轟くんのお陰で無事に教室に辿り着くと、既に登校していた皆もあの報道陣の壁を乗り越えてきたらしく、クラス中が迷惑そうな何とも言えない表情を浮かべながら話しているのが目に入った。勿論私もお茶子ちゃんや蛙吹ちゃんたちに大丈夫だった?と声を掛けられた。うん、大丈夫と返しながら席に着いてしばらくすると、
「昨日の戦闘訓練お疲れ、Vと成績見させてもらった」
本日最初のHRの時間に教室に入って来た相澤先生は教卓の上に紙の束をバサリと置きながら話し始めた。
「爆豪、おまえもうガキみてえなマネするな、能力あるんだから」
「……わかってる」
先生の一言に、意外にも爆豪くんは静かにそう応えただけだった。以前の彼ならウルセェ!大きなお世話だ!ぐらい先生にでも平気で言い捨てそうなモノだが…。昨日の事が余程彼の中で大きかったのだろう、後ろから見えた彼の背はどこか昨日までとは違って見えた。
「で、緑谷はまた腕ブッ壊して一見落着か」
次に先生の標的になったのは出久だ。ビクリと肩を震わせて、明らかに先生に怯えているのが周りにも丸分かりだ。注意された矢先に昨日は腕を骨折したのだ。幾ら訓練とは言え自分の技で自分を壊すのは先生的にも不愉快だったのだろう。
「俺は同じ事言うのが嫌いだ。"それ"さえクリアすればやれることは多い。焦れよ緑谷」
「っはい!」
先生の醸し出す雰囲気にもっと大きな雷が落ちてくるかと思っていたが、意外にも先生はそれほど怒っていなかったらしく、出久に軽い注意の言葉をかけただけだった。その先生の言葉に、ついさっきまで怯えた様子だった出久も真剣な面持ちで返事を返す。
「さてHRの本題だ…急で悪いが今日は君らに…」
一通り昨日の反省点を述べたのか、先生が改めて話を切り替える。そのポツリと静かに話し始める先生が醸し出す雰囲気に、クラス中がまた臨時テストか何かあるのかとざわめいた。ゴクリ、と周りの生唾を飲み込む音が聞こえそうなほど、皆次の言葉を待っている面持ちが尋常じゃない。…が、
「学級委員長を決めてもらう」
「≪学校っぽいの来たーー!!!≫」
元々ここは学校なのだから、皆の綺麗に揃った安堵の言葉がそれって如何なものか…。否、今までが自分達の知る学校とかけ離れた事ばかりあったからこそ、こういった普通の学校の恒例などに新鮮味を感じてしまうのだ。
しかしその安堵もつかの間。学級委員長の言葉に、一斉に教室中が騒がしくなる。それも皆、自分を主張しようと片手を大きく上げて我が我がと学級委員長の座を狙っているからだ。
恐らく、普通科であるならばこんな事にはならないだろう。普通科など一般的に学級委員と言うと先生の雑務をこなしたりするイメージがあるし、寧ろやりたがらないものだろう。だが此処はヒーロー科。学級委員になれば、集団を導くというトップヒーローの素地を鍛えられるし後々就職活動にも活かされていく可能性大の重要な役職だ。皆が狙うに決まっている。…私を含めた数名を除いて。
『(…あれ?)』
俺やる俺やる!私やりたーい!なんて全面的に前に出ているクラス中を後ろから眺めている数名。私を含め、ほんの数名だがその中に轟くんが居る事に自然と目が留まった。他にも常闇くんとかお茶子ちゃんとかも目に入ったが、目に留まったのは轟くんだった。
騒ぐクラス内に、俺はまるで関係無いというように興味も示していない彼は頬杖を突きながらボーっと窓の外を眺めていた。立候補するようなキャラじゃないとは思っていたが、せめて誰がなるのかとかそれぐらいの興味はあってもよさそうなものだが、それすら彼からは感じられない。彼の横顔は髪で隠れて見えないが、何となく寂しそうな…そんな気がした。
「静粛にしたまえ!!"多"をけん引する責任重大な仕事だぞ…!"やりたい者"がやれるモノではないだろう!!」
騒がしい教室に大きな声が飛ぶ。その声に私も轟くんに向けていた視線と思考をハッと教室内に戻す。何だ?何だ?と自己主張を繰り広げていたクラス中が声のした方向に注目が集まる。その先に居たのは案の定、飯田くんだ。
「周囲からの信頼あってこそ務まる聖務…!民主主義に則り真のリーダーを皆で決めるというのなら…これは投票で決めるべき議案!!」
飯田くんの言っていることはもっともだが、彼のその姿にすぐには誰も納得できなかった。それもこれも、
「そびえ立ってんじゃねーか!!何故発案した!!!」
真っ直ぐ天に伸びる飯田くんの右手。彼も一番は投票で決めるのが正しいと諭しては居ても本当は自分が学級委員長をやりたい気持ちが大きかったのだろう。その体に現れてしまっている。
「日も浅いのに信頼もクソもないわ飯田ちゃん」
「そんなん皆自分に入れらぁ!」
「だからこそ、ここで複数票を獲った者こそが真にふさわしい人間ということにならないか!?どうでしょうか先生!!!」
「時間内に決めりゃ何でも良いよ」
『丸投げかい』
蛙吹さん、切島くんのツッコミにも飯田くんは何とか諭すように反論する。最終的に先生に同意を求めようと声を掛けたが、先生は先生で面倒臭くなっているらしくモゾモゾと寝袋の中に入って行く。思わず傍観者的立場だった私も先生のその自由さにツッコミを入れざるを得なかった。
結局、飯田くんの意見に半ば納得していない者も居ながらもその飯田くんの熱い主張に皆も一度試してみるかという流れになり、全員が自分に投票して決まらなければまた話し合おうという結論に至った。
皆平等に、一人一票。自分に入れても別の誰かに入れても可。自分が学級委員を任せても良いと思う人に入れる事。何も難しい事は無い。皆、誰にも見られないように紙に学級委員長に相応しい生徒の名を書き、即席で作った箱の中に投票していく。
クラス全員が投票したのを確認し、飯田くんを中心に開票された結果が黒板に書かれていく。だいたい軒並み自分自身に入れたのであろう1票ずつの中、なんと出久が3票、八百万さんが2票を獲得していた。
「僕3票―――!!!?」
余りにも予想していなかったのだろう、現一位に選ばれた出久の声が教室内に木霊する。たった一票が大きく関わるその投票結果に、他の誰かから投票して貰えるなんて思っても見なかったであろう出久は、黒板に書き出された自分の名前の隣に並んでいる3票に未だ信じられていない様子だった。
「なんでデクに…!!誰が…!!」
「まーおめぇに入るよかわかるけどな」
出久が一位の結果に黒板の前で静かに悔しさからか体を震わせる爆豪くんの傍らで瀬呂くんが苦笑する。確かに、爆豪くんが学級委員のクラスなんて想像するだけで恐ろしい。まさに暴君。俺はヒーロー科の学級委員だぞ!というのが脅し文句になりそうだ。…否、さすがにもう高校生だし、こんなガキ大将みたいなことはしないか。
「0票…わかってはいた!!さすがに聖職といったところか…!!」
「他に入れたのね……」
『…飯田くん、本当何がしたいの?』
床に膝をつき、絶望したかのようなポーズで嘆く飯田くん。黒板に書き出された彼の名前の横には何も書かれていない。それが示すのは0票という結果。"私と同じ"だが、どうしてあれほどいい提案をしながらも主張が体から溢れてしまうぐらい学級委員をやりたかったであろう彼が0票なのか…。傍らでそんな真面目すぎる彼を見ていた私もその矛盾する彼の行動につい声を零してしまった。
「じゃあ委員長 緑谷。副委員長 八百万だ」
「うーん、悔しい…」
「ママママジでマジでか…!!」
そんなこんなでヒーロー科1-Aの委員長は緑谷くん、副委員長は八百万さんに決定。黒板の前で見るからに改めて決まった自分の立場に震えている出久に、一票差で副委員長になってしまった事に少し不服そうな八百万さん。
皆それなりに自分が選ばれなかった事が残念そうだったが、「緑谷なんだかんだアツイしな!」「八百万は講評の時のがかっこよかったし!」と何だかんだ選ばれた2人に納得がいったらしく、誰も異議を唱える者は居なかった。ただ、私はどうも引っ掛かっていた。
出久と八百万さんの後ろの黒板に書き出されている生徒の名前と投票数。私の名前の横にある1票の文字。あれ?おかしいな…私、別の人に入れた筈なんだけどな。
――昼休み。
相変わらず食堂は生徒で溢れかえるほど混んでいた。なにせ食堂を利用するのはヒーロー科だけではなく、サポート科や経営科も一堂に会するのだ。混まない訳がない。どうにか確保した食堂のテーブル席にお茶子ちゃん、飯田くん。その向かい側に出久、私の順で座り昼食を頂く。相変わらずお米が美味しい。
「いざ委員長やるとなると務まるか不安だよ……」
「ツトマル」
「大丈夫さ」
『深く考えすぎだよ、出久』
小さく吐息しながら不安気に呟く出久に、美味しそうにご飯を頬張るお茶子ちゃんと飯田くん、そして私が言葉を返す。まったく、昔から何に関しても考えすぎるというか心配しすぎなんだから。と笑いながらまたご飯を頬張る。
『自己主張が強かったあの中で出久は3票も獲得したんだよ?頼りにされてるって事なんだから、もっと自信持って良いんじゃない?』
「そうだ。緑谷くんのここぞという時の胆力や判断力は"多"をけん引するに値する。だから君に投票したのだ」
「(あ、やっぱり飯田くんだったんだ)」
さらりと自分が投票した事を白状する飯田くん。まぁ、飯田くんが0票という結果が出た瞬間から予想していなかった訳では無い。真面目な彼なら、彼自身が学級委員長任せても良いと思える人に投票する。個性把握テストといい、先日の戦闘訓練といい出久に一目置いていてくれていたのだろう。
「でも飯田くんも委員長やりたかったんじゃないの?メガネだし!」
『ん?メガネは関係無いんじゃないかな?お茶子ちゃん』
「"やりたい"と相応しいか否かは別の話…僕は僕の正しいと思う判断をしたまでだ」
下手したら全世界のメガネを敵に回しかねないお茶子ちゃんの発言にすかさずツッコミを入れる。するとその結構ザックリといったお茶子ちゃんの一言にも動じることなく冷静に話し出した飯田くんの言葉にフと私を含め、出久とお茶子ちゃんが反応する。
『「「"僕"…!」」』
確か、今まで飯田くんが自分の事を話すときは"俺"だったはずだが、無意識にスッと出てしまったのか見事にハモッた私たちに飯田くん自身も気づいたらしくハッとした表情で此方を見る。少し恥ずかしそうなその飯田くんの顔に、お茶子ちゃんの顔が輝く。
「ちょっと思ってたけど飯田くんて坊ちゃん!?」
「坊!!!」
『プフっ』
やっぱりお茶子ちゃんはざっくり言うなぁと思いつつ、目をキラキラさせながら言うお茶子ちゃんのまさかの坊ちゃん発言に驚く飯田くん。戸惑う様に昼食のカレーライスを掻きこむ彼に思わず私も笑ってしまい、出久とお茶子ちゃんと3人で彼を囲むようにしながらガン見する。
「……そう言われるのが嫌で一人称を変えてたんだが…」
バレてしまっては仕方ない、とばかりに困ったような表情を浮かべながら飯田くんがポツリポツリと口を開く。え、まさか本当にお坊ちゃま…いや、あり得る。
「ああ俺の家は代々ヒーロー一家なんだ。俺はその次男だよ」
『ほぉ…!』
「ええーー凄ーーー!!!」
由緒正しきヒーロー家系だったか…。通りで真面目すぎるほど真面目な訳だ。今時は親がヒーローで子供が跡を継ぐなんて話はあるが、まさかこんな身近にいたとは。しかも二男という事は上に兄が居る…しかもその兄もヒーローという事だろう。
「ターボヒーロー、インゲニウムは知っているかい?」
「もちろんだよ!!東京の事務所に65人もの相棒(サイドキック)を雇ってる大人気ヒーローじゃないか!!まさか…!」
「詳しい…」
飯田くんの問いかけにまず先に出久が喰いついた。流石ヒーローヲタクと呼ばれているだけはある。大方知らないヒーローでも出久の説明で分かる。出久が知らないヒーローなんて居ないんじゃないかと思うぐらい分かりやすい。
「それが俺の兄さ」
「あからさま!!!すごいや!!!」
そんな出久の説明に、飯田くんはまるで自分の事のようにクイッと眼鏡のブリッジを指で押し上げ高らかに言い放った。そんなあからさまな態度で有りながらも、実際に凄い事なのだから文句のつけようがない。飯田くんも唯の坊ちゃんじゃない。凄い、真面目な素敵なヒーロー一家の1人なのだ。
「規律を重んじ、人を導く愛すべきヒーロー!!俺はそんな兄に憧れヒーローを志した。人を導く立場はまだ俺には早いのだと思う。上手の緑谷くんが就任するのが正しい!」
ほら、やっぱり真面目だ。本当は自分が委員長をやりたくて仕方が無かったけれど、自分よりも出久の方が皆をまとめることに優れていると、出久の事を認めてくれているんだ。自分自身の力を知っているからこそ、悔しいけど出久に票を入れてくれたんだ。本当に優しいんだな、飯田くんって。爽やかに言い切った彼の顔を見て、ふふと思わず笑みが零れる。
『飯田くんって笑うんだね。初めて見たかも』
今まで見てきた彼の表情は真面目で、どちらかというと強面のイメージがあったが、出久の事を認めてくれた彼の顔はどこか柔らかく、優しい表情をしていた。笑いながら私がそう言うとかなり飯田くんはびっくりした様子で、「え!?そうだったか!?笑うぞ俺は!!」と言い張っていた。その必死さに出久もお茶子ちゃんも思わず笑っていた、その時―…
ウウーーーーー!!!
「警報!?」
校内に今まで聞いた事の無いほどの大音量の警報が響いた。何事だと持っていた箸を無意識に置き辺りを見回す。
『な、何事!?』
食堂に居た誰もが動きを止め、その警報に唖然としている。先輩方やサポート科、経営科の生徒も皆シーンと静まり返っており、警報の音だけが大きく鳴り響く。
「≪セキュリティ3が突破されました、生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください≫」
警報の合間に流れるアナウンスにガタッガタッと次々周りが席から立ち上がり慌て始める。「3?!」と先輩方が驚いているのが見えた。相当ヤバい事らしい。しかし、私たちにとってみれば初めての警報で、一体何が何だか分からず呆然と立ち尽くすしかない。
「セキュリティ3てなんですか?」
「校舎内に誰か侵入してきたってことだよ!3年間でこんなの初めてだ!!君らも早く!!」
思わず飯田くんが傍に居た先輩に声を掛けると、先輩は慌てたようにそう言って席を立ち駆け出して行った。兎に角マズい事態に変わりないらしい。私たちも早く非難を、と席を立ちあがって離れた瞬間―、
「う、うわぁっ?!」
一斉にパニックに陥った生徒たちが波のように非常口に向かって押し寄せてきた。皆が我先にとひしめき合い、只でさえ人でごった返していた食堂内が更に人口密度を増す。あっという間に私たちは人の波に飲み込まれた。
避難するために進む事は愚か立つこともままならず、「いてえいてえ!!」「押すなって!」「ちょっと待って倒れる!」「押―すなって!!」と悲鳴や怒声があちこちから聞こえてくる始末。実際、このままでは人と人の間に挟まれて潰されそうな勢いだ。
「いたっ!!急に何!!?」
『ちょ、押さないで…!』
「さすが最高峰!!危機への対応が迅速だ!!」
「迅速過ぎてパニックに…」
これはセキュリティーが突破されたとか侵入者うんぬんよりも此方の方がマズい。このままでは怪我人は愚か、死人が出そうな勢いだ。人の波に飲まれ揉みくちゃになりながらもなんとか進もうとするが、やはりかなりの密集度で身動きすら取れない。
「どわーーしまったー!!」
「デクくん!!」
「緑谷くーーーん!!!」
『い、出久!!!』
そんな中で一瞬の油断をついて、今まで飲まれていた人の波とは別方向に向かって出久が動いたかと思うとあっという間に人の波に飲まれて離れていく。慌てて一番近くに居た私が出久の飲まれた波の中に突撃する。
『出久!て、手ェッ!!』
「帷ちゃ、」
何とか人と人の間から手を伸ばし、出久の手を捉まえる。お互いに手を取り合って何とか体を引き寄せ離れないように固まる。パニックの波は治まる事を知らず、未だあちこちで「いてぇ!」とか怒声が飛び交い、終いには「人が倒れたって!!」という悲痛な声まで聞こえる。しかし、そんな声が聞こえても波が大人しくなるわけが無く帷も出久も成す術が無かった。
『一体何が侵入したっての?もう…!』
「うわぁああ」
『ちょ、出久!ちょっと目ぇ離しただけで流されないでよ!!』
こんな人の中ではバリアを張って自分達の場所を確保するだけでも難しい。周りの人たちが転倒してけがをしてしまう。外の状況を確認しようにも窓にも近づけず、手を繋いでいる出久も出久であっという間に流されそうになってしまうから迂闊に動けもしない。
少し離れた所で、「皆さんゆっくり!ストップ!ストップ!」と声を上げる切島くんと「何これ」と只々流されている上鳴くんが見えた。誰も、状況を把握していない。情報は警報と放送だけで詳しい事は誰一人分かっていない。こんな事態にも先生たちは現れないし、成す術も無い―…どうすれば、と途方に暮れかけたその時、
「皆さん…大丈ー夫!!」
大きく食堂内に響き渡った聞き覚えのある声。皆一斉に動きをピタリと止め、声のした方に視線を向ける。と、そこに居たのは食堂の非常口の上に、非常口のマークのようにして立っている飯田くんの姿が見えた。「…え、飯田くん?何で?」という出久の声が聞こえた気がしたが、そんな事を打ち消すかのように飯田くんは言葉を続ける。
「ただのマスコミです!なにもパニックになることはありません大丈ー夫!!ここは雄英!!最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」
その飯田くんの言葉にパニックは静かに静まり、無事倒れた人も救出され怪我人もそれほど大した怪我にならずに済んだ。それから程なくして、警察が到着しマスコミは撤退。まさかマスコミで学校中がパニックになるなんて誰が予想しただろう。昼休みという休憩をとった気も無く、寧ろドッと疲れてしまった。
―――…
「ホラ委員長始めて」
「でっでは他の委員決めを執り行って参ります!………けど、その前にいいですか!」
昼休みがほぼ潰れ、皆疲れ切った顔を浮かべながらも午後の授業は始まる。今日は午前中に決めきれなかった、学級委員長以外の委員決めを行う事になっていた。教団の前に立ちガッチガチに固まっている出久を隣に立っていた八百万さんが急かすと、しどろもどろになりながらも出久が口を開いた。
「委員長はやっぱり飯田くんが良いと…思います!」
いつの間にか真剣な面持ちになっていた出久の口から出てきたその言葉にクラス中が驚いたのは勿論、まず飯田くんが驚いていた。
「あんな風にかっこよく人をまとめられるんだ。僕は…飯田くんがやるのが"正しい"と思うよ」
先ほどの状況把握能力に加え、生徒の安全を考えた勇気ある行動に出久は彼に委員長をやってもらいたいと決めていたようだ。出久の提案に異議を唱える者はおろか、寧ろ「飯田、食堂で超活躍していたし良いんじゃね!」と切島くんが切り出せば、皆それに便乗するように納得していく。
「何でも良いから早く進めろ…時間がもったいない」
「ひっ!!!」
そんな感動的な展開にも相澤先生は面倒臭そうに教卓の影で寝袋に納まりながら10秒チャージを咥え、ギロ…と出久を睨み上げていた。本当に自由人だな、この人。しかし反対しない所を見ると別に委員長を飯田くんに変わっても問題ないという事だろう。
「委員長の使命ならば仕方あるまい!!」
「任せたぜ非常口!!」
「非常口飯田!!しっかりやれよー!!」
胸を張って立ち上がり声を張り上げる飯田くんに、切島くんと上鳴くんが面白おかしく茶化す。あれは後で聞いた話だが、パニックに陥っている皆でも注目を集められる非常口の上にある非常灯の上にお茶子ちゃんの能力で彼が飛び乗ったとの事。…こうして、飯田くんが委員長になったっていう話。
『(…にしても、)』
喜ばしい光景に笑みを零す#NAME1##だが、机に頬杖をつきながら窓の外に見える学校の校門の方を見下ろして、微かに目を細める。何とも言えぬ、嫌な予感が身体中を駆けまわるのを感じる。
『(ただのマスコミがあそこまで出来るだろうか…)』
彼女の細めた視線の先にあるのは、セキュリティーの為に閉じていたらしい雄英バリアーこと、校門の丈夫なシャッターがボロボロに崩れている状態を警察と先生方が見つめている光景だった。