まつげから吐息の先まで愛してる


「異議あーり!」
「黙って下さい」

 ばっさりと切り捨てる彼は視線すらこちらに向けようともせず、完全に現在読んでいる文庫本に夢中のようです。バスケ>>本>>>>超えられない壁>>>>彼女ということですかわかりません!

「頭悪いですからね、ゆずき」
「そういうこっちゃないのだよ!」
「似てないですし。そもそも異議も何も今の今まで無言だったじゃないですか」
「いやだからね。その状況に異議を唱えている訳で」

 只今、黒子テツヤくんとお家でーと☆ドキドキなんて素敵なシチュエーションだというのになんのアクションも起きないとか。私だって一応女の子なんですからそれなりに緊張だってするし、それでも「遊びに来ますか?」とか誘われちゃったときには舞い上がるくらい嬉しかったし。期待とか不安とか胸いっぱいでいざ出陣してみれば、彼氏はいつの間にやら本を読みふけっていましたとか。それって教室と一緒じゃね?ていうか、いつの間にやらとか言ってみたけど最初っからでしたけどね!むしろ早く続き読みたいばかりにそわそわしてたしね!
 でもまあ私も一応彼女の余裕じゃないけどそれくらいなら別にいいですよ。だけどもなんだか最近っていうか常々感じてたけど、何気に人気者なのよね。私の彼氏さん。普通に考えて自慢できるようなことなんだろうけど……まあ、あれですよ…所謂嫉妬?でもそんなんするキャラじゃないし、当人なんか絶対気付いてないだろうし。だってさー、桃井ちゃんは言わずもがテツくんラブ!なんてどっかの情報屋ばりに愛を叫んでるし、私だって付き合ってるんだから好きな気持ちは負けないけどあんなに積極的に好きだなんて言えないし。それにあの桃井ちゃんですよ?超絶美人のないすばでぃーな桃井ちゃんですよ!?あんな子に迫られてもしかして満更でもないんじゃないかとか考えちゃうし。だって誰だって靡くでしょ。私だって靡くわ!それにあの大型犬…黄瀬もモデルならモデル(笑)らしくしとけばいいのに、黒子っちー!だなんていいながらべったりするし。なんなんだお前らデキてんのかとか真剣に困惑するし。つか、お前はバスケ一緒にできるんだから普段の黒子の時間くらい譲ってくれてもいいじゃん。極めつけは青峰なんだけど。元相棒のくせになんか私より黒子のこと分かってるし(但しバスケに限る)、しかもそれをドヤ顔かまして鼻で笑ってくるし。折角黒子の応援でバスケ見てても二人の息ぴったり過ぎてなんか変にもやもやするし。ていうか三人とも他校に行ったくせになんでまだ出しゃばって来るのよ。高校に入ったら入ったで火神くんとなんやかんやで仲いいし、席だって前後だし羨ましいことこの上なし!さっきだってここまでの道中むっくんに合ったしね。黒子のことホールドしちゃうし、ずるいずるいずるい。そして本物の犬にまで彼氏を奪われそうになっているだなんてどうゆうことなの。いやかわいいけどね、黒子に似てるから余計に愛着沸いちゃったし私だって可愛がってるけども。でもさ、なんかそういうもやもやって自分じゃどうしようもないじゃんか。それどころか可愛くない気持ちばっかりが積もるだけ積もって今にも倒れそうなくらいにぐらぐら揺れてて、だけどそんな自分が汚くて重たくて恥ずかしくてそんな不満とか不安とか絶対に言えなくて。でももう無理だなんてそれこそ絶対に言えないし。だから二人っきりでいられるときを大切にすればいいやなんて楽観視してみるけど、黒子はこれだし私は泣きたくなってくるし。

「帰る」
「そうですか」
「……」

 止めてくれないのね。じゃあなんで黒子は私を家まで呼んだんだろう。ていうか私じゃなくてもいいんじゃない。ていうか本でいいんじゃない。無機物にまで彼氏取られるってどうなんだろう。ああもう本当にや、
 立ち上がろうとしたら座ったままの黒子に腕を掴まれバランスを崩す。危うく倒れる所だったけれど中腰になるだけに留まった。「何すんの!」と喧嘩腰の私に対して黒子はあまりにも無表情で、それが更に神経を逆撫でした。それでも黙ったまま私の目を真っ直ぐに射抜くものだからまるで悪いことをした子供のような気分になる。拗ねたように(実際拗ねてるんだけど)唇を尖らせてそっぽを向けば「ゆずき」と自棄に重たく感じる一言で咎められる。逆らえずに渋々黒子を見据えれば、またさっきと同じ状況だった。ああ、もう、こいつは……一々真剣すぎて、矢鱈と真っ直ぐで、そんなんだからやだ、なんて言えない。思えない。

「なんで、怒ってるの」
「別に怒ってないですよ」

 相変わらずぴくりとも動かない表情の所為で、真意を探れない。けれど、彼がそう言うのだからそうなのだろう。確証なんてなくとも、彼だったらどんな些細なことでも嘘を付くだなんて誠意のないことはしない。だってそういうとこにも私は惚れているんだから。

「僕、何かしましたか」

 正確には何もしてないけどね。何もしてないから悲しいんだけどね。でもその大元に黒子が好きだっていうのがあるからこそ余計に悲しいんだけどね。

「もう、いいよ。もういい」
「良くないです。言わないと分かりません」
「お母さんですか」
「彼氏でしょう」
「……」

 この人は、そんなことを真顔でさらっと言ってしまうんだから困ったものだ。でもだって言えない。こんな子供染みた独占欲、言えない。今の状況だってよっぽどガキくさいのに更にそんなこと言えない。それに子供なのに無邪気じゃない。邪気丸だしじゃないですか、嫉妬なんて。そんなの綺麗じゃない、嫌われちゃうかもしれない。ああ、やっぱり泣きたい。綺麗な眼差しが耐えきれない。俯く私に今度は柔らかい声で黒子は私の名前を紡ぐ。だけどやっぱり彼の声は私と違って綺麗な気がしてどうしても顔を上げられない。
 不意に腕を引かれて彼の高さまで引き下げられると、ぎゅうと抱き締められる。少し痛いくらいのそれは、急すぎて反応が遅れる。少しクセのあるある薄い水色の髪が頬に掠れてくすぐったい。家に着く途中で飲んだバニラシェイクの香りまでもが届いた気がした。

「くろ、」
「ちょっと黙って下さい」
「……」

 殆んど埋められている距離を更に縮める。ぎゅうぎゅうと締め付けられて、苦しくて、黒子もやっぱり男の子なんだなあと今更ながら実感した。苦しいこの距離が、なんだか心地好くて微睡む。

「気持ち悪かったら言ってください」

 黙るのか言うのかどっちだよ、と心の中で突っ込んでされるがままじっとする。

「君は誰とでも仲が良いですから、さっきも紫原くんに会いましたし」

 そうですね。黒子のバニラシェイクを狙って来ましたね。

「外に出るとしょっちゅう知り合いに会いますし」

 青峰も桃井ちゃんも同じ都内だしね。でも黄瀬にもちょくちょく会うしね。どういうことなの。

「高校だと火神くんとも仲良いですし」

 こないだ黒子の前の席が羨ましすぎたから居座ってたら、溜め息吐かれた挙げ句放り投げられたからね。火神、許すまじ。

「2号ともよく遊んでますし」

 黒子にそっくりだし、可愛がってるけどね。こないだちゅーしようとして顔背けられたのは地味にショックだったけど。てか、あれ。え?なにそれ。

「あんまりこういうの良くないと思うんですけど、ちょっと我慢出来なかったというか」
「ん?え、え?」
「外に出たら誰かにゆずきを取られてしまうので」
「く、」
「独り占めしたかったので家に呼びました、嫌だったならすみません」

 積もっていた感情がするするとほどけていく。今までガキくさいと、言えなかったそれを黒子も同じように思っていた。隠さず言ってのける彼がなんてかっこいいんだろうと、心拍数が上がる。こんなに密着してたらバレてしまうと思っていると、私の心音以外のそれを感じ取る。私と殆んど変わらない速度で働くその器官が愛しく思えた。

「黒子」
「はい」
「顔、見せて」
「……嫌です」
「くろ、」
「やですよ」

 不意を付いて引き剥がしてみると、ああやっぱり。珍しい彼の崩れた表情が視界に映る。彼の瞳に映る私もきっと同じような顔をしているのだろうと、そんな甘やかでくすぐったい気持ちが嬉しくて嬉しくて。さて、私はどうやって伝えようか。自分が私と同じだと知ったとき、彼は一体どう思うのだろう。今度はどんな顔をするのだろう。緩む頬でバレバレの感情はそのままに、今度は私が伝える番だ。

title by無垢
どうせならと皆に嫉妬させてみました
取り敢えずわたしだったら黄瀬は殴りたい



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