部屋着に着替えた一二三さんと共に軽い軽食を作って食卓に着く。ルンルン気分の一二三さんを横目に小さく息を吐く。どうしてこうなった。いや、過程は分かっているのだが、どうにしたって断り切れずに流されてしまった自分を恨みたい。


「独歩のヤツもったいないな〜。せっかく良いもの貰ったからつまみも豪華にしたのに」

「なら、独歩さんが起きたら一緒に食べればいいんじゃ」

「いいのいいの!コウスケがいれば今日は独歩抜きで飲んじゃえば良いの!!」


1人だったら明日に持ち越してたかもだけど、折角久々に会えたんだからとかなんとか言ってご機嫌の一二三さんがテーブルの上に置かれた自分のグラスにプレゼントのこれまた高そうな金色が眩しいシャンパンを注ぎながら笑う。


「ほい、コウスケも!」


そう言って一二三さんは、もう一つのグラスに同じようにシャンパンを注いでこちらに渡してくる。思わずギョッとして目を見開き、固まる自分を他所に一二三さんは待ちきれないとばかりに「かんぱーい」と一人でグラスを持ち上げ既に口をつけていた。


「ちょ…俺飲めないって言ってるじゃないですか」

「えー…?コウスケ、ノリ悪いな〜。俺っちが注いだシャンパンが飲めないって〜?」


いや、そうではない。寧ろこんなシンジュクNo.1ホスト様直々にシャンパンを注いで貰えるなんてそうそうない。しかもタダでなんて。有難い限りである。しかし、お酒に関する心配事が1つだけある。だから極力飲みたくないのだ。そんな事情を知る訳もない拗ねた子供のようにジーッとこちらを見つめてくる一二三さんは何が何でも飲んで欲しいみたいだ。


「あり?もしかして未成年?」

「あ、いえ、まぁ…一応、この間成人はしましたが」

「おお、おめでとー!ってか、問題ないしジャンジャン飲めるじゃん」

「それは…そうなんですが…」


歯切れの悪いこちらを見つめたまま、おつまみをホイホイと口の中に放りこんでいく一二三さん。一二三さんの言う通り、自分自身成人はしているし、法的に問題はない。酒が嫌いかと聞かれればそうでもない。ただ、人前で飲んだ経験がないのだ。しかも今回勧められているのはいつも飲んでいるような軽めのお酒ではない。僅かなアルコール度数でさえすぐに意識がフワフワとして眠くなってしまうと言うのに、目の前にある高級シャンパンはアルコール度も違ければ、酔い方も未知数…。意識が朦朧としている中、自分自身が何を話してしまうのか、どんな事をしてしまうのかが分からなくて、それが怖いのだ。


「ふーん…OKOK。分かったよ。コウスケみたいな"お子様"にはこのお酒は早すぎたってことね。確かにアルコール度数もかなりあるし?味も大人の味だし?ビビりなコウスケくんには難しいかもね〜?」


カチン。何かがはじける音。どうしてこうも煽るのが上手なのか。そして、自分自身どうしてなのか分からないが、こう意地を張ろうとしてしまうのか。大人しくその意地悪な表情を浮かべた一二三さんの言う通りなんですと下がって置けば良いものを、心の中に大きく根付いた面倒くさいプライドみたいなものが邪魔をする。お子様扱いとビビりの言葉は一番嫌いだ。
スススス…とこちらのグラスに伸びてきた一二三さんの手が届くか届かないかのところで、ガシリとグラスを掴んで阻止する。「お、」と短く声を漏らした一二三さんの笑顔と言ったらもう…。


「のっ…飲みます、から!」

「うんうん!パーッと飲んで、パーッと楽しくなっちゃえばいい!」

「………はぁ」


一杯だけなら何とかなるだろう。否、何とかしなければ。此処で自分の正体も身元も素性も晒す訳にはいかない。自我を保て。どうにかこの家から脱出しなければ。一二三さんが飽きればきっとすぐに抜け出せる。隙を見つけるまでの辛抱だ。
そっとグラスに口をつけ、静かに口内へと流し込む。ゆっくりと。これは焦って一気に飲んだり速いペースだとマズい。一口飲んで、休憩してを繰り返す。つまみで合間を繋ぎながら飲めば―…。そう思っていたのに、一口目を飲んで間もなく…思っている以上に自分自身は酒が弱いのだと改めて自覚することになる。



―――…



一二三視点


煽ったことは認める。でも、まさかこんな事になるなんて俺も予想しなかったんだ。


テーブルの向こう側で「はあ」と一つ深呼吸を零し、何かを決心したかのように揺れる金色の液体の入ったグラスを口に運ぶコウスケを好奇心の瞳で見つめる。一口目を口に含み、小さくプハッと息を吐いた彼は何度か瞬きをした。
美味しいとも不味いとも言わず、口の中に残っているそれを味わっているのか、しばらく無言のまま小さく首を左右に振って何度も何度も瞬きしている。思わず「大丈夫?」と声を掛けてしまうほどにその行動はとても変だった。か細く「大丈夫です」と返すコウスケだが、明らかに大丈夫そうではない。嗚呼、煽らなきゃよかった。なんて反省していれば、また一口。コウスケがグラスを傾けた。
不味くはないのか、と安心していたのもつかの間。あれよあれよという間にコウスケの顔が赤く染まり、どこか瞳がトロリと溶けてくる。あ、完全に酔っている顔だ。毎晩のように酒を飲んでいる自分にとってみればこれぐらい何ともないのだが、思えばつい先日20歳になった新米には流石に速すぎたかな?とか今更思えてきて―…。


「…おーい、大丈夫かー?」

「だいじょーぶれす!」

「あ、大丈夫じゃねーなこれ」

「れーきですって」

「平気って…既に口回ってねーじゃんよ」


マジかー。と若干今更ながらに罪悪感が勝ってきて、コウスケの片手に握られていたグラスを無理やり奪う。これ以上飲ませて気分でも悪くなったら大変だ。「あ、」と小さく声を零したコウスケだったが、酒が回って力が入らないのかすんなりグラスを離した。そしてそのまま突っ伏すようにテーブルに雪崩れ込む。


「はは、酔うの早すぎー」

「よってないれす」

「酔ってる酔ってる」


やっぱりお子様だなーなんて、内心思いつつ既にグデグデになっているコウスケを眺めながら彼の飲みかけを一気に煽る。うん、美味い。ってか、こんなコウスケ見れるなんて思いもしなかったから面白くてしょうがない。
うーん、うーんと唸りながら小さく身じろぐコウスケの左手が自然とこちらに伸びて来て、不意にその手の甲に残る痛々しい傷跡が目に入る。グラスを置いて、無意識にその手の甲にそっと触れる。


「これ、どうしたんだよ」

「んー?」

「こんなに痕なってるし…痛かったろ?」

「……んー」


自分の手よりもスベスベで少し若々しい手の甲に残る傷跡。眠気が徐々に襲ってきてるのか、唸るような声しか出さないコウスケに構わず、その手を触る。掌を裏返すと手の平にも少し傷跡がある。これはまるで、鋭利なモノを手の甲から思いきり突き刺したような―…。そんな事を考えていると、スッとコウスケが額をテーブルに付けたまま手を引っ込めた。
ゆっくり息をし始めたコウスケの姿を改めて見直して思う。一体、彼の人生に何があったと言うのか。手の傷もそうだが、自分も独歩も彼の事を知らなすぎる。時折料理やゲームをやりにくる年の離れた友達、と言えばそこまでだが、よくよく考えてみればそれも変な関係だ。ハッキリと聞いたことは無いが色んなバイトを掛け持ちしてたり色んなディビジョンを行き来してるっていうし。俺たちが関わるきっかけとなった先生も先生でこれと言ってコウスケのことを話さないし…。


「なぁ、コウスケって何処住んでんの?シンジュク?もしかしてシブヤとか?」


そんな思考回路がグルグルと巡ってつい、この酒に酔っているノリなら応えてくれるんじゃ?という悪い考えが過ぎってしまう。この際、酔っててもいいから何か聞き出せたら、なんて。


「ひみつれすよー」

「えー?」

「こじんじょーほーろーえいはダメれす!」

「いやいや、俺っち達の家知ってんのにコウスケの家知らないの不公平じゃね?」

「そーれとこーれとはー…はなしがべちゅ…へす!」

「あーぁ、完全に呂律とテンションが可笑しくなってきた」


テーブルに突っ伏したままなのに、どうにか返事を返そうと眠気と必死に戦っているのが分かる口調と声のトーンが帰ってくる。今、自分の目の前に広がる光景は、今までの彼にからしたら考えつかない光景だし、見たことも無い光景だ。こんな酔っている姿、きっと誰にも見せた事ないだろうな…。


「…じゃあさ、家族は?」


シャンパンを煽りながら、コウスケが作ったつまみを摘まむ。いつになくプライベートな事に足突っ込んでんなぁと思う。仕事でも女の子たちには踏み込んでいかないのに。むしろ女の子たちの方からグイグイ話してくる事が多かったから、こんなにも自分から何かを聞き出そうとするなんて…しかも同性の年下の若人に対して悪戦苦闘するなんて。
脳裏で苦笑しながらまた秘密とか言ってごまかされるんだろうな。なんて思っていればモゾモゾとコウスケがまた微かに身じろいで徐に人差し指を立てた。


「…おとーとが、ひとり…」

「へぇ〜意外。コウスケ、お兄ちゃんなんだ?」

「んー」


てっきり一人っ子かと思った。と言えば彼は何を言い返すでもなく「ふう」と深呼吸を零した。親の話よりも前に兄弟の話を出したのはどういう心情なのか。いや、きっと弟が好きなんだろうな。もしかしたら一緒に住んでたりして。住んでなくても小まめに会ってたりとか?コウスケがこんだけ料理できるのも、元々弟の為だったりして。なんて勝手に想像して、少し安心した。コウスケが"独り"じゃないって分かったから。


「なぁなぁ、ちなみに妹とかお姉ちゃんは?居ないの?」

「んあ?…いねーれすよ?」

「そっかぁ…」


不意に以前独歩がコウスケに似た女の子を見た事があるって言ってたのを思い出したから、試しに聞いてみた。トロンとした顔のまま不思議そうに首を傾げて、またコテンとテーブルに伏す。何だこの可愛い生き物。


「じゃぁ独歩と一緒だ」

「…そーなんれす?」

「そーそー。独歩も弟居るんだー」

「ほへぇ〜」


気の抜けた返事。興味があるのかないのか最早分からない状態の返事を最後にコウスケが動かなくなる。ごくりとグラスのシャンパンを飲み干して、つまみを口に放りこみながら彼を見つめる。ゆっくりと背中が規則的に上下している。嗚呼、これは寝たか。


「コウスケ?」

「………」


つまみを飲み込んで、呼んでみる。返事はない。スースーとこれまた規則的に吐息が微かに聞こえてくる。眠気に負けた瞬間、力が抜けたように何も反応しない。相手が独歩だったらペシぺシと軽く叩いて起こしてみようとは思うのだが、相手はコウスケだ。しかも自分自身が煽って無理矢理飲ませてしまった結果でこうなってしまったから無理に起こそうとは思わなかった。
丁度彼の後ろにあるソファに寝かせてやればいいか。と立ち上がる。テーブルに突っ伏した状態の彼をテーブルから剥がして、ソファの方へと重心を移動させた。コウスケをヨイショと持ち上げてちゃんと体全体がソファに乗るように寝かせてやる。先ほど独歩を運んだせいもあるのか、コウスケの体が思いの外軽すぎてびっくりした。
ちゃんと寝かせてやっても起きないのを確認しつつその寝顔に思わず微笑む。よっぽど疲れていたのか、そもそも酒を飲むと眠くなる質なのか分からないがゆっくり寝かせてやればいい。タイミングよく自分も独歩も明日は休みだ。


「(…あ、やっぱ可愛い顔してんのな)」


寝てる間も掛けてるのも変だし、割れたら大変だと眼鏡を外してやれば思わずそんな事を思ってしまう。まつ毛も意外と長いしいつも前髪で隠れている顔も良く見える。こんな若い内から苦労してんのなぁと徐に頭を撫でてやって眼鏡をテーブルに置く。
チラリと時計に目をやればもうすぐ日付を跨ぐ頃。普段ならまだまだと飲み明かすところだが、何だか今日は2人も寝かしつけてしまった事実に少し疲れてしまった。自分の部屋から掛布団を取ってきてコウスケにそっとかけてやってから席に戻って独りでつまみを少し摘まんでみたものの、これといって楽しくもない。目の前ではコウスケが寝てるし、テレビを見るのも偲びない。結果、つまみを平らげてから大人しく寝ることにした。





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -