相変わらずこの街は昼夜問わず明るい。日も落ち、暗闇が辺りを包み始めた頃合い。ここらで商売をする者たちが活発に動き出す時間帯。三郎くんの上着と二郎くんの帽子をリュックにしまい込み、いつも通り駅のコインロッカーに預けて置いた服に着替えると目的地へ足を進める。
深くフードを被り顔を出来る限り隠すようにして足早に道を進む。それでも大人のお姉さんたちが寄って行かない?とかカッコいいお兄さんが勧誘してきたり、と何人かに声を掛けられる。その人ごみの中を掻き分け、人の声に耳を傾けることなく手に持った小さな紙袋を大事に運ぶ。幸いにも中王区の追っ手は此処まで手を伸ばしていないようだった。
どうにか人ごみに紛れて目的地にたどり着く。何度か訪ねた事のあるその建物の前では綺麗な女性たちが目をキラキラと輝かせていたり、アフターのホストさんたちが対応して居たりとそれなりに賑わっている。それを横目に裏手に周り、従業員用の出入り口を覗き込む。


「こんばんは」

「あれ?コウスケっちじゃん!どしたのー?」

「久し振りー!」


休憩中であろう2人の若手ホストが煙草を吸っていた。声を掛ければにこやかに手を振って近づいてくる。以前あの人に紹介されて何度か顔を合わせていたホスト達だった。向こうもこちらの事を覚えていてくれたようで、これは話がしやすい。


「一二三さん居ます?」

「あー…あれ?今ご指名貰って入ってたよな?」

「うん。確か、いつもの常連さんじゃね?」

「一二三さんに何か用事?急ぎなら話だけでもしてこよっか?」

「あ、良いんです!お仕事中ですし、邪魔したら悪いんで!」


そうでなければ困る。なんたって彼は此処歌舞伎町No.1のホストなのだから。今日、自分が此処に来た理由は彼に会う事ではない。慌てて断るフリをして、優しい若手ホストの2人に持ってきた紙袋を差し出す。


「これ、皆さんで休憩中にでもどうぞ」

「おー!サンキュー!!」

「これめっちゃ美味いお菓子じゃん!スゲー!」

「あとこれ…いつでもいいんで一二三さんに渡して貰えますか?」


もう一つの小さな紙袋。以前、一二三さんが面白いから読んで!と貸してくれた数冊の漫画本と、もう一つ。渡さなきゃいけないものが入っている。これを渡すことが今回わざわざ此処に寄った理由だ。これだけはケリをつけるではないけど、返しておかなきゃ後々見つかったら面倒だし2人に迷惑が掛かると思ったから。


「しばらく会えそうにないのでお返ししますと」

「へ?コウスケっちどっか行くの?」

「バイトとか色々日程詰めちゃって今日逃すと本当しばらく会えなそうだったんで」

「そっかー…大変だなぁ。ん、了解。ちゃんと渡しとく」

「お菓子ありがとうな。頑張れよー」

「お2人も体には気を付けて」


しっかりと紙袋を受け取ってくれた2人に感謝しつつ、軽く会釈してその場を後にする。店の皆にもとそれなりに有名所のお菓子を渡したことだし、きっと忘れずに渡してくれるだろう。一二三さんの手に渡るまでに早く、速く遠くへ行かねば。これで、これで良い。
脳裏で喜怒哀楽がハッキリしている一二三さんの表情がチラついて仕方ない。そんな記憶の中でふと頭を過ぎるのはまたあの人だ。今も仕事してるんだろうな。朝から晩まで一生懸命に働いて、家に帰れば玄関で気絶して…ちゃんとご飯食べて、自分を大事にして欲しいと常に思うあの人が脳裏で、あの優しい顔で、笑った。

先ほどよりも足が速くなる。駄目だ。気を抜けば足を止めてしまいそうだ。早く、速く次の場所へ行かなければ。酔っ払いの怒声も、誘惑の声も、全部受け流しネオン街を抜け出す。離れなければ。もっと、もっと遠くに。皆を巻き込むな。これは、これは私一人の問題だ。巻き込む訳には―…、


「こんばんは」


ネオンが揺らめく繁華街を抜けて態と幾つもの通りを越え、遠回りしながら駅へと向かう先、一つ細い道に入った途端に声が飛んでくる。ゾワリと背中を駆け上っていく気持ち悪い感覚。ピタリと足を止めれば、暗闇に包まれ始めた進行方向にポツリと黒い上着のフードを深く被った長髪の男が立っていた。ギロリと面白いものを見つけたように、こちらを見つめている。良い夜ですね、なんて笑ってはいるが纏っている雰囲気は穏やかではない。まるで蛇に見つめられているような感覚に飲まれそうになりながらも相手から視線は逸らさない。


「御厨コウスケさんで間違いないです?」

「………」

「嗚呼、失礼。私、帳 残閻と申します」


ヘラリと笑った細身の男はこれまた嘘くさい仕草で頭を下げて名乗った。帳…聞き覚えがある。嫌な予感しかしない。中王区よりも厄介かもしれない。ジリリと距離を詰められないよう、半歩だけ足を下げて置く。最悪走って逃げるしかない。


「…その帳 残閻さんが俺に何の用?」

「いやなに。とある方にお使いを頼まれまして」

「お使い?…何かの間違いだろ」

「とぼけんなよ」


焦りを悟られてはならないと声を紡ぐが、今度は後方から飛んできた声にバッと後ろを振り返る。ガタイの良い男がポキポキと指を鳴らしながらこちらを見つめていた。思い出した。帳という名に聞き覚えがあったのは、兄の帳残星と弟の帳残閻という噂じゃ裏で中王区と関わっていたり、色々と悪行を行っている兄弟。しかも、


「アンタは分かってるはずだぜ?」


2人とも、ヒプノシスマイクを持っているラッパーだという事。後ろの逃げ道を塞がれ、前進も後退も出来ない状況。一般の通行人がただならぬ雰囲気を察し、チラチラとこちらを見つつも避けて逃げていく。思わず顔が引きつる。クソ、本調子じゃないっていうのに。


「残念ですが、此処で貴方を消さなければなりません」


にこやかに残閻がマイクを取り出しながら言う。はは、と残星もマイクを取り出し明らかに臨戦態勢に入った。本気で潰しに掛かってきているのは傍から見ていても分かるだろう。


「どうして俺を?」

「さっきから言ってんだろ?お使いだよ、お 使 い!」

「貴方を消せば、それなりの報酬も対価も頂くお話でして…私たちが断る訳ないじゃないですか」


先日追いかけてきただけの中王区の連中と違って、リリックもフローも全て目の前に居る帳兄弟の方が上だろう。しかしこうなれば、選択肢はほぼ残されてなどいない。自分を捉えるではなく消す理由なんて、そんなの分かっている。お使い、なんて可愛いものじゃない。それを指示したやつも、こいつ等を雇ったやつも全てわかる。"アイツ"が、動き出している事実にこんな状況にも関わらず口の端がつり上がるのが分かる。


「上等…!!」


上着のポケットに隠しておいたそれを取り出し、一気にスイッチを入れる。こうなれば先制攻撃あるのみ。さっさと隙でもなんでも作って逃げよう。倒せればラッキーぐらいで端から真っ向勝負なんて仕掛けて負けて消されるだなんて御免だ。


「―――♪――♪♪―――」


流れるように言葉を紡ぐ。十分な休息や食事を摂れていない分、体調を含め本調子ではないことは自分自身がよく分かっている。それでも時間は限られており、無理にでも突き進んでいかなければならないのに…こんな所で終わってたまるか。思いきり殴る勢いで言葉を投げつけた、が。


「え、」


帳兄弟は微動だにしない。ダメージを受けている様子も、反応も無い。初めて会った時から張り付けている笑顔の仮面でこちらを見つめながら余裕そうに立っている。どうして?幾ら力に差があるとはいえ何も感じていないのは何故か。思わず声を零せば、帳兄弟は声を上げて笑った。


「実に残念。私たちはその依頼主の方から貴方を消す為にとあるものもお借りしてきました」

「…嘘だ」


スッと取り出されたその機械に見覚えがあった。いや、詳しくは開発段階の資料の中で見た代物とそっくりだった。指が震える。どうしてそれが此処に?完成していたというのか?あれだけあの日に"吹き飛んだ"のに、計画や製造資料は残っていたというのか。馬鹿な。そんな、兵器が出来てしまったら自分だけじゃなく、他の皆にも―――…。


「ヒプノシス、キャンセラー…!」


そういう事です。と残閻が取り出した機械を再び上着の内側にしまう。これではこちらの攻撃は無に等しい。嫌な汗が一気に噴き出す。周りの人たちもついにヤバいヤバいと速足で逃げ始めている。賢明な判断だ。此処にいてはきっと巻き込まれる。


「へへ、お前のラップじゃ俺らには敵わねえぞ?」

「どこまで耐えられるか見物ですね」


敵わないにしろ、どうにか対抗は続けなければならない。直に喰らえば体へのダメージは半端では済まないだろう。耐えて、耐えて隙を狙うしか―…。普段よりも鈍くなっている頭をどうにか動かそうとするが、そんな猶予も与える間もなく帳兄弟たちが一斉にマイクを起動した。まだ、まだこんな所で死ぬわけにはいかない。投げつけた言葉全てが通じない相手に対し、手に握っていたそれを更に強く握りしめて精神を集中させる。連続使用の限界が近いことも重々承知しているが、それが壊れる前にケリをつけなければ。その先に見える未来はどうしても不安と暗闇で包まれているのだろうか。…嗚呼、本当、最近ツイてないな。





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