それは一瞬の出来事。私たちの油断が生んだ、ほんの一瞬の出来事。


「(嗚呼…嗚呼!!クソッ!クソッ!!!)」


ドン!ドン!と何度も拳をそれにぶつけてみるが、びくともしない。分厚いガラスのように鈍い音が反響するだけの狭い空間で出来ることは本当に限られていた。どうしてこうなったのかを冷静に考えて思い知る。高を括っていた。本当に、このメンツなら怖いものなんてないと思っていた。
だから兎に角施設に向かって皆で森の中を突き進んでいた。進んでいたはずだった。徐に皆の背中を追って動かしていた足を緩め、後ろの気配に違和感を覚えた。状況が状況だが、彼にしてはやけに大人しい?と思って後ろを振り返った所で私はその状況に思わず声を上げそうになって―…そこで記憶は一瞬だけ途絶える。気が付けばこの狭い空間に捕らわれていた。マズイ。非常にマズイ。
手探りで調べれば自分は球体の中に閉じ込められているのだと分かった。恐らくは敵(ヴィラン)の個性。拳を叩きつけても、蹴りつけてみても罅一つ入らない。早く脱出しなければ。外の状況がイマイチ見えずらい曇りガラスの向こうで激しく何かが動いている。


「(外はどうなってる?!早く、早く皆に知らせないと…!!!)」


森の中を突き進んでいた時、振り返った先で私が見たのは音もなく現れた敵が勝己と常闇くんを手中に収めていた瞬間だった。


「(早く!早く!!助けないと!勝己が!常闇くんが!!)」


焦りが募り、兎に角がむしゃらに狭い空間で出来る限りの抵抗を試みる。自分と同じように2人が捕らわれているのなら2人もきっと抵抗しているだろう。無事に脱出してくれればいいのだが、何分外の状況が分からない。出久たちも異変に気づいてくれただろうか。敵に捕らわれた事を知っているだろうか。


「(…情けない)」


守るって思ってたのに。自分も捕まって、況してや何も状況が分からないなんて。最悪私はどうなったっていい。勝己を敵に渡しちゃ駄目だ。それこそ奴らの思い通り。兎に角最後まで抵抗しろ。皆を信じろ。まだ、まだ間に合う。まだ…。怖くて、怖くて、今にも泣きだしてしまいたい自分にどうにか言い聞かせながら必死に動く。ふわりと時折来る浮遊感に抵抗を邪魔されながらも必死に分厚い壁を叩く。徐々にその浮遊感は増し、体があちこちにぶつかり集中も出来ない。上手く個性の力を籠められず、素手で殴りつけるしかない状況。このっ!!!クソ…ッ!!!


「開けええええええええ!!!!」


腹の底から出た声だった。怒りに任せて荒げた声に合わせて何も纏っていない両手で思いきり壁を叩いた瞬間。


「ッ!!!」


パッ!という音と共にフワッと開けた解放感。今まで見えなかったものが鮮明になって視界に飛び込んでくる。襲い掛かる浮遊感に自分の体が宙に浮いている事を瞬時に悟る。解放された。そう思った矢先、視線の先に見えたその彼の姿に息を飲む。


「問題、なし」


素手で壁を殴っていたせいで手に血が滲んでいたがそんなの関係なかった。


かっちゃん!!


ニヤリと敵が笑う。ボロボロの出久の叫びが響く。空間にポッカリと開いた黒い穴…恐らく以前に雄英に攻めてきた敵の空間転移の個性に吸い込まれるように消えていく敵と、その敵の手が首に回っている勝己の姿。浮遊感が収まらない。それでも宙を掻くようにして必死に手を伸ばす。嗚呼、否、嫌、いや、イヤ。


勝己!!!!


滲む視界に映る彼は、いつもよりも強張った表情で真っ直ぐにこっちを見ていた。まだ間に合う。まだ間に合うと必死に体を、手を、前へ前へと伸ばす。闇が、彼を覆い始めるのが見えて、私の真横を出久が物凄い勢いで駆け抜けていくのが見えて、そして―…。


「来んな」


微かに聞こえた彼の声。その声を合図に闇の中へと消えていった勝己とズッと僅かに残っていた黒い穴が完全に閉じられる。ドサリと地面に落ちた私の横を駆け抜けていった勝己の元へと飛び込んて行った勢いを殺すことが出来ずそのまま地面へと飛び込んだ出久がハッと顔を上げ、口を開いた。


「あ…―――っ…ああ゛!!!


嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。勝己が、あの勝己が。置かれている最悪の現状が徐々に理解できてくる。嗚呼、誰か、誰か嘘だと言って。もう少しで、手が、届く所に、居たのに。どうして。どうして。どうして。


あああああああああああああ!!!!!!!


未だ森の方では消えていない火が燃え盛り、微かにあちこちで救助活動の動きも聞こえてくる。茂みを掻き分け、駆け付けたお茶子ちゃんと梅雨ちゃんたちの視線の先で地面に伏したままの出久の叫び声が森中に響き渡る。怒りと悔しさと色々な感情が入り混じったその声を聴きながら私は地面に座り込んだまま、心配した皆が出久と私の周りに集まってきたけどすぐに立ち上がることが出来なかった。


「眞壁」

「………」

「眞壁、気持ちは分かるが早く手当てしねぇと…」

「………して」

「?」


優しい轟くんの声が聞こえた気がした。けど、私の視界にあるのはついさっきまでそこに居たはずの存在が居なくなった空間だけ。嗚呼、この感覚を私は知っている。また、この感覚を味わう日が来るなんて。怒りと悔しさと悲しさと…もう自分の感情が分からない。


「か、え、して…」


声が震えた。もう一度血だらけの汚い手を伸ばすけど、そこに彼は居なくて。いつもいつもいざって時は手を引いてくれてた彼が、今回ばかりは手を引いてくれなくて。何かあると知らない間に近くに居たはずの彼が、居なくて。いつも弱気な私に乱暴だけど立ち上がるための言葉を投げつけてくる彼が、居なくて。


「返して…返して、返して!返して!!!!」


ボタボタと目から何かが零れ落ちていく。何処にぶつければいいのか分からない痛みを吐き散らすことしか出来なかった。出来なかった。私が捕まってさえいなければ。もっと、もっと早くに敵に気が付いていれば。もっと早く皆に知らせることが出来ていたなら。私にもっと力があれば、こんな、こんな―…


「私からもう、何も、奪わないで…!!!」


絞り出した叫びはきっと敵には届かない。自然と零れ出た言葉にあの日の出来事が重なっていく。何もない空間に向かって声を上げる私を近くで見ていたのかお茶子ちゃんと梅雨ちゃんが駆け寄ってきて優しく抱きしめてくれた。瞳から溢れ出るそれを止めることも出来ず、ただ声を上げる私を2人は何も言わずにずっと抱きしめてくれていた。



―私たちが楽しみにしていた林間合宿は、最悪の結果で幕を閉じた。




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