※寂雷先生視点


嫌な予感はしていたんだ。いや、それこそ今更かもしれないが。いつだって彼女は不安定で、過去に捕らわれていて、自分自身を犠牲にすることを厭わない。それでも私が見守ると決めたのはそれだけ彼女の覚悟を感じたからだった。しかし、こんな事までするなんて思っていなかった。


「独歩!!コウスケ!無事?!」


独歩くんからの連絡を受け、すぐに病院を飛び出した。一二三くんと連絡を取って街中を駆け回る彼を車で拾ってそのまま彼らの自宅に向かった。独歩くんから連絡を受けてからそれほど時間は経っていなかったはずなのに。何故だか一二三くんが鍵がかかってない…と呟きながら慌てて部屋のドアを開けた時、"遅かったかもしれない"と思った。


「独歩くん!」


薄暗い部屋の中、靴を脱ぎ捨てて室内に飛び込んでいく一二三くんを追って部屋の奥へと足を進める。短い廊下は点々と少し濡れていた。薄暗く明かりのついているリビングに入った途端、床に倒れ込んでいる独歩くんが目に入った。


「おい独歩!!どーしたんだよ?!なぁ?!!起きろ!!起きろって!!」

「独歩くん!しっかり!」


先に見つけた一二三くんが慌てて独歩くんに駆け寄って意識を失っているらしい彼の体を揺さぶる。見たところ外傷は無いがそれなりに長い時間雨に当たっていたのか酷く濡れていた。私も一二三くんの後を追うように彼の傍に駆け寄り状況を確認する。脈はあるし、呼吸もしている。と、一二三くんが上体を揺らし何度か呼びかけると独歩くんから「う…う…」というような声が零れ始め、微かに反応が見られた。


「ん?一二三?…うん?先生も…」

「……っはぁ〜!もう…焦らすなよなぁ〜」


パチパチと何度か瞬きを繰り返す独歩くんは少し部屋の照明に眩しさを感じたのか顔を顰めながらこちらの存在を確認していた。どうやら意識は正常のようだ。ホッと胸を撫で下ろし、独歩くんから手を離した一二三くんが大きく息を吐きながら床に倒れ込む。


「大丈夫かい?一体、何があったんだい?」


床に伸びてしまった一二三くんを自身の上体を起こしながら不思議そうに見つめる独歩くんの意識がしっかりしてきた頃合いを見計らって彼の顔色を伺いながら、ゆっくり問いかける。


「え?は?いや、何がとは…?」


疑問符が具現化して見えそうなぐらい、独歩くんの表情はとても自然で問いかけている意味が分からないと言っているようだった。此処に到着した時から感じていた嫌な予感が一気に体中を駆け巡る。ハッと思い出したように先ほどまで床に伸びていた体を起こした一二三くんが畳みかけるように問いかける。


「ってかコウスケは?!居ねーじゃん!どこ行ったん?!なぁ!何があったんだよ!」

「ちょ、ちょっと待て一二三!お前、さっきから何の話をしてるんだ?」

「……へ?」

「独歩くん…?」

「俺は普通に帰ってきただけだぞ?ベッドに倒れ込む前にリビングで力尽きてることなんてしょっちゅうだろ?なんでわざわざ先生までお呼びして…大袈裟な…」


上手く、話が噛み合わない。居る筈のコウスケくんも居ない。ほんの数刻前に行われたやり取りと明らかに違う。なのに、独歩くんは嘘をついているわけでもないようでいつもの口調で顔色一つ変えずに言ってのけたのだ。確実な違和感しか感じられない。それは私だけじゃなくて一二三くんもはっきりと感じ取ったのだろう。物凄い形相で独歩くんを見つめていた。


「な、なーに言ってんだよ独歩!コウスケ見つけて家にいるって自分で先生に連絡したんだろ?!」


一二三くんの言う通り、帳兄弟に襲われて傷付いたコウスケくんを見つけて自宅に逃げた込んだ所だという連絡を独歩くん自身から受けたはずだ。なのに、嫌な予感が、最悪な状況が脳裏を過ぎっていく。駄目だ。駄目だ、独歩くん。それだけは、どうか…。


「コウスケって誰だ?」


シン、と静まり帰る室内。ケロッとした表情で小さく首を傾げた独歩くんが吐いたその一言で予感と状況は確信に変わる。嗚呼…そうか。…そうか、と嫌な納得ばかりが脳内を占めていく。彼女の選んだその結末が、分かってしまう。


「は、はは…冗談だろ?なぁ、冗談だろ?!独歩!!」


その静けさをいち早く破ったのは一二三くんだった。濡れているジャケットを脱ぎ始めている独歩くんに詰め寄るようにして声を荒げ始める。


「コウスケだよ!!一緒に飯喰って、ゲームしたりしたろ?!」

「んー…?いや、知らないな」

「ッ!!!幾ら独歩でもコウスケの事知らないなんてそんな事―…!!!!」

「一二三くん、落ち着いて」


声を荒げたい気持ちは痛いほど分かる。でも、それ以上何を言っても"彼には"無理なのだ。どうにも出来ないのだ。だから静かにゆっくりと諭すようにして隣で息を荒げながら声を上げる一二三くんを制す。


「…何も、覚えて無いのかい?」

「覚えてるも何も俺には一二三の言いたいことがさっぱり…」


彼女が選んだ方法が、まさかこんな形になるとは。それだけ彼女の覚悟というものは堅いのだろうし、これが今の状況下における彼女の最終手段だったのだろう。やり方はどうであれ、結果があまりにも悲し過ぎる。辛すぎる。


「嘘だ…嘘だろ…え…、何かどうなってんの…」


未だ状況の掴めない一二三くんが呟く。無理もない。理解なんて出来る訳がない。ずっと傍にいた存在が無かったことにされ、知らないと言われる。彼女の事情も正体も知らない彼らに知る術はないのだから。


「とりあえず独歩くんは私の病院で検査入院。明日の仕事は休みなさい」

「え、そんな、先生」

「一二三くんも付き添いと言う事で一緒に来てください」

「っス…」


ついに独歩くんにまで手をかけると言う事は、彼女の行動は最早暴走状態に入っていると見ていい。今後誰がどうなっても可笑しくない。我々も、彼女自身も。ならば見守る役を降りなければならないかもしれない。いずれにせよ、"彼"にも連絡を取らなければならないだろうし連中も一気に動き出すだろう。
ちょっと先生?と本気で困り顔の独歩くんに、早めに先生に検査してもらった方が良いって!と言いながらさっさと支度を始める一二三くん。そんな2人を横目に独歩くんの病室の手配の為に病院に連絡を入れる。

嗚呼、もう隠しておくのも潮時だね、コウスケくん。なんて、病院へ連絡を入れたスマホから流れるコール音を聞きながら誰に届くでもない問いかけを脳裏の奥に投げた。





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