※左馬刻 視点


テレビ画面の向こうではどうでもいいニュースが流れ、美味しいスイーツ店だの可愛い雑貨屋だの若者が喜びそうな店の紹介ばかり。本当に欲しい情報は世間一般のニュースでは流れない。誰もが知っている事、そればっかりだ。
誰が真剣に見てるでもない事務所の小さなテレビを横目にぼんやりと下らないと脳裏で吐き捨てていた所だった。テーブルの上に投げ出していたスマホが着信を知らせる。画面に映し出されたその相手に少しだけ顔を顰めながら通話ボタンを押せば、画面に並んだ文字と同じ名を名乗る落ち着いた低音が聞こえてきた。


「おう、先生か?どうした?」

「≪嗚呼。今大丈夫かい?話したいことがあるのだけれど≫」

「……嗚呼、良いぜ」


こんな時間に、そして唐突に先生からかけてくるなんて珍しい。いや、珍しいってもんじゃねえ。ほぼ無い事だ。チームを解散してから顔を合わせることは愚かこうして電話で話すことも劇的に減った。顔を合わせても結局ラップバトルの時ぐれぇだし、私情はほぼ無い。それでもお互いの電話番号を消せないのはどうしてなのか。まぁ、今それはどうでも良いか。


「≪違法マイク狩りの正体…君なら分かってるだろう?≫」


こうしてラップバトルの時期でも無いし、特別先生に世話になるような怪我も病気もしてないのに連絡を取り合う共通点と言えば最終的に行きつくのは"アイツ"のことだ。俺と、先生しか知らないアイツの事。先生と話す話題とすれば今の時点ではその事しかない。


「嗚呼。ったく、嫌ってほどバレバレだぜ」

「≪…先ほど勘解由小路無花果から電話があった。マイク狩りの重要参考人及び、数年前の"あの事件"について知っている人物として御厨くんを追っているようだ」

「…そうか」


遂に中王区も動き出したってことか。ニュースでは騒がれていないところを見ると秘密裏に中王区が動いているとみて間違いない。世間一般に公表しない辺り、あの事件が絡んでいるから公に出来ない可能性もある。ったく、アイツの思い通りじゃねえか…。ふうと煙草を一つ吹かし、目を細める。


「≪先日、シンジュクディビジョンで御厨くんが帳兄弟に襲われた≫」

「何?」


唐突に先生が鋭く切り口を変えてきたものだから、思わず驚いて動きを止めてしまう。帳兄弟といえばあのサディスト共じゃねぇか。だが、どうしてあの兄弟が手を出して来た?アイツと関わる理由も違法マイク狩りにも関連はない筈だ。況してや、あの兄弟"が"アイツを襲っていたとなれば…何か目的があるということだろうか。
そんな考えを脳裏に過ぎらせながら先生の話を聞けば、偶々先生んとこのリーマンが襲われていたアイツを見つけて保護したらしい。だが、先生がリーマンとこに駆けつけた時には既にアイツは居なくて、そして―…。


「…リーマンの記憶、消したってか」

「≪嗚呼。見事なまでにね≫」

「ハッ、アイツもついにぶっとんだな」

「≪左馬刻くん、笑い事ではないよ≫」

「…わーってるって」


リーマンが何かを知ってしまったのかもしれねぇし、ただ巻き込みたくなかったのか。いずれにしろ身近な人間の記憶を消すにはそれなりの理由があったのだろうし、苦しかっただろうに。それほどまでに追い詰められていたのか、敵も味方の区別もつかないぐれぇ頭のネジがぶっ飛んだのか。何にせよ、アイツはどこかへ消えた。チャンスを狙って。


「≪今の彼女は今まで以上に危険だ。…一番事情を知っている左馬刻くんにも一応警告にと思ってね≫」

「…もし来ても返り討ちにしてやんよ」

「≪左馬刻くん≫」


可能性はゼロじゃない。今まで自分を護る為に周りの人間の記憶を消して来たことはあったかもしれないがそれはあくまで自分の正体を知られないように、関わりのなかったことにするためだ。それが本当に身近で、心を許していたぐらいの関係の人間にまで及んだとなればアイツがいつ誰の記憶を消そうとするのか予想は出来ない。再び煙草を一つ吹かして灰皿に押し付け火を消す。大きく一つ、吐息する。


「…いい加減、俺たちも保護者面してつっ立ってるだけじゃ駄目ってことだな」

「≪済まない≫」

「別に先生が謝ることねぇだろ。…何かあったら連絡する」

「≪嗚呼、宜しく頼むよ≫」


それじゃあ、と先生の短い挨拶と共に静かに通話は切れた。見守る、彼女の行く末を。普通に過ごしていれば何か変わるかもしれない。彼女の別の生きがいが見つかるかもしれないと先生はアイツの事に関して見守ると言っていた。だから俺もそうした。
アイツが初めて会った時に印象的だった長い黒髪をバッサリと切って、"男"として俺の前に現れたあの時も、それだけの覚悟があるんだと思ったから。危ない事に首突っ込んでるときはさすがに何度か手ぇ出したが、私生活や人間関係まではとやかく言わなかったし頻繁に会ったり話したりする仲じゃなかった。ただ、会った時は一緒に飯喰ったりはしたけどよ。


「左馬刻!!!」

「銃兎落ちつけ」


通話を終え、真っ暗になった画面に冴えない自分の顔が反射する。チッと一つ舌打ちを零し、スマホをテーブルの上に投げ出した時だった。荒々しい声と共に事務所のドアが勢いよく開いた。ズカズカと誰の許可なく入ってきたのは物凄い形相の銃兎と、少しばかり困り顔に見える理鶯だった。


「んだよ騒がしいな」


落ち着け銃兎、と理鶯が宥めようと肩に手を添えるがそれすらも聞き入れるつもりが無いのか理鶯の手を振り払い銃兎が物凄い勢いで距離を詰めてくる。


「これは一体どういうことだ?!!」


ダンっと目の前のテーブルの上に叩きつけられるように置かれたのは数枚の資料らしき紙。んだよ?と声を零しながらその細かい字が並んだ資料を覗き込んで思わず動きが止まる。


「今朝、警察の上層部のみに回ってきた極秘資料だ!アイツはっ…アイツは一体何なんだ?!!」


極秘資料の印が押されたその紙にはハッキリとアイツの名前とアイツの顔写真。重要参考人だの、指名手配だの警察と犯人関連のありとあらゆる文字が幾つも並べられたその資料。最近撮られた防犯カメラか何かの粗い映像の写真や目撃情報など幾つものアイツに関する情報も纏められていた。


「思えば、始めから可笑しかったんだ!アイツと初めて会った時、お前に会いたいからと俺を頼りに接触して来た。白昼堂々、警察署内で…正気じゃない!しかも違法マイクの密輸現場やら事件現場やら俺ら警察よりも先に色んな所に忍び込んでは何かをしようとしていた…!」

「銃兎止せ、落ち着け」

「理鶯のキャンプに居た時もそうだ!なぁ知ってるんだろう?左馬刻…!!言え!アイツは一体何なんだ?!」


ダンっと今度は銃兎の手がテーブルに叩きつけられる。きっと銃兎の頭の中は大混乱だ。そりゃぁ、そうだろう。ついこの間までただの生意気なガキだと思ってたアイツが突然姿を消したと思えば違法マイク狩りに今朝撒かれたというこの資料の山。混乱するのも無理はない。なんせ、銃兎も理鶯もアイツについて何も知らないのだから。


「今、銃兎はかなり興奮状態にあり殺気立っているのは否めない。しかしその気持ちは小官も同じだ。あの日から姿を消したコウスケの事は…ずっと、気に掛かっていた」

「理鶯」

「何か知っているなら、我々にも話して欲しい」


中王区も本気になりつつある。幾らこの結末がアイツの望んだ結末に近づいているにしてもさすがに些か無理しすぎなのは目に見えている。いや、些かどころじゃねぇな。やりすぎだ。既に自棄になっているのは見え見えだった。それを放っていた俺にも責任はある。アイツだけじゃねぇ、"あのガキ"にも顔向けできなくなっちまう。守ってやろうって思ってた筈だったんだけどな。


「…嗚呼、お前らに隠し事はフェアじゃねえな」


すう、と息を吸って呼吸を整える。脳裏で青年が楽しそうに嬉しそうに笑うのに対し、いつだってアイツは、御厨コウスケを名乗るあの女は悲しそうに笑うのだ。自分一人が犠牲になればいい。他の人間を巻き込む気はない。覚悟は決めただの記憶の中でも色々御託を並べやがる。…結局、俺一人じゃ救ってやれなかったんだ。


「話してやるよ。アイツの正体を」


長丁場になる。そんな前置きを零しながら銃兎に落ち着いて座るよう促す。先ほどまでの気迫をどうにか落ち着かせ、眼鏡のブリッジを押し上げながら大人しく近くの椅子に腰を下ろす。理鶯も近くの椅子にゆっくりと腰を下ろし、真っ直ぐに俺を見つめた。





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