※一二三視点


唐突だった。それはあまりにも衝撃的で、すぐに理解なんて出来なかった。


いつもの常連の子猫ちゃんを無事に見送り一段落してバックヤードに戻るとそこには共同のテーブルの上に置かれた差し入れのお菓子。差し入れはそう珍しくは無いのだが、見ればあの美味しいお菓子屋さんのお菓子で休憩がてらバックに戻ってきた皆がこぞって手を伸ばしているのが目に入った。


「おや、誰かの差し入れかい?」

「あ、一二三さんお疲れ様っす」


僕も頂こうかな、とチョコ菓子を1つ手に取れば。傍にいた後輩ホストが先に手に取っていたお菓子を口に頬張りながらこちらを見た。


「コウスケっちからっすよ」

「え!コウスケくんが来てたのかい?」

「バイト行く途中で寄ったって。丁度一二三さんにお客入ってたから」

「あ!そうそう一二三さんに渡しておいてって言われてたんだ」


そうか。会いたかったなぁと思いつつチョコ菓子を口に放り込む。ほい、これ預かってました。と後輩ホストに渡された小さな紙袋を受け取り中身を確認する。以前貸していた漫画本2冊。聞けばしばらくバイト三昧で会えないからという理由で預けていったらしい。これぐらい、いつだってよかったのに。すぐに返さなくても良いから、直接会いたかった。此処しばらく会っていないどころかLINEの返信もままならない状態が続いていて、独歩も心配していたぐらいだ。いつでも良いからまた一緒にご飯作って、独歩と一緒に3人でご飯食べて、ゲームして遊びたいなぁ。
そう思ったところでもう本人は居ない。やれやれ…と小さく吐息して紙袋をロッカーにしまって来ようとした時、不意に紙袋の中でチャリ…と微かに金属の擦れる音が聞こえて動きを止める。漫画本がそんな音を立てる訳がない。もう一度紙袋を開け、中をよく覗き込む。


「…封筒?」


小さな封筒だった。少し膨れていて、中には普通に手紙などが入っている訳ではないことが分かる。何か別のものだ。封筒を取り出し、まじまじと見る。特に何も書かれていないが少し重さがある。封を開け、封筒を傾けながら中身を掌に取り出すして、思わず。


「…え、」


鍵だった。それも見覚えのあるクローバーのキーホルダーの付いた、自分と独歩が住んでいるあの自宅の鍵…合鍵だった。ガサリと紙袋が床に落ちる。


「なんで……なんで?!!これっ?!!!!」


急に声を張り上げた事に周りのホストやボーイが驚いてこっちを見ている視線を感じるが、そんなことどうでも良かった。だって、だってこのキーホルダー、俺達の自宅の合鍵を渡した時にコウスケがお気に入りのキーホルダーなんですって言って嬉しそうに付けてるの見せてくれて…そうだ、これはコウスケに渡しておいた合鍵だ。
封筒の中にそれ以外のものは無い。ただキーホルダーの付いた合鍵が一つ。俺の掌に納まっているだけ。それが意味する事が理解できなくて、いや、遠回しに理解できているが理解したくない。信じたくない。どうしてどうしてどうして。

頭が疑問でいっぱいになる。ただバイトでしばらく会えないだけなのなら別に合鍵を返してこなくても良い筈だ。もっと、別の意味がある。でもどうしてそうなったのかが分からない。混乱し、思考停止しようとしている頭を動かして何とか動かして若手ホストたちを振り返る。


「コウスケが来たの、いつ?!!」

「え?!えーっと1時間経つか経たないかぐらいだと思うっすけど…」

「…ごめん、オーナーに早上がりするって伝えて」

「ど、どうしたんすか一二三さん!」


急いで自分の荷物を纏め、着替えもせずスマホを取り出しながら心配そうな若手ホストの声を背にそのまま外へと飛び出す。ひんやりとしていて、今にも降り出しそうな空気の中駆け足で辺りを見回しながら進む。スマホの画面を開き、一つの連絡先に電話を繋いだ。


―――…


※独歩視点


珍しく仕事がそれなりに片付いて、いつもよりは残業せずに帰れた。電車を乗り継ぎ無事に家路に着いて、ぼんやりと今日の夕飯は何だろうなと思いながら歩いていた時だった。

purururururu…

携帯電話が着信を知らせる。もしかして会社からか、と嫌な予感が過ぎったが着信の文字を見れば一二三からだった。あれ?今の時間は仕事真っただ中のはずだが、何かあったのだろうかと何気なしに通話ボタンを押す。


「どうし―…」

「≪独歩!!!コウスケが!コウスケが!!!鍵!鍵置いてって!!俺、何でそうなったか分かんなくって!!そんで―!!!≫」

「ちょ、一二三?!どうした落ち着けって!」


聞くよりも先に一二三がスピーカー越しに叫んでくる。しかしその内容は滅茶苦茶で、一二三が切羽詰まっているのがよく分かった。けど何でそんなに慌てているのか分からないとこちらもどうしたらいいのか分からない。コウスケが一体どうしたのだろう。鍵とか何の事だろうか。一旦落ち着けと諭せば、移動しているのかスピーカーの向こうで一二三が走っているらしい音がした。


「≪コウスケが、預けてた合鍵、置いて、った…!!≫」


息が上がっている一二三の声がする。一二三の口からコウスケの名が出た時点で彼と会ったとか今から家に行くとかだろうと思っていたがその予想を遥かに超える言葉が返ってきた。え、今、なんて?声も出ない。その場で思わず立ち止まり、携帯を耳に当てたまま立ち尽くす。
脳裏に過ぎるあの少し古びた四葉のクローバーのキーホルダーが付いた合鍵。コウスケがお気に入りと言っていたキーホルダーが脳裏で揺れる。預けた鍵を置いて行ったなんて、意味することは一つだ。だがどうしてそうなったのか、理由は一二三も知らないようだった。しかもよくよく聞けば一二三は直接コウスケから渡されたわけでもなく、その後も何度もLINEを送ってみているが何の連絡もない状態で鍵が戻ってきたのだという。


「≪俺っち、どうしたらいいか、分かんなくって…1時間ぐらい前に店に来たみたいなんだけど、コウスケが、どこ行くかなんて、見当もつかなくって…≫」


今にも泣きそうな一二三の声が聞こえる。そりゃぁ、そうだ。彼のバイト先も、どこに住んでるのかも俺たちは知らないんだから。見当なんてつく訳ない。それでも探さずにいられないのは、理由も無くに合鍵だけ置いて行くなんて信じられないからだ。そんな酷い話があるか。きっと何かあったんだ。コウスケが、俺たちの前から消えなければならない理由が。それを本人から聞くまでは、納得なんて出来やしない。一二三は、きっとそう思っている。俺だって、


「≪俺っち先生にも連絡してみる!≫」

「…嗚呼、俺も今家帰る途中で外に居るからそのまま探してみる」

「≪ん、そんじゃまた!≫」


プツッと通話が切れる。息が上がって混乱している一二三とは違い、俺はどうしてだか酷く落ち着いていた。いや、内心焦っているのは変わらないが、とても静かだった。
コウスケが何も言わずに俺たちの前から消えようとしているのには理由がある。でもその理由を俺たちが聞いていいのか?俺たちが踏み入って良いものなのか?もしくはもう俺たちになんて会いたくないから態々そういう行動に出たのではないか、と色んな考えが巡る。考えたって、真相は本人しか知らないのに。
本当は俺だって今すぐにコウスケを探しに駆け出したい。一二三のように走り回りたい。でも駄目なんだ。俺たちはコウスケの事を知らなすぎる。どこに行けばいいのかも、今コウスケが何をしているのかも分からないんだ。本当に、知らなすぎる。仲が良いと思っていたのに、その現実を突きつけられているようですぐに体が動かなかった。

闇夜が辺りを包み始めた冷たい空気の中、通話の切れた携帯を手に持ったままその場に立ち尽くしていると不意に行き交う人たちの中から声が聞こえた。


「今あの通り近づかねえほうが良いぞ。帳兄弟が暴れてるってよ」

「マジかよ。さっさと警察でも何でも来てくれりゃぁいいのに」

「中王区は何やってんのかね」


行きかう人たちの会話。帳兄弟…嗚呼、あの人達かと脳裏でぼんやり思う。関わらない方が良い。ごく普通の一般人たちは怯えていたり、ハハハ…なんてまるで他人事で軽快に会話を交わしながら通り過ぎていく。


「帳兄弟に喧嘩吹っかけられてたさっきの子、可愛そー」

「ああ、あのフード被った学生っぽいガキ?今頃ぶっ倒れてんじゃね?」


ピタリ、何故だかその会話に俺は耳を傾けてしまった。ギャハハと今時のキラキラした男女が冗談半分で大笑いしながら通り過ぎていく。ドクンと心臓が跳ねる。確信はない。人違いかもしれない。思い違いかもしれない。似てる人なだけかもしれない。騒ぎを起こすな。巻き込まれるな。そんな、嗚呼、まさか…。と脳裏では否定しているのに体は勝手に動き出していて、気づけばその皆が話す現場に向けて人の波に逆らいながら会社に遅刻しそうな時とかなんかよりも必死に地面を蹴っていた。





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