なんやかんやあったがどうにか無事に夕飯を食べ終え、片付けも終わった。本来であればこのまま自由時間、入浴、就寝時間(+補習)に突入するのだが今日は違う。


「…さて!腹もふくれた、皿も洗った!お次は…」

「肝を試す時間だー!!」


昼間にも宣言した通り、肝試しの時間である。厳しい合宿という鞭に対する飴だと皆楽しそうだが、帷は内心テンションが下がっていた。何しろ、帷はお化けなどの心霊系が兎に角苦手だったからである。どこかの遊園地とかのアトラクションとか昼ならまだ何とかなったかもしれない。しかしここは人里離れた山奥の孤立した施設。雰囲気もシチュエーションも完璧に揃っていた。幾らフィクションと分かっていても心の底にある恐怖に素直に喜べずに居た。それを知っているであろう幼馴染の内の一人と一瞬だけ目が合った。気持ちが表情に出ていたのか鼻で笑われた。


「その前に 大変心苦しいが補習連中は…これから俺と補習授業だ」

「ウソだろ」


徐に歩み出てきた相澤先生の言葉に、両手を上げて喜んでいた芦戸ちゃんの動きが止まる。心の底から楽しみにしていたイベントが一瞬にして奪われた絶望に芦戸ちゃんを始め、補習組の皆が逃げようと体を動かした瞬間にその動きを読んでいたのか相澤先生が動く。捕縛用のテープで一瞬の隙に補習組の皆を捕らえ、引き摺って行く。


「すまんな。日中の訓練が思ったより疎かになってたのでこっちを削る」

「うわああ!堪忍してくれえ!試させてくれえ!!!」


周りがズルズルと引き摺られ悲痛な声を上げる中、帷だけは大人しく先生の後に続いた。偉く素直だな、と相澤先生に言われたが帷は「補習は大事なので」と当たり前のように返す。振り返らず一刻も早くここから逃げ出したいと足早に施設に向かう。内心、肝試しをせずに済んだことに安堵しているのを隠しながら。

しばらくすると無理矢理引き摺られていた補習組の皆も観念したのか、アメとムチって言ったのに〜とかアメをくれ〜とか文句を言いながらも大人しく先生の後を歩いて付いて行く。あれよあれよという間に施設に辿り着き、ようやく捕縛用テープが外される。此処から逃げようとしてもどうせすぐに捕まることは皆理解していた為に大人しく施設に入る。


「今回の補習では非常時での立ち回り方を叩き込む。周りから遅れをとったっつう自覚を持たねえとどんどん差ァ開いてくぞ。広義の意味じゃこれもアメだ。ハッカ味の」」


前日も深夜までお世話になった施設の部屋。会議室 兼 教室みたいなその部屋の扉をなんの戸惑いもなく開ける先生が自然に吸い込まれるように入っていくのを切島くんを先頭に重い足取りでなんとか付いて行く。と、


あれぇ おかしいなァ!!優秀なハズのA組から赤点が6人も!?B組は1人だけだったのに!?おっかしいなァ!!!

どういうメンタルしてんだおまえ!!


部屋に入るなり大声で煽ってきたのは先に施設に戻っていたらしいB組の物間くんだった。A組は自分を含め6人の補習が出たが、B組は彼一人だ。その事実に何か枷が外れてしまったのか、HAHAHAHA…とこの状況に似つかわしくない笑い声を上げている。


「昨日も全く同じ煽りしてたぞ…」

「かなりメンタルやられてるね」

「心境を知りたい」


可哀想に、と呟きながら席に着く。切島くんの言う通り、補習初日である昨日も物間くんは同じ煽りをしてきたのだ。物間くんは事あるごとに煽ってくることがあったが、今回は相当メンタルをやられていると見える。ツッコミ役の拳藤さんも居ないし、どう対応したらいいのかイマイチ分からないのでそっとしておくことにした。


「ブラド、今回は演習入れたいんだが」

「俺も思ってたぜ。言われるまでもなく!」


皆がこれから始まる補習にふうと思わず息を吐きながら席に着き、相澤先生と先に来ていたB組のブラド先生が本日の補習メニューを話し合い始めたその時だった。


皆!!!


脳に響く明らかに自分とは別の声。脳に直接語りかけてくるその感覚に思わずビクリと肩を震わせれば、周りの皆にも同じ声が聞こえてたらしい。


「あーびっくりしたー」

「マンダレイの"テレパス"だ」

「これ好き――ビクってする」

「交信できるわけじゃないからちょい困るよな」

「静かに」


マンダレイの個性のテレパス。日中の合宿訓練の時にアドバイスやら指示を仰ぐ際にお世話になっている個性だが、訓練を終えてから急に飛んできたのは今が初めてだ。相澤先生がこれから飛んでくるであろうマンダレイのテレパスの内容に集中するように皆を一言で黙らせる。何かあったのだろうか、と自分たちもテレパスに意識を集中させた、ら、


敵(ヴィラン)2名襲来!!他にも複数いる可能性アリ!動ける者は直ちに施設へ!!会敵しても決して交戦せず撤退を!!


声も出なかった。一瞬、理解するのが遅れた。皆の顔が少しこわばっているのが分かる。お互いに顔を見合わせた時にはもはや引き攣った笑みすら浮かんでいた。え?嘘だろ?と。僅かな時間の静寂を破り、皆の疑問をようやく口に出したのは物間くんだった。


「…え、な、なんで…?」

「ブラド ここ頼んだ。俺は生徒の保護に出る」

「バレないんじゃなかった!!?」


物間くんの叫びを背に、相澤先生が勢いよく飛び出していく。心臓の高鳴りが止まない。敵?どうして?どうして?あんなに雄英が徹底して生徒の安全を優先してくれたのに。何が、何が起こっているのだ?疑問で溢れかえって脳がついて行かなくなりそうだ。でも、でも脳裏でなっている警鐘は鳴りやまなくて、気づいたら席を立っていて、


「…っ!!」

「眞壁!!?」

「おい!コラ!待て!!」


自分でも驚くぐらいの勢いで立ち上がり駆け出す私に切島くんの驚いた声が飛ぶ。一直線に相澤先生の後を追って走り出す私を捕まえようとしたブラド先生の手が宙を切る。一気に教室を飛び出して玄関ホールへと駆け出す。駄目だ。行かなきゃ。それしか考えてなかった。


「心配が先に立ったか イレイザーヘッド」


冷静さを失いかけていた私の耳に飛び込んできた静かな声。聞き覚えはない。ただ、目の前の玄関ホールの外で状況を把握しようと辺りを見ていた相澤先生の傍らで見覚えのない人影が先生に向けて片手を翳していた。直感で分かった。危ない、と。


「先生!!!」


ブラド、とブラド先生を呼び掛けた相澤先生が振り返るより先に、私は喉が張り裂けるんじゃないかと思うぐらいに声を張り上げながら目の前で青い炎を翳した片手から放出する人影に向かって飛び込んでいた。



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