最初の対戦は何の因縁なのか、出久とお茶子ちゃんのAコンビと、爆豪くんと飯田くんのDコンビ。Aがヒーロー、Dが敵(ヴィラン)だ。半ば放心状態になりかけている私に気づいたのかそろそろと配置に向かい始める出久が此方を振り返った。


「帷ちゃん」


微かに聞こえたその声にハッとして彼を見る。すると彼は笑顔でグッと親指を立てて見せた。


『ッ!』


そうだ。私が心配する必要なんて無い。だって、出久だもん。今までの出久とは違う。否、私が知っている出久も私が知らない出久もこんな神様の悪戯に屈する出久じゃない。彼の笑顔に少しだけホッと息を吐いて小さく親指を立てて見せた。


『(負けるな、出久)』

「(うん)」


誰にも聞こえないように口パクで伝える。幼いころからこんな遊びをしていたから何となくお互いの言葉が口の動きで分かるようになっていたのを思い出した。力強く頷いた出久の横でお茶子ちゃんも此方に気づいたらしく、笑顔で手を振っていたから「頑張れ」と手を振り返して2人の背中を見送った。
2人が配置に向かうのを見届けて踵を返せば、そこには同じチームになった尾白くんと浮いている手袋…葉隠さんが一緒に行こう、と待っていてくれた。作戦どうする?なんてまだヒーローか敵かも分からないのにそんな事を言う葉隠さんにおいおいと困り顔の尾白くん。それが面白くて、思わず笑みを零しながら2人と並んで皆の後を追った。

その背中を遠くから見つめている1人の存在にも気づかずに。


―――…


対戦する2チーム以外の生徒たちはモニターで観察しながら他のチームの戦術を学ぶ為、2チームが対戦するビルの地下にあるモニタールームへと移動した。皆が揃い、時間が対戦開始を知らせる。


『(大丈夫、大丈夫…)』


呪文のように頭の中でその言葉を繰り返す。モニターから音声は聞こえてこない。チーム内での作戦や掛け合いを見る側は自然と想像できるようにする為に敢えて聞こえない仕様にしているらしく、その音声が聞こえているのは今はオールマイトだけだ。

まずモニター画面に映し出されたのは、ヒーローチームの出久とお茶子ちゃんが二人が無事に窓からビルの中に潜入、探索を始めたところだった。死角が多い屋内と言うのが実に良く分かり、見ている此方もドキドキしてしまう。
待機組である生徒の皆もその屋内という新たな戦場に2チームがどう動くのか予測を立て、自分たちの時にどう生かそうかと頭の中をフル回転しているらしくそのモニターを見つめる目は真剣そのものだ。

そして、ヒーローチームが慎重に幾つも入り組んだ通路の屋内を進んでいた矢先、状況が動いた。出久の目の前の通路の曲がり角の陰からいきなりバッと黒い影が飛び出してきた。―爆豪君だ。


「いきなり奇襲!!!」


モニターを見ていた峰田くんが思わず声を上げ、誰もが驚きに息を飲んだ。モニターの向こうの爆豪くんは出久の前に飛び出し大きく飛び上がったまま腕に炎を纏わせながら思い切り殴りかかる。その速さとあからさまな攻撃性に帷も言葉を失う。
出久は無事だろうか、と思うよりも先にモニター画面に出久とお茶子ちゃんが映し出される。どうにか上手く避けたらしい…そう思い、ホッと小さく息を吐いた矢先、顔を上げた出久を見て目を丸くする。
どうやら爆豪くんの攻撃からお茶子ちゃんをかばって避けたが、出久は彼の炎がかすったらしく焼失し、あのうさ耳のような突起を含めマスク左側がなくなってしまっていた。


「爆豪ズッケぇ!!奇襲なんて男らしくねぇ!!」

「奇襲も戦略!彼らは今、実戦の最中なんだぜ!」

「緑くん、よく避けれたな!」


テンションが上がっているように切島くんが声を上げる。しかしオールマイトが彼の意見をバッサリと一掃する。そうだ。今、彼らがおかれているのは戦場。卑怯も何も無い。奇襲も作戦の一つと数えられる状況なのだ。


『(否…爆豪くんならまず出久を狙いに来ることは予想していた。でも…奇襲作戦も攻撃の動きも速すぎる)』


だが、きっと今の爆豪は作戦とか何も考えていない。何故だかそう思えた。モニター画面越しだから確信は持てないけれど、きっと同じチームの飯田くんと連携も何も取れていない。作戦も何も練らずに開始の合図と共に飛び出してきたのだろう。なら、奇襲は爆豪くんの独壇場……嗚呼、真面目な飯田くんの事だ、今頃困ってるだろうな。

そう。彼はただ、出久をぶちのめしたいだけなんだ。


「(ムッカツクなああ!!!)」

『―ッ!』


確かに見えた、爆豪くんの怒り。無音のモニター越しでもビリビリと伝わってくる爆豪の怒りとその口の動きに思わず帷は声が出そうになるのを隠そうと自分の口を手で覆った。彼は今、本気(マジ)だ。
横で切島くんが「アイツ何話してんだ?定点カメラで音声ないとわかんねぇな」という疑問を零すと、「小型無線でコンビと話してるのさ!持ち物は+建物の見取り図」とすかさずオールマイトが疑問に応える。皆には爆豪が何か怒鳴り散らしているか怒っているという認識しかないのだろう。私ほどこんなにドキドキしている人なんて他に居ない。


「そしてこの確保テープ!これを相手に巻き付けた時点で"捕えた"証明となる!!」


高らかにオールマイトが取り出した小さめのテープ。見た目は普通だが、性能はあの相澤先生が操っていた捕縛武器に似ている。ヒーローは敵を捕まえるか、核を回収するかの2択。敵はヒーローを捕えればそこで勝利、だ。まだまだこれからどうなるか分からない。どうにか呼吸を整え、自分自身を落ち着かせる。


「制限時間は15分で、"核"の場所は"ヒーロー"には知らされないんですよね?」

「Yes!」

「ヒーロー側が圧倒的不利ですね、コレ」

『…いつだってヒーローはそうだよ』


芦戸さんの問いにスパンと応えるオールマイト。その短い言葉に少し複雑そうな顔を向けながら不利を訴える芦戸さんに落ち着いた口調で、応えたのは帷だった。その声に周りの視線が此方を振り返る。


『敵も敵の個性分からず、兎に角誰よりも逸早く現場に駆けつけて瞬時に状況を把握して行動する…しかもそれはあくまで予測でしかない』


決めるのも、動くのもヒーロー自身。誰かのせいに出来ないし、一歩間違えば何人もの犠牲者を出したりとんでもない損害をもたらすだけ。そう思えばそう簡単に世間のヒーローを語る事なんて出来やしない。オールマイトも言っていた。いつだってヒーローは命がけ。いざとなれば自分の身も投げる覚悟が必要だという事。


『だからいつもヒーローは不利だよ』


いつもヒーローはゼロから可能性を積み上げている。だからこそ、こんな授業の一環なのにと言わず今からその可能性を少しでも積み上げる為に経験は必要だ。寧ろ、授業の内から不利を学べるだけありがたい事なのだ。
少し苦笑しながら言う私に、誰も言い返しては来なかった。そうそうとオールマイトも頷いてくれたからかもしれない。


「それに、相澤くんにも言われたろ?アレだよ、せーの!」

「≪Plus u「あ、ムッシュ!爆豪が!」≫」


名言出た!とばかりにみんなが腕を掲げその合言葉を口に出したその瞬間の事である、ずっとモニター画面を見ていた青山くんが声を上げた。その声に、オールマイトは無言のままモニターに視線を移した。

飛び上がり、出久に蹴りをかまそうと足を振りかぶる爆豪くん。宙に飛んだ爆豪くんの影で出久が何かを叫ぶとお茶子ちゃんが出久とは逆方向に一気に走り出す。出久自身が囮になってお茶子ちゃんを先に核の元へと行かせたようだ。
出久に視線を戻すと、今まさに蹴りに入ろうとしている爆豪くんの足に伸びる白いテープ。確保証明の捕獲テープだ。そのまま行けば爆豪くんを捕えることが出来る―…が、爆豪くんもそう簡単に捕まるような男では無い。とっさに空中で浮いた状態のままで蹴りから殴りに切り替える。しかし、出久にもそれは予測できていた。


「すげえなあいつ!"個性"使わずに渡り合ってるぞ!入試1位と!」


その言葉通り、出久は此処まで個性を使っていない。しかし蹴りから殴りに切り替えた爆豪くんのその拳を見事に避けて見せた。出久の性格が今、戦場で活かされているのが目に見えて分かった。

その頃、お茶子ちゃんも無事に核兵器のあるフロアに辿りついたらしく飯田くんと対峙しているのがモニター画面に映し出される。一見、ヒーローチームもこのままならいけるかもしれないと思う反面、制限時間が迫っている事で安心も油断も出来ない。
時間が迫るにつれて、相手が何を仕掛けてくるか予想が付きにくくなるから。と、お茶子ちゃんと飯田くんを映していたモニターから爆豪くんと出久のフロアを映す映像に画面が切り替わる。と、不意に爆豪くんの動きが目に止まり、嫌な汗が一気に拭き出す感覚を憶える。


『…先生、』


思わず傍に居たオールマイトに向け、小さく呟くように声を発する。何とも弱弱しくて自分でもびっくりするぐらいの音量だったがそれでもオールマイトは拾ってくれて、此方を振り返った。
モニターに映る爆豪くんの動きと出久に向かって何か言い放っている彼を見て、嫌な予感が確実なものへと変わる。次の瞬間、爆豪くんが出久に向け手榴弾のような腕の籠手をバッと構えた。そして、傍に居たオールマイトもその異変に気づいた。


『ッ先生!』

「爆豪少年、ストップだ!殺す気か!!

「≪当たんなきゃ死なねぇよ!!≫」


オールマイトの付けている無線機から微かに聞こえるほどのその声は、明らかに周りが見えていない。最悪の状態の爆豪くんそのものだった。これは、本当にヤバい。

やめて、その声が発せられる事は無く、次の瞬間。


ドオオ!!


グラリと揺れるビルに周りの生徒たちも、おいおいマジかよと騒ぎ始める。戦闘を映し出しているモニターとは別の演習場の管理を行っているモニターやら機械やらが悲鳴を上げている。その大きな揺れと言い、大きく破壊されたらしい。


「授業だぞ!コレ!!」

「…!!緑谷少年!!」


こんなのを真面に喰らえば生きていられる保証なんてどこにも無い。寧ろ死への片道切符を突きつけられたようなモノだ。今、ひっどい顔してるんだろうなと頭の何処かで思いつつ粉煙の舞うモニター画面の向こう側をジッと見つめながら、出久の姿を見つけるので精いっぱいだった。



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