「1つ、貴方は審神者ではありません。なので鍛刀を行う事は出来ませぬ。つまり、彼らを生み出す、作り替える事は無理です」


「2つ、審神者ほどの霊力は有りませんがある程度の手入れを行う事は出来ます。限界はありますが…刀剣たちの傷を癒し、霊力を分け与える事で彼らの人型を維持する事が出来ます。つまり、貴方は審神者ではないがこの本丸の今の主、と言っても過言ではありませぬ」


「その他、戦場については貴方様が覚悟を決めた時にゆっくりとご説明いたしましょう。詳しい事は此処にある資料で補完をお願いします」



ぼんやりと脳裏でこんのすけの言葉がリピートされる。ある程度の説明を軽く言い残し、こんのすけは静かにその姿を消した。ポロポロと崩れていく彼の体を見て、嗚呼本当にデータみたいだと思った。
それから早速私はこの本丸内の刀剣という刀剣の手入れに走った。まずは短刀、次に脇差、次に太刀、最後に大太刀…まぁ、自分の力が何処まで通用するのか、小さい身形の担当から徐々にレベルを上げて行った形だ。それでほぼ一日が終わった。
そう、帰る手段がない以上此処に居る事になるのだが、私は本来此処に居るべき審神者じゃない。出来る事は限られている。…皆の手入れが出来るだけでも十分だと思う。本当に何にも出来ない人間なんて、彼らにとってお荷物でしかないだろうから。
そんな事を頭の片隅で思いながら、こんのすけが去り際に置いて行った資料に目を通す。外はすっかり暗くなり与えられた空き部屋の中、独りで静かに過ごす時間はどれだけ経ったのか分からない。

"手入れ"は出来ても、"鍛刀"は出来ない。

巻物に書かれた手入れと鍛刀の項目に目を通す。嗚呼、やはり彼らは"刀"。戦闘で折れてしまえばその存在は消滅する。だが、審神者であればもう一度顕現できる事もある。でもそれは最初に出逢った刀では無い。別の意志を持った刀だ。同じ名を持っていて、同じ身形をしていても中身は違うという事。…そんなの、人間と一緒だ。一度死んでしまえば二度と全く同じ人間に会う事なんて無い。なら、私はそうならないように皆を助けなければ。


『…ふぁぁあっ』

「おーおーでっけぇ欠伸」

『ふおおおお?!』


不意に零れた欠伸にまさかの返事が返ってくるとは思わず、驚いて思わず姿勢を崩し、そちらに視線を向けるとそこには私の驚いた声にびっくりしたらしく、目を真ん丸にしている1振りの刀が部屋の襖を開けて此方を見つめていた。


『ど、同田貫正国…』


びっくりさせんな、とか何とか言いながら部屋にズカズカと入ってくると徐に私が巻物を広げていた小さな机の端に小皿に乗ったおにぎりと温かそうな湯気が立っている湯呑を置いた。


「燭台切が持って行けって」

『そ、そういえば…』


昼から何も食べていない。うん、朝(というか目覚めたのが昼近くだった)は燭台切が朝の残りで申し訳ないけど、と言って白米と味噌汁を出してくれた。その後は真剣になって皆の手入れに走っていたから途中で少し水を飲んだぐらいで何も口にしていなかった。
その事を思い出し、差し出されたおにぎりとお茶の組み合わせに急激にお腹が減った。そしてそれを近くに居た同田貫にも知らせるかのようにぐうううう〜と間抜けな音を立てた。それが聞こえたのかまた目を丸くしながら同田貫は私のお腹を凝視する。


「随分と人間の体ってのは正直だな」

『うるさい』


力の抜けたように笑う彼に、若干顔が赤くなるのを感じながらも差し出されたものを断る訳ないとばかりに頂きますと一言断っておにぎりにガブリつく。嗚呼、塩加減といい握り方といい…流石燭台切。朝に貰ったお味噌汁の味で大方料理が上手い事を悟ったけれど此処までとは。どこか懐かしさも感じるそのおにぎりはシンプルでも美味しい。やっぱり日本に生まれてよかった。


「みんな回復に向かってるとよ」

『ん?』

「気になってたんだろ」


もぐもぐと口を動かし、温かいお茶を一口飲む。おにぎりとお茶の組み合わせも完璧だ。食欲のある私を見て少し安心したのか、胡坐を掻いてこちらを見ていた同田貫が息を吐きながら言う。どうやら私が上手く皆を手入れできたかどうか不安で居たのを気遣ってくれたらしい。


『良かった。こっちも手探りでどうすれば早く直るとかもまだ分からなかったから』

「それでよく直すの引き受けたな」

『こういうのは気合いだよ、気合い』


精神上、もはや習うより慣れろである。完全とは言わずとも少しでも苦しそうな彼らを救えればと一心不乱になってやったかいがあるというものだ。これで皆このまま朽ちる事も無く、折れずにも済んだかな。
皆部屋に入った途端見るからに絶望しきっていたように見えた。折れてしまえば最後、というのを皆悟っていたのだろう。私が手入れできるかもしれないと言った瞬間のあの短刀達の顔を未だに忘れられない。実際、手入れをしてあげれば涙を浮かべて感謝してくれた。

…あ、そういえば同田貫、あの時折れるつもりだったのかな。

初めて会ったあの時、彼は御手杵と小夜だけでも逃がしてやろうと思ったのにとか言っていた気がする。そうだ、あの時彼は折れる気だったのだ。それが今目の前で胡坐を掻いてこっちを見ている。この存在が今居なかったかもしれないと思うと、何だか少しだけ血の気が引いた気がする。出来る事なら二度とあんな真似しないで欲しい。けど、彼自身そんな事無かったかのように平然としているから何も言わずに居て置いた。


『…この本丸の刀はこれで全員、ってわけないよね』

「…嗚呼。資材集めに遠征に行ってる奴らが居る。…まぁ、ずっと帰って来てねぇ奴も居るみてぇだがな」


俺は全員の事を把握してる訳じゃねえんだ、と最後は何だか突っぱねられたように聞こえた。きっと、審神者が居なくなって皆不安になった挙句色々と問題も起こったのだろう。今の彼らはこの通り人間の体を持ち、意志を持ち、言葉を交わす。皆が同じ意見を持っている訳じゃないし、資料を見る限りでもかなりの人数が一纏まりになる事などそうそう無いだろう。…だから、自分とその周りの事以外、今は知らないと彼は言うのだ。興味が無いわけじゃないだろうが、きっと混乱する本丸の中で別の刀に己の考えをぶつけ合うような口出しが出来るような状況じゃなかったんだろうし。


『此処の審神者は突然消えたの?』

「嗚呼。ある日突然、な」


いつも通り続くと思っていた日常がいきなり崩れる感覚。それがどれほど恐ろしい物か。明日も一緒に居ると思っていた人が急に居なくなるのだ。そんなの、考えただけで恐ろしい。言葉にも出来ない。
今まで刀として生きてきた彼らにとって、その恐怖に襲われた時はかなりのパニックになったに違いない。上手く人間の感情を汲み取るなんて難しい。況してや初めて味わう感情に皆が皆、頭の中がぐちゃぐちゃになって資材も無くなる一方で、傷ついたり折れかけたりと不安の中で生きて来たのだ、と思うと胸が痛くなった。


『悪いね。思い出したくないだろうに』

「あぁ?別に大したことじゃねぇよ」


すっかり仏頂面に戻っていた同田貫に苦笑すれば彼は投げやりながらにそう言ってよっこらしょと立ち上がり、部屋の戸に手を掛けた。どうやら彼は夕飯を運んできてくれただけでなく、様子を見に来てくれていたらしい。徐に立ち上がって出て行こうとする彼を横目におにぎりを片手にもったまま資料に視線を戻そうとすると、不意に同田貫の動きが止まった。


「あー…その、なんだ」

『?』

「ありがとよ。直してくれて」


完全に此方に顔を向けるでも無く、横目でこちらを見ながらボソボソと小さめに言い放った彼の言葉に今度は此方が目を丸くした。お礼を言ってくれるような性格ではないと勝手に思い込んでいたからなのか、失礼ながら驚いてしまった。が、それも一瞬で、へにゃりと顔を崩し「いいえ」と笑って言えば彼は手を掛けていた戸を開け足を踏み出す。


「…戦うなら、それなりに覚悟がねぇと死ぬぞ」

『…うん。分かってる』

「ならいい」


そう言い残し、彼は部屋を後にした。ト、ト、ト、トと言っていの速度で外の縁側の廊下を歩いて行く同田貫の足音が遠退いて行く。何かイメージしていた性格と違くて調子が狂いそうだ。でも、きっと彼は心優しい刀なんだなとつくづく思う。じゃ無ければ御手杵や小夜だけでも逃がそうとなんてしていない。―…でなければ、私を助けようなんてしてくれなかっただろう。






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