「ありがとうね、コウスケちゃん。お陰で助かったわぁ」

「良いって良いってこれくらい。ちょうど近くに居ただけだし」


時折手伝いに尋ねるお総菜屋さんの奥さんが柔らかい笑顔で「いつもの」とビニール袋に入ったお惣菜の詰め合わせを渡してくれる。この店を手伝うきっかけは些細なことだった。元気な老夫婦が経営する店だったが旦那さんが体を壊し入院。丁度仕入れた野菜などを裏手から店に運びこもうとしていた奥さんを見かけて大変そうだったので手伝ったのが始まり。そこからちょくちょく大変な時は連絡をもらう事になっていたのだ。
アルバイト、って程の事もしていないし事実契約して手伝っているわけじゃないからと金銭のやり取りを断っていたのだがせめてお礼にとお店のお惣菜(余モノ)を分けてもらう事になっていった。お金も大事だが実際、生きていく上で大変助かっている。
素直に「ありがとう」とその報酬を受け取りいつもの奥さんと分かれる。ずっしりと重いそのビニール袋の中を覗き込みながら歩き出す。食べ物を貰えるのはとても嬉しいのだが、いつも一人で食べきれる量ではないので、このままの足取りで流れるように向かう場所がある。


「(あ、居た居た)」


総菜屋さんからそう離れていない静かな住宅街の中にぽっかりと現れる1つの公園。日はすっかり傾き、近所の子供たちも家に帰ったのだろう静かな公園の遊具の上でぐったりと伸びている1つの大きな影を見つけて思わず口が緩む。
公園の入り口の低いバーを乗り越えて、ガサガサと手に持ったビニール袋を漁る。遊具の上にすんなり上ると静かにその場にしゃがみこんでそのぐったりと伸びきっている大きな存在の前にお惣菜の詰まったパックを蓋を開けてそっと置く。その蓋の上に割り箸を置いてジーっと観察する事数秒。


「はッ?!!飯ッ?!!飯の匂い…!!!」


ガバリと顔を上げたその大きな影は未だ温かさが残った総菜の匂いに意識を取り戻す。ジャラリと彼の左耳のアクセサリーが音を立てる。無造作な深い蒼色の髪の隙間から覗く目が目の前に置かれたお惣菜からゆっくりとこちらを見上げる。


「まぁた素寒貧かよ、帝統」


パチパチ何度か瞬きする紅い瞳がニコリと笑った俺の顔を見た途端、徐々に真ん丸になってふにゃりとその綺麗な顔が少し歪む。


「コウスケ〜〜!!!」

「ホント懲りないよなぁ、お前」

「天使!女神!神様!仏様!」

「はいはい。そういうの良いから」


ヒラヒラと手を振ってさっさと食べなさいと急かす。すると彼は伸びていた体を素早く起こし、胡坐をかくよう座りなおすと「いっただきまーす!!」と手を合わせて先ほど手に入れた総菜にがっつき始める。
総菜屋で手伝う事になって数回。毎回報酬に貰う総菜の量に悩んでいた矢先に出会ったのがこの男、"有栖川帝統"だ。あの日も今日みたいにこの公園でぐったり伸びていて最初は生きているのか分からないぐらい動かなかったし関わらない方が…とも思ったのだが、つい好奇心が勝ってしまい近づいたのが運の尽き。近づいた途端、ガバリと起き上がったコイツが俺の腕を掴んで「飯…!!」と叫んだあの顔は忘れられない。最初なんだコイツと恐怖しか湧かなかったが、ちょうどいいタイミングで彼の腹が鳴ったので嗚呼…お腹が空いているんだと理解出来た。
「美味ぇ!!美味ぇ!!」と掻き込むようにパックの総菜を頬張る帝統に思わず顔が緩む。彼の生活を聞いた時は驚いたものだが、どうにもこうにも強運の持ち主らしい。今の今まで生き長らえている。しかもあの乱数さん率いるFling Posseのメンバーなのだから尚驚いたのを思い出す。


「程々にしとかないと、いつかホントに命とられっぞ?」

「分かってねぇなぁ!コウスケ!命賭けてっから楽しいんじゃねえか!」

「その強気がどこから来るのか知りたいもんだ」


はァ…と息を吐く。口の端に総菜のカスを付けながら無邪気に笑う帝統を見ていると、世の中の悩みなんてちっぽけに思えてくるから不思議なものだ。彼が命まで賭けるようになった経緯も知らないし、そのスリルを味わいたいとは思わないけれど、その生き方はどこか羨ましく思える。


「お前ぐらい、度胸がありゃあ俺も楽に生きられるかもなぁ」

「度胸だけじゃダメだ!覚悟もねぇとな!」

「…そっか」


もぐもぐと口を動かしながら諭すように言う帝統にまた力が抜ける。世の中には汗水流して働いてる人たちも居ると言うのに、彼は汗水流して賭け事に命を賭けている。いつかパンツ一丁で公園に倒れている時は本気で彼は終わったと思っていたのに、いざ近づいてみれば彼は困った顔をしながらも次は負けねえとか常に前を向いていた。周りからは呆れられている彼だが…正直言うと自分もその呆れている人たちの1人なのだが、どうしても放って置けなくて。ほぼ同い年なのに、こんなにもしっかりとしている彼を見ていると自分が本当にちっぽけに見えてくる。
彼ほどの度胸が、勇気が、覚悟があればありのままの自分で生きていられたのだろうか。いや、無理だろう。彼と自分とでは違い過ぎる。見習いたい部分もあるが、見習えない部分もあるし…似ている部分もあるば、似ていない部分もあるし…と、それ以上考えるのをやめる。
もぐもぐと総菜を食べる帝統に、保護者になった気分だなと頭の片隅で思いながらもう一度微笑みかけつつ小さく鼻から吐息する。夕闇に染まり始めている空を眼鏡越しにぼんやりと眺めた。





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