場所を移し、最後の種目となるボール投げが始まる。皆、色々な個性を駆使して次々と記録を伸ばしていく。お茶子ちゃんなんて∞を出してるし…。脳内で自分が個性を使う姿をイメージトレーニングしながら徐々に近づく順番を待つ。
と、不意に緑谷出久の名前が呼ばれ、顔を上げるとボールを投げる位置に向かう出久の姿が見え、頑張れと声を掛けようと思ったがブツブツと何かを唱えるかのように呟く彼のそのどことなく不安を纏った背中に、何故だか声が掛けられなかった。
そういえば、出逢ってから彼の個性を見ていない。この個性把握テストで彼自身、個性を使って記録を伸ばしている所を見ていない事に気づいた。もしかして、彼はまだ無個性の記録…中学の記録から抜け切れていないのではないかとその時にようやく気付く。きっと他の人達は気づいて居ないだろうが、内心出久は焦っているに違いない。そんな帷の考えを裏付けるかのように出久はラインの前に立っても尚、ブツブツと呟いていた―…が、ついに彼の腕が大きく振りかぶられた。

微かに見えた、彼の腕に走るパワーの動き。これは凄い記録が出る―少なくとも帷はそう思った。


『…え、』


だが、実際振りかぶった出久が投げたボールの記録は"46m"。少し離れた位置からその様子を見ていたが、どうやら先生が個性を"消した"らしい。どうして…とその光景を見つめているとハラハラハラ、と先生の首元に巻かれていた帯状の布が下へと落ちていく。その布の下から現れたゴーグル…そこでハッとした。
視ただけで人の個性を抹消する個性に、あの特徴のあるゴーグル…そんなヒーロー1人しか知らない。"イレイザー・ヘッド"だ。出久も、他のクラスメイトも先生の正体に気づいて少しざわついている。


『(何で出久の個性だけを態々?今まで消されていた生徒なんて居なかった筈…)』


何を話しているかまでは聞こえないが、先生と出久の顔は真剣そのもの。出久に至っては焦りと不安が入り混じったような、何か解決策を必死に見つけているようなそんな顔だ。ボール投げは1人2回…チャンスはあと、1回…。
個性を消されるほどの何か問題を出久は入試の際に起こしてしまったのか、それとももうこの段階で先生に見捨てられてしまっているのか…否、まだチャンスがある筈。一度個性を消してまで出久に言いたい事があった…それが何なのか分からない。疑問ばかりが募って行く。


「彼が心配?僕はね……全ッ然」


そんな時、傍で同じように出久を見ていたお茶子の肩にポン、と手が置かれる。ダレキミと何とも言えない顔でその肩を叩いた少年を見るお茶子。嗚呼、確かお腹からビーム出して50m走走ってた人…そうだ、青山優雅くんだ。


「指導を受けていたようだが」

『…指導、なら良いんだけどね』


横で先生と出久の会話の様子を見ていた飯田くんに、帷は未だ何やら考えている様子の出久から視線を外す事無く、呟くように言った。まだ、指導なら先生も見捨てては居ない筈。出久に何かヒントを与えてくれたのなら良いのだが。


「除籍勧告だろ」


ストレートな声が飛んでくる。その声に、意外にも彼が…爆豪くんが近くに居た事にようやく気付いて視線を声の方に向けハッとしたが、すぐに彼の言葉に少々怒りを覚えてムスリと表情を歪める。


『…出久を嘗めない方が良いよ』


そう言い捨てて視線を出久に戻すと、横で「あぁ?」なんて声が聞こえたが無視した。すると此方が反応しなくなったのを察してチッと小さな舌打ちが聞こえた。それでも私は彼を見る事は無かった。出久がどう動くか、心配であり興味を引かれたから。だから、横に居る爆豪君が他の皆が若干退くぐらい怖い表情を浮かべて居るなんて知らなかった。

思わずこちらまでドキドキしてしまう。此処まで良いところを見せていない彼はこのままでは本当に除籍させられてしまう。あり得なくはない。そう思うと、半ば自分自身に言い聞かせるように出久の力を信じて爆豪くんに放った言葉も見栄っ張りの言葉にすぎない気がしてきた。内心、私も不安だった。だが、そんな不安を余所に、再び出久が意を決したかのように大きく振りかぶった。その動きは先ほどと全く同じ、だ―と思われた。

S M A S H !!

まさにボールが手から離れる瞬間、見えた。彼の指先にパワーの流れが集中させられ、指先で思い切り押し出すようにしてボールが弾丸の如く空に吸い込まれていく。


『…いず、く…?』


記録は705.3m。個性無しの時の記録に比べれば、遥かに伸びている。確かに個性を使った事が証明されたようなモノ。まさか、本当にあの無個性と弄られ続けていた出久が個性を持つなんて…しかも凄いパワーだ。


「やっとヒーローらしい記録だしたよー」

「指が腫れ上がっているぞ 入試の件といい…おかしな個性だ……」

『え、入試の時も…?』


お茶子ちゃんが緊張をほぐすように腕を伸ばして声を上げる。それに続いて声を上げた飯田くんの言葉通り、視線の先の出久はぐっと手を握りしめて少し痛そうな表情を浮かべて居る。その握りしめられた手の人差し指が少し腫れ上がっている。しかも飯田くんの発言を聞く限り、入試試験の時も今回のように自分自身で力を使ってその力を集中させた箇所を負傷したらしい。


『いず―、』

「どーいうことだこら ワケを言えデクてめぇ!!」


兎に角記録も出たし、負傷した様子の指は大丈夫かと彼に駆け寄ろうとした瞬間自分の真横を物凄い勢いで風を切りながら横切って行った影に思わず息を飲む。爆豪だ。


「うわああ!!」

『ちょ、このっ!』


どうやら彼は本当の本当に出久が個性を持っている事を知らなかったようで、今の結果に納得がいかなかったのか今にも出久に殴り掛かる勢いで突進していったのだ。物凄いで駆けて行く彼をクラスメイトはただ唖然と見つめている。
バチバチと腕に炎を纏わせながら駆けて行く爆豪の姿にとっさに出久を護らなければ、という考えが働いて反射の如く腕を前に翳し出久の目の前にバリアを張ろうと意識を集中させた、その時―…


「んぐえ!!」

『「 ?! 」』

「ぐっ…んだこの布、固っ…!!」


爆豪くんの動きが出久へと届く前にピタリと止まった。というのも彼の体を包帯のような帯状の布が捕えていたのだ。その元へと視線を向ければ、先生がその布を操っていた事に気づいた。


「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ"捕縛武器"だ。ったく、何度も"個性"使わすなよ。俺はドライアイなんだ」

『「("個性"すごいのにもったいない!!)」』


サラッと凄いカミングアウトを織り交ぜながらいう先生に帷と出久のツッコミが見事に脳内で被る。見つめるだけで相手の個性を抹消できるのに目がドライアイとか辛すぎる…。
そんな2人の脳内ツッコミなんてつい知らず「時間がもったいない、次準備しろ」爆豪の動きが完全に止まったのを確認した様子の先生は、スルスルと捕縛武器を解き元に戻していく。此方へと帰ってくる出久に歩み寄り、腫れ上がった指を見て「大丈夫?」と声を掛けると「うん…」と少し困った顔で返された。
そっと触れてみたがやはり痛いらしい。表情を歪めていたし、少し熱を持っている。これは骨が折れているんじゃなかろうか。早く保健室に…なんて思うそんな帷の心配をよそに、先生の号令で次々とまだボール投げを行っていないメンバーがボールを投げ始める。
ふと顔を上げて視界に入ったのは、未だその場から動かずこちらを凄い形相で見つめていた爆豪だった。まるで出久の個性を信じていない、今の出来事を信じていないと訴えているような彼の目と、目が合った気がした。


―そんな感じであっという間に自分の番もやってきて、ちゃちゃっと終わらせる。勿論私もそれなりの記録を出した。少し出久の個性の使い方を参考に個性を使って記録も伸ばすことに成功したのだ。そして、出久の指の負傷以外は無事に個性把握テストは幕を閉じた。


「んじゃ、パパッと結果発表」


何となく記録を伸ばすことに成功したし、最下位と言う結果は無いとは思うが油断は出来ない。寧ろ、自分では無く他の誰かであっても皆、内心穏やかで居られるとは思わない。特に、その除籍の色が濃厚な出久の友人である自分にとっては緊張が抑えられない。


「トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括開示する」


ピッ、ピッと手元のリモコンを弄りながら説明する先生に誰もが固唾を飲んで見守る。ヴンと鼓膜を震わせる音と共に空中に現れた半透明のモニター画面に名前が表示され、誰もが最下位を確認しようとした次の瞬間、


「ちなみに除籍はウソな」

「≪………!?≫」


長い沈黙と、混乱する脳内。誰もが先生を見つめたまま固まった。そんな生徒たちの顔を見ておもしれえとばかりに本日初めて見た先生の満面の笑みと共に続けて放たれた衝撃の一言。


「君らの最大限を引き出す 合理的虚偽」

「≪はーーーーーーー!!!!??≫」


傍に居た飯田くん、お茶子ちゃん、出久と共に帷も思わず大声を上げた。最早出久なんて人の原型を保てていないほど驚いている。そんな驚く私たちを余所に八百万ちゃんが冷静に「あんなものウソに決まってるじゃない…ちょっと考えればわかりますわ…」と零していた。気づけない私たちって一体…。


「そゆこと。これにて終わりだ。教室にカリキュラム等の書類あるから目ぇ通しとけ」


そして最後に出久に保健室利用届を渡し、先生は去って行った。その背中に向かって大声でふざけるな、と一言吐き捨ててやりたかったが流石にそれで一発退場にはなりたくない。兎にも角にも無事に入学初日のテストを乗り越えた。明日からこの高校で改めて学校生活が始まると思うとホッとしたような、逆に不安のような不思議な気持ちでいっぱいになりながらも宙に表示された自分の名前とその順位を眺めた。



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