こんな時間になってしまった。とネオン輝く世界に踏み出し、ため息を吐く。遠くからは「ありがとな〜」とバイト先の店長が手を振っている。急遽欠勤が出てしまったのでこれから出られないかと連絡が来たのが数時間前。本来、そろそろ今日の宿泊先を決めて夕飯を食べたりのんびりしていた時間帯のはずだったのだが、出勤したためにすべてこの時間まで雪崩れ込んでしまった。お腹もすいたし、速いトコ宿を見つけなければ最悪駅の近くか本当野宿になりそうだと再びため息を吐きながら足を進めていた時だった。


「あ!コウスケくんじゃないか!!」


おーい!と聞き覚えのある声に足を止める。深夜だと言うのに人だかりがあちこちにある繁華街の片隅。声の方に視線を向ければ目立つ綺麗な金色の髪が揺れているのが見えた。見覚えのある顔が大きくブンブンと手を振りながらこちらに駆け寄ってくる。


「一二三さん」

「やぁ!久し振り!」


満面の笑みを浮かべながら近づいてきた彼に少し安堵した。相変わらずキラキラオーラが眩しい。いつもと違う口調とビシッと着ているスーツを見て察する。嗚呼、仕事帰りだ。この時間で此処に居ると言う事は早番だったのか。それとも休日出勤だったのか。何にせよ彼の言う通り久々に会ったけれど一二三さんはとても元気そうだ。


「今帰りかい?」

「ええ、まぁ…」


帰りというか、これからホテルかネットカフェに向かう途中だったのだが。現状、一二三さんに自分の生活を知られるわけにはいかない。一二三さんに知られれば独歩さんに知られる。これ以上自分との関わりを増やす訳にはいかない。そこそこ内心焦っているのがバレない程度の声色で返事を返せば、一二三さんぱぁっと顔を明るくする。あ、嫌な予感。


「じゃあ!これから僕の家でパーティしよう!」

「…は?」


思わず本音の声が漏れてしまう。周りに変な目で見られているのを感じる横で返事を待たずに一二三さんが自分の腕を掴む。え、え?と困惑していると自分の腕を掴んでいる手とは反対の手に持っている何やら高級そうな紙袋を見せてくる。子猫ちゃんから素敵な差し入れさ!と明らかに中身はお酒か何かのそれを自慢げに声を上げながら自分の腕を掴んだまま歩き始める。
自然と腕を引かれる形になり、ズイズイ進んでいく一二三さんの歩調に付いて行けず少し足をもつれさせながらもどうにか足を動かす。「ちょっと待って!」という声も一二三さんには届いていないらしく、腕を振り払おうにも彼は男だ。力が強いし、こっちの力じゃ軽くあしらわれてしまう。周りに変な目で見られるのを感じながら成す術もなく、2人で夜の街に溶けていく。



* * *



結局、一二三さんに強制連行される形で彼と独歩さんの自宅までたどり着いてしまった。俺お酒飲めませんよと何とか断ろうと声を上げたが、いつの間に脱いだのやらジャケット片手に「じゃぁ、つまみ作ってくれよ〜」といつもの一二三さんで返されてしまう始末。それに話を聞けば独歩さんも明日は久々に休みらしい。きっと独りで晩酌してるから3人で飲み明かそうぜ!と勝手に1人で盛り上がる一二三さん。だから飲めませんと念を入れ、仕方なくお邪魔することになってしまった。


「あり?鍵開いてる…?」

「え、」


ドアの鍵穴に鍵を挿した一二三さんが疑問符を零す。独歩さんは帰ってきている時刻だが、電気も点いてない。一二三さんの独りで晩酌しているという予想が外れてすでに寝ているにしても玄関の鍵をかけ忘れるなんて…独歩さんに限ってそんな不用心な事があるだろうか。2人して顔を見合わせて、そっと玄関のドアを開ける。暗闇の中に何かが見えた。


「ひっ!」


先に足を踏み入れた一二三さんが臆することなく玄関の電気を点けた瞬間飛び込んできた光景に思わず声が漏れてしまう。玄関から部屋に通じる廊下の上にうつぶせで倒れている男性。他でもない、独歩さんだ。


「あーりゃりゃぁ。独歩ぉ…まーた力尽きたな?」


俺の反応に苦笑しながら大丈夫大丈夫よくあるから、なんて言いながら靴を脱ぎ独歩さんの上を跨いで中に入る。ペチペチと独歩さんの顔を軽く叩いてみる一二三さんだが、彼の意識は戻らない。よくあるって…と思いながらも玄関先で立ち往生しているわけにもいかないのでとりあえず玄関に入って扉を閉める。


「おーい、独歩ー?独歩ー、久々にコウスケ来たぞー?おーい」

「うううう…」

「お…お疲れみたいですね。俺、やっぱ帰りま―…」

「悪りィ、コウスケ!ちょっち手伝ってくれー」

「…はい」


完全に逃げるタイミングを失った。一二三さんに頼まれたのもあるが、此処まで来て玄関先で伸びてしまっている独歩さんを残して即座に回れ右して帰れるほど冷酷にはできていない自分の心に心底お人よしだなぁなんて呆れてしまう。
伸びている独歩さんの腕を肩に回し、よっこいしょーなんて言いながら無理やり担ぐようにして半ば引き摺るようにして部屋の奥へと独歩さんを連れていく一二三さん。独歩さんが倒れているのと遭遇するのが初めてではないとあって流石である。流れるように部屋の奥へと進んでいく一二三さんが「カバンとジャケット頼むー」と声を投げてくる。返事を返しながら玄関の鍵を閉め、廊下に投げ出してある独歩さんのカバンとジャケットを拾いながら部屋にあがる。

独歩さんを担いだまま一二三さんがリビングの電気を点けながら更に奥へと進んでいく。そして一つの部屋の前で止まるとドアノブをゆっくり回す。ガチャリと開けられた部屋は恐らく独歩さんのプライベートルーム。今までリビングと台所ぐらいしか行き来していなかった自分にとって、それはこの家に来て初めて踏み入れる空間だ。
薄暗い部屋の中は家具も少なくてとてもシンプルで、少し散らかってはいるがそれも日々の仕事の忙しさのせいだろうなぁとか、なんか独歩さんらしいなぁと不思議と納得してしまった。「おりゃぁ」という掛け声と共に一二三さんがベッドに独歩さんを投げ込む。そんな乱暴に…。と思ったが、独歩さんはまるで起きない。少し顔を顰めただけだった。


「ふいー!これで良し!ちょっち俺着替えてくっから、リビングで待ってて!」


カバンはその辺置いといて!と声を掛けて一二三さんはそそくさと出て行ってしまった。とりあえず言われた通り目についた棚の上にカバンを置き、スースーと寝息を立てながらベッドの上に放り出された独歩さんを横目に壁掛けの所に一つ空いたハンガーがあったのでそこにスーツのジャケットを掛けて置いた。
よっぽど疲れてるんだなぁ…と思いつつ部屋を出ようとしたとき、不意に独歩さんが動いた。起きたのかなと思って再び視線を彼に移すと、無意識なのか目を閉じたまま首元に締めたままのネクタイを外そうと手をかけているようだがうまく外せないでいる。寝るのにネクタイ締めたままの奴なんてそうそういないし、少し息苦しいのだろう。仕方ないと傍まで静かに歩み寄り、ネクタイに伸ばしている彼の手の合間を縫ってネクタイに触れる。
時折触れる彼の手に「はいはい今外しますから」と声を零しつつシュルルルと難なくネクタイを取り、首元最上段まで閉めているシャツのボタンを3つほど外してあげた。と、不意に首元にもう一つ掛かっているものが目に入って思わず笑ってしまった。


「社員証ぶら下げたまま帰って来たんですか」


お疲れ様過ぎですよ、と笑いながらその社員証もそっと外してあげる。顔と名前付きの社員証。写真の独歩さんもやっぱり少し顔色が悪い。昔から変わってないのかな?そういえば独歩さんと初めて会った時もこの社員証ぶら下げてたっけなぁなんて思いつつベッドサイドの小さな棚の上に赤いストラップ付きの社員証を置いた。


「…ません……わ…け…せん…」


微かに聞こえた独歩さんの声に彼を見る。寝ている。が、口が何やらもごもごと動いている。思わず動きを止め、耳をすませば誰に謝っているのか「すみません、申し訳ございません」とひたすら繰り返しているようだった。仕事柄、彼の口癖になってしまっていることは知っていたがまさか夢の中でも謝っているとは。寝ているというのに顔を顰めて必死に謝罪を繰り返す独歩さんの姿にこちらまで苦しくなりそうだ。気付けばそっとその閉じたままの瞼の上に自分の傷跡が残る左手を置いていた。


「もう、謝らなくても良いんですよ。いつもお疲れ様です独歩さん。ゆっくり休んでください」


静かに、囁くように呟く。すると聞こえていたのかスウっと彼の体から力が抜けていくのをその瞼の上に添えた手から感じた。そっと手を離し、無意識にその綺麗な紅い髪に触れ軽く撫でる。柔らかい毛先が気持ちいい。微かに独歩さんの表情が和らいだ気がしてふと一二三さんの「あり?コウスケー?」という声が聞こえてハッとする。年上の人に対してするようなことじゃないと思って慌てて手を離した。なんでこんな事をしたのか分からない。本当無意識の内のことだったから許してほしい。ってか本人は寝てるし分からないか。と切り替えてそっと独歩さんの部屋を後にした。





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -