『っこの…!』


正直、もう自棄だった。いきなり狐に訳の分からない所に連れてこられるわ、着いた先には訳の分からない化け物は居るわ、竹刀は折れるわ…もう散々だ。でも、でも一番腹が立ったのはもう何も出来ない、此処で死ぬのだと言われた事だ。
何で?何でこんな訳のわからない事態に巻き込まれた上に死ななければならない?そんなの可笑しい。それに、何も出来ないなんてやらない内から決めつけられるのが何よりも腹が立つ。もうやり方なんて知らない。どうすればいいかなんて知らない。でもやらなければ皆死ぬ。ならやってみれば良い。何事も挑戦だ。


「…んだ?」

「体が軽くなって―…」


ただ、一心不乱に自分の意識を傷ついた彼らを直す事に集中させた。どうやっているかなんて分からない。何が起こっているのかも正直自分自身では分かってなど居なかった。けれど、気づけば徐々に徐々に目の前の彼らが驚いた顔をして己の身体を見ていた。


「同田貫正国殿、御手杵殿!手入れ、完了でございますぅ!」


ふわり。流れた風が頬を撫で、狐の声に顔を上げればそこに居たのは黒い装束に身を包んだ男と、長身の緑色の装束に身を包んだ男が此方を見つめていた。先ほどまで傷ついていた彼らの体のあちこちにあった傷がすっかりなくなっている。ボロボロだった装束も元の形を取り戻し、男達の顔も爛々と輝いて見えた。


「小夜…小夜はどうだ?」

『こ、この子はまだちょっと時間かかりそう…』


長身の緑の男が近づき、私の手元を見て問う。私の手元には意識を失ったままの小さな少年の姿。先ほどよりは傷が癒えているようだがまだ完全ではないようだ。そこでようやく気が付く。ふんわりと私たちの周りを包むように風が取り巻いている。まさか、これって。


「お前、審神者じゃないんだろ?どうして、手入れ出来んだ?」

『わ、分かんない!兎に角、気合入れてみた!』

「今はどうでも良いだろ!直りゃぁこっちのもんだ!!」


どうやら彼等の言う、"手入れ"と言うものが出来ているらしい。しかしそれは審神者とかいう特別な人間にしか出来ない筈の所業だ。なのにどうして出来るのか、そんなの私に訊かれても分からない。第一に私は審神者ではないとあの狐にきっぱりと言われたただの一般人の筈だ。
驚く長身の男に、私も内心パニックになりながらも返事を返せばその傍らで黒い装束を纏った男…先ほど此処で俺達は死ぬんだと諦めの言葉を吐いた男が、目を爛々と輝かせて手に持っていた己の得物をヒュンッと振るい、風を切った。


「お前は小夜をしっかり直しとけよ」

『へ…?』


あれ?黒装束の彼が持っていた刀、あんなに綺麗な刃だっただろうか。もっとこう、刃こぼれしていたような気がするのだが。否、そう思えば長身の緑装束の彼が持っている槍だって、あんなにしっかりとしていただろうか…。どちらの得物ももう、いつ壊れても可笑しくないぐらいの状態だったような…。
そんな事を思いつつ、その声に顔を上げる。傍から離れていく男2人の背中は、先ほどまでの諦めの面持ちも雰囲気も微塵も感じる事は無く堂々としていた。手中に気を失った小さな少年を抱えたまま固まる私を余所に、2人はズンズンと歩みを進めていく。


「こ、こんのすけは限界にございます!お二方!」


狐の弱弱しい声と共にバチバチと火花を散らす透明な壁。あの狐が張った結界のようなモノに喰いとめられているあの大きな化け物が力ずくでその壁を壊そうと何度も得物を振り下ろしている。狐が張った結界の札のようなものが最早半分ほど消えており、もうすぐ結界の効果が切れる事を示している。


「うしっ、じゃあ暴れるとするか」

「お、正国。いつになく張り切ってんのな」


ヒュ。黒い装束の男が露払いするように手に持った得物の刀身が綺麗な黒を反射し化け物を捉える。長身の男が持った槍をヒュンと1度円を描いて構える。ニヤリと弧を描いて黒装束の男の口端が吊りあがる。あの化け物を前にして笑っているのだ。それをその横で見ている長身の男は苦笑したように控えめに笑っていた。
フワリフワリと自分の周りを包む風の向こうで、2人の男が化け物と対峙している。その雰囲気は先ほどまでの辛気臭さを忘れるぐらい凛としていて、見惚れてしまった。綺麗だった。心の奥底から何かが湧き起ってくるような気がした。

パリン。

まるでガラスが割れるかのような音を立てて結界の壁が粉々に砕け、お札が弾け飛んだ。小さな狐も一気に化け物から距離を取ろうと大きく飛び退いた。刹那、


「グオオオオオオオオオ!!!」


けたたましい轟音の如く腹の底から響くような声を上げて、化け物が一気にこっちに向かって突進してくる。大きな得物を振り上げこちらの息の根を止めようと物凄い勢いて向かってくる化け物に、2つの背中はまるで怯える様子も慌てる様子も無くただ静かに、カシャリと音を立てて己の得物を構え、そして―。


「キエエエエエァアアア!!!」

「串刺しだ!!!」


己の得物を構え、一気に地を蹴って化け物に突っ込んで行く2つの背中。化け物に比べれば小さな背中だが、私にとってみればとてつもなく大きくて頼りがいのある背中だった。そして、その2人が大きく得物を振るうとヒュン、ヒュンとまるで風を切っただけのような音と共に、目の前で大きな化け物がグオオ、オ…と苦しげな声を上げながらその"形"を失っていくのが視えた。ボロボロと崩れていくような、そんな感じで化け物が徐々に徐々に空気に溶けて行く。


『(もしかして、これが…)』


ボロボロと大きな影が崩れていくその向こうで、黒装束の男が静かに自身の得物をスッと鞘に納めるのが視えた。そしてその2つの影が此方に振り返ったように見えた所で既に化け物は影も形も無くなっていて、私の周りを取り巻いていた風もいつの間にか止んでいた。


『…刀剣、男士……?』


彼らはもしかして、あの狐に聞いていた存在の事だろうか。そんな疑問と共に襲ってきたのは安堵の感情。途端に、フッと意識が飛んで何の感覚もなくなる。遠くでオイ!って慌てたような声が聞こえた気がしたけれどそれが誰の声だったのか、私の体がどうなっているのかすら分からないまま、視界も意識も暗転した。






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