※銃兎視点
「来ましたよ、理鶯」
「どーしたっつーんだよ」
「む、2人とも早朝から済まない」
一つの案件に片が付いた頃。ようやく落ち着けると思っていた矢先、珍しく理鶯に呼び出された。こちらから連絡を取ることはあっても理鶯からというのはあまりない。チームの仲間と言う事もあり、何かあったのだろうと早朝にも関わらず途中で俺と同じように理鶯から連絡を受けた左馬刻を拾って車で駆けつけた。
少し怠そうな左馬刻を横目に理鶯が着いてきてくれ、と森の中へと進んでいくのに大人しく着いて行く。そう遠くないところで理鶯が「此処だ、」と立ち止まる。案内された先は少しだけ開けていて、理鶯のキャンプ地のすぐ傍だった。
「これはこれは。また派手にやらかしましたね、理鶯」
別にそれだけなら問題はない。問題は、その開けた所に伸びている何人もの男共だ。酔っ払いにしては人数が多すぎるし、顔色もあまり宜しくない。大方理鶯に喧嘩でも吹っかけてきて、彼が反撃に出たのだろうと思った。だが、
「否、これは小官の仕業ではないのだ銃兎」
「は?」
理鶯の口から出た否定の言葉に思わず声が出た。てっきり、手加減が出来ずに伸びてしまったこいつ等を片付けるのを手伝って欲しいという呼び出しだと思ったのだが、どうやら本題はそこではないらしい。
「どういうことです」
「小官が朝食の為に森に仕掛けていた罠を確認して戻ってきたら既にこの有様だった。話を聞こうと彼らが起きるのを待っては居るのだが、依然として起きなくてな」
理鶯ではない。どういうことだ。男たちを見ればこれと言って外傷はなく、ただ意識を失っているような状態にしか見えない。ヒプノシスマイクで気絶させたというのなら納得がいく状況だったからこそ、理鶯が対応したと思ったのだが…予想が大幅に外れたようだ。
「理鶯」
短く、低い声に顔を上げる。傍に居たはずの左馬刻がいつの間にか伸びている男たちのところで彼らを見下ろしていた。
「テメエの他に、誰が居た」
その言葉の意味がすぐには理解できなかった。今困っているのは理鶯自身であり、第3者の存在の話などしていなかったのに、左馬刻は静かに理鶯に問いかけた。左馬刻の足元には何かが割れたような跡。破片が散らばっていた。
「―…コウスケ。…コウスケが居た」
すう、と一息置いて理鶯が名を紡ぐ。脳裏に過ぎるあの眼鏡のムカつくガキの姿を思い浮かべながら思わず顔を歪ませ嘲笑う。厄介な匂いが充満してやがる。
「馬鹿な。彼がやったと言うんですか?」
「…分からない。だが、こいつ等は小官のヒプノシスマイクを狙って襲ってくる連中だ。キャンプに居たコウスケが襲われた可能性がある」
「反撃に出たとでも?」
「…正直、コウスケにそこまでの力があるとは思えない。無事に逃げたのかもしれない」
「もしくは攫われた、か。……彼に連絡は?」
「何度か試してみたが繋がらない」
我々が来る前に試したのだろう、通信機器を持った理鶯が首を横に振る。厄介。実に厄介。理鶯が不在のキャンプ地で一体何が起こったのか。最悪な事態が少なくとも俺と理鶯の頭の中を過ぎる。
「それから、こいつ等は違法マイクを使っていた。だが、小官が確認したところ今は持っていない」
「奪われたということですか…」
「恐らく」
よく理鶯のヒプノシスマイクを狙ってくる輩が居ると聞いていたが、どうやら今地面と仲良くやってるこの男共もその一味らしい。念のためと思い、理鶯も理鶯で色々調べようとしたみたいだがいつも持っている違法マイクがないことぐらいしか分からなかったようだ。
「あのガキがこいつ等の仲間に攫われたか、何らかの方法で反撃したか、ガキが逃げた後に現れた何者にやられマイクを奪われたか…チッ、何にせよ面倒な事になりそうですね」
思わず舌打ちが零れる。眼鏡のブリッジを押し上げながら考えを巡らせる。まぁ、第一に此処で伸びている連中が目を覚まして状況を説明してもらうのが一番の近道だとは思うが。もしあのガキが攫われたのなら何かしら連中の仲間から要求があるだろうし、仲間を地面に寝かせたまま逃げるなんてことをするだろうか。
それにあのガキ。無事なら無事と最低でも理鶯には連絡ぐらいするだろう。理鶯と連絡とれないなら左馬刻か最悪俺の署の方にでも……そもそもあのガキが違法とは言えヒプノシスマイクに反撃する術を持っているとしたらそれは自分たちと同じ―…。そこまで考えて辞めた。
いくら推測を並べたってそれは推測でしかない。確固たる証拠になる証人達は此処に居るのだ、まずは署に上手いこと連絡して彼らを回収。目を覚ますのを待つしかない。
「左馬刻、」
これ以上考えても無駄だ。選択肢を無駄に増やす訳にも行かず「一旦退くぞ」と署へ連絡しようとスマホを取り出しながら左馬刻の方を振り返ったその時、不意にそこに立つ左馬刻の姿を見て違和感に襲われた。こちらに背を向けたまま立つ白髪の男にはいつもの気迫も無ければ、不意に見せる大人びた雰囲気も見えない。足元に散らばるその白い破片を見つめたまま立ち竦んでいる彼の背は、そう、何処か哀しそうだった。
「………」
「左馬刻!」
「…あ?」
「どうした、お前らしくもない。何か思い当たる節でもあったか?」
強めに彼の名を呼べば、ようやく気付いたようにこちらを振り返った。その顔はいつもの不機嫌そうな顔だがやはり少しばかりいつもと違う雰囲気で、刑事の直感…と言えばいいのか、何かを知っているような、そんな気がした。
「…別に。何でもねぇよ」
でもその直感は確実ではないし、証明できるものでもない。理鶯のほかに誰かが居た事を見抜き、彼なりに現場の情報を集めていただけかもしれない。だからぶっきら棒に吐き捨てた彼の言葉にそれ以上俺は何も踏み込まなかったし、踏み込めなかった。そして、
―この日を境に、まさかあんな事件が起こるなんて誰が予想できただろうか。