独歩視点



カーテンの隙間から漏れる日の光を感じて飛び起きる。時計を見ればとっくに家を出ている筈の時間で更に慌てて、ベッドから立ち上がった。そこでようやく気づく。嗚呼、今日は休みだ。思わず気が抜けてボフンとベッドに腰を下ろしてしまった。
いつもの休日ならこのまま二度寝でもしようかと思うのだが、変に慌てたせいで目が覚めてしまった。それに昨日、自力でベッドに辿り着いた記憶がない。あるのは玄関で靴を脱いだ記憶だけ。きっと以前にもあったように一二三がここまで運んでくれたのだろう。着替えもしていないしシャワーも浴びたい。重たい腰を上げ、ゆっくりと伸びをする。
そのままネクタイを緩めようと首元を触るがネクタイがない。さらに言えばきっちり上まで閉めていたはずのシャツのボタンも3個ほど開いている。え、と声を零した矢先にベッド脇の棚の上に綺麗に皺にならないよう丸めて置いてあるネクタイと、社員証が目に入る。これも一二三がやってくれたのだろうか?なんかいつもと違う気がしつつもリビングの方へと足を向けた。

既にリビングの電気は点いていて明るい。一二三が先に起きているのだろう。キッチンにでもいるのか?と思いつつ足を踏み入れれば飛び込んでくるソファの上の布団の塊。小さく上下している所を見るとソファで寝ているらしい。そういえば一二三も今日は休みだと言っていたし、昨日何だかんだ夜遅くまで飲んだり食べたりして寝てしまったのだろう。そう思った。


「一二三〜、朝だぞ〜」


一二三自身の部屋から持ち出された布団の塊に本日の第一声発する。しかしまぁ、どうして布団を持ってきてベッドで寝なかったのか。布団を持ってこようと思った時にそのままベッドで寝れば良いものを。否、色々一二三にも事情があったのだろう。


「一二三〜!せめて部屋で寝ろよ」


あとで詳しい説明を聞くとして、しっかりとベッドで寝て疲れを取った方が良い。先ほどの第一声になんの反応も無かったのでもう一度少し大きめの声で呼びかける。微かに動いた気がしたがこれと言って反応はない。もしかして具合でも悪いんじゃ?という考えが過ぎって、浴室に向けようとしていた足をソファの方へと進めた。
近づいて気づく。あれ?いつもより一二三が小さい気がする。それにテーブルの上に置かれた眼鏡。なんだ、これは。違和感が強まる中布団を少し捲るようにして声を掛ける。


「ひふ、」


否、声を掛けようとした。でもそこに居たのは一二三じゃない。俺は夢を見ているんだろうか。スースーと何とも穏やかな呼吸を繰り返しながら、その可愛い寝顔で俺たちの家のソファで無防備に眠っているのは間違いない。コウスケだ。


「へぁあっ?!!」


思わず声を上げて遠のいた。ドスンと床に尻もちをつくような形で飛びのいた俺の後方からガラリと浴室のドアが開く音がして、ほんのり石鹸の良い香りが近づいてくる。


「んだよ、どっぽぉ〜。そんなに呼ばなくても俺っち此処にいるって」

「あ…あぁ…なん、なんで、」

「ん?嗚呼、コウスケ?昨日俺っちが飲ませて〜即寝落ちして〜んで、そのまま寝かしといた的な?」


驚いている俺を他所にどうやら先にシャワーを浴びていたらしい一二三が風呂上がりの恰好で冷静に説明してくれる。いや、ちょっと待て。飲ませたってなんだ?即寝落ち?え?え?え?未だに頭いっぱいに埋め尽くされた?が消えない。だってあのコウスケだぞ?今の今まで頑なに泊まることを拒否していたあのコウスケが。
コウスケって、酔うと可愛いんだぜ〜とかなんとか楽しそうに話しながら濡れた髪をタオルで拭く一二三の声が遠い。昨日の夜にコウスケが久々にうちに訪ねてきてくれただけじゃなくて一二三の貢ぎ物の酒を飲んで泥酔だと?どういう流れだこれ。
自然に起きるまで放って置いてやろうぜ〜なんてお気楽な一二三が冷蔵庫を漁り始める。遅めの朝食を作ろうとしてくれているのだろうが今はそれどころじゃない。どうにか心を落ち着かせて、もう一度そっと布団の影を覗く。嗚呼、昨日もきっとバイトとかで疲れているだろうに夜の一二三に掴まって気の毒に…。ん?もしかしてネクタイと社員証とボタンを外してくれたのはまさか―…。

と、不意にコウスケが動いた。眉間に少しだけ皺を寄せながら薄く目を開く。ぐるりと体の向きを変え、仰向けになったところで目が合った。それはもうバッチリと。眼鏡越しじゃない。彼の裸眼としっかりバッチリと。小さく「お、おはよう…」と声を零せば彼はパチパチと何度も瞬きを繰り返し、この状況をどうにか把握しようとしているようだった。すると段々昨日の事を思い出してきたのか、徐々にうっすらと彼の顔が赤く染まっていくのが見えて、そして、


「わ、わ、わ、あああああ!!!」

「へぶぅっ?!!!」


パクパクと口を動かしたかと思うといきなり大声を上げて上体を起こして飛びあがり、俺の額と彼の額が見事にぶつかる。予想だにしない攻撃に避けきれなかった俺はそのままの勢いで後ろに倒れ、再び尻餅をついた。


「あ、あ、すいませ、俺…あの、昨日…あの、その、お、お邪魔しましたあああ!!!」


途切れ途切れに謝罪の言葉を漏らしながらソファの横に置いてあった自身の荷物を掻っ攫うように持ち、そのままコウスケが玄関へと駆け出す。ちょ、コウスケ?!と一二三も声を上げたが彼の脳内はパニックを起こしているのか呆けている俺にも一二三にも見向きもせず、靴もちゃんと履ききれていないまま外へと飛び出していってしまった。


「あ〜りゃりゃ〜」

「…一二三、あとでお前謝っとけよ」

「え〜?俺っち悪くなくない?」

「お前が悪いだろ」


否、帰ってきてすぐに気を失ってしまった俺のせいか。俺が倒れずにそのまま起きていれば今頃コウスケは、こういう朝を迎える事は無かったかもしれない。バタンと閉まった玄関の扉を見つめながら吐息を零す。さっきまでの時間が嘘みたいに静まり返る。一瞬で通り過ぎていった先ほどの出来事がすべて夢のようだ。しかし、コウスケとぶつかった額にまだ痛みが残っていることとソファに残った一二三の掛布団が彼がこの家に泊まったことを証明している。


「あり?コウスケってば眼鏡忘れてる」

「え゛っ?!」


それって非常にまずいのでは?視力を補うためのツールをしないまま外に飛び出して行ったりしては危ないのではないのだろうか。サアッと血の気が引いて行く感覚。道路に飛び出して車に跳ねられたりとか、周りがよく見えなくて事件事故に巻き込まれたりとか―…。簡単に作った朝食を持ってきた一二三がテーブルの上に置かれたままの黒縁眼鏡をヒョイと持ち上げる。今ならまだ間に合うだろうか…その眼鏡を奪い取って外に飛び出すか否か悩んでいれば、不意に一二三がレンズを見て声を上げる。


「あ、これ伊達眼鏡じゃん」

「…へ?」


つまり度が入っていない眼鏡…。無くても生活に支障はなく。お洒落なんかで身に着けるアイテムの一つ。一瞬、コウスケに更に迷惑が…と不安が過ぎったがその心配もとりあえず回避できたようで再びため息を吐く。後で取りに来るだろう。いや、家が分かればこちらから届けに行くのだがそれは出来そうにない…。後でLINE送っとく〜と言う一二三にちゃんと謝罪も忘れるなよと言い返しながらテーブルに着く。何だか今日は朝から疲れたな。休日なのに。





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