プルルルル―…


突如静かに鳴り響いた1つの着信音に意識がふわりと浮上する。バイト先かと頭の片隅でぼんやりと思いながら深く考えることをせず、未だ鳴り続ける着信画面をタップした。


「―…はい」

「≪よぉ…随分と派手にやってんじゃねえか≫」


ワンテンポ遅れて声を発すれば、想定外の声。一気に脳が覚醒し微睡んでいたベッドから飛び起き、着信画面に映し出されている名前―…碧棺左馬刻の文字を見て今までの事を思い出す。
薄暗い簡素な部屋。時刻を確認すればお昼の12時を越え、午後に入っていた。イケブクロから無事に脱出した後、とりあえず身を潜めながら休息を入れなければとどうにか滑り込んだビジネスホテルでシャワーを浴びたあとベッドに倒れ込んでからの記憶がない。すっかり寝入ってしまったようだ。


「≪今どこにいる≫」


返事が返ってこないことも相まってであろう、彼と出会ってからそれなりに関わってきた経験と勘からいうと彼は怒っている。いや、もしかしなくてもきっと怒っている。声色と口調を聞けば一発で分かるが、きっと頭の良い左馬刻さんは今世間を騒がしている事件の背景で私が動いていることを察したのだろう。理鶯さんの元から急に姿を眩ませれば必然と左馬刻さんと銃兎さんに知られると知っていたはずなのに。そして、今回の事を第一に叱るとしたら―…、きっとスピーカーの向こうに居る彼か先生しか居ない。


「…どこにいると思います?」

「≪質問を質問で返すな。答えろ≫」

「素直に答えるとでも?」


吐息しながら僅かにカーテンを開ける。少しばかり曇り空で時折雲の合間から光が差し込んでくるが全体的に少し薄暗い。嗚呼、彼も十分承知のはずなのだ。私が今どこにいるか素直に答えるはずなんてないってことを。左馬刻さんが本気を出して、組の力とか銃兎さんの力を借りればあっという間に私の居場所なんて割り出せそうなものだが。未だ見つかっていないと言う事は彼は私に対して何も向けていないと言う事。きっとこの電話は、最後の警告。


「≪独りで勝手に早まってんじゃねぇぞ、クソが≫」


上手く、笑えているのか分からない。苛立っている彼の声が酷く悲しく聞こえる。嗚呼、やっぱりこの人は私が起こした今回の事件の本当の背景の事も、これから何をしようとしているか理解している。分かっている。私に止める意志が本当に無いのか、問いかけている。


「早まる?いやいや、寧ろ遅かったぐらいですよ」

「≪……お前、≫」

「俺を止めるつもりか何だか知りませんけどもう、止まりませんから」


何を今更留まる必要がある。何度目か分からないその台詞を脳裏で吐き捨てる。大好きなシンジュクの人達と一緒に食事したあの日から、先生の車から逃げたしたあの時から、理鶯さんのキャンプで襲われたあの瞬間から、もう、時は満ちたと、覚悟を決めたのに。


「≪お前、それでいいのかよ≫」


良い。良いに決まってる。だって、本当は貴方に救われたあの日から奴らに対するこの気持ちを、その覚悟を秘めて秘めて秘めて生きてきたのだから。この時の為に。自分を偽って、あの子を利用して、貴方たちだって皆利用して、優しい人たちの心の隙間に漬け込んで…ハハハ。我ながら、なんと酷い人間だろうか。


「ありがとう左馬刻さん。貴方には感謝してる。ホントに」


未だ疲れが抜けきっていない体を無理やり動かしながらペットボトルの水を手に取る。少し、力が抜けたような左馬刻さんの声に微笑みながら目を伏せて微笑む。


「だから、もう、私の事は忘れてください」


こんな、救いようのない馬鹿の事は。そう言って通話を切った。おい、とスピーカーの向こうで何かを言いかけた彼の声が途切れ、画面には溜まったままの未読通知たち。差出人や着信を軽く確認し、内容を見ることなく電源を落とす。
ゴクリゴクリとペットボトルの水を流し込み、一度大きくふうと息を吐く。微かにペットボトルを握る手が震えていた。今更、今更、今更。何度思っている事か。何を揺らぐ必要があるのだろうか。何度も何度もそう言い聞かせてきたというのに、どうしてどうしてどうして。皆、私に手を差し伸べてくれるのだろうか。それを振り払ってまで酷いことをしているというのに。
全てが終われば。そう、すべてが終わればどうなったっていい。きっと皆私のことなど分からなくなる。忘れていく。本当に俺が俺で無くなり、私が私ではなくなるのだ。


「(さて、と)」


いい加減動かねば。皆を巻き込まない為にも、出来ることはやってからでなければ。せめてそれぐらいはしなければ。左馬刻さんも、寂雷先生も上手く誤魔化してくれるだろうか。敢えて真実を今まで関わったことのある彼らに伝えるのならそれもそれでいい。私の邪魔さえしなければ。すべてはその日の為に整えてきたのだから。ね?■■■■。





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