どうしてこうなった。というのは最早愚問だろう。テーブル席の相向かいの席に座り、目の前に置かれたパフェを嬉しそうな満面の笑みを浮かべて頬張る彼―…"飴村 乱数"を見つめるこの状況。実は初めてじゃない。


「で?何か御用ですか?乱数さん」

「んもー!相変わらず釣れないなぁ〜コウスケは!」


パクリ。とパフェをまた一口頬張る彼。傍から見れば小学生と一緒に平日の昼間から喫茶店で学校さぼってる大学生(もしくは高校生)と思われてるんじゃなかろうか。パフェとメロンソーダを運んできた店員も少し不思議そうな視線を向けていたが、流石に客として来店してる自分たちに事情を聞く勇気はなかったらしい。
少し不機嫌そうに表情を歪めた乱数さんだがそれもどこか可愛げがあって、明らかに本気で怒ってはいない。こういう可愛さに大人のお姉さんたちはやられるのか。とか察してしまうほどに彼は魅力的だ。それは素直に認める。幼い容姿なのに自分よりもお兄さんという事実に毎回脳がパニックを起こしそうになる。


「まーまー、折角久し振りに会えたんだし、ちょっとはお話ししようよ〜」

「乱数さんに話すようなことなんて俺にはないですよ」

「だーかーらー、敬語はやめてってばー!すっごい距離が遠く感じる〜」


僕とコウスケの仲じゃない?と弧を描く唇。本当に話す必要なんて何もない筈なのに。第一に彼と関わったのは彼が先生と鉢合わせた時、丁度先生の傍に自分が居合わせただけだ。それだけなのだ。なのに目を付けられて、可愛いだのカッコいいだの友達になってよだの色々と言い寄ってきて…。
生憎、貴方たちのバトルに巻き込まれるのは御免だし、先生の情報も持ってないし持っていても決して喋らない。そう、宣言をしたこともある。それでも彼は純粋に自分と関わりを持ちたいとかなんとか…ズルズルこんな感じになるまで引き摺って今に至る訳だが。
はあ、と本日何度目かのため息を吐きながら自分の元にも運ばれてきたカフェオレとチーズケーキに手を付ける。目の前に居る相手はパフェを頬張っているのに、相向かいに座っている自分が何も頼まないのはお店的にもあまり良くは思われないだろうと軽めのモノを注文した。毎回彼と会うとこんな感じだ。お互い好きなものを軽く食べながら話す。他愛もない質問と返答を繰り返しながら。


「大丈夫?元気?最近ちゃんと食べてる?」

「…?まぁ…見ての通りですが」

「コウスケって元々痩せてるんだから、ちゃ〜んと食べなきゃメッ!だよ〜」

「ご心配どうも」


敬語を指摘されたがどうにも年上だと言う事を忘れない為にもこれだけは外せない。そのまま会話を続ければ、諦めたのかそれ以上彼が突っ込んでくることはなかった。ふふんと楽しそうに、嬉しそうに自分の顔を見つめながら笑う乱数に思わずキョトンとしてしまう。唐突に織り込まれるよく分からない極普通の質問に頬張ったチーズケーキが口の中で溶けていく。あ、美味しい。


「相変わらずあちこち練り歩いてるの?」

「あー…まぁ、はい」

「結構大変じゃない?疲れない?」

「正直疲れますけど…こっちにも事情がありますから」


質問を投げかけながらも向かい席の彼のスプーンは止まらない。ふーんそうなんだーと聞いているのか聞いていないのか興味のなさそうに返ってくる返事の真意が見えない。


「コウスケってモテるから大変でしょー?あちこち練り歩いてたらさ〜、さっきみたいに逆ナンとか〜スカウトとか!」

「いえいえ。そんなに声かけられませんから」


俺を何だと思ってるんだ。今日は偶々酔った女性たちの眼に止まってしまっただけで、日頃からそんな声を掛けられることなんて……どうしてもこういう私生活を送っている分、夜は色々な輩に声を掛けられる…というより標的にされたり突然酔っ払いに喧嘩吹っかけられたりとかは多い。だが、乱数さんが言うようなナンパやスカウトなんてものははほとんどない。
「嘘だ〜」とか色々からかってくる乱数さんだが、事実は事実だ。こんな一般人。見つける方が特殊というか…何にせよ目立つのは困る。もしスカウトなんてされたら速攻で逃げるだろうし、何の勧誘にも乗らないし…。


「みんな見る目ないな〜。こんなカッコ可愛いのに〜」

「褒めても何も出ませんよ」


可愛いと言われるとなんだかとっても複雑だ。上手く"本当の自分"を隠しきれてないのではないかと不安になる。いや…正直、乱数さんは自分の正体に気づいているのかもしれないと時折思う。お姉さんたちとの接点が多いせいか何なのか、彼には毎回女性として見られている気がして調子が狂う。ポロリと本音が出そうになるのをグッと堪えてカフェオレを一口流し込んだ。


「…そもそもどうして乱数さんは俺と話したがるんです?」

「んー?どうしてって?」

「俺なんて乱数さんと違って普通に一般人(モブ)だし、他のチームと関わりはあれど情報も無ければマイクを扱う力もない。謂わば別次元にいる乱数さんと俺は話せる相手じゃないなぁって」


チーズケーキを頬張る手を止め、そっと目を伏せながら問う。彼が率いるシブヤ・ディビジョンの"Fling Posse"と敵対するチームの人たちとも関わりがあるにしても、これといって深い関係でもなければ情報を共有するような仲じゃない。普通の知人・友人のような関係だ。それも色々関わりがあっての上で築かれた関係だ。それに対し乱数さんとは本当にあの日偶然出会っただけだったのだ。出会って、視線が合って、乱数さんは急に距離を詰めてきたのだ。
ヒプノシスマイクを扱えるような人がどうしてこんな奴を気にかけるのか理解できなかった。いや、理解できていたのかもしれない。俺の正体も、過去も今置かれている状況もすべて飴村乱数という人物が理解していたのなら。気にかけない訳がない。


「えー、それじゃぁコウスケは僕は立場とか考えないと友達作っちゃ駄目なの?」

「そういう…訳じゃないっスけど…」

「僕、神様じゃないしー。友達ぐらい選ばせてよー」


あくまでも友達になりたいからだよ、と暗示をかけるように彼は笑う。こちらの情報を握ってるにせよ、その話を切り出してこないと言う事は何かを察しているのかこちらを試しているのか…真意は見えてこないがこちらから無理に切り出すことも無い。もし、そういう事態になったら考えよう。なんて、楽観的すぎるだろうか。


「あ〜ぁ、いっそ渋谷に棲んじゃえばいいのに」

「え、」


徐に彼の口から飛び出た言葉に思わずカフェオレを飲もうとしていた手を止めた。ボソリと呟いた自身の提案に「そうだよ!」と何かを閃いたかのように乱数さんは目をキラキラさせている。


「んで、コウスケは僕の専属モデルになってもらうの!」

「…は?」

「コウスケってスタイル良いし、顔も良いからきっといいモデルになるよ〜!僕のデザインしたファッションも似合うだろうし、体格的にも女性物と男性物…どっちもイケると思うんだよね〜!」


そういえば彼の職業はファッションデザイナーだったか。しかもかなり売れっ子の。成人男子と言う事を忘れそうになる愛らしい容姿に加え、滅茶苦茶人気のデザイナー。そしてヒプノシスマイクの使い手…本当、いろんな顔があり過ぎて脳の処理が追い付かない存在だ。


「御冗談を」

「冗談じゃないよ〜!僕、本気だし!」


世間的にこんなお誘いは滅多にないし、光栄なことなのだろう。今後の生活も困らないし、彼と共に仕事出来るなんてとても素敵な事だろう。今までよりも遥かに楽に生きられるだろう。でもその提案は俺には決して飲めない。飲んではいけない誘いだ。飴村乱数の手中に知らない間に埋もれそうになるのを必死に踏みとどまる。「ね!良いでしょ!」と相変わらず目を輝かせながら身を乗り出す勢いで肯定の返事を待つ乱数さん。さて、どう切り抜けるか。

と、パフェを頬張った乱数さんのスマホに着信が入った。ちょっとごめんねーとか言いながら通話ボタンを押す彼を横目にまたチーズケーキを頬張る。スッと席を立った乱数さんの表情が微かに曇ったのが見えた。


「それ、今じゃなきゃダメ?」


先ほどまでの声色よりも少しだけ低い声色だった。彼の本性を垣間見てしまった気がしてマジマジと彼を見ることが出来ない。小声で何やら会話を交わしたようだがそう時間をかけずに彼はテーブルに戻ってくる。


「ゴメン。僕、用事できちゃった〜」


パクリ。とパフェの最後の一口を頬張ってニコリと笑う。行きたくないけど行かなくちゃ、とかグチグチ呟きながら身形を整える。態度的に好意を寄せるお姉さんからの連絡ではなさそうだ。そうですかとあたりさわり無い返事を返し、静かに彼の動きを目で追う。悪気があるような無いような声色で謝りながらスッとお会計の紙を奪い取って歩き出した。あ、と声を零す間もなく乱数さんはくるりとこちらを振り返ってヒラヒラと手を振る。


「また一緒にご飯食べよ!ねっ!」

「…は、はい」


助かった気持ち半分、複雑な気持ち半分。今日のお会計は僕ね、なんて言われてしまえば今度の食事を断れない訳がない。ズルい。ズルい人だ。カランカランと喫茶店の出入り口のチャリティベルが鳴って乱数さんが町へ飛び出していく。
嵐のように過ぎた一瞬の内に向かいの席が空になって静かになる。ふうと息をついて少し冷めたカフェオレに口をつけて残り僅かになったチーズケーキにフォークを突き刺す。そういえばあの日以来、こんな風に人目を気にせずお店でスイーツを食べられるのは乱数さんとだけだなぁと思った。正直甘いものとか好きなのに男一人でこういう喫茶店に入ってのんびり食べることはあまりない。
いつもコンビニスイーツを適当に食べるか、スタバとかマックでちょっとついでに食べるぐらいだ。そもそも店で食事する事がここ最近なかったかなぁなんて。

きっとあんな事が無くて、極普通の生活を送ることが出来たならば。大好きな女友達とお洒落して、食事して、どっかで馬鹿みたいに騒いで遊んで……そこまで想像して辞める。所詮ないもの強請りだ。今の自分には出来ないことを望んで何になる。それよりも大事なことが残っているだろう、と自分自身に問いかける。これ以上此処に居たら動けなくなりそうで、最後のチーズケーキを一口頬張って鼻から息を吐く。カフェオレを飲み干し、休憩する暇もなくそのまま店を出た。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -