※左馬刻視点




俺がアイツに出会ったのは、TDDが解散してから間もなくの事だった。

久々に仕事が早く終わったから街に飯を喰いに行ったんだ。店に着くなり明らか学生っぽいガキと大人の男数人が通りで怒声やら罵声上げながら喧嘩しててよ。くだらねぇとか思いながら横目で見てたら、ガキが男の1人をぶん殴ったんだ。相手は違法だか合法だか知らねえが全員ヒプノシスマイク構えてたってのに。このご時世に何の躊躇もなくヒプノシスマイク持ってるヤツに拳振るうヤツなんて久々に見て、思わず足が止まっちまった。
1人が地面に伸びて、更にガキに突っかかっていこうとしていく男たちに対して徐に俺が近づいて「おい」と声をかけてやる。途端にだらしねぇ男たちは俺の顔を見るなり「ひっ」と声を上げて顔色を変えると伸びてる仲間を引き摺って慌てて逃げていきやがった。本当だらしねぇ。


「あざっス!!」


ケッと吹かしていた煙草を吐き捨て足で火を消しながら、そそくさと逃げていった男共の背中を見送っていれば不意に飛んできた爽やかな声。忘れもしねえ。それがアイツと俺のファーストコンタクトってヤツだった。

どうして喧嘩になったのか事情を聞いてやれば、あの男共が店内で騒ぎ出し他の客にも変に絡み始めたので店側も迷惑だと注意したら表へ出ろ騒ぎになり、それを見ていたコイツが仲裁に入ろうとした結果―…って訳らしい。どこぞのお人よしだコイツ。っていうのが第一印象だった。
喧嘩は強い方なんですけど…とかなんとかベラベラと喋りながら、さっきの喧嘩のダメージなのか少しばかり鼻血を垂らしているコイツは、どうやらこのディビジョンのモンじゃないらしく俺の事は知らなかったようだ。
話し方と良い、さっきの気持ちの良いぐらい入ったストレート(拳)が気に入ってそのままその男共が騒いでいたっていう店で飯を奢ってやった。店主が入ってきた俺を見て慌てて頭を下げたのを見て、ようやく俺に「アンタ…ナニモンなんスか?」って聞いてきたから素直にヤクザって答えてやったら言葉失ってた。あの時のアイツの顔はマジで笑えたわ。

それから色んな話を聞いた。

戦争孤児であること。中王区の研究施設で働いている姉が居ること。普段は中王区の近くに住んでいて、偶々バイトでハマに来ていたということ。ヒプノシスマイクに耐性があるらしく、一般人のラップぐらいなら少しの間なら耐えれること。考えるより手が出ること。困ってる人見ると放って置けねぇ…とか。どうでもいい話も沢山した。
話しやすかった、っていうのもあるかもしれねぇ。TDD解散して間もなく。独りになった途端道端に現れた犬っころみたいに楽しそうに色々聞いてきたり突っ込んだりしてきたりするコイツが、紛れもない。本当の "御厨 コウスケ" だったんだ。

それから何度もバイト帰りだか学校終わりだか分かんねえけど、お互い時間が合えば会う時間が増えた。とは言っても冗談交じりにアイツが姉貴が最近仕事で帰ってこれないんで飯奢って下さいよ〜とか集りに来てたのも含めだが。これと言ってアイツは俺の仕事に首を突っ込んでは来なかったし、俺もアイツの中に深く踏み入らないようにしていた。お互い、越えてはいけない一線を分かっていた。だからこそ頻繁に会えていたんだろうと今になって思う。あの日、までは。


突然、コウスケの姿を見なくなった。


ふざけ半分で交換したお互いの連絡先にも何一つ無かったし、組の集まりが終わったついでにアイツのバイト先の近くをフラフラしてみたり飯屋も何軒が回ったこともあったが、皆「そういえば見てねぇな…」で詳しいことは知らないようだった。別に、俺だってどうでも良かった。ただ、あまりにも急に居なくなったもんだから…だからよ。


「左馬刻さん!飯行きましょ!飯!!」


そんな声も忘れかけてたその時、事務所のデスクに足を投げ出していればいつも身辺に居てくれている組の一人が控えめに口を開いた。どうやら俺が気にかけていたのがバレていたらしい。偶然にもアイツのダチに会うことが出来て、アイツの事を話に出してみると「そういえば…」と話してくれたそうだ。

中王区で働いている姉がずっと帰ってこない。連絡を取っても「大丈夫」の一点張り。幾ら仕事が忙しくても必ず帰ってきていた姉がずっと、ずっと帰ってこないのだ。と言っていたらしい。

嫌な予感がした。ふう、と紫煙を吐きながら遠くを見つめる。アイツの事だ。すぐに行動に移すに決まってる。その話の後、彼の姿を見なくなったとアイツのダチは話していたらしい。「変な気を使わせて悪いな」と報告してくれた組のヤツに声をかけてその場はそれで終わらせた。


―――…


組の連中を巻き込む訳にも行かず、深夜にたった独り密かに足を進めた先。バカでかくて汚ねぇ壁。こんなに離れているのに見えるその大きな象徴に反吐が出そうだ。どうしてこんなトコまで来てんだ俺は。此処に来たって何も出来やしねえ。きっとアイツも門前払いを喰らった筈だ。此処まで来たが、門前払いを喰らった挙句に中央区の連中に目を付けられそうになったから、どっかでケロッとした顔して隠れて生きてるだろう。そんなの、馬鹿でも少し考えれば分かる話だ。俺は馬鹿以下か。
ポツリ、ポツリと雨が降り出して来た。誰に吐くでもなく、独りで勝手に納得して深夜の静けさに包まれたその場所を去ろうと動き出そうとした―――、その時だった。


ドオオオン!!!!


盛大な爆発音。一瞬だけ辺りが明るくなる。壁の向こう側で煙が上がっている。思わず足を止め咥えていた煙草がアスファルトに零れ落ちる。近くに居た住民も音に驚き家の窓から外の様子を覗いていたり、野次馬も集まり始めていた。野次馬に紛れるようにして、慌てて壁の近くまで駆け寄って様子を伺うが、サイレンの音やら色んな音が微かに漏れてくるぐらいで中の様子は伺えない。
あれよあれよという間に中王区の連中が出てきて「散れ!!」だの「詳しいことは後程報告する」だの雨音に負けないぐらいの声を上げながら野次馬たちを追い払い始める。クソ、と内心焦っている自分にまさかという予感が頭を過ぎった―…刹那、ふと視界の隅で壁の影から何かが通りに飛び出して来たのが見えた気がして視線を移す。
パシャパシャと微かな音を立てて小さな影はフラフラしながら通りの影にある一本の細道に消えていった。それがどうも気になって、中王区の横暴に声を荒げ始める野次馬や、雨も降ってきたしとそそくさ撤退を始める野次馬の一部たちを掻き分けてそちらに足を進める。

通りの街頭の光が微かに差し込むだけの本当に薄暗い路地の先で、移動しているのか小さく声が聞こえた。か細く泣いているようなその声に誘われるように足を進めれば微かに鮮血が点々と筋を作っていた。怪我を、している。泣き声が移動するのをやめ、パシャリと水の音が響く。一気に距離を詰めようと駆けよればそこに居たのは、


「っ!!!!!」


薄汚れた白衣を頭まで被ったガキがこちらを酷く怯えた表情で見上げていた。水たまりになって冷たくなっているアスファルトにヘタリ込んだままこちらを見たそのガキは、ずっと手に持っていたのか大きなガラスの破片の切っ先をこっちに向けてきた。


「…コウスケ、か?」


ガラスの破片を向けられた瞬間に見えた白衣と長い前髪の影から覗く綺麗な翡翠の瞳に思わずその名前を呼んでいた。呼んでからそんな訳ない。と思った。だって明らかに目の前に居るガキは"女"だったのだから。
しかし名前を呼んだ瞬間、ガキの表情が緩んだ。え、と小さな声が聞こえた気がした。相変わらず血の滲んだ手で握るガラスの破片はこちらに向けたままだが、直感した。コイツは、コウスケの唯一の家族である "姉" なのだ、と。


「…あの、子を、知ってる、の…?」

「嗚呼。ちょっとばかし付き合いがあってな」


酷く震えた声だった。距離を保ったままその場にしゃがみこんで視線を合わせて口調も少し落ち着かせる。深く被っていたフードを外し、顔が見えるようにしてやればソイツはゆっくりとガラスの破片を下ろした。カランとアスファルトに破片が落ち、血の滲んだ掌が雨に晒され微かに赤く濁った水が広がった。


「コウスケの姉貴だな?」


静かに問いかければ、少し放心状態のソイツは微かに頷いた。よくよくソイツの姿を見て見れば、白衣の下の服は酷く汚れてボロボロで、片足は靴も履いていない。左手の甲にはガラスの破片が刺さっていて見るだけでも痛々しい姿をしていた。雨も止みそうにないし、中王区の連中もまだ近くに居るだろう。急いでここを離れなければ。


「あー…その、なんだ。何があったかは聞かねぇ…安心しな」


フッと柄になく笑ってやれば、瞬間、ソイツはプツリと糸が切れたように意識を失ってその場に倒れ込んだ。パシャンと軽い音を響かせながら水たまりが跳ねる。投げ出された四肢は細く、顔も少しやつれているように見える。このまま放って置く訳にも行かず、そっと抱きかかえてやれば案の定すげえ軽かった。いや、マジでビビるぐらい軽かったんだ。
ぐったりとしたままかろうじて息をしているのを確認し、徐々に奪われていく腕の中の体温を感じながらポケットにしまっていたスマホを取り出す。そういえば解散して以来連絡してなかったなとか思いながらアドレス帳の一つをタップする。呼び出し音が鳴り始め、ソイツを抱きかかえながら裏路地を通ってその場を離れた。



* * * *



「―…んで、ソイツをシンジュクまで運んで先生の病院にぶち込んで俺は帰った」


吐いた紫煙が消えていくのを眺めながら過去の話を締めくくる。詳しい事を言えばキリが無いが、大体の事は話せただろう。デスクの向こうで椅子に腰かけた銃兎と理鶯が静かに息を吐いた。


「中王区でそんな大規模な爆発事故なんてあったか?」

「残念なことに、大きく報道はされなかったな。連中に報道も圧かけられてたんだろ」


ふむ、と銃兎が眼鏡のブリッジを押し上げながら首を傾げる。何十年も前の話なら分からないが比較的近年に起きている筈なのにそんな報道はほぼ無かった。事故なのか事件なのか真相が分からないせよ新聞の一面にでもなりそうなものだがそれは無かった。紙面に載っていたとしても些細な記事欄に数行で終わっていただろうし、ニュースでも原稿一枚にも満たない内容でサラリと報道されただけだろう。あれだけ、酷い、事件でありながら。


「む、それからコウスケやコウスケの姉はどうなったのだ?」


やっぱり中王区絡みかよとかなんとかブツブツ言いながら、はーっと頭を抱え始める銃兎の横で表情一つ変えずに聞いていた理鶯が徐に問いかける。嗚呼、そうだこの姉弟の話の結末はまだ先だったか。


「…先生の病院にぶち込んだソイツが俺の目の前に現れたと思ったら……いつの間にかコウスケになってやがった」


あの日の衝撃は忘れない。鈍器で頭を殴られたみてぇだった。寂雷先生になら任せられるとあの夜、連絡を取って落ち着くまで病院に匿ってもらった筈だったっつうのに、何日か経ったその日に病院抜け出して銃兎の警察署に乗り込んだ挙句、俺の事務所に来た時にはもう―…


「…ん?それはどういう…」

「銃兎が初対面でぶちぎれながら俺のトコに連れてきたソイツは、コウスケじゃねぇっつってんだよ」

「いや、意味が分から…」


銃兎や理鶯が混乱するのも無理はない。あの夜に見た少女はそこには居なかった。俺の目の前に現れたソイツは、白衣の下に隠れていた長い黒髪をバッサリと肩上まで切っていて、変な伊達眼鏡を掛けて、男っぽい服装に身を包んで「お久しぶりです、左馬刻さん」なんてあの顔で笑いやがるもんだから。その顔が酷く弟(アイツ)に似ていたもんだから。


「お前らが今の今までコウスケと呼んでたアイツは、コウスケの姉―…XXXだ」


今度はこちらが「はー…」と吐息する番だった。あの日現れた彼女の姿に何の冗談だと思った。声色も見事に変わっていて、現に目の前に居る2人は今の今まで男だと思って接していたぐらいだ。冗談にしちゃぁ笑えねえほど、出来過ぎていた。嗚呼、勿論冗談じゃなかった。過去や自分の事を含め、あの日何があったのか全て話してアイツは自分の意志を真っ直ぐにぶつけてきた。
アイツは本気だった。本気で、コウスケとして生きていた。本来の自分を殺し、自分の弟として生きていた。それを俺と先生はずっと隠して来た。家族にも仲間にも誰にもバレないように、ひたすらに見守っていた。


たった1人の大事な家族を、弟を、中王区に殺され、アイツはいつか復讐してやるんだと言っていた。自分が、弟として生きることで弟は死んでいない事になるとか訳の分かんない事を抜かしながら、ずっと、ずっと、男として生きてきたのだ。男が生きづらいこの狂った世界で。たった独りで。


…嗚呼、そうだよ。ずっと俺はアイツに、あの姉弟に何もしてやれなかったんだよ。





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