感は拭いきれなかった。


『…私たちは足手まといですか』

「そんな事は断じてない!」

「なら…」

「しかし大丈夫!!プロの本気を見ていなさい!!」


バッとオールマイトの腕が私たちの援助を拒む。大丈夫、まるで魔法の言葉のように言い続けるオールマイトのその大きな背中の向こうで敵が動くのが見えた。


「脳無 黒霧 やれ。俺は子どもをあしらう。クリアして帰ろう!」


刹那、グッと地面を踏み込みこちらに突進するように向かってくる手男。オールマイトは別の脳無とかいう男と霧男に任せたらしい。ヤツは、私たちを相手にするつもりだ。…逃げる訳には行かない。


「おい来てる!やるっきゃねえって!!」


少し焦りの混じった切島くんの声。ドンドン距離を詰めて迫ってくる敵。能力は未知数。狙いは確実に私たち。でも、やるしかない。切島くんの言う通り、やるしかないのだ。オールマイトの足手まといになんかならない。私たちで、コイツを―…。


『 !! 』


背筋を駆け上がる何とも言えぬ物凄い感覚。それはどこか悪寒にも似ていたが、違う。気迫だ。此方に向かって来ていた手男も思わず足を止め、驚いたような顔をしていた。こんな気迫、今までに感じた事など無い。そしてそれは、傍に居たオールマイトから発せられていた。
振り返る暇もなく、オールマイトはその物凄い気迫のまま脳無目がけて突っ込んで行く。他の敵も、私たちもその気迫と衝撃で体が強張ってしまい上手く動けないようだった。ドッという音と共にオールマイトの構えた拳と脳無の拳がぶつかる。が、やはり脳無の能力でそれほどのダメージを上手く与えられていないように見えた。


「"ショック吸収"って…さっき自分で言ってたじゃんか」

「そうだな!」


ヒョイヒョイと私たちに迫っていた筈の手男が距離を取りながら呆れたように言う。が、彼とは対照的にオールマイトは分かっているさ!とでも言いたげに高らかに一言言い捨てると、そのまま脳無に向け、物凄い衝撃音を立てながら幾つも幾つも拳を繰り出してはぶつけていく。


「真正面から殴り合い!?」

『先、生…!』

「うっ、ち、近づけない…」


その衝撃波とでも言おうか、物凄い勢いでオールマイトと脳無の周りに見えない空気の壁が渦巻き誰一人としてその空間に近づく事を許さない。手助けどころか何も出来やしない。私たちとは次元が違い過ぎる。そう思った。


「"無効"ではなく"吸収"ならば!!限度があるんじゃないか!?私対策!?私の100%を耐えるなら!!さらに上からねじふせよう!!」


声を上げながらも拳を繰り出す手を緩める事は無い。私たちは呆然とそれを見ていた。この短時間の間に相手に対抗する手段を見出した。例えそれが答えとして合っているのか分からなくても、可能性が少しでもあるそれを答えと信じてオールマイトは脳無に拳をぶつけている。


「ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの!」


その場の誰もが言葉を失っていた。口から血を吐きながらも、表情を崩す事無く相手に立ち向かっていくオールマイトの姿に。きっとあの脳無に向けて放っている拳1つ1つもただの拳じゃない。100%の力を1つ1つに込めて放っているのだ。


「敵よ こんな言葉を知ってるか!!?」


"Plus Ultra!!(更に向こうへ)"


止めの一発が脳無の鳩尾に直撃し、脳無の体がドガアンと割れる音を遠くに響かせながらドームの天井を突き破って飛んでいく。「漫画(コミック)かよ」という切島くんの声が何処か遠い。オールマイトは、脳無のショック吸収を無かった事にしてしまったのだ。再生能力も間に合わないほどの拳のラッシュ。力技と言ってしまえばそれまでだが、これは本当にプロのヒーローでなければ出来ない事だろう。私たちはその光景に開いた口が塞がらなかった。



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