久々に寝転がった布団は柔らかくてどこか懐かしさすら覚えながら短時間ではあるものの深く眠ることが出来た。ゆっくりと起き上がり、枕もとの小さな電気を点けながら部屋の隅に置いておいた荷物を引き寄せる。
持ってきていた荷物の中から必要な道具を取り出し、早急に作業を進める。まずは首に付けていたチョーカー。恐らくあの帳兄弟と対峙した際に故障してしまったのだろう。無理もない。あの大男に一瞬死を覚悟するほどまで首に負荷をかけられたのだ。イカレてしまっても可笑しくない。裏地に取り付けてある機械の部分の蓋を外し、小さな配線や部品の確認を行う。少し歪んでいたが使えない訳じゃ無い。そのまま今出来る簡単な修理を終え、改めて首に取り付ける。スイッチを入れるとキューンと小さな起動音がした。

あと残るのは今の私に残された唯一の武器。奴を誘き出すために手当たり次第野良バトルを繰り返し、満足なメンテナンスを行うことなく酷使してきたためか性能が落ちてきているのは理解していた。それはそうだ。なんたって手元に掻き集められるだけ集めただけの寄せ集めで仮に作り上げた、いわば紛い物と相違ないこれにとっての此処が限度なのだから。
それでもいい。もう少しだけ持てばそれで。その後は必要ない。最低限のメンテナンスと確認だけを済ませ、身形を整えながら発つ準備を進める。世話になりっぱなしで申し訳ないがこれ以上此処に居れば2人に迷惑がかかるのは明白。誰かを巻き込むのはもう御免だ。そんな事を脳裏で吐き捨てながらそれを手に取ったその時だった。


「コウスケ、」


ガラガラ、と部屋の引き戸が開く音と困惑を含んだ声色が聞こえた。一瞬、驚きに反応が遅れながらもとっさに振り返る。そこには驚いた表情でこちらを見つめる帝統が部屋の入口で立ち尽くしていた。


「なんだよ…それ…」

「だい、」

「ヒプノシスマイクか…?なぁ…?」

「だ、」

「なんで、なんでお前がマイクなんか持ってんだよ?!なぁ?!!」


返事を考える暇も与えずに少し声を荒げた帝統は今まで見た事ないぐらいの気迫で迫ってきた。手に取ったそれを…マイクを握ったまま逃げる間もなく私はガシリと両肩を掴まれ否が応でも帝統と向き合う形になる。
酷く困惑した表情だった。本来、ヒプノシスマイクというのは政府が管理しているものでそう簡単に市場などで手に入るものではない。違法マイクならなおさら、正規品と比べかなり威力は劣るし下手をすれば粗悪品に当たって自分にも悪影響を及ぼす可能性もある。リスクを負ってまで持つにはそれなりに覚悟はが必要。それは彼も知っている。
だから正規品だろうが、違法物であろうが私が手に持っている時点で彼には予想だにしていなかったのだろう。信じられなかったのだろう。それはそうだ。今までマイク所有者だとバレないように振る舞っていたのだから。


「帝統には、関係ない」

「はあ?」

「俺がマイクを持っていようが持っていまいが、お前には関係ないだろ」


隙を突いてバッと腕を振り払い彼の手から逃れるとそのままマイクを手に持ったまま、空いた左手で荷物を手に取り立ち上がる。冷ややかに言い捨てたこちらに対し帝統は後ずさりしながら少し息を飲んで、ジッとこちらを見つめたまま依然として部屋の入り口を背に立っていた。幸い発つ準備は出来ている。一気に逃げ切ればこちらの勝ちだ。


「…違法マイク狩り」


しかし先ほどとは打って変わって、落ち着いた声色で呟くように吐いた帝統の言葉にピクリと体が微かに反応する。


「なんか関係あるのか?」


薄々と帝統の中では気づいているのだろう。いや、元々彼は何か疑っていたのかもしれない。最近巷でニュースになっていた違法マイク狩りとそのニュースの延長線で只ならぬ様子で駅で立ち尽くしていた私。そしてヒプノシスマイクを握りしめていた私を見て、疑問が確信に変わりつつあるのだろう。帝統は馬鹿じゃない。どうしてだか、そういう事には酷く鋭い部分がある。そういうヤツなのだ。


「……だったら?」


静かに、一度深呼吸をして彼を見据える。え、と短く声を零しながら部屋の入口の前から退こうとしない彼はきっとこのまま納得がいくまで押し問答を繰り返す気だろう。ならば、強行手段だ。


「関係あると言ったら、どうする?」


荷物を背負い直し、右手に持ったままのマイクを見せつける。いつでも電源を入れられるようにスイッチに手をかけて本気であることを示す。


「な、なぁ困ってることがあんなら言えって。俺が手ぇ貸してやっから、な?」


無理だ。帝統自身がじゃなく、物理的にとか力量が足りないとかじゃなくて、私自身が許せない。困っている?困ってなんかいない。手を借りるようなことじゃない。これは私が私の手で終わらせなければならない事。私が始めて、私が閉じる話だ。幾ら優しい言葉をかけてくれたってそれは私を止める意志にはならない。


「俺を止めたきゃマイクを出せよ、帝統」


分かってるだろ、と吐き捨てる。完全に悪役だ。いや、元々か。元々私は悪だったか。なればそれを突き通すだけ。マイクを見せつけ、一歩一歩と帝統との距離を縮めていく。苦し気に表情を歪める帝統がポケットから渋々マイクを取り出した。それでも私は歩みを止めない。距離が近くなる。お互い、攻撃を受ければタダでは済まない距離だ。
歩みを止め、ジッと帝統を見つめる。マイクのスイッチに手をかけた帝統がこちらを苦渋の顔で見下ろしていたが、不意にフッと彼の身体から力が抜けていくのを感じた。ゴトンと畳の上に転がるマイク。私のではない。


「出来るかよ」

「…帝統」

「俺らダチだろ?」

「……、」


きっと私は知っていた。彼が攻撃してこないのを。心のどこかで彼を信用していた。つくづく酷いヤツだ。それに便乗して助けてくれた人たちを、助けようとしてくれた人たちを切り捨てていく私を悪と言わず、なんというのか。


「…こんな嘘吐き、見捨ててくれればどれだけ楽だったか」


いっそ罵倒してくれればいい。いっそ攻撃してくれればよかった。皆で私を私の行動を言動を責めればいい。見捨ててくれればいい。そう思っても、願っても、どうしてこうも思い通りにならないのか。


「ゴメン帝統…」

「コウスケ」

「ありがとう。こんな私をダチと呼んでくれて」


早くしなければ、夢野先生が起きてしまう。連中にバレてしまう。巻き込んでしまう。そう言い聞かせながら手に持ったマイクのスイッチを静かに入れる。微かな起動音を聞きながら帝統を見上げる。同い年なのに、どこか幼さを覚えるそのいつも愛らしい顔が酷く歪んでいた。それが私のせいだという事実に胸の奥が酷く痛んだ。酷い人間で、本当にゴメン。また私は私を救おうとしてくれたその一言に救われた。

そしてまた、この選択をする。



―――…



※夢野視点



日も昇り、いつも通りの日常が始まる朝。とりあえず朝食を準備し終えたので昨夜転がり込んできた2人が出てこないので呼びに足を進める。先に部屋が近い帝統に貸した部屋を覗いてみたが当の本人は居らず、抜け殻の布団だけが残されていた。
黙って出ていくような男ではないし、寝起きはよくない方の帝統がもう起きて動き回っているとも考えにくい。まさか、という一つの仮定が頭を過ぎり少し急ぎ足でもう一人に貸した少し離れた部屋に向かって足を進める。


「やっぱり…ほら、帝統、起きんしゃい。貴方どうして此処にいるんです?」

「ん〜…」

「コウスケ、は…とっくに出ていったか…」


コウスケに貸した部屋は綺麗に整頓されており、タオルや備品も綺麗にまとめてあって気持ち悪いぐらいだ。そんな部屋の中心にコウスケの為に敷いておいた来客用の布団の上に大口を開け大の字に伸びて寝ていたのは紛れもない、帝統だ。
部屋を貸した本人は既に起きて出ていったらしく部屋の隅に置かれた小さな机の上に短い文章ではあるが書き置きが残されていた。その書き置きを手に取り、息を吐く。


「―…帝統をお願いします、なんて。そもそも何も言わずに出ていくとは。でも一応置手紙だけは置いて行ったか…。最早律儀なのか失礼なのか分かりませんね」


一瞬、ひやりとしたが無事に彼は出ていったらしい。この男は目を離すと何をしでかすか分からないが彼の事だ上手く言い逃れたか、やり過ごしたのだろう。ぐがががが…と鼾をかいて気持ちよさそうに寝ている彼にもう一度声を掛ける。


「これ、帝統!いい加減起きなさいな」

「ん…!…ふわあああ〜」

「まったく、人様の家でいつまで寝てるんですか?」

「ふにゃぁ〜?」

「少しは彼を見習いなさいな」

「誰を〜?」

「コウスケですよ。彼、とっくに起きて出ていきましたよ」

「ん〜?」


ボリボリとお腹を掻きながら寝ぼけ眼のまま上体だけ起き上がった彼は完全に脳が起き切っていないのが丸分かりなほど間抜け面をしていた。さっさと顔を洗ってらっしゃいと急かせば少しボーっとした表情から首を傾げてこちらを見上げた。


「なぁ幻太郎?」

「はい?」

「コウスケって誰だ?」

「…………はい?」


寝ぼけてるんですか?と最初は帝統がまだ寝ぼけていると本気で思っていたのだが彼にどれだけ彼の事を話しても、況してや昨日の事も覚えていないようで素寒貧だった俺を幻太郎が拾ってくれたんだろ?なんて言う始末。ただ事ではない。


「(なんて質の悪い嘘吐きでしょうか)」


成程。彼は…いえ、彼女はこうやって生きてきたのか。何故だかよく分からないが、酷く納得できた。これを繰り返して生きてきた。いや、生きていたのかすら分からないように過ごして来た、というのが正しいか。何にせよ彼女は嘘吐きどころかとんでもない悪人だと思った。





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