気が付けば、私の周りに居たのはヒトでは無い存在だけだった。数少ない私の周りに残った人間は私の事を普通の娘だと思って見てなどいない。それは確かに好奇の眼だった。だが私は気にも留めなかった。それが私にとって日常であり、正常だから。…ただ、それだけの噺だった。 
――とある少女の噺。


―――…



バサリ。草臥れた紙の束の一枚を捲る。今日もこれと言って大きな事件はなさそうだ。といっても"此方に関連のある事件"は、だが。記事の見出しで目に留まるモノといえばどれも異文化を受け入れ始めたこの国の産業関係や、他国との情勢などばかり。事件も事件でひったくりやら強盗やら暴行やら……こういうのも何だが、くだらない。正直、読む気力も無ければ興味も無い。


「あいもかわらず、ひまですねぇ」


目を細め、何をするでも何を読んでいるでも無いそんな私を見兼ねてか、傍に居た彼が2階へと続く階段の手すりに寄り掛かりながらのんびりとした口調で言う。ハア、と息を吐きながら上に視線を送れば、木目調の古びた手すりにその小さな体を預けながらその細くて白い足をブラブラさせて此方を見て笑っている彼と目が合った。


「暇でなきゃ困る」


仕事上、忙しいとなると世間がそれなりに大変と言う事だ。そう、私たちにとってみれば暇である事が一番なのだ。見上げた視線をもう一度ロクな事が書いていない記事に戻しながらそう言えば、手すりに寄り掛かって居た彼が小さく頬を膨らませながら「そりゃぁそうですけどっ」と語尾を強調しながらヒョイと手すりから飛び降りた。

…ん?嗚呼、飛び降りた。間違いない。いつもの事だ。心配いらない。フワリと風を纏う様に静かに一階の床に着地する…否、正確に言えば一階の隅で転寝をしていた男の肩に降り立った。まさに人の肩に留まる小鳥のようだ。
小さな彼が肩に留まると、転寝をしていた男が目を覚ましたのか、ふわあああ…と大きく開いた口からギザギザと何とも鋭利な歯を垣間見せつつ欠伸を一つ零した。そしてそのままの流れで2階から飛び降り、肩に留まった小さな彼の頭をその大きな手でヨシヨシと撫でる。


「しっかし、まこと暇よのぉ…このままでは体が鈍るぞ。藤乃」


口の端を大きく釣り上げ、深く被った布の奥でその綺麗な金色の瞳を此方に向けたこの男。少々嫌味を含んでいるのか、本音を素直に言葉にしているのか…まぁどちらにせよ急かされている事に変わりない。そう、この"2人"は暇が嫌いで"暴れたくて仕方ない"のだ。


「…これといった"怪異"も無く動いたって仕方ないだ…ろ?」


小さな少年の彼とガッシリとした体つきの大男の彼。2人の視線が刺さっているのを感じながらもペラペラと本日の新聞をまた捲る。と、不意に一つの記事が目に飛び込んでくる。記事の中でもそれなりに小さな記事枠。その記事に目を止め、内容に目を通す。
そんな返事を返さない私にやれやれと言ったように態と聞こえるぐらいの溜息を吐きながら大男がゆっくりと立ち上がる。とコロンと彼の肩から一階の床に降りる小さい彼が不思議そうにその大きな紅い目を開いて、立ち上がる大男の姿を首を傾げながら見上げた。


「…仕方ないのぅ。店の主が働かぬなら、俺直々に街に出向かねばならぬなぁ…」

「!おでかけですか?!ぼくもいきたいです!!」

「………はぁ…」


ぽきぽきと首をならし如何にも出かける気満々の大男と、その大男の言葉に目を輝かせてピョンピョンと飛び跳ねる小さな彼。こうなってしまっては、きっと止めても無駄であろう。小さく溜息を吐きながら目に留まった記事の枠を器用に手で切りぬく。


「お前たちが私の付き添い無く出かけるには、それなりの理由が必要だろうが」


よかったな、理由があって。とその切りぬいた記事の切れ端をヒラヒラと振って見せてやると、2人して目を爛々と輝かせながらこちらを見ていた。…そんな凸凹の激しい2人の姿はまるで目の前で餌をチラつかされ待てをさせられいる犬のようだった。


…時は夕刻。我ら(彼ら)が動くには最適な時間である。





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