赤の他人でしかないソレ

 ままならないね。口の中に落としたそれを噛み砕いて飲み込んでみたものの、急に狭まった喉ではどうも飲み下しにくい。というのも、それは昨日友人に向かって溢した言葉であった。もっと言えば昨日の昼休みの廊下の窓枠に二人で項垂れながら、所謂恋バナというか相談というか愚痴というか。兎に角そんなことを話していたのである。そして彼女、桃井さつきも苦笑いしながら私の言葉を復唱したのだ。胸の中のわだかまりを深く深く空気もろとも体外へ吐き出した。

 恋というものは厄介なものだ。けれど皆一様に、その厄介な恋心に飲み込まれてしまうのだから困ったものだ。
 恋愛の定義としては、ある特定の異性を特別に想い、ずっと一緒にいたい。それが叶わなくてもどかしい様。などといったことが辞書などには書いてある。しかしそれすらもひっくるめて楽しいというのだから。うんざりしつつも存外嫌いでもないのだ。ああ、やっぱり厄介だ、な。もう一度大きく息を吐く。

 「鼻息荒ぇよ」と休憩に入った青峰が失礼なことを抜かして来た。なんだお前、そんなに私を見てたのか。態々言いに来る程に私のことが大好きか。しかし、大人な私は幼稚な青峰を鼻で笑ってそっぽを向いた。
 反らした視線の先で今にも倒れそうな顔をした色素だとか影だとか、何かと薄い彼を捉え思わず目を細めた。

 彼女の想い人があの彼であることは周知の事実と言ってもいい。アピールも積極的にしている。しかし一向に靡く気配すら見せない彼にやきもきさせられる。
 彼は一体何が不満なのだろうか。人それぞれ好みというのはあるかもしれないが、それを差し置いても彼女は恋人として理想的なのではないだろうか。自然と彼の動向を目が追う。

 これではまるで私が彼に恋い焦がれているようで、不快感から眉間に皺を寄せた。
 彼が非常に不愉快だった。存在自体が。彼の名誉のために言っておくが、彼事態に嫌悪の要因がある訳ではない。むしろ人としては好きな部類だ。彼女が惚れるのもわからなくはない。しかし、彼女が惚れていることが既に私の中では大問題だったのだ。むしろそれしか問題はなかった。いや、というよりもそれ故の嫉妬こそが問題の本質だった。

 彼を視界に捉えれば必ずと言っていい程、健気な彼女も一緒だった。彼女から送られる熱視線でこちらがくらくらしてしまいそうだった。

 なのに、なんで、ずるい。ああ、ああ、妬ましい。どろり、重たくてねまりけのある感情で胸焼けしそうだった。

「どうかしましたか」
 渦中の人物である彼は私からの妙な視線を感じ取ったのか。それとも余程私が酷い顔をしていたのか。いつものように表情を繕うこともなく、私に問い掛けてくる。

「男の子だなあ、と思って」
「はあ」

 当たり前のことを態々言ってのけた私の返答は、やはり奇妙だったらしい。しかし決して奇をてらった訳でもなく、ましてや今まで女子だと思っていた訳でもなかったのだが。

 彼は男で彼女は女で、だけど残念なことに私は女だったのだ。残念なことに。異性としての意識云々以前に、私の恋した相手は異性ですらなかった。それ故に、辞書で言うところの「恋愛」にすら私は当てはまらないらしい。燻って募って溢れ出しそうで焦がれるこの感情は恋愛ではないのだという。

 決して目的地があった訳ではない。しかしスタート地点にすら立つことが出来ないことが酷く哀しくて仕方ないと、そんなことを思いながら、今日も私は彼女の隣で友情を深めるのだ。

「ままならない、ね」

 音に出してみたそれは、掠れて弱々しくて酷い声だった。


infinity様よりお題拝借

友人であることに不満はないし応援もするけど嫉妬してしまったり悲しかったり



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