「へぇ…」


黒煙の向こうから聞こえる聞き慣れない嘲笑うような声。


「やるじゃんか」

「…ッるっさい!!!」


煙の晴れた向こうで片手を翳しながらこちらを見下ろすツギハギの男。相澤先生に向けて放たれた炎を防ぐことに成功したものの、その一瞬の出来事に息を上げながら怒鳴り返す。楽しい林間合宿をぶっ壊した当の本人であろう敵(ヴィラン)に怒りと苦笑を漏らす。相手の視線が私から後方へと動いた。残念。目当ての相澤先生はそこには居ない。
ぐいっと上方へと向けられた敵の視線の先には私のバリアの後ろで煙に紛れて一気に施設の2階のバルコニーの手すりへと捕縛テープを伸ばし、攻撃を逃れていた相澤先生。敵の男は私に向けていた片手を先生へと向けて再び攻撃を仕掛けようとした。


「出ねえよ」


冷静に言い捨てた先生の言葉通り敵の手から再び炎が出ることはなく、代わりに先生が飛ばした捕縛テープが敵を捕らえる。うお、と小さく声を漏らしながら捕らえられた敵を更に逃がさんとばかりに2階から飛んできた先生がそのままの勢いで敵の顔面に飛び蹴りを喰らわす。


「目的・人数・配置を言え」

「何で?」


捕縛テープによって逃げることも避けることも出来ずモロに蹴りを喰らった敵をそのまま地面にうつ伏せの状態押さえつけた先生が敵の背に乗り、頭と左腕を自身の手で捕らえた。その素早さと合理的な動きに思わず息を飲んでそのやり取りを見ていると、ゴキッと音が鳴った。


「――っ!!」

「こうなるからだよ」


痛々しい音に思わず顔が引きつってしまう。いつもよりも低い先生の声と、その冷酷な尋問方法にあまり表情に出ない相澤先生が怒っていることを悟る。あまり見るなとばかりに先生がこちらをチラリと見たので、さりげなく目を伏せながら施設の前の森の方へと視線を流す。


「次は右腕だ。合理的に行こう。"足まで掛かる"と護送が面倒だ」

「焦ってんのかよ?イレイザー」


ゴキッ!と再び先生の下で押さえつけられている敵の腕が鳴ったのと、ドオン!と森の方で大きな爆発が起こったのはほぼ同時だった。「何だ………」と森を見つめて呟く先生と共に鼻先を掠める木々が焼け焦げる匂いに顔を顰めていると不意に数人が近づいてくる音が聞こえた。


先生!!!


森を抜け、施設に戻ってきたのであろう飯田くんを筆頭に峰田くんと尾白くん、口田くんが駆け寄ってくる。私は慌てて4人に向け片手を翳しその場で止まるよう促すと飯田くんが先生の下に居る敵に気づいて後ろの3人を制止させる。
しかし、先生が飯田くんたちに気を取られた一瞬の隙をついて、敵が先生を跳ね除け立ち上がる。その敵の動きに対し、片手に一気に意識を集めバリアを纏う。いつでも飛びかかれる体制のままフラリと起き上がった敵から視線を外さず見つめ続ける。
先生によって折られた腕がぶらりと下がり、依然として捕縛テープの巻かれたままの敵は逃げるでも攻撃を仕掛けてくるでもなく私を庇うように立った先生の方へとゆっくり顔を向けた。


「さすがに雄英の教師を務めるだけはあるよ なあヒーロー」


この状況下でこんなゆったりと話せるのは何処か違和感があり過ぎた。今頃ゾワリと駆けあがってくる恐怖と不安に更に追い打ちをかけるようにこちらを向いた敵の顔が歪に笑う。余裕を含んだその態度に相澤先生が敵に巻き付いたままの捕縛テープをグイっと引っ張る。が、


「生徒が大事か?」

!?


敵が先生の方へと引き寄せられるでも、捕縛テープが締まる訳でもなく敵の体をズルリと滑るように抜けた。抜けた、というか捕縛テープが敵の体を分割させた。先生の眼はしっかりと敵を捕らえているし個性を消している筈だ。そもそもあの発火が個性ではなかったのだろうか、と驚く私と先生を他所に敵の体はまるで泥のようにドロドロと溶けていく。


「守り切れるといいな……また会おうぜ」


溶けかけて酷く歪んだ表情でこちらを見つめながら敵は笑ってビチャリと地面に泥となって消えた。しばらく溶け切ったその泥も警戒したが、これといって動く気配も無ければ個性というわけでもなさそうだ。


「先生今のは…!!」

「……中入っとけ。すぐ戻る」


消えた敵に峰田くんが慌てた様子で先生に問いかける。先生は動かなくなった泥から視線を移すや否や森の方へと振り返ると、そのまま飯田くんたちを残して駆け出していく。何が起こっている?一体、一体連中の目的は?みんなは?他の皆は無事なのだろうか?不安と疑問が一気に脳内を駆け巡る。と、自然と遠のいていく先生の背中を追って走り出す自分が居た。後ろで「眞壁くん!!」と飯田くんが叫んでいるのが聞こえた気がしたが、足を止められなかった。


「施設の中に入ってろと言ったはずだが」

「………」

「眞壁、戻れ」

「無理です。嫌です。先生」

「お前な、」


何も分からないまま、敵の襲撃があったことしか知らないまま施設でただ待っているなんて出来なかった。それこそ気が可笑しくなってしまいそうだった。私が追ってきていることに気づいても決してスピードを緩めない先生を見失わないように反論しながら必死について行く。何と言われようが引き返すつもりは毛頭なかった。意地でも付いて行くと決めた私に更に先生が何かを言おうとした時だった、


先生!!


聞き覚えのある声が飛んできた。その声に無事だったのかと一安心したがそれも一瞬の事だった。先生が「緑…」と口を開いたがそこで言葉が止まる。前方からではない、道なき道から茂みを掻き分けるように姿を現した彼の姿に、私も思わず言葉を失った。


「先生!帷ちゃんも!良かった!」


声色だけ聞けばいつもの彼だ。少しだけ疲れ切ったような、しかし安堵したような声であるにもかかわらず、こちらの不安は消えない。月明かりしかない森の中でも確認できるほど酷い彼の姿に―…出久の姿に私は喜べなかった。良かった、だなんてどの口が言っているのだ。


「大変なんです…!伝えなきゃいけないことがたくさんあるんです…けど、とりあえず僕マンダレイに伝えなきゃいけないことがあって…」

「出久、それ…その怪我…」


思わず声が振るえた。見るに堪えない程に腕はボロボロ、体のあちこちにも打撲痕のようなものが見える。よくよく見てみると背中にあの洸太くんを背負っていたらしく、彼をゆっくりと地面に下ろしながらも口を閉じることなく出久は早口に続けて語る。


「洸太くんをお願いします。水の"個性"です。絶対に守ってください!」

おいって…

お願いします!!

待て緑谷!!!


一つの事に集中し過ぎているのか、先生の声も私の声も届かないようで洸太くんを無理矢理預けるや否やマンダレイの居る広場に向かって一気に駆け出していく。あの状態で本来動けるのはおかしい。身体が痛みを感じない筈がないのだ。考えられるとしたらエンドルフィン(脳内麻薬物質)か何かが働いているからだろう。体が限界突破し、鎮痛作用が働いているに違いない。とても、危険な状態だ。


「先生、」

「……頼めるか」


震える声を絞り出す。止められようが、私の決意は決まっていた。先生もこれ以上止めても無駄だと思ったらしい。止められても私が走り出して先生も出久を追ってしまえば、洸太くんを此処に置き去りにする事になる。嗚呼、なんて酷い選択をさせてしまっているんだろう。あっという間に遠のいていく出久の背中を見つめたまま、はあと息を吐いた先生の返答にコクリと頷く。


「マンダレイに会ったら、彼女に"こう"伝えろ」


その言葉をしっかりと聞き取り、行けという先生の合図と共に地面を蹴る。昼間の訓練の疲れとかさっきまで感じていた恐怖とかどうでも良かった。闇夜の森の中を一気に走り抜けた。


―――…


姿は見えないが、近くにいる。そう確信していた。茂みを掻き分ける自分とは別の音と存在を確認しながら必死に広場に向かって足を動かす。と、不意に視界が開けた。


「マンダレイ!!洸太くん!無事です!」

「君……」

「出久待って!!!落ち着いてって!!!」


恐らく施設に現れた敵の仲間であろう2人の敵と応戦中だったマンダレイと、トラの間を割って入るような形で飛び込んだ出久が見えた。ズザザザザ…と上手く地面に着地出来ず、少し呻いた出久にようやく私も声を張り上げた。とにかく落ち着いて欲しい。が、それよりも前に伝えなければならないことがある。


「マンダレイ!相澤先生からの伝言です!!テレパスで伝えて!!」


突然森から現れた出久と私に呆然とするマンダレイの後ろから飛びかかろうとしている敵を片手を振りかざしてバリアを張って弾き飛ばす。グエッという呻き声をバックに、マンダレイに向き直って更に声を張り上げる。


A組B組総員――


相澤先生から託されたこの伝言をしっかりと伝えなければ。目の前に居るマンダレイだけじゃない、あちこちに散らばってしまった皆にも自分の声が届くのをイメージしながら大きく口を開く。


「プロヒーローイレイザーヘッドの名に於いて 戦闘を許可する!!!」


この状況下で、救助や応援までの時間で生徒たちの身を護る為の手段としてはこれしかない。自衛の術を。と苦渋の決断の中でイレイザーヘッドこと相澤先生が私たちに託した、その"戦闘許可"という異例の伝言は夜の森に散らばった皆のもとへと響き渡っていった。



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