※独歩視点
「…にしても、お前よく覚えてたな」
「ふぇ?何のこと〜?」
風呂上がりの一二三に呟くように吐き出せば、綺麗な金色の髪を丁寧にタオルで拭いていた手を止めて何ともいえない間抜けな表情でこちらを見た。
「ほら…俺が病院で見た子のことだ」
つい数時間前の居酒屋での出来事を恥を覚悟で自ら掘り返す。自分でも心の隅に追いやっていた僅かな記憶をまさか一二三が覚えているなんて思っても見なかったし、更に言うならば公の場で…しかもコウスケの目の前で暴露されるとは思っていなかったのもある。
「あぁ、あれね!だって忘れるわけないっしょ〜」
髪を拭いていたタオルを首に掛け、冷蔵庫の扉を開けながら一二三がへにゃりと笑って楽しそうにそう言ってバタンと扉を閉めた音が響く。
「あの日は珍しく独歩が夕飯の時ボーっとしてっから、どうしたんかなぁ〜?と思って聞いてみたらすっげー事細かにその子の特徴とか話してくんだもん。ほら、独歩からあんま他人の事聞かねえし?珍しいなぁ〜って俺っち思っちってさ」
「そうか…」
聞くとしてもハゲ課長とか新人のミスをどうのとか取引先の態度がとか、大まかな不満ばかりだったし?と微笑む。正直病院の少女の事を一二三に話した時の記憶は曖昧だが、話を聞いていた一二三本人がそう言っているのだからきっとそうなのだろう。
そういえば、自棄にその子の姿が脳裏に焼き付いて離れなくって、どうして入院しているのかとか色々妄想を巡らせていたっけ。はは、笑える。こんな中年のオッサンが、素性も何もしらない一瞬しか見ていないその女の子の事をずっと忘れられないなんて、まるで―…
「独歩は理解してっか分かんねえけど、多分その子の事忘れらんねぇのって一目惚れじゃねーの?」
テーブルの向かいの席に缶ビール片手に座った一二三がまた悪戯気な笑みを浮かべながらそう言って頬杖をつく。一瞬停止する思考回路。
「は……はぁ?!」
「はははは、独歩ちん鈍すぎー」
「ま、待てって…一二三、お前何言って、」
「似てんでしょ?コウスケに」
うっ…と思わず飲み込む言葉。プシュッと音を立てて缶ビールを開け一口飲んだ一二三が俺の言葉を切る。
「勿論、あの日も覚えてるよ。俺が初めてコウスケと会った時。先生と話してるコウスケ見てる時の独歩の顔、病院で気になる子を見たって言ってた日とおんなじ顔してたもん」
輝いてたっていうかなんて言うか、恋してる女子みたいな顔だったとかなんとか続ける一二三。おいおい、良い歳したオッサンが恋してる女子の顔してたってどういう事なんだ。一二三みたいな美形ならまだキラキラしてるのは分かるが、俺みたいなのが、そんな、顔、しても。
「相当好きなんだなーって俺っち思っちったわけ」
言い返せなかった。男であるコウスケに重ねてしまうほどにあの病院の一室で見た少女の事を忘れることが出来なかったのは事実だし、その感情に名前を付けてしまうのならそれが一番しっくり来ていることに何処か納得している自分がいたから。
「だから俺っちも見たいし、独歩にもっかい会わせてあげたいなぁ〜と思ってさ!」
「…ジャケットが無いと女が駄目なヤツが何言ってんだ」
「独歩が惚れた子なら俺っちも大丈夫な気がする!」
「んな訳あるか」
何処から来るんだその根拠のない自信は。唯でさえ女との距離がとてつもなく複雑な奴が。何で、そんなこと言うんだ。二度と会えるかも分からないし、こんな感情を抱いている自分自身に対してだってどうしたらいいのか分からない同居人に、どうしてそんなことを平然と言ってのけるのだろうか。このシンジュクNo.1ホスト様は。
「………好き、なのかは正直自分でも分からん」
「うん」
「会ってどうしたらいいのかも分からん」
「まぁそれきり見てないんだもんなー」
「それでもずっとあの子を覚えていたのは―…」
「ん?」
「…いや、何でもない」
最初は儚過ぎて風で舞い上がったカーテンと一緒に風に攫われて消えてしまうんじゃないかってぐらいの透き通った存在感に目を奪われ、少し悲しそうな表情を浮かべながら窓の外を眺めていたその姿が、その横顔が今まで見てきたどんなものよりも素直に、そして自分でも驚くぐらいとても自然に「綺麗だな」と思ってしまったから…だろう。