「で?で?その黒い靄の正体は分かったんですか?!」

「わかってりゃぁ、今頃私は資料を漁ってなんかいないだろうが」


間近までそのキラキラと目を輝かせて顔を近づけてくる青年に、藤乃が露骨に嫌そうな顔を浮かべる。藤乃の足元に散らばる膨大な資料の束。そして未だに彼女は室内の壁一面を覆うほどにしまわれている資料の束を漁っていた。あれでもない、これでも無い。ブツブツと呟きながら漁るが、すぐ横に居るこの青年のせいで上手く集中して探せない。


「いい加減帰れよ、堀川。今日は目ぼしい特ダネは無ぇんだから」

「いいえ!帰りません!!黒い靄の正体を追う祓い屋一家!これはもう大が付くぐらいの特ダネですよ!」

「……はぁ…」


川赤子の件から一転。何処で噂を聞きつけたのか翌日…つまり今日、この青年…堀川国広はこの祓い屋に押しかけて来た。彼も仕事なのだろうが、この手の相手はもっとも藤乃が苦手とする分類に入るかもしれない。
そう。藤乃たち祓い屋や妖怪関係者の間で広まるかわら版の編集記者。それがこの目の前でその綺麗な青色の眼を輝かせている堀川国広なのだ。手帳とペンを片手に詳細に藤乃の行動を書きこんでいる。そんなのを書きこんで何になるというのか。熱心に記事になりそうな事を片っ端から記憶していく堀川には最早何を言っても無駄だ。…たった一言を除いては。


「ふじの、あのくろいもやのしょうたいって、そんなにじゅうようですか?はらえたのならもんだいないのでは?」

「んー…まぁ確かに祓えたし問題は無いが念のためにな。それに、今までに誰かしら出逢ってれば問題ないんだけど、新しい異形だとすれば一応上に報告しなきゃならないからな」

「いやはや、何とも面倒だのう」

「面倒なのは私だけだろうが」


実際祓うのは私だし、報告するのも私だ。お前達は戦闘で敵を斬るのが仕事。ほら、面倒な方は全て私がやる事になってるじゃないか。
床に散らばる資料を覗き込む今剣に、随分と古い資料まであるなぁなんて呑気に言う岩融。当り前だ。妖は昔から居るのだから。小さなものから大きなものまで、今まで正体が分かったモノ、関わった事があるモノが事細かに記される資料が此処には幾つもある。
ただ、その量が膨大なのが少々難点だ。時代別に整理されているとはいえ今回の件と似たような件が過去にもあったのかどうかを調べるにしては些か時間がかかるのだ。


「一カ月グライ前、川ノ中二黒イ珠ガ落チテキタ」


何より、落ち着きを取り戻した川赤子のその一言が頭に引っ掛かって仕方なかった。人を引き摺り込むようになる前、おぼろげに思い出した僅かな手がかり。その後はあまりよく覚えていないらしい。更に川に落ちてきたその黒い珠はあっという間に水に融けて消えて行ったようで、子供が泥団子か何かでも投げ入れたのだろうと、さほど気にも留めなかったという事だ。…で、結果嗚呼なった。と…。
否、まだその黒い珠が原因で凶暴化したとは繋がっていない。確実な理由とは程遠いのだ。確実にその理由を突き止めなければ、今後の事にも繋がってくるかもしれない。だからこうして昔の資料の中で黒い珠について、若しくは妖の凶暴化についての記述が無いものかと調べていたのだが。


「あ、そういえば獅子王さんたちも此処最近巷を騒がせてる妖の系統が変に感じるって言ってましたよ」

「何?」


棚から引っ張り出した資料を開いていた手を止め、堀川を見る。パタンと閉じた資料からフワリと埃臭さが鼻先を掠めた。


「何故それを早く言わない」

「へへ。これから獅子王さん達の所にも伺おうかと思ってたら不意に思い出したんですよ」

「ほほぅ?それはいつの噺だ」

「えーっとこの前藤乃さん達がお化け電車の怪異を祓ったちょっと前だから…5日ぐらいまえですかね」


お化け電車の一件よりも前、か。つまり私たちが気づくよりも前からあの異形は徐々に徐々にこの日の元を侵食していたのかもしれない。否、そもそもアレは何なのかという解明から入らなければいけない。それが分かった上で、いつからあの異形が現れ始めたとかそう言った話になるのだが。


「いへんをかんじてるのはぼくたちだけじゃないってことですね」

「うーむ。余計黒い靄と黒い珠の正体を知る必要がありそうだな」


今剣が眺めていた資料から顔を上げて此方を見る。資料を漁るより、やはり口伝いに聞いて行った方が早いか。ならこの馬鹿げた資料調べも終わりにして、さっさと出かけるか。でもこのまま出掛けようすればもれなくこの堀川も付いてくるだろう。それは何とも…動きづらい。なら、そろそろ此処で例の一言を教えてやるか。


「…で?堀川。お前、"兼さん"は何処に置いて来たんだ?」

「……え?何言ってるんですか藤乃さん。兼さんなら此処に…あれ?」


いやだなぁ、と堀川が満面の笑みで自身の隣を振り返る。が、そこには何も無い。誰も居ない。有る筈のモノがそこに無く、あれ?と首を傾げている。本当、何をしてるんだコイツは。


「兼さん…?」

「言っておくが、お主がこの店に来た時には既に居らんかったぞ」

「おや?じょしゅがはなれてしまっていいんですか?」


そう。兼さんというのは堀川の上司であり、相棒である"和泉守兼定"という男のことだ。いつも行動を一緒にしている癖に、今日この店の敷居を跨いだのは堀川だけ。彼的には一緒に此処まできていたつもりだったのだろう。なのに、彼の隣に兼さんは居ない。



「大方、そこらの女に囲まれてるんだろ。ほら、黄色い声が聞こえる」


徐々に徐々に顔色が悪くなる堀川。分かりやす過ぎる。表の少し離れた所から若い女性の「キャー」とか「カッコいいー!」とか黄色い歓声みたいなのが薄っすらと聞こえる。恐らく堀川と此方に向かっている途中、兼さんは街歩く女性陣に囲まれて足止めを喰らってしまったのだろう。そこまで理解した途端、堀川は勢いよく立ち上がり、駆け出す。


「か、兼さん!!!」


やや乱暴に戸が開け放たれ、そのまま流れるように堀川が表へと飛び出していった。その背を見送り、ゆっくりとしまって行く戸を横目にフウッと息を吐く。


「…やっと行ったか」

「相も変わらず騒がしいヤツよ」

「にぎやかなのはたのしいですけどね」

「アレは少々賑やか過ぎる」


散らばった資料を拾い上げ、纏め、棚に戻す。整理はあとでやろう。ともかく今は情報が欲しい。堀川に話したのもただかわら版のネタにしてほしいという訳では無く、少しでも情報が欲しいために色々なヒトや妖が見る彼らのかわら版を利用したに過ぎない。


「…お主は先の噺を聞いてどう思う?」


せっせ、せっせと両手で床の資料を集めるのを手伝ってくれる今剣に、ヒラリと岩融の大きな掌が資料を掬って此方に差し出してくる。その表情は普段あまり見せ無いような些か真剣だ。嗚呼、これは本当に真剣に考えないといけないかもしれない。


「…私たちが思っている以上に事態は大きいかもしれないな」


何の根拠もないが薄っすらと嫌な予感が頭を過ぎる。あの今までに見た事も聞いた事も無い黒い靄に黒い珠。この件は解決までに些か時間がかかりそうだ。





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