知っている人は知っている。この道ではそれなりに名を轟かせているのであろう1つの店へと続く路地を進む。此処に来るのも久々だ。みんな元気にしてるだろうかなんて思いながらその路地の奥にある1つの建物の前で足を止め、小さく掲げられた"萬屋"の名を横目に扉を開ける。


「こんちはー」


扉を潜って薄暗い玄関先でいつも通り気軽な声を上げれば奥でガタリと音が聞こえ、そう時間を空けずにいらっしゃいませ〜と少し怠そうな声と共にヒョッコリと顔を出した彼と見事に目が合う。


「お、コウスケさん。ちわっス」

「どーも、二郎くん。突然で悪いけど一郎は居るかい?」

「一兄っスね。ちょっと待っててください。今、呼んできますから」


帽子のつばに指先で触れながらヘラリと笑った彼、"山田二郎"に向けてこちらもニコリと笑いながら「悪いね」と軽く会釈する。彼はすぐに顔を引っ込めて奥へと駆けていく。以前に会った時よりもまた身長が伸びていた気がするが成長期だろうか。いや、彼の兄も十分デカいし家系かもしれないなぁなんて思いながら待てばそう時間が経たないうちにバタバタと慌ただしい音と共に目的の人物が姿を現した。


「おお!コウスケ!そろそろだと思ってたぜ」


先ほど顔を出した二郎と入れ替わるように現れた彼、"山田一郎"は以前会った時と何ら変わらぬ様子で二ッと歯を見せて笑う。元気だった?と言えば、お前こそちゃんと喰ってるか?なんて他愛のない会話が出来るほど、歳がほぼ同じということもあってか彼とはそれなりに仲がいい。呼び捨てで良いと言ってくれたのも彼からだ。


「早速で悪いんだけど、頼んでたもんは?」

「勿論、用意してある」


ほらよ。と片手で差し出された紙袋を素直に片手で受け取る。途端ズシリと重たいそれに思わず声が漏れそうになって両手で持つ。重っ…と声を漏らせば、そうか?と彼はまた笑った。


「探すの苦労したぜ」

「いつも悪いな」

「はは、良いってことよ」


紙袋の中身を確認し、以前頼んでおいたリストのモノがすべて揃っている事を確認する。日常生活ではお目に掛かれないだろうマイナーな機械の部品や工具など兎に角これから必要なものが詰まった紙袋を背負っていたリュックに収める。
本来自分で探し回って買えばいいのだが何分こういう生活だ。ずっとイケブクロに居る訳にもいかないし、欲しいものを扱っている店を探すのも一苦労である。なら現地を知り尽くした彼らに頼んだ方が確実だろうと思い立ったのが最初。実際必要なものを彼らに伝えるだけで数日としない間に全て揃えてくれたし、高額な報酬を請求されたことはない。
困ったことを相談すれば親身になって聞いてくれるし、先ほどの二郎くんも今日は居ないがもう一人いる末っ子の三郎くんも仲間みたいに仲良くしてくれている。本当、このご時世ではとても助かる存在とあって、自分以外の依頼者も多くそれなりに繁盛しているようだ。
最初に見積りはこれと提示されていた報酬をしっかり払い、今度はこっちが少しのお返しをする番だ。リュックのポケットにしまっておいたそれを取り出し、ニッコリと微笑みながら一郎に渡す。


「んで、これはオマケ」

「ん…?お?おおおお?!!どうしたんだよこれ?!」

「安心しろ。変な取引とかしてないから」

「じゃなくて!!このカード!滅多に手に入らないんだぞ?!」

「まぁ、コウスケ様には色々伝手があるからさ」


渡した封筒を開けた一郎の綺麗なオッドアイが見開かれる。封筒に入っていたのはキラキラとラメの装飾がされた彼の大好きなキャラクターの描かれたカード…世間でいうと"レアカード"というものだそうだ。というのも彼がアニメやラノベが好きなオタクと知っていたし、以前好きなキャラクターを聞いていたから少しでも彼にお礼がしたくて、彼の喜ぶ顔が見たくて色んなバイト先で人伝に譲ってもらってきたのだ。
やっべええええ!!!うおおおお!と尋常じゃない喜びをどうにか抑えようとしているが抑えきれていない彼を見れただけで手に入れた甲斐があったというものだ。ガシッと掴まれ、本当にりがとうな!!!!と目を輝かせている彼が昔不良だったなんて信じられない。


「…一郎。来たついでに聞くが、"例の方"は?」


喜んでいるところ悪いが。と少し困り顔になりながら問いかければ、一郎もハッと我に返ったように動きを止めて静かにこちらを見つめ返す。翠と朱の瞳が微かに細められる。


「嗚呼、まだ確証がねぇんだが…あー…その、ヨコハマの港近くで流れてるって噂があってな」

「ヨコハマ、ね…」

「詳細が分からねぇからもっと情報集めてからと思ったんだがよ」

「いや。別に急いてる訳じゃないから」


依頼とは少しだけ別で、もし何か分かったら教えてくれるという約束で頼んでいた件。彼が少し言い淀んだのはヨコハマには"彼"が居るからだろう。それでも隠さずに正直に伝えてくれる彼は本当にいい人だと思う。そして次に向かう場所は決まった。


「あんがとな一郎。二郎くんと三郎くんにもお礼言っといてくれ。また来るよ」

「…コウスケ」


きっとこの頼んでおいた部品や工具を集めるのを彼の弟2人も手伝ってくれたに違いない。今度は2人にも何かオマケを持ってこないとなぁと思いつつ、入ってきた扉に手をかけた所で静かに名前を呼ばれる。


「…気ィつけろよ」


これから自分がしようとしていることも、向かおうとしていることもきっと頭の良い一郎のことだから薄々気づいているのだろう。少し悲しそうな表情でこちらを見つめる姿は、引き留めたいのに引き留められない事を察しているようにも見えた。


「一郎もな」


その通りだ。誰も自分を止めることなんて出来やしない。だから放って置いてくれればいいのに。どうしてこうも自分の周りにいるのは皆優しい連中ばかりなのだろうか。これ以上はと思っているのに、さらにさらに関係が深くなっていくのに恐怖を覚えながらも切れない縁に感謝はしている。他人の事よりも自分の事を心配しな、と鼻から吐息しつつ手を振ってまだ日の高いイケブクロの外へと飛び出した。





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -