無知はいとしい




「ゆずきっちの初恋って誰なんすか?」

 読んでいた雑誌から目の前の人物へと視線を上げる。バスケ部員曰く大きなわんこな黄瀬くんは、瞳を爛々と輝かせ女子同士で話すような恋バナというものを持ちかけてきた。黄瀬くんは席が前後になって以来よく話しかけられるようになった。モデルをしているというのは噂に疎い私でも知っていたし、彼も大輝やテッちゃんと同じバスケ部員であることも二人から聞いている。なんでも二年からバスケを始めたというのにあっという間に一群のレギュラーになってしまったらしい。入部して間もない頃はテッちゃんが教育係をしていたとか、よく大輝に一対一挑んで来るだとかいう話しも聞いていた。黄瀬くんは言葉こそ交わさなかったけれど、彼曰く憧れの二人といっつも一緒にいる私のことは興味深かい存在だったらしく、同じクラスになったときから話しかけてみたかったらしい。

「いきなりどうしたの」

「いやー、ゆずきっちのそういう話ってあんましないじゃないっすか」

 あんましないも何も、そういった話を持ち掛けられることがないというか。中学に上がっても尚、私の女の子に対する苦手意識は払拭されていないのだ。噂話だとか恋愛話だとか女の子特有の話に疎いのはそれ故であると自覚している。というか、そういった話題を持ち掛けられるから女の子が苦手になったのだけれど。ぼんやりとクラスが離れてしまった幼馴染みたちを思い浮かべてみる。恐らく彼も彼女らと同じような質問をしてみたいのだろうな、と見当を付ける。今でこそ確かに私たちの関係って変だよな、なんて理解するようになったし、そういう疑問を持つのも分かるようになった。
 けれども二人の前でその話題を出すのは憚られたのだろう。私たちを取り巻く暗黙の了解というやつだ。幼馴染み、として括られた私たちの関係は酷く複雑で脆いものであると私自身ひしひしと感じている。親しき仲にも、というよりも親しいからこそルールみたいなものを遵守する義務が私たちにはあるのだ。二人がそうしているように。そして彼も彼で何も考えずに発言している訳ではないらしい。その問いは核心を付くことはない、逃げ道のある曖昧なそれだ。

「誰だったかなー」

「え、じゃあやっぱそういうのも」

 あるんすね、そう続けたかったんだろうけど黄瀬くんは寸での所で口をつぐんだ。きっと無意識に口に出してしまったのだろう。仕方がないといえば仕方がないと思う。さっきも言った通り私たちの関係は曖昧で、そういったものを確かめたいと思うのは普通のことだ。つまり黄瀬くんは私たちの関係に恋愛感情が含まれるか否かを知りたい訳だ。正直に言って含まれていないと言えば嘘になる。しかしその他諸々の感情が作用しているため一口にそうとも言えないのだけれど。
 黄瀬くんは此方を上目使い気味に伺いながら、少し身を乗り出してくる。宛ら待てを律儀に守るわんこである。やっぱりモデルをしてるだけあって綺麗な顔立ちをしていて妙にどぎまぎしてしまう。いや綺麗だからモデルが出来るのか。大輝もテッちゃんも幼馴染みの贔屓目ではなく顔はいい部類だと思う。しかし、如何せん無愛想だったり極端に表情が乏しかったりなので表立って騒がれることはあまりないが。そんな二人を見慣れている筈なのだけど、モデルだからという認識からなのかオーラが違って見えてしまう。女の子受けの良さそうな可愛くて綺麗な系統で、しかも物腰も柔らかいなんてそりゃ人気も出るわ。てか私より肌綺麗なんじゃ、うわすべっすべっ

「あ、の…ゆずきっち……?」

 本能のまま手を伸ばしてふにふにと頬っぺたを触る私に、黄瀬くんは困惑した声を掛ける。まあ、そうなるよね、普通。しかしきもちいい、と漏らして触り続けると更に困惑するように「ちょ、え」だの「あう」だの呟いて顔が朱に染まる。あれ、こんなんで顔赤くなるのか。なんかモデルだけあってもっと遊んでたりするのかと思ってた。ていうか「あう」って……男子中学生としてそれってどうなのって思ったけど、そこはまあ黄瀬くんだから許されるのか。但しイケメンに限るってことか成る程。いやでもテッちゃんならまだしも大輝が「あう」なんて声出したらドン引き所かむしろ心配するけど。
 不意に柔らかい感触が無くなったかと思えば、黄瀬くんが後ろにひっくり返った状態で身悶えている。どうやら机の角に頭をぶつけたらしい。うわ、痛そーと同情と謝罪を心の中で試みる。黄瀬くんが一人で後ろにひっくり返った訳ではない。むしろ前に身を乗り出していたのだからそんなことになる筈がない。というか下手人は私の前で仏頂面する大輝なんだけど。隣でテッちゃんも黄瀬くんに冷ややかな視線を送っている。噂をすれば……というか、噂すらしてはないけれど。大輝は黄瀬くんの髪の毛を掴んだまま後ろへ放るように引っ張った。不意を付かれた黄瀬くんが反応出来る訳もなく、見事に大輝は奇襲に成功したのだ。

「酷いっすよー青峰っちー」

「黄瀬くん、大丈夫?」

「今のは黄瀬君が悪いです」

「えー、黒子っちまで……」

 ごめんね黄瀬くん。私が後で代わりに叩いとくから。恐らく自分が要因であるというのは分かったので、うん、彼にはお詫びにジュースでも奢ってあげよう。

「ていうか、二人ともどうしたの」

「昼飯」

「あ、そっか」

 お昼休みに一緒にお弁当を食べるのは、クラスが離れてしまった今でも続いている。今は同じクラスになった黄瀬くんとか紫原くんなんかも一緒に食べたりすることもある。例のごとく「俺も混ぜて混ぜて」と言う黄瀬くんに、二人はあからさまに嫌そうな顔をして見せた。しくしくと涙ながらに「ひどいっすー」と漏らす黄瀬くんの背中をぽんぽんと叩いて宥める。近くの机を適当にくっつけて各々のお弁当を広げるとテッちゃんが口を開く。

「そういえば、二人はなんの話をしてたんですか?」

「えっ」

 然り気無さを装った問い掛けに黄瀬くんはあからさまに動揺する。随分と顔が近かったですけど、と続ける笑顔が怖い。黄瀬くんは血の気が引いたように青い顔をする。赤くなったり青くなったり泣き出したり忙しいなあ、なんて他人事のように思いながら、そろそろ助けてあげないとあまりにも不憫だ。

「私の初恋相手の話」

「えっ」

 それ言っちゃうんすか、という視線を寄越す黄瀬くんは更に顔を青くさせる。それとは逆に二人は一瞬ぴたりと動きを止めるとなんだその話か、などと呟いてなんとか普通に戻った。しかしこの中で黄瀬くんだけが状況を理解しておらず、困惑したままだった。

「二人ともゆずきっちの初恋の相手知ってるんすか?」

「当たり前だろ」

「何年幼馴染みしてると思ってるんですか殴りますよ」

 二人が依然として黄瀬くんに冷たいけれど、それよりも疑問の方が勝るらしい。「え、え、誰っすか!?」と興味津々といった様子で答えを待つ。すると二人は如何にも面白くないといった具合の声が綺麗にハモった。

「「幼稚園の先生」」





title by嘘だよ

黄瀬が可哀想すぎる
黄瀬目線にするか迷った


BACK


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -