惚れたら負け




「好きです、笠松先輩」

 そう言っていつものように幸せそうにはにかみながら頬を染める後輩を見て、俺はこめかみを抑えるしかなかった。

 見ての通り、俺は何故かこの後輩に懐かれてしまっている。しかもどうやら恋愛対象として。

 ふたつ年下の白河は、うちの部のマネージャーとしてよく働いてくれている、とは思う。そして毎日毎日、飽きもせずに俺のいるところに現れては俗に言う告白とやらを仕掛けてくる。女に免疫がないこちらとしては堪ったものではない。必要最低限の会話以外は接点すらないというのにどうしてこうなった。

 しかし、こうも毎日、しかも何度も、そんなことを言われても冗談にしか聞こえなく思えてきてしまう。


「笠松先輩、笠松先輩」

 ジャージの袖を引かれながらの呼び掛けに振り向くと、低い位地の小さな頭が見上げてくる。
 ちいさいな、と思う。身長の話ではない。いや、身長も小さいのだが。

 なんだ、とやはり無愛想に返すとそんなこともお構い無しのように顔を綻ばせる。

「白河、先日ついにバストアップに成功しました」

「ぶっ」

「あはは〜先輩真っ赤〜」

「おま、何、言って」

「だって先輩、巨乳がタイプなんですよね?」

 森山か、犯人は。あいつ後で絶対にシバく。しかし今はそれよりもとりあえず、目の前の後輩にデコピンする。女だから、加減だ。

「いたい!」

「お前、いい加減にしろ」

「何がですか!」

 でこを擦りながら涙目で訴えてくる。地味に痛かったらしい。


「冗談が過ぎる」

 そう言い放つとさっさと踵を返――そうとして、思い切りブレザーを後ろに引っ張られた。

「お前、何――」

「ちがうもん」

 彼女の目には先程とは比にならない量の涙が溜まっていて、思わず押し黙ってしまった。


「違うよ、ちが、う」

「白河?」

「ちが、もん……」

「白河」

「冗談なんかじゃない」

「…………」

「本気ですきだもん」

「……白河」

「すき、すきなの」


 溢れる涙が綺麗だと思った。単純な事実としてそう思った。震える華奢な肩が酷く弱々しく思えて、どうしようもなく守りたいと思った。


「先輩が、好きです」


 俺は迷わず細い肩を抱き寄せた。



押せ押せ彼女
最後は根負け


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