夜の森に散らばった皆が、その伝言によって一気に動き出すだろう。自衛の術を!兎に角皆無事に戻ってくることを願って止まらない出久を捕らえようと足を動かし、襲い掛かってこようとする敵(ヴィラン)を跳ね飛ばす。


「伝達ありがと!でも!すぐ戻りな!その怪我尋常じゃない!」

「いやっ…すみません!まだ!もう1つ…伝えてください!」


相澤先生から預かった伝言を聞き、テレパスで皆に伝えたマンダレイもその尋常じゃない怪我に出久を気遣って敵と交戦しながらも警告してくれる。が、出久は止まらない。バランスを崩しかけ、地面に倒れるかと思ったら何とか持ち直して再び地面を蹴りながら一つの方向に向かって足を踏み出していく。


「敵(ヴィランの)狙い 少なくともその1つ――…」


出久の向かう先。皆が肝試しの為に消えていった夜の森の方へと向かって一直線だ。逃がすものかと必死に出久の後に続く。手を伸ばすがやはり捕まえられない。早いところ捕まえて落ち着かせなければ。そう思っていた。


かっちゃんが狙われてる!テレパスお願いします!

「え…?」


出久が振り返ることなく叫んだ。その内容に思わず耳を疑う。え、今、なんて?態々合宿に襲撃を仕掛けてきた敵の目的が"勝己"とはどういうことなのだろうか。いずれにせよ、非常にマズい。非常に危険な事態である。


「かっちゃ…誰!? 待ちなさい ちょっと!」

「っんの!何でそんな大事な事黙って…!ちょっ!出久止まって!!!」


マンダレイは出久の吐いたその言葉の意味を理解できず戸惑いの声を上げるが、それもお構いなしに出久は森の中へと飛び込もうとスピードを緩めることなく突っ込んでいく。出久は今、勝己に危険が迫っていることを知って…それしか見えていないのだ。
と、必死に森へと走っていく出久の元へトラと応戦していた敵の一人が出久の発言に何かを察知したのかトラを払いのけ、距離を詰めてくる。危ない、そう思い手を翳した刹那ヒュンっと私の掌のすぐ真横を一つの鋭い影が横切った。


「手を出すなマグ姉!!」


敵の1人が出久に迫っていたもう1人の敵の行く手をナイフを飛ばして遮った。どうしてなのかは分からないがこのチャンスを逃すまいと出久は速度を緩めることなく森の中へと飛び込んて行く。その後を追って敵が何やら言い合いしているのを聞きながらも自分たちの後を追って来ないのを確認しながら出久同様、森の中へと飛び込んだ。

再び視界が暗くなる。見通しの悪い森の中を兎に角耳を澄ませながらガサガサと茂みを掻き分ける音を追う。前方を走る出久の姿はまたしても見えなくなっていた。あんな状態でどうしてこんなにも動き続けられるのか本当に不思議なぐらい、今の出久は我を失っているとしか思えなかった。
訓練のお陰で伸びてきた持久力とはいえ、流石に走り続けるのはキツい。けどここで立ち止まる訳にも行かず遠のく足の感覚を無視して動かす。同時にマンダレイのテレパスが飛んでくる。先ほど出久が相澤先生にも隠していた恐ろしい事実だ。そういえば、マンダレイに爆豪勝己ではなく"かっちゃん"と伝えたが為にテレパスの内容が「かっちゃん」だらけな事に気づく。嗚呼、今頃これを聞いて勝己は怒ってるんだろうなぁなんて、脳裏に過った。と、不意に前方からの音が消えていた。


「…出久?」


テレパスが終わったと同時に速度を緩め、耳を澄まし、呟くように声を零す。心臓が高鳴る。茂みを掻き分ける音ではない。何かが蠢いているような、不自然な音が闇の奥から聞こえてくる。ゾワリと背筋を駆け上がってくるその感覚に内心恐怖を覚えながらも、足を止めずに歩いて辺りを警戒しながら進む。と、

パキ、

小枝だろうか。何かを踏み音を立てたその瞬間蠢く音が轟音に変わる。ズズズズ、というような這いずる音が一瞬の間を詰めてくる音。来る、と直感した時には既にそれは目の前にあった。


オオオオオオォ!!!!!

「?!!!」


表現するならば、大きな掌。黒い掌が目の前に迫ってきたかと思うと、意図も簡単に私の体を吹っ飛ばした。速すぎて避けることが出来ず、近くの木の幹に体をぶつける。


「んっぐ!!!!」


体を幹にぶつけた衝撃で右肩に痛みが走る。先日のヒーロー殺しの時にやられてから塞がったばっかりだというのに。肩、背中から体全体に広がる痛みに思わず声と共に体の中の空気が押し出されるような感覚がした。しかし意識までは飛ばさずに済んだのは幸いだ。そのまま重力に従って地面に落ちる体をどうにか叩きつけられる事を回避するよう着地して顔を上げる。


「…ッッッたいなッ!!!」


思わず漏れる笑み。いつでも敵から目を逸らしては駄目だ。次を喰らわない為にも暗闇に目を凝らし、耳を澄ます。戦闘態勢に切り替え、痛みを堪えながら両手を構える。暗闇の奥の方からオオオオとまた唸り声のようなものが聞こえ、ズズズズと這うような風を裂くような音が聞こえた。そして近づいてくる何かをどうにか視界に捕らえた瞬間、構えていた体の力が抜けた。


「え、これ、」


再び姿を見せたソレは、見覚えがあった。黒く大きな掌のようなそれは、クラスメイトの個性と酷似していた。思わず驚き、反応が遅れ再び一撃を喰らう羽目になるだろうとこの一瞬の時の中で理解した。でもどうしてそれが自分を攻撃してくるのかまでは理解できずにいた。だから動けなかった。のだが、フッと何かに抱えられる感覚がして次の瞬間には、私がさっきまで居たところに大きな黒い手が叩きつけられるところを傍から見ていた。


「無事か、眞壁」

「っあ、障子くん…!?出久も!」


そっと地面に下ろされると同時に飛んできた声に顔を上げればそこには明らかに疲れの見える表情の障子くんと、障子くんの背に背負われている出久の姿。どうやら出久もこの黒い大きな手のようなものから障子くんに助けてもらったらしい。獲物を見失いズルズルと森の奥へと戻っていく黒い大きな手のようなものを障子くんの傍らに寄り添いながら見つめる。


「今のって…」

「ああ」


ぼんやりと暗闇に慣れてきた目が森の奥へと向けられる。オオオオオ…という唸り声、ドオンドオンとなぎ倒される木々の音。バキバキと幹や枝が凄まじい力で折れる音。聞いているだけで恐ろしいその音の先に、私と出久が予想した黒い影の正体である彼は―…居た。


「敵に奇襲をかけられ"俺が庇った"……しかしそれが奴が必死で抑えていた"個性"のトリガーとなってしまった。ここを通りないならまずコレをどうにかせねばならん」


ほんの僅かな月明かりしか届かないほどの森の中、蠢くそれに思わず息を飲む。障子くんの説明を聞いて納得はしたが余にもその光景は恐ろしくて、悲しくて、それでも彼はこちらの存在に気づくと声を荒げて警告する。


俺から…っ離れろ 死ぬぞ!!

「「常闇くん!!」」


苦しむその姿に口元を押さえてしまう。黒影(ダークシャドウ)が彼の体を覆わんと蠢き、大きくなったりあちこちの木々をなぎ倒したりと暴れている。確かに以前闇が深いほど制御が難しいとは言っていた気がするけれどこれはおかしい。個性の弱点を誰よりも知っているであろう常闇くんがこんな状態になってしまうなんて余程の事があったとしか思えない。


「どっどういうこと!?障子くん」

「常闇くん大丈夫なの!?」

「静かに」


思わず出久と共に障子くんに詰め寄る勢いで声を発するが、障子くんは至って冷静で口元に人差し指を当てて音をたてないようにと促す。少しだけ身を低くし、常闇くんからある程度の距離を取った状態で障子くんが声のボリュームを落としながらここまでの経緯を話してくれた。
話によれば、肝試しで常闇くんと一緒に障子くんは1回目のマンダレイのテレパスで警戒態勢を取った直後、背後から敵に襲われた。とっさに常闇くんを庇った障子くんは個性の複製腕を斬られ、それを見た常闇くんは高鳴る感情を抑えきれず―…。


「抑えていた"黒影(こせい)"が暴走を始めてしまった」


依然として目の前で蠢き、辺りを薙ぎ払いながら暴れまわる黒い影。感情の高鳴りによって目覚めてしまった強力な個性。彼が、常闇くんが優しい人だからこそ友が傷つけられてしまったことに対して、耐え切れなかったのだろう。


「闇が深いと…制御が利かない。こんなピーキーな"個性"だったのか……」

「その上 恐らく奴の義憤や悔恨等の感情が暴走を激化させている…奴も抑えようとしているが…」


味方であれば何と心強い個性だろう。と今まで思っていた。でもそれは表面上だけで、実際はこんなにも恐ろしい個性でそれを日頃から常闇くんは抱えて生きていて―…。パキ、足元で枝を踏んでしまった音が微かに響く。瞬間、蠢いていた影の大きな腕がピタリと動きを止め、真っ直ぐこちらに伸びてきた。


「動くモノや音に反応し、無差別の攻撃を繰り出すだけのモンスターと化している」

「そんな…」


瞬時に反応した障子くんに腕を引かれ、どうにかその腕の攻撃を避ける。些細な物音でも反応するらしく、慌てて木の陰に身を隠しながら今まで自分たちが身を潜めていたそこを見ると酷く抉られていた。直撃していたらと思うとゾッとする。


「俺の事は…いい!ぐっ…!!他と合流し…!他を救け出せ!!」


どうにか個性の黒影を抑えようと呻きながらも苦しそうな声で自分たちを傷つけまいと声を張り上げる常闇くんに何もできない。黒影を下手に攻撃なんかして刺激すれば必死に抑えている常闇くんもどうなってしまうか分からないし、何かしてあげられる個性もここにはない。


「光…火事か施設へ誘導すれば静められる。緑谷、眞壁」


黒影の弱点。体育祭の時に話してくれた常闇くんの言葉を思い出す。勝己との戦闘も黒影は嫌がってたっけ。静かに障子くんに名前を呼ばれ、彼の顔を見上げる。


「俺はどんな状況下であろうと苦しむ友を捨て置く人間になりたくはない。お前たちは爆豪(おさななじみ)が心配でその体を押して来たのだろう?」

「障子くん…」

「まだ動けるというのなら俺が黒影(ダークシャドウ)を引きつけ道を開こう」

「ま、待って。施設も火事もココからじゃ距離があるよ?」

「そんなの障子くん危な―――」


障子くんがこれから行おうとしていることは理解できた。しかし、実際に施設も森で起きている火事の現場に向かうにはかなりの距離があるし、何よりも出久の言う通り"危険"だ。常闇くんは仲間とはいえ、敵味方の区別がなくなっている黒影にとってみれば障子くんは破壊対象でしかない。
それを証明するかのように身を隠していた木の幹から静かに移動を始めようとした途端、黒影がこちらの姿を捉えた。物凄い勢いで伸びてくる黒い影の腕。障子くんと私はとっさに地面を蹴って避けたが、本当数センチ真横にあった木をなぎ倒した。


「わかってる。救けるという行為にはリスクが伴う。だからこそヒーローと呼ばれる」


バキバキバキ…幹の折れる音、ドシンと倒れる大木の音。障子くんの個性との力の差は歴然。否、此処にいる3人の個性を合わせたって敵わないかもしれない。それでも、それでも障子くんは友達の為に、私たちの事も含めて自分の身を挺して救いたいと思っている。


「このまま俺と共に常闇を救けるか。爆豪のもとへ駆けつけるか…おまえたちはどちらだ?緑谷、眞壁……」


時間はない。私たちが敵対すべき敵は常闇くんじゃない。出久のカミングアウトを聞いてからきっと無事だとは思っているものの今も勝己がとても心配だし、バラバラになった皆の事も心配だ。こんな…こんな林間合宿になる筈じゃなかったのにな。なんで、なんでこんな苦しい決断しなきゃいけないんだ。


「ごめん障子くん…」

「?」


どうすべきなのか、正直分からない。何が正しいのかなんて全然分からない。それでも、障子くんに背負われたまま声を発した出久の眼は妙に真っ直ぐで、綺麗で、傷だらけとは思えないぐらいしっかりしていて…どこかホッとしている自分が居て。


「…なんか作戦があるみたいだよ。障子くん」


出久の言葉に疑問符を浮かべている障子くんの傍らでこんな状況の中にも関わらず、思わず笑みが零していた。



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