マシュマロニカル


「緑間くん!」

 聞き慣れた声に足を止めて振り返れば、一人の少女がばたばたと落ち着きのない様子で此方に掛けて来る。テーピングに覆われた指先に一瞬走る刺激と、そこから温まっていくような、そんな奇怪な感覚が自分の中に確立していくことを緑間は黙認していた。

 そんなことよりも、何かと気に掛かる彼女の方が問題であった。声を掛けるべく口を開いたその瞬間、緑間のそれより前に彼女の姿が視界から忽然と消えたのである。しかし、緑間はそのことに別段焦るでもなく、一つ大きな溜め息を吐くと彼女が消えたその場所に歩み寄った。

「何やっているんですか」

 緑間が声を掛けたその先には地面に蹲る彼女がいた。何かと落ち着きのない彼女は、障害物が何もない状態でもすぐにこける。その光景に慣れてしまった緑間は半ば諦めた様子で呆れた顔をする。彼女はそんな緑間を見てむっとした表情を浮かべた。

「緑間くんが先に行っちゃうからでしょ!」

 一つ年上の彼女は明らかに怒っているのだろうが、その様子があまりにも子供じみていて正直全く怖くはなかった。それよりも、緑間には先輩の怒りの原因が分からない。今日は部活も体育館が使えないという理由で休みとなった。その為、早々と教室を出ようとしたところ、高尾に捕まり多少の時間を食ってしまった。最終的に高尾を無視して校舎を出たところだったのだ。

「何かありましたか?」
「……今日、部活休みだよね」
「はい」
「……」
「先輩?」

 剥れたまま黙ってしまった彼女を訳が分からないというように見下ろす。
 不意に、思うことがある。自分は何故目の前の彼女と何故付き合っているのかという疑問だ。決して彼女に対して不満がある等といった悪い意味ではない。好きだから交際していることに間違いはないし、それは緑間も認識している。では、自分は何故この人を好きになったのだろうと考えることがあるのだ。
 以前、好きなタイプを問われた時、「年上の女性」と答えたがそれに恐らく間違いはない。そして彼女もまた確かに「年上」ではあるのだが、それはどこか自分の答えたそれとは違う気がする。決して年上という事実に拘りがある訳ではなく、例えば落ち着きのある思慮深い女性などといったことを求めた結果として「年上」という言葉で表しただけなのである。しかし目の前の彼女はといえば、冒頭からの様子からも察して貰えるであろうが本当に落ち着きに欠ける。同じような間違いを何度も繰り返してみたりなど。実年齢こそ緑間よりも上であるが、身長差やら緑間の何処か「大人びた」雰囲気も相俟って、緑間の方が年上だと勘違いされることの方が多い。一言で言ってしまえば「子供っぽい」のだ。よって、年上な事には違いないのだが所謂緑間のタイプとは正反対と言ってもいい。
 すると、蹲っていた彼女は未だ俯いたままではあるが制服に付いた汚れを払いながら立ち上がる。緑間が差し出した手もふるふると首を振って断った。

「もういい!」

 そうやって拗ねて会話を切ってしまおうとするところも本当に子供っぽいとつくづく思う。そのまま走り去って行こうとする前に、彼女の首根っこを掴んだ。最初こそ驚いたようだが犬猫にするようなそれに更に怒りを露わにする。念の為もう一度言っておくが、全く以って怖くはない。

「もういい、じゃ分からないですよ」
「もう!離して!」
「じゃあちゃんと言って下さい」
「やだやだやだやだ緑間くんのばーか!」
「どこの小学生ですか……」

 ジタバタと暴れるだけ暴れて何も説明しようとしない彼女に少々苛立ちが募る。

「いい加減にしないと怒りますよ」
「やだ!緑間くんやだ!」
「……」
「きらい!」
「そうですか、じゃあもう好きにするのだよ」

 きらい、本気で言ったことではないことは理解しているが、それでも彼女の口から自分に宛てられたその一言が心を酷く淀ませたのだ。大人気ないことは重々承知であるのだが、それでも腹が立ったし何よりも落ち込んでいる自分がどうしようもなかった。掴んでいた手を離して彼女に背を向けて歩を進め……ようとしたところで後ろから学ランを引かれ立ち止まるしかなかった。振り向いて確認すれば、今まで俺の言葉なんて耳に入っていなかったかのような彼女は一変して青褪めた顔で瞳には涙を滲ませていた。

「ご、ごめんなさい。今、きらいって言ったのは嘘です」

 溢れそうな瞳で並べる彼女は自分と違って素直だ。自分の間違いをはぐらかすでもなく軽んじることもなく真正面から認められる彼女を尊敬しているし、好きだと思う。

「先輩、ちゃんと言って貰わないと分からないです」
「……あの、笑わない?」
「笑いませんよ」

 先輩はずっと見上げたままだった視線を地面に逸らすと、もじもじと落ち着かない様子でぽつりと小さく続けた。

「緑間くんと、一緒に帰りたくて」

 らしくもない「え」という素っ頓狂な声が漏れてしまったのは不覚だった。

「バスケの練習、忙しいし。緑間くんも疲れてるだろうし。だからあんま会えないし」
「…すみません」
「ううん。バスケしてる緑間くん、すごく格好良くて好きだから」

 いいの、と続ける彼女は素で言ってるのだから困ったものだ。さらりとそんなことまで素直に言ってしまえるのは無邪気故なのか。まるで口説かれているようなそれは此方としては嬉しいのやらなんなのやら。

「けど、ちょっとでも会いたいでしょ?」

 やはり自分は口説かれているんじゃないのだろうか。少しはにかんで紡いだそれは、思わず此方側が赤面してしまうようで。相も変わらず、単純で本当に子供のような人だと思う。けれどもそんな子供染みたところをどうしようもなく愛しいと感じてしまう。

 結局のところ好きだから傍にいるのだ。彼女に倣ってそんなシンプルな答えを出してみるのも偶にはいいだろう。そんなことを思いながら彼女の小さな手を繋いでみた。


嘘だよ様よりお題拝借

鈍い緑間とガキんちょ彼女
敬語使う緑間かわいいです



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