※同田貫目線




「ハッ、ハッ…歌仙たちは逃げ切れたか…」

「どうだろうな…わかんねェ…」


人の身を受けてから感じられるようになった呼吸を荒げながら傍に居る御手杵に声を投げると、奴も随分余裕が無さそうだった。いつものように笑みを含んだ声も何処か力が無い。


「ついに…俺達も年貢の納め時、ってか」

「……は、はは…かもな」


いつもなら冗談言うなよって笑う癖に、今日は本当に本当に先が見えない。一緒に出陣した隊の仲間たちもいつの間にか見失って安否も確認できないが、敵が此方を追って来たという事は恐らくアチラは無事なのだろう。そう思わなければやっていけない。
グルルルルル…とお堂の外から微かに聞こえるヤツの息遣いに気が抜けない。山中の木々を掻き分け、そこにあった古びたお堂の中に飛び込むようにして何とか逃げ込んだは良いが、きっと此方の居場所は敵に知られている。奴らは此方の出方を伺っているのだ。否、若しくはいつ壊してやろうかと弄んでいるだけかもしれない。


「せめて、小夜だけでも…逃がしてやりたかったんだがなぁ…」


呟くように吐いた御手杵の腕の中でぐったりしている小夜佐文字が目に入った。敵に襲撃された際、一番の的になったのを何とか庇って担いできたがやはり傷が深い。普通なら本丸に帰還し、すぐに手入れ部屋に入れてやりたいのだが。生憎、此方には帰還命令を出せる"主"が居ない。帰るには自力で進んできた道を戻り、時空の戸を潜るしかないのだ。
まぁ、本丸に帰ったとしても手入れできるヤツが居ない。小夜佐文字が助かるかどうかは運任せ…否、放って置けばいずれ朽ちて果てるだろう。だが、今此処で死ぬよりはマシ…か。


「…おい御手杵。お前、まだ走れるか?」

「……いや、もう無理だ。立つのがやっと、ってトコだろうな」

「……小夜連れて逃げろ」

「そう言うと思った」


立つのがやっと、って言っているのに。と御手杵の苦笑が聞こえた。それでも走れと半ば脅すように言い放てばそれ以上何も言わなくなった。せめてコイツ等だけでも本丸に返してやれれば良い。あの本丸の連中が居なくなるのは、嫌だ。


「殿は俺が務める」


俺が囮に成れば、少なくとも時間を稼げる。まだ刀を握れる力が残っている分、御手杵と小夜よりは敵の相手になれるだろう。何より、このまま無事に帰っても自分はそう長くは無い。そう思った。


「…俺、お前が居ない本丸帰んのヤダなー」

「つべこべ言うな。いずれ、こうなる事は分かってただろうが」

「…へいへい」


何をどうしようが俺達は"刀"。それは姿形を変えたとしても変わりない。況してや自分は実戦刀。戦で使われなければ存在意義も無い。…戦場に出られなければ、意味がない。


「資材枯渇、重症で死ぬより戦場で散りたいって?…はは。お前らしいよ」


無様に生き残って、戦う事も出来なければそんなの俺じゃねぇ。刀としての本分を捨てて、どうしろって言うのだ。人間のように生きろと?冗談じゃない。無理だ。なら、せめて此処で死なせてくれ。半ば望みのようでもあった。


「合図で走れ」


己の柄を握り直し、構える。古びたお堂の戸の前を大きな影がユラユラと動いている。グルルルルル…という息遣いも徐々に大きさを増し、近づいてきている事は明らかだ。ヤツが飛び込んできた瞬間が勝負だ。その瞬間、コイツ等を外に逃がせれば―…。
御手杵が小夜を抱え直し、立ち上がる姿勢に入った。いつでもいける、そう目と目で合図し互いに小さく頷いた。そしてその戸の前をうろついていた大きな影が更に大きくなった―…瞬間。


バンッ!ドン!!ゴロゴロゴロ…


古びたお堂の奥、祭壇と呼ぶにも廃れていたその仏の置かれている扉が勢いよく開き、そこから何かが飛び出してきたのだ。数段高くなっているその祭壇から、ゴロゴロと転がり落ちてきたそれは俺達の目の前で止まった。


『っつぅ……ぁいったぁ…!!』


転がり落ちた際にぶつけたらしい額や腰を押さえ、身を起こしたそれはそれは人の形をしていた。それも若い女。突然現れたその女に、俺と御手杵は祭壇とその女を交互に見て唖然としていた。


『痛ったいなぁ!!こんの狐野郎!!いきなり突き落として!一体なんな…ん、だよ…』


声を張り上げながら顔を上げた女と目が合った。ようやく此方の存在にも気づいたらしい。お互いに見つめ合った間…わずか数秒。その数秒が自棄に長く感じて、今まで置かれていた状況とか一瞬の内に全てどっか行っていて、俺達はただただその不思議な女を凝視していた。
と、そこに。

バアアアアアン!!

とお堂の戸が吹っ飛び、現実に引き戻される。あ、マズいと思ったその時にはその大きな影は既にお堂の中に足を踏み入れていた。


『は、はいいいいい?!!』


グオオオオオ!なんて大声を張り上げて、ズカズカと入り込んできたヤツを見て女が発狂というか悲鳴と言うか…奇声を上げながらヤツを見上げていた。上手く立てないのか腰を床につけたまま少し後ずさっている。


「大太刀!これはまた厄介なお相手を!!」

「こ、こんのすけ?!」


女に視線を奪われているとふと聞き覚えのある声がして、顔を上げればそこにはやはり見覚えのある狐。こんのすけが俺たちが対峙している相手を見上げながら慌てた様子で飛び込んできた。


「てめェ!こんなトコに何しに来やがった?!!」

「ってかその人間なんだ?!」


あれから暫くこの狐の姿を見なくなった。久々に現れたってのに、状況が状況で落ち着いて話も出来やしねぇ。寧ろ先ほどまで死を覚悟していた俺達の雰囲気をぶち壊しにやってきたのかと思うぐらい、もう頭ん中は大混乱だ。
その原因は何よりこの床にヘタリ込んでる女だ。俺たちのように刀なら人間の形はしていてもあくまで身体は男の筈だが、どう見ても女。そしてこんのすけが一緒に現れたという事は自ずと導かれる答えは1つ―…。


「もしかして、審神者か?!」

「何?!だ、だったら小夜を―…!!」


僅かな希望。俺達の"本当の主"でない事は腑に落ちないが、この際は関係無い。こちらは今にも死にそうなのだ。何処の審神者だろうが、新人だろうが何だろうが使えるもんは使わないと、本当に死ぬだけだ。その僅かな望みに俺も御手杵も身を乗り出す勢いで声を上げるが、それは本当に一瞬のみの僅かな希望だった。


「いえ、その方は審神者ではありません」


ぴしゃり。一気に閉め出されるような感覚。こんのすけのその一言に俺も御手杵もずぐに思考が追い付かなかった。何を言っているんだコイツ。じゃあこの女は何だ?


「「はぁあああ?!」」


一瞬の間を開け、俺と御手杵は半ば自棄になったように叫んだ。信じられねえ。この狐、この期に及んで俺達に希望の光を見せて置いて、一気にどん底に突き落としやがった。ったく、人間の形を手に入れてからこう心が乱されることが多くなったとはいえ、これはあまりにも酷すぎる。せめて小夜だけでも救えそうだと思ったというのに。


「力もねェ一般人連れて来たってか?!こんの忙しいときに!」

「助けに来たんじゃないのかよ?!」


ただの人間だと?ふざけんな。何で人間巻き込んでんだ。俺達が死ぬことは百歩譲って決まっていたとしても、この人間連れてきた意味は何だ。コイツの移動に巻き込まれたとか?ツイてないにも程があるぜ。この狐の考えている事はいつも分からねぇ。


「いえ?助けに参りましたよ」


怒りを通りこして最早呆れに変わる頃、こんのすけの野郎はキョトンとした顔でこちらを見つめながらそう言い放った。それこそ「は?」だった。だって今まさに審神者でも無い人間連れてきただけですと言ったばかりではないか。なのに助けに来たとはどういう意味だ。


『わ、わ、なななな何この化け物?!!』


俺達の会話なんかロクに耳に入っていないのであろう女は床に腰を下ろしたまま、敵の方を見たまま唖然としてる。この女が使えるというのか、否、そんな風には見えない。寧ろ気を抜けば一番の餌食になりそうな女に俺達が救えると?それこそ本当に馬鹿げている…正直、そう思った。


「グオオオオオオオ!!」

『…ッ!』


敵の雄叫びと共に振り上げられる大きな手。そしてそれを見上げていた女の目が…女の纏っている雰囲気が一瞬の内に変わったのを俺は見逃さなかった。


「グオォッ!」

「おい!あぶな―!」

『ふっ!!!』


振りかぶった敵の大きな手がへたり込んでいる女目がけて振り下ろされるのが見え、俺は慌てて体を動かそうと手を伸ばした。が―、風を切る音と息を止める音が聞こえ、敵の手はお堂の古びた床を打ち抜く。
舞い上がる砂埃と床の木の破片の合間に見えたのは、先ほどまで床にヘタリ込んでいた女があの敵の手を見事にスルリと避け、移動した先で真っ直ぐに敵と対峙するように立っているのが見えた。


「あ、あいつ…」

「ふぇ?」


あの女、容姿を見る限りかなり若そうに見えるし現世でいえば未来の人間なのだろうが、人間にしては動きが俺の知っている時代の人間に近い。スルリと女の背に背負われていた細長い袋の紐が解かれる。中から現れたのは竹刀と呼ばれる刀だ。よく、人間達が演習に使っていた代物だった気がする。
敵と対峙し、静かに竹刀を構える女を俺は何とか目で追えたが、砂埃と床が抜けた衝撃でそれ所では無い御手杵が横で小夜を抱えたまま目を擦り、パチパチと瞬きを繰り返している。
その女の姿に柄に無く見惚れていたと言っても良い。構えも身のこなしも、俺が知る戦を知る人間の動きによく似ていた。しかし女が手に持っているのはあくまでも竹刀。刀じゃなければ武器でも無い。竹で出来た刀の形をした、モノだ。それを冷静に思い出し、まさか、と目を見開いたその瞬間。


『てぇりゃぁっ!!』

「あんの馬鹿!」


女が踏み切った。真っ直ぐに敵に向かって突っ込んで行く女に、俺は自然と体が動いていた。後ろで視力を取り戻した御手杵が「おい?!」と慌てて声を上げているのを遠くに聞きながら勝手に動いた足を止める事が出来なかった。
敵が大きく手を横に振りかぶる。俺達もろとも薙ぎ払う姿勢だ。それでも女のスピードは緩まない。寧ろ敵に向けその竹刀を振り下ろそうと構えている。獲物を狩るようなギラついた瞳は真っ直ぐに敵を捕えている。もしかしたら俺達を救ってくれるかもしれないと思ってしまうほどに、女の眼は将に得物を見つけた武者だ。しかし、問題は別にある。あの女、自分が手に持っているものが分かっているのだろうか。何を相手にしているのか、分かっているのだろうか。否、恐らく分かっていない。分かっていれば、こんな馬鹿な真似などするものか。


「グオオオオオオオ!!!」


バキバキッ…!


『…え、』

「っんの!馬鹿やろ、が!」


大きく振りかぶった自身の得物が、目の前で真っ二つに折れるのを目の当たりにした女の顔が小さく引き攣る。ほら見た事か。ヤツにとってみればそんな竹刀なんて小枝と同じだ。
姿形も無くなった得物の柄の部分を握ったまま茫然と敵と対峙している女の腕を慌てて引き寄せ、女の目の前まで迫っていた大きく振りかぶっていた敵の腕をどうにか避け、刀で上手く受け流し距離を取った。


『う、うわっ!!私の愛刀がああッ?!!』

「お前本当に馬鹿か!!」

「まぁ…相手は大太刀だしなー」

「お前も呑気に言ってんじゃねえ!!」


再び床に腰を下ろした女が手に持ったままの無残な竹刀の残骸を見つめながら、驚いたように声を上げる。どうやら本当に阿保らしい。大太刀相手に竹刀で突っ込めばそうなるのは明白だ。
その世の中の道理を今知ったような口振りの女に、傍の御手杵は若干涙目になっているように見える女の手中で最早柄の部分だけになったソレを見て「可哀想になぁ…」なんて呑気な事を言っているから余計に力が抜けてしまう。


『で?…一体あれは、何な訳?!!』

「やっぱり…お前、何も知らないで突っ込みやがったな?!」

「えっ?!マジかよ?!!」


間合いを取った事で何とか攻撃を避ける事が出来たが、次はどうなるか分からない。視線の先で獲物を捕らえられなかった事で苛立っているのか、ヤツはグオオオオ!!と雄叫びを上げて此方を振り返った。視線が合った気がした。嗚呼…これはマズい。
如何にもこれからこっちに突進してくるような雰囲気を漂わせながらゆっくりと体を此方に向けるヤツに俺たちは身構える事すらままならない。もう、体力の限界だ。ギラリとその大きな目を光らせて獲物(俺たち)を見つめるヤツと目が合って、カランと女の手から竹刀の柄が床に落ちる。


『あ、アンタ等、何とか出来るならさっさと何とかし―…!!』


その言葉が終わるより早く。相手が動いた。此方に突進しながら大きく腕を振り上げるヤツを見て俺も御手杵も女もただただ息を飲んでその光景を見ていた。構える暇も、連中を連れて避ける余裕も体力も最早残されてなど無かった。
視界いっぱいにヤツの鋭く光る瞳が近づいてきた、刹那。


「させませぬ!!」


バチバチッと火花が散るような音と共に俺達の目の前に飛び込んできた毛玉…こんのすけ。こんのすけは俺達の目の前に飛び出すや否や、半透明の壁を張った。恐らく、結界の類だろう。大太刀の振り上げた手がこちらに振り下ろされる直前の形で止まっていた。これはまた面妖な術を使いやがる。


「ワタクシが時間を稼ぎます故、サツキ様は3人の手当てを!」

『て、手当って?!』


苦しげな声を上げながらこんのすけが女を急かす。だがしかし、今こんのすけが"手当て"と言ったが、数刻も経たないほど前にこの女は審神者ではないと言っていた筈だ。俺達の手当てはほぼ審神者による霊力によるもの。だとすれば、この女に俺達の手当なんて出来る訳がない。
実際、手当てするようにと言われた当の本人である女はどうしていいのか分からない様子だ。御手杵が俺達より前に小夜を…と、腕に抱えていた小夜を女に見せると更に女は慌てた様子で傷だらけで弱り切っている小夜を見ていた。


『おおおお落ち着いて、まずは救急箱救急箱…』

「んなもんあるか!」

『じゃぁ私にどうしろって?!』

「審神者なら霊力使って何かしてたら直ったんだがなぁ」

『その何かしてたらを詳しくお願いしますよ!お兄さん!!』


救急箱とか本当に阿呆か。人間ならどうか知らないが俺達は刀だぞ?舐めてるのか。俺達に薬を使ったって治る訳がねえ。御手杵が手入れの方法を思い浮かべながら困ったように笑っているのと、ギャーギャーと騒いでいる女を横目に溜め息を吐いた。


「まぁ、何にせよ。コイツ審神者じゃねェんだろ。なら何も出来ねェじゃねェか」


ほら、見た事か。なんでこの散り際に態々希望を見せやがったんだ。こんのすけの嫌がらせか?はたまた俺達のこの状況を視て楽しんでる奴でも居るのだろうか。嗚呼、もうこの際何でも良い。今更、どうにもできない。殿も何もかもが水の泡なのだから。


「折角、御手杵と小夜逃がしてやろうと思ったのに、お前等のせいで全部終いだ。俺達全員此処で切り殺される。アイツ(大太刀)にな」


逃げる気力も、戦う気力も最早残ってなんていない。何で最期の最期にこんな役立たずの女を助けてしまったのだろう。こんのすけが助けに来たと言っていたから、本当に助かるかもしれないと思っていた。だから自然とこの馬鹿女を助けた。でも、結局そのせいで俺達が死ぬはめになるなんて、なんて馬鹿らしい。
此処で死ぬんだ。そう思えば何も苦しくなんて無くなった。御手杵と小夜には悪いがこのまま死ぬことに俺は納得してしまっている。手に持ってた本体の感覚もほぼ無い。放って置いても死ぬだろう。まぁその前に、皆でアイツに切り殺されるのだろうが。


『……さっきから黙って聞いてれば…ッ!』


そう思ったその時、ふと床に腰を下ろしたままの女が静かに口を開くとほぼ同時にバッと顔を上げてこっちを真っ直ぐに見つめる。


『何も出来ねぇ、俺達は終わりだ、だの…ああああっ!もうごちゃごちゃ煩い!!』


此方を見上げ、声を荒げた女の両の目は死んでなど居なかった。寧ろ爛々と輝いているような、死んでたまるかとこの状況の中でも生きようとしていた。否、このままでは皆が死ぬという状況が分かっているのかどうかも分からないが、少なくとも死ぬ気など更々無いような…死ぬとは思えないような…そう、俺とは真逆の目。そして、女は御手杵の抱えている小夜の胸部に両手を添え、叫んだ。


『何もやってないのに、"出来ない"で片付けんな!!!』


ふわっと俺達を囲う空気が変わる感覚がした。どこか懐かしい感覚が湧き起ってくる。必死に小夜を救おうとしているのが分かるほど真っ直ぐで、真剣な女の目は何処かで見たような気がした。






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