崖っぷちとは




 やっほーえぶりわん。あれ?えぶりばでぃ?まあいいか。わたくし白河ゆずきだよーん。なんでこんなミョウチクリンなテンションなのかというとですね。この絶体絶命ともいえるシチュエーションがそうさせてるワケです。決して通常運転なわけじゃないんですよー。愛しの笠松先輩を前にしたら通常の三倍くらいはテンション上がっちゃうかもしれませんが、決して常時そんなわけじゃないんですよー。いやはやとは言うのも、その愛しの笠松先輩に追い詰められて危機的状態になってるわけですが。私は追われるより追う派なんだよねとかそんな話ではなくてですね。いやでも偶には追われるのもいいですねとかそんな話でもなくてですね。

「白河、無駄な抵抗は止めてさっさと出て来い」

「いーやーでーすー」

 白河ゆずき、掃除用具入れなう。文字通り追い詰められてるわけです。いやん私ってば愛されてるなあとかそんな風に茶化せたらどんなにいいか。ていうか先輩に限ってそんならぶらぶちゅっちゅ積極的にしちゃうようなことしないし有り得ないしていうかそんなことになったら驚くしむしろ怖いし。やっぱり私は追う派だなあ。

「おい阿呆なこと考えてないでさっさと出て来い」

「せんぱーい後半さっきと台詞同じでーす」

 ていうか私の考えてることが分かるだなんて流石先輩は違うなあ。でも私には先輩が分からないのです。笠松先輩を愛してやまない私だというのになんということなのでしょう。大抵のことは知り尽くしていると思っていたのに、くそう私もまだ修行が足りんな。
 うん、本当になんでそんなに怒ってるんすか。笠松先輩が怒るのって珍しくも何ともないのだけれど、大体は私が悪いというか色々とやりすぎちゃったりするのだけれど。それでも最近は割りと自重していたし、私は一体いつここまで先輩を怒らせるようなことをやらかしてしまったのだろうか。
 だって先輩目がマジだったもの。真剣と書いてマジと読むばりに本気だったもん。そりゃあ逃げたくもなるでしょうよ本能だよね。だけど結局危機的状況続行中とかふざけんな私の本能。なんすか本能ってなんだっけ母性本能?あれなんか違う気がするけど。そういえばこの前黄瀬くんに『ボセホンをくすぐるキセリョ10ショット』だとかなんとかいう雑誌の記事を見せられたな。母性本能くらい略すなよとかそんな感想くらいしか浮かばなかったのだけれどあれ私もしや母性本能足りてない?だめじゃないか本能。

「お前……いい加減にしろよ……」

 おうふ、これはヤバイ。私の本能…あ、私の本能は当てにならないんだった。じゃあ女の勘ってやつじゃないかな。だって先輩の声ワントーンどころか五段くらいは飛び越えまくって低くなった気がするもの。背筋がぞくぞくってしたもの。いや性的な意味ではなく。扉が開かないように押さえてる指がぷるぷるしてきたしね。だって掃除用具入れの扉の隅のちょっとした出っ張りを必死に掴んでるだけですからね。そりゃあ心許ないなんてもんじゃないよね。それに男対女で力押しで勝てるわけないしね。押しっていうか引っ張られてるけどね。そりゃあ負けますよね……うわ眩し。

 不意に強い力で引かれた扉はなんともまあ、あっさりと開かれたワケで。今までの私の(主に指の)頑張りは一体なんだったの。離すまじと必死に掴んでたものだから必然的に扉と一緒に引っ張られて来た私を笠松先輩はこれまたあっさりと捕まえてしまった。というか状況だけ見れば私から先輩の胸に飛び込んだ絵面なのだけれど。そしてがっちりと私をホールドなさった。こんな状況でなければ、先輩がこんな怒ってさえなければこんなにも俺得なこともないというのに。むしろ万々歳だというのに。ああでも先輩なんだかいい匂い……あれ、状況関係なく満喫してね?

「白河、顔上げろ」

「……」

 先輩の胸に顔を埋めたままふるふると拒否を示すと、溜め息がひとつ。勿論私のではない。くしゃり、と私の両手が掴んだというか最早握りしめてるのは先輩のブレザーで。ああどうしよう皺になってしまう。

「おっ…ふ」

「なんだその顔」

「いやそれは先輩の手のお陰かと」

 両手ホールドから片手ホールドへと弱まったかと思えば、もう片方は私の顔を正に鷲掴みにして上を向かせられる。あの……もうちょいどうにかならなったんすか。鷲掴みて、それって恋人としてどうなの。

「なんでそんな顔してんだ」

「いやだから手、」

「じゃあなんで震えてんだ」

 確かにブレザーを掴む指の震えは止まらないけど、それはきっとさっきまでの攻防の所為というか。だってそうに決まってるもん。だってそうじゃなきゃ、

「黄瀬と何があった」

 なんだもう知ってるんじゃないですか。いやもしかしたら私の態度で分かってしまったのかもしれないけれど。相手を言い当ててしまう辺りが流石だというか。何かあった?ではない辺りが私が信用されてないのか黄瀬くんが信用されてないのか。
 見下ろしてくる瞳が余りにも真っ直ぐで威圧的加減が右肩上がりまくりですが。だけど当然のように真剣な眼差しは答えなくてはいけないと、むしろ義務であるとすら感じてしまう。

「き、せくんが」

「うん」

 いつもの「ああ」じゃない優しい相槌にそれだけで涙腺が緩みそうになる。柔らかさで包んだような声は私に先を促す。

「私のこと、」

「うん」

「すき、だって」

「……」

 ずっと好きだったんだって。笠松先輩と付き合ってるのも、すごく先輩のことを好きなのも知ってるけど、それでもどうしようもなかったんだって。
 いきなり告げられた事実はあまりにも衝撃的で、私を混乱させるのに充分過ぎるくらいには充分で。え、それじゃあ今まで気持ちを隠して仲良くしてくれてたんですかとか。私の相談やらのろけやらまでどんな気持ちで聞いてたのとか。それでもやっぱり私には笠松先輩しかいなくって、笠松先輩じゃなきゃだめで。気持ちには答えられないの分かってて伝えてくれたのとか。

 色んな気持ちが入り交じって、なんだかよく分からないけど取り敢えず泣きたかった。そんなこと思ってたら本当に涙出てくるし。ごめんなさい笠松先輩、クリーニング代は払います。

「でも、私は笠松先輩が好きだからって言いました」

「そうか」

「話さないでいてごめんなさい」

「いや、」

 珍しく歯切れの悪い言い方にどうしたのかと疑問符を浮かべる。

「先輩、怒ってたんじゃないんですか?」

「は?」

「告白されたこと、怒ってたんですよね?」

 先輩は居心地悪そうに目を右へ左へと泳がせると、私からは視線を外して「違う」と呟いて「とも言い切れない」と小さく漏らした。

「全く怒ってなかった訳じゃない。けど、それよりも焦ってたんだと思う。お前が取られるの」

 そこで言葉を切った先輩は、頬を掴んでた手で今度は自分の口許を覆った。顔に熱が集まるのは気の所為ではない筈だ、お互いに。
 怖かったんだと思う、そう紡がれた小さい言葉を拾ったはいいけれど、らしくないそれは空耳じゃないかと疑うには充分だった。けれど空耳でも私の耳が都合良く出来ているというのならそれはそれでいいと思う。

 ごめんなさい笠松先輩。私ね、こんな状況だけど先輩の気持ちが、所謂やきもちが、それこそどうしようもないくらい嬉しくて堪らないんです。取り敢えず今は気持ちを整理したいので、背中に腕を回してみてもいいですか。返事は待たないけど。




迫るってなんだろう…難しいですね

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