敵チームである私たちは先にビルに入り、作戦を立てる。お互いの能力は理解したし、これから乗り込んでくるヒーローチームの障子くんと轟くんの能力は大凡の範囲でしか予想できなかったが、恐らく上手くいくはずだ。否、上手くいかなくてもは私はそう簡単に負けられない。…出久があんなに頑張ったんだから。
きっと数では此方が有利だが、個性の力で言ったらヒーローチームの2人の方が上かもしれない。何でも障子くんの握力はゴリラ…否、タコ並みだったのだ。だったら下手に戦闘に持って行くよりも即座にどちらかを捕えられれば突破口は自ずと見えてくる。幸運にも此方には伏兵として最適な、透明人間の葉隠ちゃんが居る。


「尾白くん、帷ちゃん!私ちょっと本気出すわ。手袋もブーツも脱ぐわ」

『おおっ!本気(マジ)だ!!カッコいいよ!透ちゃん!』

「うん…(葉隠さん…透明人間にしては正しい選択だけど、女の子としてはやばいぞ…倫理的に…)」


うおー!とすっかりやる気モードの透ちゃんに便乗して気合を入れる帷。そんな女子同士のテンションに若干困り顔ながらも、葉隠さんが居るであろう場所から静かに視線を逸らす尾白くん。…見えないから良いモノの、本来であれば確実にアウトである。そして伏兵として配置に向かう葉隠さん(小型マイクで位置を確認)を見送り、尾白くんと共に核の前で待ち構える態勢に入った。
そしてあっという間に時間が開始を知らせる。瞬時に張り詰める緊張感に、帷は感覚と言う感覚を研ぎ澄ませる。相手の個性が分からない以上相手も此方も考える事は一つ。先手必勝、だ。


『…来る』


そう呟いた瞬間、帷はピキピキと空気が凍る感覚を憶えた。否、張り詰めた空気とかそう言った比喩てきなモノじゃなくて本当に"凍る"という感覚。小さく吐いた息が微かに白く濁ったのが視界に映った―刹那、


『ッ!!』


パキパキパキ…

一瞬にして視界全てが氷の世界に変わる。フロアのあちこちが凍りつき、冷気が体を包む。この様子では通路も他のフロアも全て氷漬けになっているのだろう。「くそ、」という尾白くんの声が聞こえて彼の方に視線を向ける。彼の足が氷漬けの床と一体化しており、身動きできない状況になっていた。これではせっかく伏兵として姿を隠した透ちゃんも動けなくなっている。伏兵の意味がまるで無い。
クソ、と自分の足元を見てこれからどうしようかと考えていると不意にフロアの開け放たれた状態のまま氷漬けになっている入口を潜って1つの影が現れた。轟くんである。


「動いてもいいけど、足の皮剥がれちゃ満足に戦えねえぞ」

『…こわーい』


嘲笑うかのように微かに笑って言い放った轟くんに帷は苦笑しながら棒読みで発音する。脅しにしてもなんてグロテスクな表現。考えるだけでも痛い。


「≪仲間を巻き込まず、核兵器にもダメージを与えず尚且つ敵も弱体化!≫」

「≪最強じゃねェか!!≫」


小型通信機の向こうでオールマイトと切島くんの声がする。少し声が震えている事から通信機の向こう…つまり地下まで冷気は届いているようだ。本当にビル全体を凍らせてしまっているのだ、轟くん。たった1人で……。

ん?独り?

痛タタタ…と微かに透ちゃんの声がする、素足で凍らされているのだ。痛いに決まっている。でも、でももう少しだけ辛抱して貰っても良いかなぁ…。もう少しだけ、足掻いてみても良いかなぁ…。
パキパキパキと凍った床の上をゆっくりと歩いて行く轟くんがまるでその余裕差をみせつけるかのように帷と尾白くんの真横を横切って行く。そして核の前に立つと静かにその核のハリボテに向かって手を伸ばした。


「≪ヒーローチームWI…≫」


コツン。


「≪ ?! ≫」


誰もがヒーローチームの勝利を確信し、通信機の向こうではオールマイトがその結果の声を上げようとしていた。核に手を伸ばす轟くんに成す術も無く尾白くんも葉隠さんも諦めた様子だった。が、

コツン、コツン。

轟くんの手が、核に届かない内に止まる。核まであと数センチ、という所で何かに阻まれている。何度も手を伸ばそうとするがそこには何も無い筈なのに、届かない。そこでその現象をジッと見ていた誰もがようやくハッと気が付いた。
この見えない壁の正体が誰かの個性だろうと悟った轟くんが、静かにこの空間内に居る帷と尾白くんの方向へとゆっくりと振り返りながら横目で視線を向ける。が、


「な…」


そこには、帷の姿だけが無かった。尾白くんも葉隠さんも(小型無線機でなんとか位置を把握)足を凍らされて動けない状態でこちらを見ているのに、先ほどまでそこにいた帷の姿だけない。そんな馬鹿な。足を氷漬けにしたのに…どうやって。まさか本当に足の皮剥がして…なんて思う暇もなく轟くんの真後ろで微かに響いたシュルルルッという音。あ、近い。マズい。


「ッ!!」


即座に身を翻し、その場から飛び退くとつい先ほどそこに居た自分のすぐ真後ろで捕縛用のテープを伸ばしている1つの影が立っているのが見えた。


『あ〜ぁ。残念。惜しかったなぁ〜』


シュルルルッと捕縛テープを元に戻すその顔はこの場面に似合わないほどの笑顔。焦って距離を取った轟をその不敵な笑みで見つめるのは他でも無い、帷だ。尾白くんと葉隠さんが「眞壁さん!!」「帷ちゃん!」と声を上げたのを聞いて「はーい」と手を振っている。目の前で起きている光景に正直、轟は戸惑っていた。どうしてコイツは動けるんだ、と。


『透ちゃん、尾白くんゴメン。もうちょっとだけ粘らせて』

「お…おう」

「私の事は気にしなくて良いよ!やっちゃえ!やっちゃえ!」


五体満足、しかもそれほどダメージを受けていない状態に見える帷が轟は不思議で仕方なかった。開始直後に障子を逃がし予告も無く奇襲の如く凍らせて、逃げる隙も避ける隙も与えていなかったのにどうして。


「なんで、お前」

『ん?嗚呼、何で氷漬けになってないのか、平然と歩き回ってるのかって?』


クルリと轟くんを振り返ると彼は本当に驚いているのか、いつものポーカーフェイスが少し崩れているのが見えて思わず笑みが零れる。嗚呼、本当に私今ワルモノみたい。別に彼の言った通り、足の皮剥がしたわけでも無ければ靴を脱ぎ棄てたわけでも無い。


『簡単なトリックだよ?んー、ヒント!私の個性は…バリアです!』

「………なるほど。開始直後から自分に張ってたってか」

『そう言う事。轟くんと障子くんの個性が未知数だったし、どっちかだけでも遠距離型だったらまずいかなぁって』


開始直後、すぐに自分の周りに保険としてバリアを張っていたのが正解だった。まさか轟くんが此処まで遠距離広範囲に対応している個性の持ち主だなんて。
幸い、足元は複雑な氷の造形で凹凸が激しく、凍っていない足元の部分を隠してくれていた為に轟くんには今まで自分が凍っていない事がバレなかったのだ。まぁそれを利用して、奇襲を仕掛けたがあとちょっとという所でしくじってしまった。


『それにこれだけ広範囲でしょ?だからきっと轟くん、障子くんをビルの外に避難させてるんじゃないかなぁって。…だから今此処にいるヒーローは轟くん1人だけ』


そう予測できたからこそ、仕掛けた。独りなら捕まえられるかもしれない。仮に障子くんが駆けつけたとしてもそれなりに時間がかかる。ならそれまでに捕まえられれば勝機は大きかったのだが…今となってはちょっと難しい。でもあと一つ勝利する方法がある。


「で?俺が来るまで氷漬けになってる振りをして、奇襲を仕掛けたって?…お前、とんだ悪(ワル)だな」


苦笑を零しながら言う轟くん。実際ヒーローを目指している身ながらもなんだか褒められているような気がして、だから私も「当たり前じゃない」とニッコリ笑って見せた。


『だって私、今は敵(ヴィラン)だもの』


あと1つの勝つ方法。時間いっぱいまで轟くんを核に触れさせない事。今私、相当悪い顔してる。悪女だ…という通信機の向こうでモニターを見てるであろう生徒たちの囁きが微かに聞こえた。その中に、でも最高!と言う謎の盛り上がりの声も聞こえた気がしたが敢えて何も聞かなかった事にした。
そうかい、と轟くんも表情を切り替える。氷漬けの地面を蹴って此方に一気に迫ってくる轟くんに私は彼同様氷漬けの床を蹴って飛び退き、距離を取って走り出す。私を捕まえる以外方法が無い事に気づいたようだ。生憎、こちらは鬼ごっこの自信がある。追いかけるのも、追われる側も。


「ッ!」


フッと轟くんが手を翳す。と壁を氷漬けにしていた氷たちがビキビキと音を立てて動きだし、形を変える。走り出した矢先目の前に現れる氷の突起。それもすごく尖ったヤツ。


『ちょ、それ反則!』

「実戦に反則も何も無いだろ」

『うわっ』


走れば走るほど形を変える氷たち。終いには床の氷も複雑に変形し、上手く逃げる事すら難しくなっていく。しかし捕まる訳には行かない。せめて轟くんを捕まえる事が出来なくても、此方が掴まらず核に触れさせなければ敵チームの勝利だ。


『こんのっ!』

「チッ!」


バリアを使って飛んで跳ねて、壁を蹴ったりとあちこちを飛び回りながら逃げる。時に真っ直ぐ此方に向かってくる氷の突起を思い切りバリアで防いで折ってやると流石の轟くんも小さく舌打ちを零していた。
こうして私のみを狙ってくれている間は良い。これで少しでも核の方に注意が向いてしまえばピンチだ。私の個性の弱点を知られてしまう。あと少し、少しだけだ。お願い気付かないでと心の中で祈りながら兎に角駆けまわる。と、不意に轟くんの視線が尾白くんに向いた。あ、轟くん悪い顔した。


「うおぉっ?!」

『っ!それはズルいって!』


走り回る足を止める事無く視線を尾白くんに向ける。尾白くんに向かって真っすぐに伸びていく氷の突起。慌てて手を翳し尾白くんの前にバリアを張ると氷の突起は砕け散る。そして安心する暇もなく、すぐさま此方に伸びてきた突起に尾白くんの目の前のバリアを解除、自分自身の目の前に展開した―…瞬間。


『あ、』


ピタ、と目の前に迫っていた氷の突起が止まり何だ?と視線を轟くんに向けると、いつの間にか核の前に陣取っていた轟くんがニッコリと此方を見て微笑みながら核に触れていた。


「あああああ!帷ちゃん!何してんの!あとちょっとだったのに!」

「ああ…惜しいかったなぁ…」


タイムリミットまであと1分弱。此処まで粘ったのに!と葉隠さんが声を上げ、少し残念そうに呟く尾白くん。まさか、此処で取られてしまうとは…本当に申し訳ない。
くうううう…と声を零してその場に座り込めば轟くんは「悪かったな」と言いながら左手を氷に触れさせるとブワァとあっという間に氷漬けになっていたフロアの氷が蒸発して消えて行く。それをぼんやりと眺めていると轟くんが此方に歩み寄って来てスッと手を差し出してきた。


「お前の弱点。2か所同時展開は出来ない、だろ?」


差しのべられた手が、私を引き上げようとしてくれているのだと分かり、図星を突かれて一瞬言葉を失ったがこの短時間で此処まで気づかれてしまったか、と思わず苦笑を零しながら大人しくその手を取った。
そうだ。私のバリアの欠点。それは2か所展開が出来ない事。だから素早さを極め、展開と消去を繰り返して誤魔化していたのだがどうやらこの轟という男、尾白くんに攻撃を仕掛けた時、私の方にもほぼ同時に攻撃を向けてその反応を見てたのだ。そしてそれが確信に変わった瞬間、核に手を伸ばしたのだ。


『へ、へへ。バレちゃったかぁ…』


その言葉に満足したのか轟くんもどこか清々しい笑顔を浮かべながら、グイッと轟くんの方へと引き寄せられ立ち上がる。と勢い余ってそのまま彼に突撃する直前、スッと轟くんが受け止めてくれて思わず顔を見合わせるとまた苦笑した。



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