※一郎視点




コウスケから突然電話がかかってきた。それも携帯ではなく公衆電話から。アイツの周りで何が起きているのか、想像も出来ない。ただ、危険な香りだけは確かに感じ取れた。だからコウスケの言う通り、二郎と三郎を家に残して俺だけで取りあえず会いに行くことにした。ここで断ったりして会えなかったらもう二度とコウスケとは会えない気がした。
電車を乗り継ぎ、指定された場所にこれと言って何の問題もなく辿り着く。時刻を確認する。少しばかり余裕をもって家を出たのもあって、指定された時間よりも早めに着いた。視界に移り込む何ら変わりない街の様子に、不安な気持ちを募らせている自分だけが取り残されているような不思議な感覚。早く、早く、お前の無事を確認したい。真実を―…。
脳裏に過ぎるのは中王区に追われていたコウスケの姿。明らかに何かある。何か起きている。いつになく少しだけ早い心拍数。変装しているかもしれない、隠れているかもしれない。辺りを見回しながら目的の人物が自分の視界の中に映り込むのを待つ。そんな時だった。

pipipipipipipipi―…

上着のポケットに突っ込んでいたスマホが着信を告げる。もしや、と思い跳ねた心臓を抑え込みながら画面を見て息を吐く。脳裏に過ぎった人物とはまた別の人物からの着信に少しばかり肩を落としながら通話ボタンを押すと「一郎か?」と聞き覚えのある声がスピーカーから流れてきたので「おう」と返事を返せば、ソイツは少し声を抑えながら口を開いた。


「≪この前頼まれてた件だけどよ…お前、なんかヤバいもんに首突っ込んでんじゃねぇだろうな?≫」

「は?」


何言ってんだ?と頭に疑問符を浮かべながら以前電話口のコイツに依頼した内容を思い出す。本来なら決して依頼しない内容だ。ダチの調査なんて。罪悪感に駆られながらも、今回ばかりは手を出してしまった。でなければ何も分からないままだと思えたから。


「≪悪りぃけど今回依頼受けたソイツの情報、かなり少なかった。調べ上げたもんも信憑性もあまりねぇ…。けど俺はこれ以上調べられねぇわ」

「あ?どういうことだよ?」

「≪取りあえず今まで集めた情報はメールで送っとく。一郎もこれ以上踏み入らねぇ方が良い。……ソイツ、危ねぇヤツだぞ≫」

「危ない?」

「≪じゃぁな≫」


ブツリ。と、一方的に切られた通話。相手も相手で偉く焦っていたように感じる。これ以上調べられないとは一体どういうことだろうか。これといって理由を応えても貰えないまま通話が終了した画面を見つめていれば、すぐに先ほどの通話相手から添付ファイル付きのメールが届いた。
即座に本文も何も書かれていないメールを開き、添付ファイルをタップする。少しばかり重さがあるのかワンテンポ遅れて開かれたその添付ファイルの表題にまず動きを止めてしまった。


「え、」


思わず口から零れ出た声。何度も何度もその添付された資料に書かれた文字の羅列を読み返すが何も間違っていない。間違いではない。


―中王区第9番開発・実験施設爆発事故に関しての報告書―


情報屋の腕は確かだ。中王区の資料を掻っ攫って来たのだから。だが、どうしてそんなものを俺に送りつけてきたのか、理解が追い付かない。だって、だって俺が依頼したのは御厨 コウスケがどんな人物か調べて欲しいと、たったそれだけだったのに。どうして中王区が出てくるんだ。コウスケの生い立ちに、どうして中王区が。
報告書の書かれた日付を確認して更に息をのむ。確かにアイツがどんな人生を歩んできたのか分からないぐらいいつもいつもあの笑顔とあの性格で隠れてしまって見えてこなかった。だから、中王区に追われている時何かに巻き込まれたんだろうかとは思った。でもまさかこの報告書が書かれた頃―…1年半ほど前から関わっていただなんて、想像も出来なかった。


〇月〇日 AM02:30頃。

施設に不法侵入者アリ。侵入者は施設内を逃走。実験スペースにて包囲したが、侵入者が違法マイクにより抵抗。違法マイク使用により施設機材にトラブル発生。施設内にて爆発・火災発生。侵入者は混乱に乗じ逃走。犯行動機・目的は不明。

施設防犯カメラ、また声紋・違法マイクデータ照合により侵入者は御厨 コウスケと推定。重要参考人及び容疑者として緊急手配。依然として調査・捜査中。


送り付けられた中王区の事故の概要が書かれた資料だけで全貌は見えた。他にも数枚施設の細かな損傷個所や重軽傷者のリスト、詳細が書かれた資料があったが目を通す気にもなれなかった。それぐらい、衝撃的過ぎた。文字の羅列を読み進めていけばいくほど脳裏で男にしてはいつも愛らしく笑うあのコウスケの顔が霞んでいく。そして何よりも、


「…嘘だろ」


―尚、施設員として勤務していた此度の施設爆発事故にて容疑者の血縁者(姉)である"御厨 XXX"は爆発に巻き込まれ同日死亡を確認。他、多数重軽傷者アリ(別紙資料参照)


アイツの、姉貴がその爆発のあった施設に居た。そして、その姉貴は―…。アイツは、自分の姉貴がその施設で働いていると知っていてこんなことを?いや、そんなまさか。じゃなきゃ、アイツは―…。そこまで考えて止めた。
待て、こんな重大な事件、ニュースになったか?記憶を漁ってもそんな事件の事は一欠けらも思い出せない。もしかしたら小さく取り上げれていたかもしれないが、火事とか事故とか簡単な内容だったかもしれないが。幾ら中王区の中の事とは言え、施設を爆発させた犯人があのデカい壁の外に出た時の事を考えて外の警察やメディアでも大題的に取り上げる筈だ。
…そもそも何の実験・開発の施設だ?中王区は、一体何を―…そんな考えが頭の中をめぐって概要の載った資料とは別の資料を見始める。施設の事についてはあまり載っていないがそれなりに広く、働いていた従業員もそれなりに居たようだ。そして、一つの資料に目を止まった。


―爆発事故重軽傷者状態として侵入者使用の違法マイクの影響か意識が朦朧・もしくは気絶している者。また記憶が曖昧な者も居るとの報告アリ。


違法マイクの影響、記憶が曖昧、意識が朦朧、気絶―…そこから導き出されるのは1つ。ここ最近、巷で噂の違法マイク狩りに遭った違法マイク所持者の症状がまさにそっくりだった。と言う事はコウスケは、違法マイク狩りの犯人。だとすれば先日中王区に追われていた理由がこれで判明した。
でも、どうして今更?1年ほどは見事に身を隠し、中王区から逃れていたはずのアイツがどうして今頃になって中王区に見つかるようなことを態々始めたんだ?そのまま身を隠していれば、こんな大事にはならなかったし俺達だって深入りすることは無かった…。
疑問が更に疑問を生む。事故報告書に書かれた内容に衝撃を受けながらも、拭いきれない違和感に最早気持ち悪ささえ感じるほどだ。今まで接して来たコウスケと、資料の中のコウスケがまるで違う人物のようで…。

ふと、思い出したように時刻を確認する。

指定された時間は過ぎていて、俺は思わず全身の血の気がスーッと引いて行くのを感じた。いつだってコウスケが約束の時間を破ったことなんてない。いつも少し早めに来ていて寧ろ俺が待たせていたぐらいだった。だから、直感した。アイツは、此処には来ない。なら、何故俺を呼び出したのか。それは、別の目的があったから。

自然と駆けだしていた。改札を抜け、ホームを駆ける。丁度良いところで家の方へ向かう電車に飛び乗り焦る気持ちを抑えながら電車に揺られ辿り着く。指定された場所からそう離れていなかった為にすぐに戻ることが出来たが、電車のドアが開くと同時に一気に駅を飛び出し事務所兼自宅に向かって駆けた。


「二郎!三郎!!」


勢いよくドアを開け、2人の無事を確認するために大声で叫ぶ。と、ドタドタと上の階から人の動く気配と何やら言い合っている声が響いてきた。


「兄ちゃんおかえんなさい!」

「一兄!おかえりなさい!!」


いつも通りの2人が階段の上から顔を覗かせ声を揃えて出迎える。ホッと一息つき、靴を脱ごうと腰を下ろしたのもつかの間ドタドタと慌ただしい音を立てながら玄関に姿を現した2人を振り返った途端、不意に視界に飛び込んできたそれに動きが止まる。


「二郎、その、キャップ…」

「ん?なーに兄ちゃん?俺のキャップがどうかした?」

「三郎も、なんでその上着着てんだ…?」

「え?上着ですか…?いつも着てるやつですけど?」


思わず立ち尽くす。2人とも俺の問いかけに対して首を傾げていた。問いかけている俺が可笑しいのか?いや、そんなはずはない。だって、だって、二郎が被っているキャップも三郎の上着も、それは―…


「お前ら、それ、"コウスケに貸した"って言ったよな?なんで持ってんだよ…」


先日中王区に追われていたコウスケを逃がすために二郎はキャップを、三郎は上着を貸して簡易的な変装をさせて逃がしたと2人で得意げに報告してきたはずなのに。それが今、本人たちの手元にあるとするなら答えは必然として導き出されている。だが、問題はコウスケの事を一向に俺に対して一言も言って来ない2人にとても嫌な汗が噴き出してくる。


「…えーっと、兄ちゃん?その…」

「大変言いにくいのですが…」


2人は互いに顔を見合わせてからこちらに視線を戻し、困り顔のまま口籠りながらその後の言葉を紡ぐ。


「「 コウスケって誰(ですか)? 」」


分かっていた。分かっていたんだ。でも聞きたくなかった。あんなに、あんなに慕っていたアイツを。俺以外にあまり懐かないこの2人が、珍しく懐いて慕ったアイツの事を忘れてしまったなんて、信じたくなかった。家族のように食卓を囲んだあの日も、一緒にゲーム大会したあの日も、2人の誕生日には祝いに来てくれたあの日も全部全部なかったことにされて。それすらも覚えてないなんて。あんまりだ。あんまりだ。
一気に力が抜けてしまった。呆然と立ち尽くす俺を心配して2人が何か声を掛けているがうまく耳に入ってこない。忘れている事すら忘れている。アイツの存在だけが、ぽっかりと2人の中から消えている。何も言わずに俺たちの前から消えて、記憶の中からも勝手に消えて…そんなの、そんなの許せるもんか。クソ。

気づけばスマホを取り出して、助けを求める気持ちであの人に電話を掛けていた。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -