それは奇しくも命を救える訓練時間に私たちの前に現れた。


― 平和の 象徴を 殺せ


見るからにヤバそうなのがウジャウジャと、黒い靄の中から溢れ出てくる。一体何人居るんだと思わずつっこみを入れたくなるぐらい異常な数だ。しかし、何でこのタイミングで―…


「敵(ヴィラン)ンン!?バカだろ!?ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎんぞ!」

「先生、侵入者用センサーは!」

「もちろんありますが……!」


今までに雄英に敵が乗り込んできたことなどあっただろうか…否、無い。そんな大事件があれば報道が黙っていないだろうが、そんなニュースは私たちが生きてきた十数年の中で聞いた事も無い。そもそも天敵の拠点とも言えるこの学校に態々乗り込んでくる敵など常識で考えれば居ないだろう。前代未聞の出来事に誰もが混乱寸前だ。

まず何で奴らが此処に来たのかを考えろ。考えれば簡単に分かる。相澤先生の言っていた先日の事…そうだあのマスコミ騒動の事だ。あれに紛れてコイツ等の誰かがカリキュラムの情報を盗んだに違いない。でなければ、雄英の先生たちでも知る事が厳しいカリキュラムを知るなんて無理な事だ。
しかし、幾ら校舎から離れているとはいえ先ほど切島くんが言っていた通り学園内に乗り込んでくるなんて、何を考えているのだ。普通ならまずやらない行動だ。…普通なら。
ようやく靄から現れる敵の数も落ち着いてきたが、状況の悪さは変わらない。自分達を見上げている幾つもの敵の視線を睨み返し、状況を理解しながら必死に思考を巡らせる。考えるのを止めたら恐怖で動けなくなりそうだ。否、最早気を抜いたら一瞬で崩れてしまうんじゃなかろうか。


「現れたのはここだけか学校全体か…何にせよセンサーが反応しねぇなら向こうにそういうこと出来る"個性"がいるってことだな。校舎と離れた隔離空間。そこに少人数が入る時間割…。バカだがアホじゃねぇ、これは何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」


フと傍で私と同じように敵の状況を見下ろしていた轟くんが、冷静に状況を分析する。その分析力というか判断力は私には真似できないほどに考え抜かれていた。彼の分析は恐らくほぼ当たっているだろう。でなければ、奴らが此処に居る理由が見つからない。


「13号避難開始!学校に連絡試せ!センサーの対策も頭にある敵だ、電波系の個性が妨害している可能性もある…上鳴おまえも個性で連絡試せ」

「っス!」


まず行動に出たのは相澤先生だった。的確に指示を出し、自分自身は首元に巻いていた捕縛武器を解きながら敵の方へと歩き出していく。まさか、


『まさか、先生…!』


思わず相澤先生振り返って声を上げるが、敵に向かって行く先生の歩みは止まる気配はない。どうやら相澤先生は1人で戦うつもりのようだ。その背中はとても頼もしいが、実際の戦況は将に最悪。相手は不特定多数に加え、先生の相手の個性を消すという個性もかなりの危険が伴う。


「イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……」


出久のヒーロー知識が炸裂する。確かにイレイザーヘッドとしてのヒーローの面を持つ相澤先生の戦闘スタイルは正面からの戦闘には向いていない。でも、それを分かっていても先生は歩みを止めない。寧ろ、その敵に立ち向かっていく背中は堂々としているように見えた。


「一芸だけではヒーローは務まらん」


小さく振り返った先生の目にはゴーグルが付けられ、視線が見えない。13号!任せたぞ、そう言って一気に相澤先生は敵の中に飛び出して行った。誰もそれを止める者は居ない。無茶だと思われた先生の行動に誰もが息を飲んだ、が。

敵の中へと突っ込んで行った先生の動きはまるで無駄が無い。個性で相手の個性を消し、捕縛武器で敵を薙ぎ倒していく。相澤先生はあっという間に大勢の敵を圧倒していき、数を減らしていく。
肉弾戦も強く、ゴーグルのお陰で視線を隠しているので誰の個性を消しているのかも相手にバレる事は無い。集団戦に置いては相手の連携が遅れ、先生の個性ほど厄介なモノは無いだろう。そこまで考えてプロは戦っている。自分の長所と短所を上手く補っているのだ。


「すごい…!多対一こそ先生の得意分野だったんだ」

「分析してる場合じゃない!早く避難を!!」


新たに出久のヒーローノートに書き込まれるであろうイレイザーヘッドの分析。勉強になる面も多くあるが、しかし今はそれ所では無い。感心したように声を零す出久に飯田くんが慌てて声を上げる。
此処は一旦相澤先生に任せて、私たちは少なくとも足手まといにならないよう避難するしかない。下手に動いて人質になってしまえばそれこそ厄介だ。急いでと13号が急かしているのが見え、駆け出していく皆に習って私も傍に居たお茶子ちゃん達と共にゲートに向かった。


「させませんよ」

「?!!」


と、もう少しでゲートに届くというところで目の前に黒い靄が壁のように広がり私たちの行く手を阻んだ。突然現れたその靄の存在に皆一斉にその場に立ち止まる。先ほどまで敵が出てきた靄と同じ…だとすれば、この黒い靄の男がいきなり目の前に現れた状況から推測するとワープのような個性を持っている可能性がある。こいつ等、私たち生徒ですら逃がさないつもりか。


「初めまして我々は敵連合。せんえつながら…この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは―平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」


― は?


訳が分からなかった。相手が言っている意味が。誰も考えようと思わないような言葉が平然とした口調で語られる。平和の象徴と分かっていながら…絶対無敵の人と知っていながらコイツ今、オールマイトに息絶えて頂きたい、と言ったか…?


「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるハズ…ですが 何か変更あったのでしょうか?まぁ…それとは関係なく…私の役目はこれ」


黒い靄…恐らくワープ系の個性を持つその男が今まさに動き出そうとした瞬間、傍の13号が動き掛ける。が、それよりも前に2つの影が13号と靄の男の間に飛び込んできた。物凄い速さで飛び込んできたそれを認識した瞬間、靄の男が爆発したように見えた。


「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」


13号の前に立つ2つの影、切島くんと爆豪くんだった。声を張り上げ、相手を威嚇するように言う切島くん。しかし実際敵をふっ飛ばしたのは爆豪くんなのだろう、横目で彼を見ている爆豪くんが見えた。
しかし靄の男は爆発して消えたと思われたが、それをあざ笑うかのように再び私たちの前にあちこちに離散していたのか黒い靄が集まってくる。


「危ない危ない……そう…生徒といえど優秀な金の卵」


その一言に、瞬間的に危険を察した。切島くんと、爆豪くんが危ない。そう思った途端、反射的といっても良いぐらいの動きで自分の体が前に出るのを感じた。傍で「帷ちゃん?!」と驚きながらも止めようとしたらしいお茶子ちゃんの声が聞こえたがそれでも動きを止める事は出来なかった。
手を翳し、意識を切島くんと爆豪くんの前に集中させる。靄の男が何かを仕掛けようとしているのは直感的に分かった。ならば、一番に危険を受ける最前線の彼らを守らなければ。


「ダメだどきなさい!!」


そう思った矢先に、慌てた13号の声が飛んできて集中させてた意識が吹っ飛ぶ。と、


『ヤバッ…!?』


ズア…と一気に靄の男の黒い靄が更に大きく広がり、生徒たちを飲み込もうと波のように襲い掛かってくるのが見えた。最前線に居た2人の目の前に迫る黒い靄に、これは間に合わない…逃げ切れないと悟る。あっという間に目の前に居た筈の2人の姿が飲まれていく。


『あ、』

「チッ…!」


自分が飲み込まれるその瞬間、思わず目を綴じれば小さな舌打ちと共にとっさに私の手を別の手が掴んだ感覚がした。「皆!」という出久の声がして、本当に私の視界は真っ暗になった。


ズズ…ズ…


何とも言えない浮遊感の中、自分は靄に飲まれて何処かに飛ばされているんだと、不思議なほど冷静に思った。今自分が目を開いているのか閉じているのかも分からない暗闇。浮いているのかも倒れているのかも分からない不思議な空間。しかし、しっかりと自分の腕を掴んでいる誰かの手の感覚だけはあって…それのお陰で自分を冷静に保てていたのかもしれない。昔もよく泣いてると、こうやって引っ張って貰って―…。


『ふっ、あ?!』


突如不思議な浮遊感が消え、目の前が明るくなったと思った瞬間…ズサーっと固い地面に滑り込むようにして着地したらしい体に走る、鈍い痛み。肘を擦りむいたような気がする。


「眞壁、無事か!?」

『き、切島くん!?』


イタタタタ…と声を零しながら体を起こせば、心配そうにこちらを覗き込む切島くんの姿が見えた。無事だったんだ、と思うと同時にいつの間にか自分の腕を掴んでいる手の感覚が無くなっているのに気付いて、とっさに自分の腕を見る。
と、切島くんに気をとられて気づかなかったが自分のすぐ傍らに立つもう一人の足が視界に入り、視線をスッとそのまま上に向ければ不機嫌そうな彼がそこに立っていた。


『…爆、』

「呆けたツラしてんじゃねえよ。さっさと立て」

『え、』


その言葉にようやく自分がどういう状況に置かれているのか理解した。コンクリートむき出しの建物の床に腰を下ろしたままの私の傍に立っている切島くんと爆豪くん。そしてその周りを取り囲むように何人もの人が立っている。こちらの様子を伺っているように、しかし今にも襲い掛かろうと構えているその人たちは、状況からして敵である事は間違いなさそうだ。


『…成程?私たちを飛ばしのも計画の内ってことね』

「ハッ、用意周到なこった」

「おいおい…子供相手にこんな大人数で恥ずかしくねェのかよ」


帷がパンパンとズボンに付いた汚れを払いながらやれやれと立ち上がり、鼻から吐息する。飛ばした先にもこんだけ敵がいるなんて、どれだけ掻き集めて来たのやら。そもそも此処まで敵を配置して置くという事は私たちを飛ばす事は端から決まっていた事だというのに、若干の苛立ちを覚える。全部、計画の内というのが気に喰わない。
私の言葉に乗っかるかのように鼻で笑う爆豪くんは、隣でバキバキと指を鳴らしている。嗚呼、やる気満々だこの人。苦笑しながらもこの状況から逃げるには方法が1つしかない事を悟っている切島くんも片腕を硬化し始めている。2人とも準備満タンですね。


「んだと、このガキ」

「さっさと片付けて合流だ」


完全に舐めてかかってきている。しかし連中がこのヒーローの学校の中でもこんな態度で居られるのは全てヒーローを殺す算段が揃っているからだ。あの広場に現れた体中のあちこちに手が付いていた男と、黒い靄の男が中心的に動いていた点からしてあの2人が首謀と見て間違いない。


「どっからでも掛かって来い…来た奴から爆破してやる」

「うわ、どっちが悪役だよ」

『ホント。敵と間違って切島くんに殴られてもしょうがないね』

「あ゛ぁ?!」


ヒーローを殺すなんて、あんな堂々と言える馬鹿は居ない。それもこれも算段が揃っている…完璧な計画が進行している…それ以外考えられない。でもどうしてこんな危険を冒してまでもオールマイトを殺したいんだろう?平和の象徴だから?悪への抑止力になっている人だから?…否、今そんなのどうでも良いか。


「何をごちゃごちゃと…!」


敵の一人が痺れを切らしたように殴りかかろうと此方に向かって一気に駆け寄ってくる。それに習って周りに居た数人も一斉に集まってくる。あらら、とまるで困った様子もない声を零しつつ迫ってくる敵に向けて手を翳す。と、それより前に大きな背中が私の視界から敵を隠してしまった。


「お前は下がってろよ、泣き虫」

『 !! 』


BOOOM!!と彼の背中越しに見える炎と敵の呻き声。嗚呼、彼がふっ飛ばしたなとすぐに分かった。得意げに、そしてあざ笑うかのように小さく笑いながらこちらを振り返った彼に帷はムスッと表情を曇らせながら、スッと翳したままだった手を横に移動させる。


『…誰に向かって言ってんの』


と、ぎゃあ?!という短い悲鳴と共に、彼の視線がバッと前に振り返る。彼に襲い掛かろうと背後から近寄っていた敵の一人をバリアでふっ飛ばしてやったのだ。見えない何かにぶつかって吹っ飛んで行った仲間を見て、周りも何だ何だとパニックに陥っているのが面白い。


『冗談はやめてよ』


小さく笑みを零しながらそう言うと、彼は一瞬キョトンと少し驚いたような顔をした。それを横目に切島くんも硬化した腕や足で次々と敵を殴り飛ばし、蹴り飛ばしている。
気付けば、いつの間にか敵が現れた時の恐怖とか不安とかどっかに吹っ飛んでいた。何故だかは分からない。けれど、連中にこれ以上好き勝手させる訳にも行かない。今、私たちがすべきことは―…


「…ハッ、足引っ張んなよ」

『どっちが』


戦って、その野望を阻止する(かつ)こと。



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