ッ!!!!独歩さん!!!!


悲鳴に近い声だった。私の目の前で倒れた彼から流れ出るそれに慌てて蓋をしようと手を伸ばす。周りに居た皆も一瞬の音とその数秒の出来事に目を見開き、動きを止めていた。抑えたシャツからジワリと広がるそれに手が震える。いやだ。いやだ。いやだ。なんで、また、こんな。


「テメエ…!!!!!」


左馬刻さんが吠える。マイクを通して放たれたその怒りは周りに居た男たちを一瞬にして戦闘不能にした。一発目で私を仕留め損なった事と左馬刻さんの攻撃の威力に焦ったのか玖藕女 麗久(くぐめ うらく)は数発こちらに向かって急いで仕留めようと撃ったようだった。が、それもどれも酷く的外れで最終的には左馬刻さんの攻撃に当てられ、衝撃を受けふら付いた彼女の手から銃が零れ落ちた。
左馬刻さん、銃兎さん、毒島さんの動きが表情が目に見えて変わったのが分かるほどに、一瞬にして全ての空気が変わった。銃器をこんなところで取り出してくるなんて思いもしなかったのだろう。否、この女は以前から銃器を持っていた。私から大事なものをそれで奪ったというのに、どうしてそんな大事なことを忘れていたのだろう。どうして彼女をマークしていなかったのだろう。


「独歩くん!!」

「独歩!!!」


近くにいた先生と一二三さんがいち早く駆け寄ってくる。脇腹付近から滲むそれを止めなきゃいけないのに、手が、震えて…。それを悟ったのか、一二三さんが私の横からそっと手を伸ばして「代わるよ」と優しく声をかけてきたので素直に譲った。きっと、一二三さんの方がしっかり止血できる。そう、冷静に頭が理解できていた。


「独歩くん、しっかり」

「う…」

「意識はありますね。今止血しますから」

「独歩くん!」

「う…うう…コウスケ、は?」

「君のお陰で無事だよ。だから安心して、喋らないで」


赤く染まった掌が乾いていくのが分かる。先生と一二三さんに囲まれながら自身の事よりも私のことを心配する彼の声。痛いはずなのに、辛い筈はずのに、平気なわけないのに、微かに「良かった」と空気を含んだ声が聞こえて目の前が暗くなっていく。ふらつく足。地面に両足がついている感覚が、ない。


「よくも…」


呟くように吐き捨てる。左馬刻さんの攻撃に当てられても尚意識を保っている玖藕女を視界に収めた。頭を押さえながら着いた片膝を持ち上げているのが見える。恐らくヒプノシスマイクの攻撃の威力を下げるキャンセラーモドキを持っているか何かだろうが、そんなのどうでもいい。沸々と腹の底から沸き起こるそれにもう、抑えがきかない。


「御厨くん…?」


後方で先生の声がした気がした。でも、意識が完全にそちらに向くことはない。もう、私の意識の中にあるものは、玖藕女麗久という女、ただ一人。


よくも…やったな…!!!!!


自分でも驚くほど低く、沸々と沸き起こる感情を言葉にしようとして喉の奥から絞り出した声だった。ポタリ、ポタリと足元の地面に紅い斑点が落ちる。上手く、息ができているかわからない。それでも、それでも、何かの枷が外れてしまったかのように私は、止まらない。


傷ついた独歩の止血を終えると同時に飛び込んできたその光景に神宮寺寂雷は思わず目を丸くした。コポコポと音を立て彼女の影から湧き上がり始めているそれは、紛れもないヒプノシススピーカー。しかし彼女の手にヒプノシスマイクは握られていない。彼女のマイクは少し離れている所で床に転がったまま何の反応も示さない。なのに、それは具現化しようと彼女の周りに浮かび上がっていく。ポタポタと彼女の鼻から紅い雫が伝いコンクリートの地面に斑点を作る。ピリピリと空気が震える。異様な空気に周りの者たちも気づいたらしく、動きを止めている。これは、明らかに異常な現象だ。


「いけない!!!」


思わず大声を上げた。しかしその声も届かないのか、ただ一点に憎悪を向けたまま肩を上下させている彼女の周りに湧くスピーカーたちが展開を始めていく。マイクも無しにこんなことはあり得ない筈だが、今はどうでもいい。問題はその後どうなってしまうか、だ。ただでさえ疲労困憊状態に加え、とうに限界を超えている彼女の体にどれだけの負荷がかかっているかまるで分からない。

頭を抑えながら立ち上がった玖藕女も視線の先で巻き起こっているその光景に驚き、足元に落ちていた拳銃を慌てて拾い上げ彼女に向けて銃に残っていた数発を発砲した。しかしすべて地面から湧いて出てくるスピーカーたちに飲み込まれ、彼女自身に届くことはなかった。引き金が軽くなり、弾がなくなったことを理解すると同時に玖藕女は今まで見たことないぐらいに怯えきった表情を浮かべていた。
その恐怖に染まった玖藕女の表情を睨み上げながら、XXXは表情一つ変えることなくゆっくりと口を開く。また、ポタリポタリと紅い液体がその負荷を物語るように量を増して落ちていく。マイクを握るようにギュッとその拳を力強く握りしめたまま彼女が大きく息を吸った。

その場に居た誰もが『今すぐに止めなければ』そう直感した。

気づけば体が動いていた。あちこちから伸ばされる手。彼女が言葉を発する態勢になっているのを視界に収めながら彼女を止めようと伸びた手が触れるか、触れないかのところ。

プツン。

糸が切れたかのように彼女の周りにドロドロと湧いていたスピーカーたちが一瞬にして消え去り、自分たちのスピーカーも同じようにして消えた。微かに聞こえるキイイインというような音が影響しているのか、敵味方関係なくすべてのヒプノシスマイクがその場で停止したようだった。


双方動くな!!


高らかに空間に響く凛とした聞き覚えのある声に、その場の誰もが一斉に振り返る。そしてその言葉と共にガクリと膝から崩れるXXXの体。ドサリと鈍い音を立てながらそのまま地面に倒れて動かなくなった。





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