「…この本丸には主…つまり居るべき審神者が居りませぬ」


ポツリポツリと、古びた畳の上で綺麗にリョウの足を並べて口を開いた狐…こんのすけが語り出す。その語りを静かに耳を澄ませて聞く私の隣で、小夜佐文字も正座して静かにこんのすけを見ている。
私の斜め後ろでは燭台切と御手杵が。そして更に部屋の入り口付近ではつまらなそうな顔をして同田貫が深刻な面持ちのこんのすけをまるで見張るように見つめていた。


「審神者が居ない本丸…その果てに待つのは、本丸の崩壊に刀剣男士の破壊…結果、歴史改変者の兵力拡大に繋がります。…当然、政府はそれを望みませぬ」


歴史改変者。それを撃退するために呼ばれる筈の審神者と呼ばれる人たち。そしてその人たちによってこの世に顕現できる刀剣男士。つまり、審神者が居ないと何も始まらない。本丸も唯の抜け殻。朽ちていくのは止められないし、今は原型を留めている刀剣男士もいずれ消え失せるという。どうしてそんな事態になっているのか。そして、それが審神者でも無いただの一般人の私と一体何の関係があるというのか。


「審神者が引退する事はそう珍しい事ではありませぬ。その際にはその本丸に新たな審神者、若しくは管理者により刀は一度付喪神に戻し、本丸自体を浄化することで一度リセットするのです。なので、歴史改変者の傘下になることも防げます」


なんだ。キチンとそう言った対策が出来ているじゃないか。なのにどうして問題視されているのだろう。するとペラペラと口を動かしていたこんのすけが突然ゆっくりとした口調に変わり、しかし…と言葉を続けた。


「此処最近、突然此方の本丸のように審神者の失踪が多発…。原因は不明。政府も見て見ぬふり。誰も…誰も動いて下さいませんでした」


隣に座った小夜の膝の上に置かれた掌が小さく拳を作ったのが見えた。後ろで小さく燭台切と御手杵が息を飲むのが聞こえた気がした。こんのすけの言葉に唯一これと言った反応を見せなかったのは同田貫だけである。否、サツキは何処か確信は無いながらも何かもう全てを悟ったような、そんな雰囲気をあの同田貫と言う刀からは薄っすらと感じていた。


「というのも、その数があまりにも多すぎて政府でも把握しきれていないのが現状。結果、放置状態に陥る本丸も増えております」

『…じゃ、じゃあその放置された本丸にいる刀達は―…』

「…資材が尽き手入れも出来ずに朽ち果てるか、闇に落ちるか…どちらにせよ、良い方には転びませぬ」

『そんなの、』


変だ。今、私が居る本丸(此処)もいずれそうなると言われて動揺しない訳がない。況してや自分を助けてくれた刀達が居るこの本丸がいずれ消え去り、彼ら自身も消えるなんてそんな実感、湧く訳も無かった。


「だから、ワタクシはアナタを此処にお呼びしたのです」

『…え』


真っ直ぐに此方を見て言うこんのすけに、思わず声を出して固まる。どうしてそこに繋がるのかが分からない。消えゆく本丸(此処)を、朽ち果てる彼らを私がどうしろというのか。審神者ではないとキッパリと断言したのはこんのすけ自身なのに、どうして私が。


「審神者でないモノをこの世界に呼ぶ事は固く禁じられております。しかし、審神者でない貴方なら政府に認知される事も無い。仮に見つかったとしてもかなり時間がかかります。その間に第3の勢力に近づけば―…」

「つまり、この子に第3の勢力を倒してほしいって…そう言う訳」

「さすれば、居なくなった審神者たちも―…」

「そんな危ない事をさせる為に…何の説明も無しにこっちの世界に連れて来たの?!」


静かに聞いていた燭台切が声を荒げた。最初に会った時とは纏っている雰囲気がまるで違う。明らかに感情を表に出している。小夜も御手杵も驚いたように彼を見ていた。うん、これは怒りだ。それも、私の事で怒っている。本来なら私が言い返すべき事なのだろうが、全て自分の事のように怒ってくれている燭台切に何も言えなくなった。


「ワタクシは―…もう、政府のモノではありません。それを捨てる覚悟で全国の審神者の行方を捜しに、参りました」


こんのすけは本来政府の下、審神者をサポートするデータのようなものだ。それが政府の手から離れてしまうということは余程の事だ。そんな危険を冒してまで、こんのすけは私を此処に呼んだ。審神者ではなくて、一般人の私を。それにも理由があったのだ。それほどまでに、このこんのすけは審神者を探したい気持ちが大きいのだろう。それはそれで分からなくもない。
だが、燭台切が言う通り、かなり危険な事なのだろう。何せ私はその歴史改変者とやらに一度殺されかけた。それだけじゃなく、更に別の新たな勢力となる敵がいるとなれば、それなりの危険は避ける事など出来やしない。


「…早くこの子を現在に返してあげて」

「燭台切、」

「僕らの為に、この子にそこまでしてもらうなんて―…」


燭台切が低くこんのすけに言う。その横で驚いた様子の御手杵が声を上げたが、燭台切はまるで意志を変える事無くこんのすけに言う。嗚呼、本当に刀は刀でも燭台切は優しい刀だ。と心の底から思った。だから、私からも問わねばならない事がある。静かに息を吸ってゆっくりと言葉を吐きだした。


『…それ、本当に私にしか出来ない事?』

「…ええ。代わりの者を呼ぼうにも、もう私には政府公認の時空転移の力も無いので現世に行き来することも出来ません」

『私も帰れない、そういう事?』

「…左様です」

「ッ!」

「なんて、自分勝手な…!」


申し訳なさそうに俯くこんのすけ。帰れないと言われ普通なら驚くか怒るか泣き出していただろうが…何だか薄々感じていた。と言うのも変だが何となくこんのすけが政府の手から離れたと言われた時に帰れないのかもしれないと思っていたから、そこまで衝撃は来なかった。私自身、感情は豊かな方だが、どうしてだか今は周りの刀達の方が感情を素のまま表しているように感じた。


「ハッ、酷ぇ狐だな」

「重々承知です」


驚きと怒りで何とも言えぬ表情を浮かべる刀達の後ろで、唯一人。同田貫が目を細めてこんのすけを見ながら鼻で笑った。その言葉もこんのすけにとっては、嫌味でしかないのだろうがこんのすけは凛とした対応を変える事は無かった。
審神者でも無いし、帰る事も出来ない。下手をすれば自分自身の命も危ない。けれど、私は実際彼らと出逢い、彼らと話し、助けて貰った。人よりも優しい刀達が目の前で朽ちていくなど、消えて行くなど耐えられる訳がない。


『…はぁ〜。考えるのも面倒だなぁ…』


思わず吐いた言葉に周りの刀剣たちが驚きの視線を此方に向けたのを感じる。昔から難しく考えるのが苦手だ。そう、考えるより行動。どちらかというと体育会系の私が難しく考えるなんて元々ガラじゃない。きっと、投げ出しちゃいけない話題なんだろうけど理由とか自分の身とか考えるのが、本当に面倒だった。


『少し、時間貰える?どっちにしろ、此処の子たちの傷直すまでは此処に居るつもりだし…その後でも遅くないでしょ?』

「「「「!」」」」

「…勿論です」


今すぐに結論を出せという訳でもないだろうしと口を開けば、また周りの刀達が驚いた顔を此方に向ける。そういえばさっき燭台切がまだ怪我してる刀が居るって言ってたし、取り敢えず審神者じゃないけれど私が彼らを治せる力がある事は分かっている。なら、彼らを治してあげてからでも遅くない筈だ。ニッコリと笑って言い切る私を、こんのすけは少し安心したように見つめながら優しく言って頭を下げた。






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